ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
一応、そう、本当に一応だが、ダキアには列強間の緊張が爆発した際に備えて、戦争を仕掛ける用意はあったのだ。イルドアを巻き込み、係争地の返還と海外植民地利権の保有を条件に帝国側でフランソワと連合王国を向こうに回す、ツェペシ計画がそれに当たる。
海軍艦隊の全力出撃によってダンケルクを試みる艦隊を叩き潰すと同時に、イルドアと共同でフランソワと連合王国の南方大陸植民地およびチョークポイント二つを攻略して連合王国地中海艦隊と東洋艦隊を締め上げる。続けて余勢を駆って新鋭航空機を以てバトル・オブ・ドードーバードを制し、最終的に連合王国を降伏させるというものだ。半ば博打に近い計画だが、ゲオルゲ中戦車やオリオン戦闘機と言った新型兵器の予想外の高スペックに、
『これ、行けるんじゃないの?』
と、目の色を変えた参謀本部によって、かなり真剣に策定されている。現実的な収支を考えても、帝国と本格的な陸戦を交えるよりは遥かに安上がりな上に、領土と植民地を拡大できる公算も高い。産出するのがせいぜいタングステン程度な帝国南部とは異なり。連合王国の誇る海外資産は、そのほとんどが一級品だ。七つの海を制覇せし連合王国の名は伊達ではない。
もっとも、余計なことをしでかした貴族連中のせいで、完全におじゃんになったわけなのだが。
「西部戦線の状況は?」
「芳しくありません。北方軍と南方軍、それに西部軍の残骸はカルパティア・ラインに張り付けていますが…帝国の南部方面軍二十二個師団に対し、我が方がおおよそ十二個師団です。いまだに装備転換も済んでおらず、戦前の想定と大きく逸脱した状態で戦わざるを得ません」
「クソっ、機甲師団と魔導大隊一個踏みつぶした程度では止まってくれんか…!」
軍部に一切の通告なく、中央政府が一方的に行った宣戦布告。越境部隊に巻き込まれてバラバラになった西部軍の残骸と、北部・南部の兵力をかき集めて構成された防衛線は、最終防衛ラインにしてはあまりにも頼りなかった。
最短でも三年、一番古いWz.1916に至っては八年弱の全力生産を経て、東部工業地帯に山のように保管してある累計五百万丁の最新式小銃の数々とて、兵士たちの手に届かねばそれはただの高価な鉄パイプ。肝心の兵士に至っては動員の準備すら始まっていない。
かろうじて南部軍の第七・第六両師団が保有していた70口径40mm機関砲とタングステン弾で帝国側の魔導部隊と機甲部隊を粉砕したが、その程度で進撃を止めるほど、帝国軍は生易しくはなかった。
「閣下、緊急の連絡です。ピテイシュ市の第三師団司令部が決別電を送ってよこしました。間もなく敵軍がブールクレストに迫ってくるものと思われます」
そうこうしているうちに、ミハイの手元にもたらされたのは首都攻防戦が近いという凶報。居並ぶ高級参謀連とて、これではそろって天井を眺めるほかなかった。
そんな中、真っ先に再起動を果たし、覚悟の決まった眼で伝令将校を見据えたのはミハイだった。
「…東部工業地帯に貯蔵されている装備の内、半個師団分を首都に回せ。防衛の準備を整えるぞ」
「閣下、しかし現状首都に展開できる兵力は存在しません。ここはやはり首都機能をヤッシーに移していただくしか…」
悲壮な表情で後退を進言する将軍を、しかし彼は震え声でなお笑い飛ばす。
「兵力がない?何を言う。ここはブールクレスト、ダキア大公国軍の頭脳だぞ。われわれ参謀将校とて兵士の端くれ、かき集めれば民兵と合わせて、五千人くらいは集まるだろうさ」
徹底抗戦の意志をあらわにするミハイ。なおも後方に移っての指揮の継続を進言する将軍たちの申し出に礼を言い、しかしミハイはそれらを断固として断った。
「私は貴族連中と同じ椅子に甘んじるつもりはない。思い出せ、元よりこれは半分政争なんだ。貴族連中が他国に逃げ出す中、一人ブールクレストに留まる軍司令官!格好の宣伝材料だと思わないか?」
うっ、と言葉に詰まる参謀らは、やはりダキア軍の叡智の結晶だ。政治を理解できる軍人というものは、戦時下の国家にあって得難い人材である。
いくら貴族連中の亡命*1が軍事力を背景に半ば強制されたものだと言ったところで、背景を知らない市民たちには彼らが大公国を見捨てて逃げ出したようにしか映らない。そんな状況下で、断固としてブールクレストの参謀本部に居座り続ける元帥旗とその保有者の影響力は日に日に増しており、もはやミハイの人気はクーデターすら特に苦労もなく可能なほど。ここでミハイがヤッシーに逃げ出せば、国民からの失望は取り返しのつかないレベルになりかねない。
「兵站総監は首都防衛部隊の武装の手配を、作戦総監は首都防衛網の整備を行え。尻で椅子を磨くうちに、ライフルの持ち方を忘れたとは言わせんぞ!」
無理やりひねり出した虚勢に近いのは参謀らとて百も承知。それでも、恐怖を押し殺して『撤退』を断固として拒絶する最高司令官は、彼らの目に輝いて見えた。ハッ、と短い返答とともに敬礼を寄越した将軍たちは、先を急ぐように会議室から退出してゆくと、やがて各々のシマに辿り着き、毅然とした怒鳴り声を上げ始めた。心地よさそうに喧騒に耳を傾けていたミハイは、ふと後ろの元帥旗を振り返る。
「さぁて、
各個人の思惑がネガティブな方向に飛び交う中で、ブールクレスト攻防戦は始まった。
「偵察ユニットが帝国軍の先鋒集団を発見いたしました。三分前の時点で彼我の距離は二十三キロ、総数はおよそ一個師団、幸運なことに、歩兵師団です。……しかし、その尻を装甲部隊が追いかけていない保証は」
無い、と言わせる前に腕を一振りして少壮の伝令将校を黙らせたミハイは、その後ろに控えている叩き上げの中尉に肝心の部分を問いただした。
「敵砲兵の動静は?」
「空軍曰く、帝国軍の先鋒集団は重装備を帯同していないそうで。重砲につるべ打ちにされる心配はないでしょう」
ただ、と暗い顔で彼は続ける。
「歩兵の所持している迫撃砲と歩兵砲が怖い。砲兵が居ようが居まいが、こちらには歩兵銃しかありません。頭を一方的に抑えられる危険は否めないかと」
ブールクレストに現在駐屯しているのは、南部軍第十九師団の第十七歩兵連隊のみ。残りは参謀本部の人員が千名ほどと、根こそぎかき集めて軍服を着せた民兵が大体四千人弱。対する敵先鋒は、砲兵が居ないとはいえそれでも一個師団一万五千人だ。まともにやり合って勝てる戦ではない。
ゆえに、ミハイは装備差でのごり押し防衛を選択する。
「全将校、傾注!」
「ご苦労。これより三分後、ブールクレストに戒厳令が発令される。帝国軍は指呼の距離に迫っており、すぐにでも彼らの軍靴の響きが聞こえることだろう。民兵諸君!君達の任務は市民の避難誘導だ。戒厳令の発令を待って、そのドラ声で避難を叫びたまえ。君達の仕事は、今のところは戦争ではない。まずは市民の避難誘導に集中してほしい」
ライフル一つ持たされていない、軍服を羽織っただけの民兵たちが真剣な顔で演説に聞き入っているのを確認し、続いてミハイは悲壮な覚悟の籠った視線を向ける軍人たちに向き直った。
「独立大隊並びに親愛なる参謀将校諸君、喜べ。私自身を含め、貴官らには最新の軍用小銃が支給される。普段は制限されている弾丸も使いたい放題だ。彼我の戦力差は膨大だが、弾薬の投射力だけなら負けないはずだ。四日間持たせれば、東部から援軍が到着する。はるばるモルドーヴァから、わが軍最精鋭のドラシュ中将の第一機甲師団と、ミケル大佐の第一魔導連隊がお出ましだ。地の利と装備の利はこちらにある。絶対に希望を捨てず、最後まで奮戦せよ」
軍用ライフル一本以外に何も持っていない者、鉄帽をしっかりと被り直し、装具の点検の片手間に演説を聴く者、そしてコマ○ドー顔負けの量の武器を抱え込み、全身弾薬庫と化した者。寄せ集め部隊に相応しく、各自が山と積まれたヤッシー陸軍工廠謹製の最新銃火器と装具から好き勝手に自分の装備を整えた結果、彼らの外見は千差万別であり、しれっと演算宝珠を握りしめた者までいる始末。かく言うミハイも、肩から引っ提げているのはK202汎用機関銃と、技研からのプレゼントであるMP5モドキであり、首には精密懐中時計こと連合王国製の最新型演算宝珠『ウォーラス』の大魔力対応特注品を下げている。
「最終防衛ラインは参謀本部と兵器廠。宮殿は放棄して構わんが…いや、前言撤回だ。出来れば保持しておきたいな。万が一長期戦になったとき、飲む酒と貪る飯、それに籠る障害物が減るのはいただけない。宝物の類はばらまいてしまえ。帝国軍とて人間だ、多少なりとも目がくらむ輩はいるだろう」
必ず、ブールクレストを守り切る。そう力強く言い切って、ミハイは演説を締め括った。
「ああクソ、一体何人いやがるんだ、ジャガイモ野郎は?ぶっ殺してもぶっ殺しても、ゴキブリみたいに湧いてきやがる」
「弾切れがないのがせめてもの救いですな。…っと、また来ましたよ。第五派です」
合州国系の中央参謀であり、元第六師団所属のアーネスト・デイビッドソン参謀中佐は、首都駐屯連隊の名も知らぬフランソワ系伍長と共に、いつの間にか自身が最先任将校となった大隊を率いて、ドゥンボヴィツァ川東部にかかる三本の橋を決死の覚悟で防衛していた。
第二防衛ラインで守り通している北側とは異なり、高層建築物の少ない南側は早々に撤退を余儀なくされ、クルツラスク宮殿には既に帝国国旗が翻っている。とはいえ、宮廷の財宝を犠牲に酒や食品の類は運び出せたため、結果オーライと言って良いだろう。
しかし、問題はそこからだった。軍民問わずモータリゼーションの波に呑まれて増加の一途を辿る交通量に対応するべく橋を堅牢に作ったのが仇となり、工兵の爆薬でもびくともしない頑丈な渡河地点が何本も川に残されてしまったのだ。元々首都攻防戦など想定していなかったため、仕方がないといえば仕方がないだろう。
小癪な防衛部隊を片付けようと帝国軍は昼夜を問わず断続的に攻勢をかけてきており、ローテーションをする余裕もないダキア軍は疲労が溜まる一方。アーネスト自身、最後に何を食ったかも、最後に寝たのがいつなのかも思い出せないほどの激戦の連続だった。
「右翼側、弾幕薄いぞ!敵擲弾兵に肉薄されている!えーと…面倒臭ぇ、そこの軍曹!分隊を直卒して橋上の第六小隊の援護に向かい、そのまま現場の最先任の指揮下に入れ!」
「了解であります。ですが、機関銃兵を一人お貸しいただいても?それと、小官はボグダネル軍曹であります!」
「そこの二等兵の首根っこを掴んでいって構わん!頼むぞ、軍曹!」
「大隊長代理殿、増援です。ブールクレスト第一選抜増強民兵大隊が到着しました」
「大隊長のハララム少佐相当官です。最先任将校殿は?」
そうこうしているうちに、アーネストのもとに増援らしき人間が到着した。民兵かと一瞬落胆しかけた彼は、次の瞬間ミハイに最大限の感謝をすることになる。
「最先任のデヴィットソン中佐だ。貴官の従軍経験は?」
「大隊全員が徴兵法下の兵役を経験しています。中佐殿を大佐殿に昇進させる書類も元帥閣下から受け取ってきました。これよりハララム少佐以下第一増強民兵大隊は、大佐殿の指揮下に入ります」
「おお…ありがとうございます、元帥閣下。よし、早速だが第一大隊は東側のヴェスヴァナ橋の、第二大隊の第一中隊はここの、そして残余は西側の防衛に向かい、現地部隊の指揮下に入れ。さぁ、戦争の時間だ!」
二日の距離にいる機甲師団より、今ここにいる増強歩兵大隊。民兵と銘打ってはいるが、おそらくミハイが選抜して送ってくれたのだろう。その練度は正規部隊に匹敵するほどだ。
増援の到着により、十五分も経つ頃にはダキア軍は段々と息を吹き返し始めた。元々、参謀将校らを無理矢理かき集めて編成された防衛部隊故に、最下級の物でもほとんどは少尉。苛烈な参謀育成過程を経て、自分で戦争をしながら他人の戦争を指揮できるように叩き込まれた連中である。
「ヴェスヴァナ橋、突破寸前!」
「第一大隊に全てを賭ける。注水できる部隊はもうこっちには無い!」
「西側部隊、帝国軍を押し返しました。追撃の許可を求めていますが…」
「そんな余裕があったらこっちに部隊を回せと伝えろ!ここももうそろそろ限界だ!」
「了解です。連絡感謝します、大尉殿。…連隊長殿!西のウーランゲーリ閣下の部隊より伝達です。全渡河地点において帝国軍の撤退を確認。敵に目立った動きは見られず!」
「と、言う事は…警戒続けろ!…そうらきた、第六波だ!キビキビ動け、野郎共!」
嫌になるほど分厚い帝国軍の予備兵力。おそらく、ウーランゲーリ中将の方に回されていた予備部隊が、連隊規模での防衛を余儀なくされているこちらに突っ込んできたのだろう。つくづく戦争の上手い連中だとアーネストは悪態を吐き、手近の機関銃に飛び付いた。どうやら帝国の連中、今日は寝かせてくれる気はないらしい。ボヤけた頭に気付け薬代わりのアルコールを流し込み、彼は代わりの銃身はどこだと空いた右手を瓦礫まみれの地面に走らせるのだった。
「いつまで続くんだろうなぁ、これ」