ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
今回は空軍回です。試験的に後半にオリオン戦闘機のwiki風解説を乗っけてあります。好評だったらたぶん続く
航空機。それは、大空を翔る人工構造体である。
ブールクレスト上空、あいにくの曇天を優雅に舞う金属フレーム帆布張りのダキア陸軍航空隊を眺めながら、ミハイは思った。
『いい加減、こいつらを何とかしよう』、と。
「……で、こいつは一体何なんですか、ミハイ閣下?」
「見てのとおりですよ、カランドロ中佐。我が国は、貴国に主力航空機の生産を発注しているのです」
相変わらず一国の軍の最高権力者にしてはあまりにもフットワークの軽いミハイが訪ねたのは、イルドア王国山岳師団所属にして、ミハイと浅からぬ縁のあるヴィルジニオ・カランドロ中佐。イルドア軍中枢との太いパイプを持つ彼に手渡されたのは、航空機の発注書だった。
「いや、言いたいことは理解しておりますよ。
こちらはイルドアを代表して、どうやって連合王国の新鋭エンジンをパクッt…ライセンス取得したのかと聞いているのですよ」
ルールス・ルイス社が最近生産を開始した、マーリンエンジンの改良型であるグリフォンエンジン。本来なら軍事機密扱いになるであろうそれの仕様書が、なぜか今カランドロの手に握られていた。
後世IAD-Aシリーズと呼称される、イルドア王国とダキア大公国で運用された各種航空機の設計図は、陸軍所属のカランドロ中佐をして、今まで抱いていた航空機の常識をぶち壊すに余りあるものであった。
三束の設計図の山に記されていたのは、それぞれ戦闘機、急降下爆撃機、そして双発爆撃機。今まで魔改造されて戦車に搭載されていた倒立V型エンジンが、ようやくまともな用途で使用された瞬間だった。なお、哀れなJumo210は戦車エンジンのままで据え置きである。
このIADシリーズの航空機は、ミハイがダキア軍の最高権力者になって以来設計と試作を繰り返してきた、ミハイの夢の一つだ。こと陸軍の問題が片付いて以来、ミハイは技術者たちと共に『ぼくのかんがえたさいきょうのくうぐん』の実現に、かなりの情熱とリソースを注いでいた。
1940年代後半の西暦世界の空軍機をベースに足掛け数年、作って飛ばした試作機や、風洞実験で没になった計画は数知れず。連合王国に技術者を送り込んでマーリンエンジンの開発をブーストしたり、合州国相手に法外な金を積み上げてターボチャージャーの技術を取得したりといった果てしない努力の果てに、この設計図は出来上がっている。
戦闘機はG.55チェンタウロ、急降下爆撃機はRo.57大型戦闘機、そして双発爆撃機はZ.1018レオーネをベースに設計されている。P.108をベースにした四発戦略爆撃機案もあるにはあったのだが、
「で、作ったとして運用できんの?」
という、ダキア陸軍航空隊の抱える根本的な問題にぶち当たり、泣く泣く採用は流れることとなった。中小国の空軍が略爆を保有したところで何になるという指摘は、この際一旦置いておくこととする。
この三機+略爆以外にも、戦闘爆撃機や双発の邀撃戦闘機、夜間戦闘機に陸上攻撃機など数多くのアイデアは出されているが、とりあえず今はこれでいいだろうという思惑の下、他の設計図はダキア技研の資料室に収められている。いずれ自国での航空機生産ができるようになった段階で、一気に生産して航空戦力の幅を増やすというのが一応の計画だった。
そんな裏話を知る由もないイルドアの航空機企業らは、この設計図を見て上を下への大騒ぎに陥った。なにせ、ベースになっているのはイルドアならぬイタリア空軍機である。自分たちがやっとの思いで作り上げた機体のさらにその先を行く航空機をポンと出されれば、パニックに陥らない方がおかしいと言うものである。
ミハイが快くライセンス生産の許可を与えた事で、IAD-A01『オリオン』戦闘機、IAD-A02『リヴラ』急降下爆撃機、そしてIAD-A03『サジタリウス』戦術爆撃機のライセンスはイルドアに供給された。しかし、イルドア空軍がこれらの機体を実戦に投入するのは、ずっと後の話である。
「よろしいのですか、ライセンスをこうもあっさり渡してしまって?」
「何か忘れているようだな、大佐」
はてなマークが見えそうな程に分かりやすく疑問を顔に浮かべる、イルドア訪問に際して護衛として連れてきた陸軍の航空兵*1大佐に、ミハイは彼らが忘れているであろう点を、軍大学の教授のような口調で諭してやる。
「千数百馬力級のエンジンでようやく実用速度で飛ばせる機体を、八百馬力級エンジンで飛ばせるはずがないではないか」
「はっ?…あっ!」
そう、オリオン戦闘機がカタログスペックで示した圧倒的な性能は、世界最新鋭の千四百馬力級グリフォンエンジンを搭載した試作機が叩き出したものなのだ。そして、ミハイはイルドアにエンジンのライセンスを渡すつもりなど毛頭ない。
「つまり、これがイルドアの空を暴れ回るのはあと数年は先と言うことだ。そしてその頃には…」
「我が国もさらなる新型をロールアウトさせられる、と」
「ご名答。せいぜい、エンジン開発に喘ぐイルドア人を嘲笑うとしようじゃないか」
はたして彼の思惑通り、星型エンジンをメインにしていたイルドア空軍は、一千馬力級の倒立V型エンジンの調達に大いに難渋することになる。国際社会で帝国寄りと見做されているイルドア共和国に新型エンジンを供与するほど連合王国は優しくなく、さりとてオーパーツじみた機体を弄って星型仕様にするだけの技術力はイルドアにはない。大戦突入一年後になっても、帝国から供与されたDB601エンジンをベースに、オリオンの劣化版であるフォルゴーレ戦闘機を作るのが精いっぱいだった。ちょうどダキアが連合王国と共同で、出力とモーターカノンが発生させる振動への耐性の向上を行ったグリフォンIIBを開発したころである。
設計図通りに製造されたオリオンの量産型第一号は、長砲身二十ミリ機関砲三門、合衆国製12.7mmM2ベローニング機関銃四丁の重武装機体であり、専用増槽も含めれば、イルドアの保有するエンジンではフェリーフライトですら飛ばすのがやっと*2。ダキアに到着し、エンジンを載せ替えられて大暴れするオリオン戦闘機を、イルドア人パイロットたちは茫然と眺めるしかなかった。
オリオン(戦闘機)
オリオン戦闘機(IDA-Orion)とは、ダキア大公国が開発したレシプロ単発単座戦闘機。
欧州大戦と東欧動乱を通じて同国空軍で使用された。その重武装と先進的な設計から、専門家の間ではオーパーツとも呼ばれている。
概要
欧州大戦当時最高峰の武装と、高出力エンジンにより実現された高い最高速度と軽快な機動性が特徴である。シリーズ総生産はダキア国内だけで派生型を合わせれば一万機に上り、ライセンスを供給された連合王国やイルドア王国といった列強のそれも合わせれば四万五千機に上る。高い信頼性と生存性を持つ本機は、数多のエースパイロットを輩出した。
開発経緯
統一歴1917年当時、ダキア陸軍航空隊(のちのダキア空軍)が保有していた機体は、そのほとんどが列強から輸入された複葉機であり、使用するエンジンも武装もまちまちであった。特に爆撃機は旧式化が顕著であり、ゴータ爆撃機を使用していた爆撃航空団も少なからず存在していたという記録が残っている。
このような状態を受け、ダキア軍技術研究局が設計したのが、IDAシリーズとして知られるダキア製レシプロ航空機群の第一世代、IDA-Aシリーズであった。
戦闘機、急降下爆撃機、そして戦術爆撃機の三種類からなるIDA-Aシリーズは、欧州大戦の勃発までそのほとんどがイルドアで生産された。当時、ダキア軍は陸軍兵装の大規模転換とコンスタンツァを始めとする海港都市の整備で手いっぱいであり、航空機生産に割り当てられるリソースが無かった為である。ライセンスはイルドアに供給されていたが、保有するエンジンの出力不足から当時のイルドア空軍はまともな運用が不可能な状況であり、統一歴1920年代中盤まで同機がイルドアで使用されることはなかった。
連合王国との契約に基づき、ダキア側は断固としてグリフォンエンジンの技術をイルドアに渡そうとはせず、その設計図はことごとくが1930年代後半になるまでモルドーヴァ地域の各技研支部に分散保管されていた。
設計
当時のイルドア戦闘機の発展型のようなフォルムであり、爆撃機用のエンジンを機首に収めた影響で、機体は当時としてはかなり大型である。エンジン出力を生かし、機体下には切り離し可能な増槽が取り付けられており、高い航続距離を誇った。
武装
形式や派生型によってかなり異なるが、初代生産型は誓約同盟諸州製20mm機関砲三門、合州国製12.7mm機銃四丁を搭載し、いずれもベルトリンクで弾丸が供給される。投射力は当時の帝国軍主力戦闘機と同等以上であり、欧州大戦におけるダキア軍の第一次カルパティア攻勢(帝国側呼称:春季攻勢)において、ダキア方面に配備されていた帝国軍の旧型戦闘機に対して猛威を振るった。
後期型になると馬力の増加とともに武装も増えて行き、東欧動乱に投入された最終生産型はモーターカノンを廃し、エンジンを後方にずらした上で同じ弾薬を使用する帝国製の20mmリンクレス給弾式リボルバーカノンを機首と翼内に収め、翼下には汎用ロケット弾を搭載し、戦闘機でありながら装甲車程度ならば簡単に撃破可能であった。その火力はかつてのライバルである帝国空軍大将ヨーゼフ・ルフトレーダー空軍総監をして、レシプロ戦闘機の最終到達点といわしめている。
各型式・派生型
オリオンI
初期生産型。20ミリ機関砲三門、12.7mm機銃四丁を備えていた。欧州大戦勃発当時のダキア空軍の主力でありながら、国防戦略の影響でその殆どが連合王国やフランソワに輸出、そのまま実戦を迎えた。ライン航空撃滅戦やバトル・オブ・ドードーバードの影響で、現在はわずかに三機が残るのみである。
オリオンII
初期生産型を他国に追いやった直接の原因。ダキアでの小改造によりエンジン出力が若干向上し、それに伴って機銃が二丁増設されている。
オリオンIII
20mm機関砲を帝国から鹵獲、コピー生産したK151航空機関砲に換装したモデル。機関砲の性能が向上した以外は据え置きであり、オリオンIIの亜種とみなす研究者も多いが、垂直尾翼の大型化や機体の若干の延伸など、目立たないがのちのモデルにつながる重要な変更点が多い。
オリオンIV
グリフォン57エンジンに換装され、さらなる機動性と重武装を手にした欧州大戦期の最終モデル。機銃の数とモーターカノンをそのままに、世界初のK601リボルバーカノンを一門ずつ翼に埋め込み、翼下には無誘導対地・対空ロケット弾用のハードポイントが設置された。
オリオンV
二千馬力級に達したグリフォン61エンジンを搭載し、機首に一門、翼内に二門のK610リンクレスリボルバーカノンを搭載。12.7mm機銃はここにきて全廃され、浮いた重量でハードポイントが増設された。
オリオンVI
オリオンVにグリフォンエンジンの最終改良型である130型を搭載した、オリオンシリーズの最終進化形。初期型のジェット戦闘機に混じってオリオンVとともに東欧動乱にも投入された本機は、その重武装によりかなりの数の初期型ジェット機撃墜記録を保有する。列強による開発競争によって高速のジェット戦闘機が実用化された1930年代に於いても、兵装や機関をその場その場で交換しながら、対地攻撃機として長く使用され続けた。
オリオンII-B
マルチロール型。機関銃を外し、対地攻撃用の40mm機関砲や航空爆弾、対艦攻撃用の魚雷などを搭載できた。攻撃・爆撃武装はパージ可能であり、本機でエースの称号を得たパイロットは少なくない。
オリオンIII-Int
複座邀撃戦闘機型。延伸された機体を活かし、後部に20mm連装斜銃を装備したものである。本土防空用として開発されたものの、戦線の広域化によって本来の用途で使用されたのはごく短期間であり、電波航法の進歩によって、もっぱら補助夜間戦闘機として、サジタリウスII-NV双発夜間戦闘機と共にパンノニア航空撃滅戦で活躍した。
オリオンIII-S
偵察機型。武装を12.7mm機銃二丁に絞り、後方にカメラ手用の座席を増設した。主に参謀本部直属の航空偵察ユニットが装備しており、生産数は少数にとどまる。
東欧動乱やら欧州大戦やらいろいろ出てきましたが、とりあえずしばらく頭の片隅に追いやっていただいて構いません(東欧動乱に至っては書くか否かすら不明)