ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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数週間遅れの投稿、大変申し訳ありません。リアルの諸々が終わった影響でモチベが崩壊しておりました。





幼女戦記最新刊読んでたのは内緒(


第十八話

ブールクレストの中心街、クルツラスク宮殿の南翼に位置する貴賓室。常日頃は施された精緻な装飾と程よく華美な調度品が華やかな雰囲気を醸し出すそこに、しかし今は重苦しい沈黙が満ちていた。

 

七メートル四方ほどの部屋の中央、壁際の飾り棚や照明などのインテリアの数々に囲まれて鎮座しているローテーブル、およびそれを挟んで両側に置かれた二組のソファには、それぞれドアから向かって左側に二人、右側に三人が腰掛けている。具体的に言えば、ホストが左でゲストが右だ。

 

左側に腰かけているのは、栄えあるダキア軍元帥にして今はキリキリと痛む胃をコッソリとさすりながら、それでも外面だけは威儀を正して腰かけるミハイと、その付き添い兼後見人役――ミハイには父親も母親もおらず、兄は二人とも不在なため――たるピョートル・ウーランゲーリ中将。二人とも、常日頃の灰色一色の姿とは打って変わって、平時の礼装を羽織っている。こんなところでも宮廷人ではなく軍人、それも数十年単位の軍歴を持つ大ベテランを引っ張ってくるあたり、軍事以外の分野でのミハイの人選のセンスのなさが読み取れる…と、言いたいところだが、今回に限っては事情が異なる。なにせ、テーブルを挟んで反対側に腰かけ、こちらを睨んでいる二人の身分が身分なのだ。

 

ダキア側から見て一番左、お淑やかそうに紅茶を啜っているのはアンネリーゼだ。たとえ本性がバレている相手の前でも堂々と仮面をかぶるあたり、図々しいんだか逞しいんだか…。外面は完璧であるが、ダキア軍の大抵の人間は彼女の本性を直にせよ又聞きにせよ熟知しているため、自然と注がれる視線は冷ややかなものになった。

 

しかし、残りの二人はそうもいかない。アンネリーゼのすぐ隣にどっかりと腰かけ、同じく礼装でその身を包んだ見るからに学究肌の男は、彼女の父親にしてゼートゥーア伯爵家次期当主たるハンス・フォン・ゼートゥーア帝国軍准将その人だ。ミハイらと同じように礼服に身を包んだ彼の表情は見かけこそ柔和な微笑みだが、その実灰色の瞳は笑っておらず、値踏みをするように真っ直ぐ彼を射抜いている。覇気でも出せるんじゃなかろうかと、ミハイは明後日の方向に思考を逃避させた。

 

「お久しぶりですな、ミハイ閣下。秋津洲戦役以来故…八年ぶりと言ったところでしょうか」

「こ、こちらこそその節はお世話になりました。遅ればせながら、准将への昇進おめでとうございます。ルーデルドルフ准将はお元気ですか?」

「奴ならば元気すぎるほどですな。閣下のことを知って以来、作戦局で大暴れしておりますよ」

「ア、アハハ…その節は大変なご迷惑を。それと…敬語はやめていただけませんか?」

 

他方、ウーランゲーリ中将の胃を蝕んでいるのはアウグスト・フォン・ゼートゥーア歩兵大将の存在だ。何を隠そうこの二人、ルーシー革命以前にちょっとした因縁が存在する。

統一暦1800年代の終わり頃、オストポルスカ地方の帰属をめぐり、ライヒとルーシー帝国は大規模な武力衝突を起こした。ポラニエ=ルーシー戦争の幕開けである。

のちに発覚する帝国=連邦間で締結されていたラッーパロ条約の遠因となったこの戦争において、ゼートゥーア大将は帝国軍の第三十七歩兵師団長として、ウーランゲーリ中将はルーシー軍のコサック騎兵師団長代理として従軍しており、二人はティゲンホーフ市近郊で正面衝突。師団長代理の身ながらウーランゲーリは第三十七師団を強かに打ちのめし、同市を占領したのである。戦争にこそ敗北したものの、ウーランゲーリは一躍ルーシー帝国軍にて名を挙げ、反対にゼートゥーアは大将位を得たものの、敗北の責任を問われて左遷を食らった。

要するに、メンツを潰した人間と潰された人間が、こうして真正面から顔を合わせているのである。夏は未だ遠いと言うのに、ウーランゲーリの背筋はじっとりと汗で湿っていた。

 

「久しぶりだな、ウーランゲーリ中将。ティゲンホーフでは世話になったな。家族は息災かね?」

「ハッ。ミハイ閣下のお助けもあり、妻も息子も無事にダキアに亡命できました。閣下も…その…ご壮健で、何よりです」

「まぁ、生きているだろうとは思っていたよ。私を失脚させた英雄殿だからな」

「その節はご面倒を。ご寛恕いただければ幸いです」

 

お見合いだと言うのに恐縮し切りなダキア側を不憫に思ったか、「その辺にしときなよ、お父様もお祖父様も」とアンネリーゼが助け舟を出すが、父親と祖父はそれを一蹴。

「「せめて過去の愚痴くらいは吐き出させろ」」と、見事にハモった二人を見て、アンネリーゼも匙を投げた。

 

かくして地獄の幕が開く。

一時間にわたってひたすらにグチグチととにかく様々な方面でそれとなく責められ続けた二人は見るも無惨な状態になり、心なしか口から白い何かが漏れ出すほど。

 

やがてウーランゲーリは重圧に耐えかねてビアホールに繰り出そうと部屋から退出し、続いて本来の目標を思い出したゼートゥーア家の男性陣も豪奢な黒檀のドアを潜ったことで、ようやくミハイとアンネリーゼは二人になる機会を得たのだった。

 

 

 

 

 

「…大丈夫?」

「むり。しぬ。ほんとむり。しばらくほっといて」

「知能レベル、だいぶ下がってる…」

 

心なしか絵柄が変わったような表情でだらしなくソファにもたれ掛かるミハイを、アンネリーゼはそれはそれは気の毒そうな目で眺めていた。

十数分たってようやくIQが元の四分の三くらいに戻った彼は、有無を言わさぬ勢いで葉巻を取り出し、暫しバルコニーで静かに紫煙を燻らせていた。

 

「あれ、タバコの煙は嫌いなんじゃ?」

「たまには許す。それに、私も空が見たい」

「さいですか」

 

二人並んでバルコニーに頬杖をつく様は、まるで恋愛喜劇のワンシーンのよう。七年前の話とはいえ、共にダキアを旅した二人である。肉体関係こそ無いものの、当時はそれ相応の仲だった。わずか三ヶ月、されど三ヶ月。列車強盗に遭うわカルパティア山脈で遭難しかけるわようやく辿り着いたボロ宿で寝床をシェアする羽目になるわとやたら濃密な旅路は、二人の絆を確かなものにしていた。

かつての旅情に思いを馳せつつ見上げる蒼穹は透き通るような美空色。雲ひとつない快晴だが、郊外に造られた人工湖を目指しているのであろうアジサシの群れが、少しばかりのアクセントを残している。

 

「だいぶ変わったね、ブールクレスト」

「そりゃまあ。俺も相当頑張ったし、七年もあったんだ。色々やれるさ」

 

かつてティゲンホーフ程度の規模しかなかったブールクレストは、今や帝都ベルンにも負けない、世界に誇れる一大都市に成長していた。

非常識なペースで進む工業化とそれに伴う移民の流入や人口の増加、他国との盛んな交易や大規模な軍拡は、副作用として都市の拡大と高層化を推し進めた。今では地上六階建てのビルは珍しくもなく、すでにその規模は西暦世界現代のブカレスト以上だ。かつて宮殿や現参謀本部に並ぶ首都のシンボルであり、二人の仲の出発点となったホテルも、今では数ある高層ビルの一つである。

 

「あのやたら高い建物は何なの?」

「ああ、あれは俺の趣味で建てた展望台兼電波塔だ。地上十五階で、高さは百七十メートル。パリースィイのエッフェル塔と並ぶ、欧州で二番目に高い建築だよ」

 

東京スカイツリー建設以前の東京と同じように、既存のラジオ発信局ではコンクリートならぬレンガとモルタルのジャングルに阻まれて、ブールクレスト外郭地域まで電波が届かなくなってしまったのだ。ダキアの首都に限れば、一世帯にラジオ一台はすでに当たり前になりつつある。映画館や劇場、図書館にデパートなどの商業・娯楽施設も充実しつつあり、我らが都会っ子のドレイク君は大喜びだ。凌雲閣によく似た塔は、クルツラスク宮殿の正面道路を半キロほど進んだ所に建っており、ミハイ曰くまもなく開業を迎えるということだった。

 

「…本当に、俺みたいな軍事バカでもいいのか?」

「逆に聞くけど、あなた以外に私をもらってくれる人が居るとでも?」

「あー…うん、そうだな。俺が悪かった」

「なんか腹立つ」

「理不尽!?」

 

 

 

 

 

参加するゲストの錚々たる顔ぶれに相応しく、二人の結婚式は豪華なものとなった。家主不在のクルツラスク宮殿を借り切って行われた式は、ダキア人や帝国人のみならず、連合王国人や協商連合人、果てはフランソワ人や秋津洲人に至るまで、軍人も民間人も関係なく礼装に身を包み、新たな夫婦の門出を歓迎した。

 

式そのものは、大聖堂が改修工事で使えなかったため、急遽参謀本部のメインホールを間借りして行われた。宮大工たちが本気を出した全面ガラス張りのドームの下、あえての真っ白な十三年式軍服のデザインをベースとする陸軍式のメスドレス姿で新婦を待っていたミハイは、ゼートゥーアに手を引かれて現れたアンネリーゼの姿に、危うく腰を抜かしかける羽目になった。

 

この日のために革製品の限界に挑むように軍靴を磨き上げ、儀仗銃を丹念に整備し、曇り一つなくサーベルを磨き上げた、第一種礼装姿の旧第六歩兵師団の面々が形作るサーベルアーチを、彼女は物怖じすることなく堂々と、それでいてゆったりとした足取りでミハイの下に歩み寄る。緻密なレースが編み込まれた純白のヴェールの下から覗く顔は、ただでさえ美人といって差し支えない顔に施された薄化粧も相まって、傾国の美女かくあらんというほど。ゼートゥーア家に代々伝わるプラチナと銀のティアラ――嘘か誠か、十数代前の当主が世界周遊旅行の果てに秋津洲を訪れた時、北陸は加賀ノ国の職人に作らせたという象嵌造りの一品――に、ゼートゥーア家の紋章が螺鈿細工であしらわれたペンダントは、どちらもそこまで自己主張をすることなく、ドレスと共に彼女の性格とは正反対な怜悧な印象を与える透き通った美貌を引き立てている。

ドレスそのものは一見質素な作りだが、よくよくみると淡い水色の線で恐ろしく細かい唐草模様が刺繍されており、作り手の凄まじい技量を感じさせる。ゼートゥーア家の質実剛健さは、男衆にしか当てはまらないのだろう。全体的に柔らかな印象を与えるドレスは、彼女の燃えるような緋色の瞳にうまくマッチしていた。

果たしてつつがなく式は運び、金色に輝く参謀モールを胸から肩章に結えつけるミハイは、未婚歴ちょうど五十年にしてようやく結ばれたのであった。

 

「ようやくこれで全員既婚ですか。人生の墓場に骨を埋める準備はできましたか、閣下?」

「あんまり飲みすぎるとアリスティカ…もとい、ミセス・ドレイクに叱られますよ、中佐*1。あれは忘れもしない半年前、中佐が最寄りの花屋の売り子に…」

「ちょっ、まっ、やめてください、閣下!」

「こいつは隅に置けんなぁ、ドレイク。浮気は男の勲章などと言うが、程々にしておけよ。…ハァ

「だから浮気じゃないと…ん?オイ、そのため息は何だビアント。…貴様まさか!?」

「バカ、よせドレイク!ここにいるのはミハイ閣下だぞ!」

「私を何だと思っているんですかねぇお二方は」

「義父が義父ですからねぇ、何をバラされるかわかりませんよ。ですよね、ゼートゥーア閣下?」

「はて、何のことやら」

 

ビアントは少し前にフランソワ軍の高級将官の親戚と、ドレイクはダキアの軍人貴族家系の娘とそれぞれ結婚しており、特にドレイクに関しては軍内でも愛妻家として有名である。

三人に混じっていつもの微笑を貼り付けながらグラスを傾けるゼートゥーアも、心なしか纏う雰囲気が緩やかなものになっていた。

 

「周辺諸国にはいい薬になるだろう。素人目にも分かる帝国=ダキア間の関係の深化だからな」

「そうですな、閣下。我が国の上層部にも、良い冷や水になってくれればいいのですが。…最近、どうにも上が臭いもので」

「お互い、酷使される現場は大変なものだな、アンソン中佐」

 

協商連合人、連合王国人、フランソワ人、帝国人、それにダキア人が仲良くテーブルを囲んでグラスを片手に談笑!数年前なら絵空事と笑い飛ばされたろう。喜ばしいかな、これは現実なのだ。

 

包囲網の一角が中立に傾いた事は、帝国包囲網諸国の煮えたぎった脳髄を冷却し、彼らに緊張の継続を決断させる。

 

 

 

 

 

その筈だった。

 

『臨時ニュースを申し上げます、臨時ニュースを申し上げます。本日1923年二月十六日、協商連合はノルデン国境を越境。両国は戦争状態に突入しました。繰り返します。本日協商連合は――』

 

『本日、レガドリア協商連合国評議委員長ペッテル・アルベルト・ハンソン氏の要請を受け、本職パウル・ルノーは、悪逆なる帝国に対し、宣戦を布告します。協商連合の大地を踏み荒らし、非道な惨殺を繰り返す国家に対する戦いは、必ずしも易しい物とはなりますまい。しかし、国際平和を守護する義務、協商連合の同胞達を護らんとする義憤、そして彼の国の非道を止める為、私は国家を代表し、一人の公僕として――』

 

結論から言って、緊張は儚くも崩壊した。引き金を引いた協商連合政府、そして帝国軍共和国方面軍の弱体化と包囲網崩壊の恐怖に煽られてそれに乗った共和国、そのどちらに責があるかは、ここでは置いておこう。

 

はっきりしているのはただ一つ。

 

「速報です。ダキア大公国政府がようやく重い腰を上げました。既に地上軍が越境し、パンノニア平野に進出を開始しています」

「ご苦労。これでライン戦線も多少楽になると言うものだ」

 

望むと望まざるとに関わらず、賽は投げられたという事だ。

*1
つい二週間前付で昇進。本人曰くもうちょっと早く昇進したかったとのこと




次回から大戦編に入ります。長かった…本当に長かった…
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