ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
なんだかんだちょろちょろ帝国側の原作キャラは出てきますのでお楽しみに
デク様被害者の会名誉会員ことハーゼンクレファー中将が見られるのは多分(まだ)ここだけ!
誰じゃそりゃって方は14巻を買うのだ
一方が苦労している時は、もう片方も同程度に苦労しているという戦争小話がある。
圧倒的多数で攻めている帝国軍もまた、ダキア軍の展開する桁外れの弾幕の前に苦戦を余儀なくされていた。
「ったく…情報部の連中、適当な仕事しやがって。何が旅団の残骸規模の民兵部隊が守る都市だ。この銃弾の量、ここだけで一個旅団くらいいるんじゃないか?」
「向こう岸で駆け回ってる人間見る限りは、本当に連隊ぐらいしかいないんですけどねぇ」
ウーランゲーリとアーネストがそれぞれ部隊を直卒して防衛にあたっているブールクレスト攻略を試みる帝国軍第四十七歩兵師団は、南部地域に対しハーゼンクレファー大佐率いる増強連隊を送り込み、ドゥンボヴィツァ川の攻略を厳命していた。
一日目は楽な仕事だった。彼の旅団がやったことといえば、散発的な一撃離脱戦法での抵抗を試みるダキア軍兵士を追い返しつつ、途中でめぼしい物質を徴発しながら、さながらゴーストタウンの様なブールクレスト市街を進軍して行くだけ。高層ビルが林立する北側の官庁街とは異なり、こちらは高くても三、四階建てのビルがほとんどであり、狙撃兵の排除も容易だった。
「全ブロック、クリア!地下道の類も完全に瓦礫で封鎖されており、後方への浸透は不可能です」
「よぉし。総員、行軍を再開せよ!目指すはクルツラスク宮殿だ。天頂に、我らが双頭の龍を掲げに行くぞ!」
「「「うおぉぉぉぉ!」」」
十数分後に宮殿に辿り着いた彼らが押し入った時には、宮殿はアリンコ一匹いないもぬけの殻であり、食料品やアルコールの類はごっそり消えていたが、ダキア数百年の歴史を物語る調度品や美術品の類は健在であった。
「すげぇ、俺これギナジウムの時ルメリア史の教科書で見たことあるぞ…」
「売ったらいくらになるんだろうなぁ、こいつら」
「間違ってもくすねるんじゃないぞ!帝国に持ち帰って、イルドアに売り飛ばすんだからな」
「ちぇっ、一個くらい良いじゃねぇかよ…」
「やめとけやめとけ、見つかったら軍法会議で銃殺行きだ」
丁重に梱包した財宝を後方の鉄道駅に送るために輜重部隊の一部を手放した彼らは、その日はゆっくりと宮殿で一夜を過ごした。
しかし、その後の二日目は帝国軍第四十七歩兵師団第二増強歩兵旅団にとって、最悪の日だったと記録される。
宮殿の広い敷地を乗り越え、観光気分がどこか抜けないまま進軍を続けた彼らを待っていたのは、決死の形相で守りを固め、ドゥンボヴィツァ川の北岸に築き上げた堅固な防御陣地から凄まじい量の弾幕を浴びせかけてくる、ダキア軍の臨編歩兵大隊だったのである。
半自動小銃、短機関銃、汎用機関銃、重機関銃、そして試作型の航空機関砲や失敗作に終わった各種兵器群。この世に存在するありとあらゆるカテゴリーの連発式兵装を手に、故郷を守らんと果敢に抵抗する彼らを前に、帝国軍の進軍は停滞を余儀なくされた。
ローテーションで橋の突破を試みようにも、猛烈な弾幕を前に帝国兵の屍が積み上がるばかり。じわじわと押し上げてはいるのだが、その代償として帝国軍は既に一個大隊に匹敵する規模の犠牲者を出していた。河川用舟艇なんて持っている訳もなく、持っていたとしても200メートル級の川を渡ろうものならまず間違いなく重機関銃の12.7mmで蜂の巣だ。
そうこうしているうちに雨まで降り始めた。バケツをひっくり返したようとまでは行かずともかなりの雨であり、ドゥンボヴィツァ川が大幅に増水して手がつけられなくなってしまった。流木と瓦礫交じりの泥流が逆巻く川はあらゆる生物の存在を拒むように暴れており、泳ぎどころか小舟ですら吹き飛ばされかねない勢いだ。
頼みの綱兼虎の子の軽戦車中隊は初日の戦闘で早々にエンジントラブルを起こして沈黙しており、装甲戦力による援護は今しばらく望めそうも無い。早期の突破を厳命されているハーゼンクレファー大佐は、どうすりゃ良いんだと頭を抱えるばかりだった。
「第三大隊がヴェスヴェナ橋を突破しました。…しかし、この弾幕です。進軍が望めるとは…」
「……わかった。現時刻をもって全攻撃を中止し、クルツラスク宮殿まで旅団を撤退させる。これでつり出されてくれれば儲けものだが…敵もバカじゃない。引っかからんだろうな」
ちょうどヴェスヴェナ橋に民兵大隊の増援が到着し、帝国側の戦意がボロボロになりかけたところで、彼は自隊に撤退を指示。長く旅団長を務めているだけあって、彼の撤退戦術はしっかりと教科書的だった。
「ライフル兵、援護兵、突撃兵は遅滞戦術を行いつつ順次撤退、工兵隊はブービートラップを設置!機関銃兵はその間の時間稼ぎだ。残りの弾薬をありったけブチかまして制圧しろ!」
早期の突破に失敗した今、消耗した旅団で河岸に拘泥し続ける理由は何も無い。それどころか、無理に突破を試みようものなら対岸で旅団の主力が包囲されてしまう危険すらあった。
果たして彼の予想通りダキア軍は川の北岸に留まったまま動かず、帝国軍は成功裡にドゥンボヴィツァ川から撤退。日暮と共にブールクレスト北西部の部隊も侵攻を停止し、夕暮れまで続いた二日目の戦闘は、両軍の痛み分けで幕を下ろした。
とはいえ、情勢が帝国軍有利なことには変わりない。旅団の後方司令部にほうほうの体で帰還したハーゼンクレファーは、そこで思いもよらぬプレゼントを受け取った。
「本当の本当に、これを指揮下に加えてもよろしいのですか、閣下?」
「くどいぞ、大佐。無茶な早期突破を命じたのは私だ。北西部に主力を拘束し、また拘束されている以上、貴官ら別働隊に戦力を供給するのは私の義務だ」
「ありがとうございます、師団長閣下!」
無理に無理を言わせて奮闘した前進修理工廠からの、ささやかなサプライズ。どうにかこうにか修理を終えた一個小隊八両の38(t)軽戦車が、彼の旅団の指揮系統下に加わったのだ。
これは勝てるぞとほくそ笑んだ彼は、早速この事を旅団司令部に伝えるべく、少壮将校の様にウキウキと駆け出していった。
一方その頃、ここはブールクレスト北東部の森林地帯。程よい間隔で松の木や低木生い茂り、木漏れ日の中にポツポツと豪邸が点在するエリアの一角に、増強中隊規模の短機関銃と汎用機関銃を装備した歩兵に警護された、小高い丘の上にあって凄まじい存在感を放つ深緑色の水堀に囲まれた一つの大きな城があった。
大の大人の背丈の優に二倍はある高さと、明らかに初期の大砲を意識している3メートルほどの分厚さを兼ね備える堅牢な城壁の上にはズラリと重機関銃と高射機関砲がその黒光りする銃砲身を並べており、見るものに嫌な威圧感を与えている。
ぐるぐると螺旋を描く様に丘を登っていく内城壁のてっぺんには、直径十五メートルほどの巨大な尖塔と、それを取り囲む様に建つ八つの八角形の砦の様な塔で構成された本丸が聳え立っており、銃眼という銃眼には旧式とはいえ、それでも立派な連合王国製の重機関銃が顔を覗かせていた。
師団規模の帝国兵すら押し返せそうな厳重な防御が敷かれている城だが、その実中身はほぼもぬけの殻。主に仕えるわずかな使用人と、城そのものの維持管理要員が詰めるのみだ。
が、その城主が問題なのである。
「われらがファースト・レディはどうなされている?」
「相変わらずですよ。胴ほどもある本を片手に、ゆったりとセイロン産の紅茶をお飲みになっておられます。……正直なところ、あの平静さに救われていますよ。まぁ、閣下の不在でそこそこ不機嫌ではありますがね」
「お元気ならば何よりだ。……まったく、御婦人らしからぬあの図太さだけは見習わねばな」
城のバルコニーから散発的に響いてくる爆発音をものともせず、バルコニーに置かれた金属フレームの白い椅子に腰かけているのは、城主名代である参謀総長夫人ことアンネリーゼ・シュルフリンゲン。ファースト・レディの名で国民に親しまれている、ダキアに残ったミハイ唯一の家族である。
夫が愛用する拳銃とともに城を託された彼女は、持ち前の肝の太さでもっていつもと何一つ変わらない日常を過ごしていた。
「最初こそ、とんでもない方を閣下は娶ったものだと思っていたが……」
「蓋を開けてみれば、これ以上ないほど閣下にお似合いな方でしたねえ」
二十四時間だらけているようでいて、その実アンネリーゼは意外と面倒見がよいタイプだった。
最初の一月ほどは宮殿の一角を間借りしてゼートゥーア邸と変わらない生活を過ごして居た彼女だったが、披露宴以来手を出すどころか会おうとすらしないミハイに痺れを切らし、ミハイが研究開発費にとため込んでいた給料をそっくりそのまま掌握。ミハイ名義で件の城を買い上げると、そのまま彼を名目上の主に据え、自身は名代として事実上の城主に収まってしまった。いったいこの自由人のどこにこんな行動力があったのかというほどの、電光石火の出来事だった。なおこの間ミハイは参謀本部で多忙にしており、自身が城主になったという既成事実を一切知らなかった。
当然ながら、ミハイはなぜこんな事をしたと激怒する。しかし、アンネリーゼの返答はシンプルだった。
曰く、「そう言うならもうちょっと上流階級の人間らしく生きてよ」
「なけなしの給料は趣味ですらない研究開発にどかどかと注ぎ込む、マナーもあまり気にしない、私と言う妻が居ながらほとんど家には帰ってこない、なんなら実質ホームレス。そんなんだからあなたの部下もあんまり休暇が取りづらいし、帰れないの。平然と片付けているその書類の山だって、お父様ですら三日かかってようやく片付けられるかどうかって量なの気づいてる?とにかく、少しは休む!向こう一ヶ月、残業を一回でもしようものなら怒るからね。ちゃんと自分が定めた法律なんだから、参謀さん達だけじゃなくてあなたも九時五時でちゃんと帰ってくる事!…私も、ちょっと寂しいし」
「そ、それじゃぁ師団創設が…」
「何?」
「…ハイ、スイマセン」
参謀本部のど真ん中で行われた一連の説教は、アンネリーゼの狙い通りバッチリ将校らに目撃される。恐妻家や尻に敷かれている連中にポンと肩を叩かれてすごすごと去ってゆくミハイとは対照的に、彼女はこの一件だけで参謀達からの人気を集めることにも成功した。
ちなみに、ファースト・レディの異名が付いたのもこの時である。参謀総長夫人では物騒だし、かと言ってシュルフリンゲン夫人ではしっくり来ない上に、好色家のフェルディナントのせいでシュルフリンゲン夫人は結構いる。そんな時に、話を聞きつけた合州国からの移民であるアーネスト大尉(当時)が思いついたのが、ファースト・レディだったのだ。
「なんだ、そりゃ?」
「俺の故郷の大統領夫人のことですよ。今の閣下って、立場的には大統領みたいなもんじゃないですか。ちょうど良いと俺は思いますよ」
「なるほど。お前らはどう思う?」
「「「「異議なーし」」」」
何はともあれ、こうしてミハイの生活リズムは常識的なそれにようやく修正されたのである。気狂いな仕事量をナチュラルに参謀らにぶん投げてくることもかなり減り、住居も参謀本部からアンネリーゼの指揮下で大改造が施された古城になった事で、365日目の下にあった隈もほぼ解消。二週間に三回くらいの頻度で腰をさすりながらげっそりとした顔で出勤してくることもままあるが、概ね健康体である。
また、余暇が生まれたことで、彼はようやく趣味らしい趣味を見つけることにも成功していた。ずばり、ハンティングとフィッシングである。どちらも、軍用ライフルの使い方に精通していて、なおかつなんだかんだ辛抱強いミハイの性格に合っていた。もちろんどこかの紅茶依存症国家の様に狩るだけと言うことはなく、しっかりと解体するなり捌くなりして持ち帰るまでがワンセットだ。参謀本部の将校らも、休暇明けにミハイがライフルを片手に登庁した時には、フレッシュなジビエ料理の御相伴に与れるので万々歳である。
さて、そんな異名で呼ばれていることなど露知らず、ゆっくりと紅茶を嗜みながら読書に耽る彼女ではあるが、その実ほとんど本の内容は頭に入ってきていない。
「大人しくしていてもらえると、私としてもありがたいんだけど」
その心は、城の地下にあった。