ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
間話のつもりがガッツリめの話になってもうた
ダキア陸軍統合参謀本部。
新興組織ゆえに格式らしい格式も存在せず、いつもどこかで誰かが騒いでいるような、帝国軍のそれとは対極にあるその首都庁舎は、現在進行形で前線並みの慌ただしさと騒がしさを見せていた。
「西部軍第十三・第十四師団合流しました!どちらも、損耗率は一割から二割に収まっています。長距離行軍の後ではありますが、ある程度の休養を挟めば…」
「却下だ!第三軍の穴が埋まり切っていない。新型装備をばらまいたら、即刻前線にぶち込め!」
「中央駅の容量が限界です!これ以上はもう降ろせないと言ってきています。郊外の鉄道駅の使用許可を」
「許可する!民間車両でも何でも使って、とにかく物資を前線に送り込め!」
「機甲師団の配備はまだか!?まだ連隊一個しか送れていないぞ!」
「今やってるっつってんだろが、黙って防衛作戦立ててろこの野郎!」
「外務次官だ!フランソワから、即時の攻勢要請が…」
「それ以上口を開くようなら、そのイカれたクソ外交官をブチ殺せ!今は無理だ!」
「そんな!?」
いつもに増して度合いの酷い暴言が飛び交い、血走った目で報告書と三分おきにアップデートされる地図を囲んで怒鳴りあう参謀らが直面する共通の問題は、突如として発生した帝国との全面戦争。血や泥に塗れた軍服を着替える事も、肩に背負ったライフルを降ろす事もままならず、男女ともに酸っぱい匂いを漂わせながら、彼らは必死で打開策を探していた。
半狂乱になりながらも、彼らは参謀将校だった。幸いなことに、突発的に発生したにも関わらず西部戦線の北部は安定しており、崩壊しかけていた戦線南部は、彼ら自身の奮戦と戦略機動軍団の先鋒集団の到着によってある程度の時間的猶予が存在する。
『盤面をひっくり返せる詐欺はいらない。ただ、奴らを押し戻せる何かが欲しい』
それが、ダキア軍参謀本部の総意だった。
「また閣下の防御膜でどうにか出来ないのか?」
「ありゃ局所的な戦術だぞ?大街道一本を丸々抑えられるようなもんじゃない。それに、俺が見るところさしもの閣下も限界だ。万一敵陣のど真ん中で閣下が魔力切れを起こしてみろ、我が軍は終わりだ」
「国家動員法が悪さをしているな。流石にカルパティア山脈の山越えルートを増やしすぎたか」
ダキア陸軍十二個師団に対し、帝国陸軍二十五個師団。本来は帝国側より装備が優越した二十個師団がいるはずなのだが、西部、北部、南部の各方面軍のいくらかは貴族による背後からの一突きに巻き込まれて瓦解しており、ちょくちょく連邦系のイリーガルが入り込んでは情報部に始末されている東部から軍を動かすわけにもいかず、結果として帝国と同等かそれ以下の装備で、帝国軍の半分の戦力での防衛を強いられている。
カルパティア山脈の山越えルートは多く、そのすべてにある程度の戦力を割かねばならないのも悩みの種だった。
さんざっぱら悩んだ結果、ミハイによって鍛え上げられた参謀達は、一先ずカルパティア山脈の麓までの奪還を目標に動き出した。ある程度帝国軍を押し返したのちに、機甲師団の本隊の到着を待って、反攻作戦までの橋頭堡を確保する算段である。帝国による鹵獲を免れたありったけの鉄道車両による動員兵の注入と、新型兵器の搬送は今のところ順調であり、装備転換もまずまずの早さ。
「財務省からの恨み言に耐えた甲斐があったな。おかげで、東にゃ腐るほど装備が詰まってる」
「東には、です。ここに無ければ、何の意味もないんですよ?」
「だから今俺らが死ぬ気で送ってるんだろうが。無茶苦茶なダイヤ修正と民間鉄道への補填に走り回らされる俺らの身にもなってくれよ」
「そこまでだ、二人とも。しゃべっている暇があるのなら、さっさと書類を片付けてくれたまえ。ほら、追加だ」
さらに追加された書類の山に、小柄な魔導畑の女性少佐は溜息をつき、中肉中背のオッサン大佐は天を仰ぎながら器用に書類に万年筆を走らせ始めた。ノールック筆記はダキア軍参謀の必須技能である。軍のみならず民間をも巻き込んだ無茶苦茶な調整に際し、書類は増える一方であった。
「段々北方からの救援要請も増えてきたな…全く、そろそろ冠雪だというのにジャガイモ共もご苦労なことだ」
「ジャガイモだからな。今ちょうどカルパティア山脈に自分たちを植え付けにきたんじゃないのか?」
「春作の種芋の仕込みが良いところだろうよ。流石に遅すぎだ」
刻一刻と変化する情勢は、一切の油断を参謀達に許さない。南方に予備をぶち込めば北方が悲鳴を上げ、北方になんとか絞り出した戦力を注水すれば、今度は中央が泣きついてくる。首都攻防戦による戦死やMIAの影響で深刻な人手不足に陥っており、満足に目を派遣できない参謀本部としては、情報の優先順位をつけるだけでも一苦労だ。
結局、泥縄式でもやらないよりはマシと割り切った彼らは、虎の子の航空偵察ユニットの派遣を決定する。射程の短い旧世代砲を新型砲に置き換え、大隊で旅団規模の弾幕が張れる新型小銃を前線に送り、陸軍航空隊の反対を押し切り、オリオン戦闘機をベースにした偵察機のみならず、旧型の複葉機まで動員し、彼らは情報を集め始めた。
前線からの悲鳴のような報告を切り捨て、本当に必要な箇所には、首都防衛連隊だろうと惜しげも無く投入。毎日のように送られてくる動員兵を、まともな師団として練成する間も無く前線に投入し、その復路で後送されてくる重傷者の受け入れに七転八倒。
その苦闘の果てに、彼らはなんとか戦線を安定させることに成功する。良くも悪くも、貴族らが宮廷で宣ったように、現在のダキアはある意味軍事独裁国家。戦争指導機構に若干の歪みが入り始めている気配がある帝国や、戦時中も政争の収まらないフランソワとは違い、圧倒的な人気を誇る個人が、軍事力と官僚の支持を背景に既存の統治階級を叩き出して作り上げた、ボナパルト支配下の帝政フランソワに類似した政体で国家を動かしている。政治機構と軍事機構は最高権力者の手足であり、ミハイの命令とあらば軍人と官僚は、汚れ仕事であろうと躊躇しない。全ての決定権と責任がヒエラルキーの頂点に集中する、酷く歪んだ政治体制だ。だが、ミハイの『転生者』というステータスがここで生きてくる。結果論で世界を語れる側の人間が、国家の最高責任者に就いているのだ。
同時代人と比較して圧倒的に間違いを犯しづらい指導者と、適切な下部機構があれば、国難を抱える情勢に限定した話だが独裁政権はうまく機能する。議論の末に『最適解』を導き出すのと、上から命令された『正解』を即座に実行するのでは、根本的な効率からして大違いなのだ。
ダキア軍の軍人達は、自らの最高司令官に絶対的な信頼を置いている。故に、彼らは迷わない。上司の掲げる大目標を、時に意見による修正を加えつつも、彼らは忠実に、遅滞なく実行できる。十年間雨の日も風の日も弾の降る日も、真っ先に鉄火場に飛び込み、同じ釜の飯を食ってきたミハイに対する彼らの絆と忠誠は伊達ではないのだ。『何がなんでも帝国軍をカルパティア山脈の西まで押し返せ』という大戦略を、死にかけながらもダキア軍はしっかりと果たした。
官僚達も同様である。むしろ、ある意味彼らは軍よりも苦労していた。ただでさえ年単位で無茶を要求し続けてきたミハイによって多少は鍛えられた彼らと言えども、『鉄鋼・石炭資源の主要輸入先の唐突な消滅』という一大ハプニングに直面すれば、体調の復元力の限界を試されるというものである。
「輸入先の目処はついているのか?」
「オースティン連邦共和国が大規模輸出に合意した。秋津洲モドキの鉄鋼鎖国をやってたようだが、札束でぶん殴ったら快く同意してくれたよ」
「やはり世界は金か…連合王国と合州国とのシーレーンは?」
「海軍が合意した。水雷戦隊総出で護衛してくれるとよ。ありがたい事だ」
「デカくなったもんだ、海軍さんも。スループで国際観艦式に参加してたのが、今じゃ欧州最大級の戦艦と、二隻の航空母艦だもんなぁ」
現実逃避を決めつつも、彼らの指先は止まらない。やはり、官庁街でもノールック筆記は基本技能であった。
ダキアの旧体制による唐突な帝国への宣戦布告は、ミハイ体制下の官僚機構にも深刻な影響をもたらした。
国家は軍によって成らず、国家によって軍が成る。軍は可能な限りのリソースを民間に割り当てようとするのだが、絶対的な輸入の総量が減ってしまった現状では、国防と食い扶持を両立するのは簡単なことではない。確かにダキアは農業輸出国だが、その農業地帯は西部に集中しており、東部は基本的に対帝国を見据えて構築された広大な産業地帯が広がっている。本来の国境地帯での防衛計画が根本から崩壊したことで、ダキアはカルパティア以西の肥沃な大地を帝国軍に根こそぎ明け渡してしまったのだ。
不幸中の幸いとして、帝国軍の攻勢は現在進行形で収束しつつあり、今はダキア軍によるカルパティア山脈奪還戦の真っ最中。新型歩兵火器による弾幕は、貴族軍が喧伝した『総兵力六十万』という大法螺を事実だと誤認させるのに一役買っていた。
二十五個師団の帝国軍は、実数十二個師団のダキア軍相手に進撃を停止し、ライン戦線のように塹壕線を構築。ダキアには、一時の安穏が訪れている。しかし、胸をなでおろす制服組とは異なり、スーツ組はここからが本番である。なにせ、全貿易の半分弱を担っていた国家が、突然消滅したようなものなのだ。
とりあえずの輸入先の確保と新たなる輸出入先の開拓など、彼らのデスクに積み上げられた課題は膨大である。本来想定された戦略、すなわち怒鳴り込んできた隣人を殴って叩き出すフェーズに入ってようやく余裕が出てきた軍が、そんな状況下でも今の今まで放り出さず、不慣れなりに面倒を見てきた内政を引き継ぐのが、官僚達の使命だった。
そして、彼らの上司は深い知識や性格の悪さ以上に、責任感の強い男であった。寄せられた期待を一身に帯び、投げ出すことなくひたすらデスクに齧り付いた。どれほど絶望的な状況であろうと、貴族らの様に叩き出されたのを良いことに尻尾を巻いて亡命することもなく、最後まで彼らと共に死線に立つ最高司令官の姿に、どれほど彼らが勇気付けられたことか。
その果てに、彼は一つの回答を導き出す。
「あれ、陸軍さんがなんでこんなところに?」
「こっちのセリフだ。なんで大蔵官僚がここにいるんだ?」
「よく見りゃ、空さんに海さんまで来てるじゃないか。こいつは妙だぞ?」
カルパティア山脈防衛戦開始から三ヶ月後の1925年一月十六日、ミハイは前線・後方関係なく、全ての将官と官僚らを、調度品から小麦の一粒に至るまで、中身をダキア軍と帝国軍に根こそぎ奪われた後のがらんどうのクルツラスク宮殿に招集した。
「忙しい中よく集まってくれた、戦友諸君。わざわざ居心地の良い省庁や参謀本部から引っ張り出して申し訳ないが、ここを発表の場に相応しいと判断したのは私だ。恨んでくれて構わない」
よれよれの軍服に、ぼさぼさの亜麻色の長髪。瞳の下にはくっきりと隈が浮かんでおり、無精髭も頭に増して伸び放題。軍人らの最敬礼と、直立不動で床に革靴を並べる官僚らの視線を受けるミハイは、それはそれは酷い有様だった。
しかし、彼らの忠誠は揺るがない。ミハイの瞳は、まるで新兵器開発に成功した時の様に、キラキラと輝いていた。
「まず、私の肩書きが変更になる。ダキア軍元帥号をそのままに、臨時役職として独裁官を創設し、就任する運びとなった。異論のあるものは申し出よ」
「閣下の補佐には誰が就かれるのですか?」
徐に手を挙げたのは財務官僚の一人。ミハイの健康を気遣っての質問は、ある意味彼らの総意でもあった。
「各省庁から一人づつ、三軍から二人づつ高級副官を選抜する。最高機密以外には関わってもらうつもりだ。他に質問は?」
「独裁官の任期はいかほどなのでしょうか?最高司令官との兼任ともなると、閣下の負担が…」
「問題ない。具体的な日時はまだ言えないが、今年の末には役職ごと廃止するつもりだ」
ぱらぱらと挙がる手に丁寧に、かつ明確に返答し、異論がなくなったのを認めたミハイは、外連みのある笑みを浮かべ、ゆっくりと話し始めた。
「現状のままであれば、帝国は順当に共和国を制圧するだろう。フランソワが落ちれば、連合王国は必ず介入してくる。だが、私はそれを許容しない。この果てしない戦争を早期に終わらせなければ、更なる戦禍の拡大もあり得るのだ。情報部からのレポートにもある通り、我が国東部に侵入している連邦系のイリーガルは、極端な減少傾向にある。連中が帝国国境に忍び込んでいる可能性がある以上、彼の国の介入の可能性は高い」
「やはり連邦は帝国に侵攻するのか…?」
「あのレベルの軍で帝国に勝てるとでも?ジュガジヴィリは正気なのか?」
「共産主義国家の親玉が正気であるものか。我が国の貴族連中とどっこいどっこいだろうよ」
「しかし、万が一帝国が敗れるようなことになれば、欧州のパワーバランスが…」
ざわめきが収まるのを待ち、ミハイは力強く続ける。
「ではこの戦争を早期に収めるには?誰もがとまでは行かずとも、過半数の国家が納得する世界を作るには?私は考えた。この四ヶ月、戦友諸君に全てを放り投げて考え続けた。その答えがこれだ。
今のままでは誰も平和に頷かない。帝国は明確な敗北を経験しておらず、共和国はライン戦線の犠牲に怒り狂い、激しく二人は踊り続けている。
ならば、我が国がそのダンスホールをぶち壊せば良いのだ。誰にも文句が言えない、明確かつ圧倒的な勝利を手に、我が国が、我が国の手で、戦争参加国の全てに、我が国が創り上げる欧州秩序を叩きつければ良い。既に私が道筋は描いた。絹糸のような細い道だが、戦友諸君ならばやり遂げられると信じている。付いてこい。勝利をくれてやる」
今までどこか遠慮する様な姿勢を見せていたミハイが、初めて言い放った『付いてこい』と言う命令形。軍人らは改めての最敬礼で、官僚らは徐に片膝を突くことでそれに応え、軍服のコートを翻して去っていくミハイに続き、クルツラスク宮殿から各々の棲家へと戻っていった。
次回、ダキア軍反攻作戦
執筆中の別作品の二次創作がありますので、更新速度は今回ほどの馬鹿げた期間は開きませんが、抑えめになると思います