ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
絶望的な首都攻防戦とそれに続く一連のカルパティア山脈攻防戦から、早くも一年が経過した。相も変わらず帝国と共和国は西方で地獄の消耗戦を展開し、ダキア軍もたびたび遠征軍を送っては教育がてら共和国の戦線維持に貢献している。
変わった事と言えば協商連合がとうとう降伏した事ぐらいだが、いくらノルウェーとスウェーデンを統合した国とはいえ、彼の国に関しては戦争に関わっていようがいまいが誤差程度のものである。むしろ、欧州大戦にダキアを巻き込んだ遠因であるスカンディナヴィア国家労働党の政権が帝国に対する降伏処理を強いられたと聞いた時、一部のダキア軍参謀は溜飲を下げたほどだ。
アンソン大佐がアンソン准将として正式にダキアの軍人になり、政権の暴走に振り回された結果として、祖国を追われてダキアに流れついた数多の協商連合軍人らが、同胞を見るような視線と共にダキア軍の一員として向かえ入れられた時も、ダキアは指一本帝国に対して動かさず、ひたすらにフォーウニーウォーを続けるかたわらで、無茶苦茶な速度で以て予備役の動員を進めていた。
再三の共和国からの同時攻勢プランもガン無視。連合王国から苦情が届こうと、知った事か。貿易打ち切りや技術者の引き上げを引き合いに出された脅迫スレスレの『要請』を、戦争準備が整っていないの一言で全て突っぱね、ダキア軍はひたすらに待ち続けた。
そして、その時は訪れる。
『西部方面軍からの電文を読み上げます。世界に冠たる我らがライヒ!繰り返します、世界に冠たる我らがライヒ!』
帝国陸軍によって実行された、対共和国大規模作戦『衝撃と畏怖』。共和国を恐怖の渦に叩き落とし、帝国に最後の輝きを与えた作戦は、第一段階を成功裡に終え、一個ネームド魔導中隊の犠牲と引き換えに、共和国はライン方面軍の司令部を喪失。帝国の軍靴は、共和国の大地を蹂躙し始めた。
一歩、また一歩と進む帝国軍によって、共和国軍の英雄的抵抗は粉砕される。主力軍が低地地方で包囲され、『もうダメだ』と共和国政府が悟った。
その、瞬間だった。
「全部隊、戦略配置を完了させました」
「装甲軍の展開完了。いつでも帝国の全防衛線を蹂躙できます」
「第八軍、所定の配置につきました。いつでも射撃可能です」
「「「「「「「閣下、攻勢発動を」」」」」」」
「…よろしい。諸君、ここまでの奮闘、本当にご苦労だった。貴官らに私は、どれだけ言葉を尽くしても返せないほどの恩がある。
故に、それを今返しに行こう。全軍に伝達、本日ヒトマルサンサンを以て、戦略攻勢『黎明と払暁』、及び『新秩序』計画を発動する。繰り返す。ヒトマルサンサンを以て、『黎明と払暁』を発動する。帝国軍を、蹂躙しろ!」
統一暦1925年九月二十四日、帝国ダキア方面軍二十五個師団は、方面軍司令部と最前線の崩壊とともに総崩れとなり、方面軍司令部は参謀本部との通信を途絶させた。
「ダキア方面軍司令部、通信途絶しました!」
「どうせ通信障害だろう?そんなもの捨て置いて、衝撃と畏怖の完遂に集中するんだ!」
若干の混乱が生まれ、そして収束してゆく帝国軍参謀本部において、たった一人だけがその意味を完璧に理解した。
「……を、中止せよ」
「はっ?」
「現時刻を以て、衝撃と畏怖を中止せよ。大陸軍でも、東部でも、イルドア方面でもなんでもいい!とにかく、動かせる部隊をありったけダキア方面に送れ!」
「落ち着け、ゼートゥーア少将!」
しかし、彼の訴えは承認されることはなく、衝撃と畏怖作戦は強行された。
帝国は、その敗北への決定的な一歩を踏み出してしまったのである。
帝国軍最後の輝きと称される、衝撃と畏怖作戦。
それは、共和国ライン方面軍司令部を人力誘導の巡航ミサイルV-1によって直撃し、同時に共和国軍前線壕を坑道戦術によって爆砕、回転ドアの要領で共和国軍主力部隊を包囲するという、実現すれば戦争芸術の一ページを飾ったであろうと今なお評価される、帝国軍の叡智の結晶であった。
しかし、この計画はすでに1924年時点から揺らいでいた。
まず第一に、アレーヌ攻略の長期化が挙げられる。ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐のMIAと同時に、火災旋風を用いた『悪魔の計画書』は軍大学資料室のどこかに埋もれてしまい、ゼートゥーア准将ですら捜索をあきらめた。結果として帝国軍は三ヶ月以上の時間をかけて、ようやくボロボロになったアレーヌの奪還に成功。衝撃と畏怖はかなり後ろにズレ込み、ダキア陸軍にさらなる攻勢の準備時間を与えてしまった。
第二に、参謀本部直属の第203遊撃航空魔導大隊の壊滅が挙げられる。本来鍵の役割を果たすはずだった同大隊が第七航空艦隊の約三分の一と諸共に消し飛んだため、帝国はやむなく北方軍に三顧の礼を尽くして『吟遊詩人』率いる選抜中隊を借り受けることになり、ライン方面軍司令部の制圧と引き換えに中隊長を除くエース級魔導師十一人を喪失した。
そして最後に、想定より長引いたダキア戦線が挙げられる。ダキア戦線にそこそこの数の部隊が拘束された影響は意外に大きく、帝国軍は協商連合のオース・フィヨルド強襲に手間取り、回転ドア後も帝国ライン方面軍の進撃速度は大きく低下した。旧式装備とはいえ機甲師団を一個吹き飛ばされている上に、大陸軍の五分の一強に匹敵する二十五個師団を長期に渡って拘束された影響は大きく、既存の戦闘計画は大きく前後させられた。
そして、そのわずかずつ積み重なった歯車のズレが分水嶺となる。
ライン戦線の崩壊直後、フランソワ共和国から同国が保有するありったけの輸送船が、一斉にダキアに向かって出航した。ボイラーを破裂させんばかりの勢いで進む船団は、当然ながら帝国海軍の猟犬たる潜水艦隊に捕捉される。
しかし、帝国海軍が勢いよく噛みつこうとした極上のステーキは、すんでのところで取り上げられた。戦艦サルミゲトゥーザを旗艦と仰ぐダキア海軍の第一主力艦隊が、その堂々たる艦影を洋上に現したのである。
対潜迫撃砲やパッシブ・アクティブ両ソナーをはじめとする先進的な対潜兵装を有し、潜水艦の天敵を自称して憚らない彼女らを前に、帝国艦隊は撤退を余儀なくされる。地中海に入ってもさりげなく存在感を主張するイルドア海軍艦隊に阻まれて、トリエステの帝国海軍地中海艦隊艦隊*1は手も足も出せなかった。かくして積荷はつつがなく地中海を横断し、護衛船団はコンスタンツァ港にその錨を降ろした。
さて、ここで問題だ。ライン戦線激烈なりしころ、帝国、共和国双方の陸軍が保有していた最大口径の火砲は一体何だったろうか?
答えは簡単、列車砲である。回転ドアの発動後も、大多数の共和国軍列車砲は南部に配置されていたこともあって無事だった。
当然ながら、帝国はこれを鹵獲しようとする。しかし、帝国陸軍の先鋒部隊が共和国南東部の主要都市デージョンの陸軍操車場に乗り込んだ時には、そこはもぬけの殻だった。
一体どこに行ったのかと、顎髭を捻りながら首を捻る帝国の参謀たち。その答えは、最悪の形で南方からもたらされたのた。
帝国ダキア方面軍の前線を吹き飛ばしたのは、フランソワにあってその威力を振るう機会を失った、元ライン戦線所属の列車砲達である。口径から砲身長、重量や牽引方法に至るまでより取り見取りのそれらを、砲弾備蓄や製造機械、果ては運用ノウハウを持った人員まで丸々海上輸送するという力技で列車砲の運用能力を手にしたダキアは、前線から遠く離れたモルドーヴァでチマチマと組み立て、整備、そして砲弾の生産を行なった。
十数年前とは比べ物にならないほど発達したダキア西部の鉄道網は、列車砲の柔軟な展開を可能にした。作戦決行の数日前まで、トンネル内の引き込み線に列車砲を収納しておくという離れ技すら、当時のダキアには可能だった。
かくして、地獄の釜が開く。
その日、帝国ダキア方面軍所属、第三十七歩兵師団のクラウス・トスパン准尉は、歩兵将校としての研修を平和裏にダキア戦線で過ごすはずだった。
来る日も来る日も、尾根を挟んで当たっているかどうかもさっぱりわからない砲撃が続くだけの日々。ただ、それもそろそろ終わりだと彼は勝手に思っていた。
実際、この二か月後にはライン戦線から解放された大陸軍の一部を動員してのダキア方面への一大攻勢が始まるはずだったため、あながち間違いではない。しかし、正常性バイアスに囚われた彼以外の人間の脳味噌は、決定的な音を聞き逃してしまう。
「いつもより砲声が大きいな。こんなに投射するはずだったか?」
「いつもこんなものだろう。暇なら、偵察に送ってやってもいいんだぞ?」
「そ、それだけはご勘弁を!」
慣例に従い、命令バカたるトスパンは、誰もがゆっくりとタバコを吹かせる中、一人教本通りに地下壕へと飛び込む。それが、最良の手段だとも知らずに。
その十数秒後、帝国軍のダキア戦線正面ラインは、トスパン准尉の様な例外を除いて粉々に粉砕され、肉片から血の一滴に至るまで塵に還った。
最大射程50km、口径240mmの対艦用から、野戦砲並の射程ながら400mm越えの馬鹿げた口径を持つどんくさまで、ダキア軍が第八軍を丸々投入して展開した列車砲は、揃いも揃ったり約五十門。常日頃帝国ライン方面軍の将兵を震え上がらせてきたそれらが、ダキアでのフォーウニーウォーにすっかり染まった南部方面軍の将兵を強かに打ちのめし、進撃路を切り開いた。
秋津洲で洗礼を浴び、ルーシーとイスパニアで地獄に足を踏み入れ、ライン戦線でどっぷりと首まで泥に浸かり込んだダキア軍の練度は伊達ではない。加えて、技術者の苦闘の果てに生み出された各種新鋭兵器の性能は折り紙付き。通信途絶を全滅と遅まきながらとらえた帝国側が送り込んできた増援とて、彼らの前には形無しだ。
「参謀本部め、話が違う!我々と
「何なんだあの戦車は、連合王国の新型か!?37mmどころか、57mmでも弾き返される!アハト・アハトでもまずいぞ、アレは…」
「馬鹿野郎、あんなまともな戦車が連合王国のものであってたまるか!」
「じゃあどこのブツだと言うんだ!?」
「参謀本部!イルドア方面軍司令部!応答せよ!応答せよ!ダキア陸軍が全戦線で攻勢を開始!…チクショウ、この役立たずが!」
「ダキア軍歩兵部隊、接近しています!」
「バカな、早すぎるぞ!山脈からどれだけ離れていると思っている!?」
「敵機直上、急降k…」
「少佐殿がやられた!クソッ、うちの戦闘機は何をやっている!?」
「補給中継所がやられた!」
「て、鉄道線が…」
「街道もだ!トラックもろともやりやがった!」
ダキア戦線最初期、帝国軍はダキア軍約十二個師団十八万人の火力を、約五十個師団弱の歩兵火力だと誤認した。
では、本当に五十個師団の正面戦力が戦線に集結し、同程度の悌団がその後ろを追いかけ、総勢百五十万人以上の兵士がその火力でもって帝国軍を蹂躙し始めれば、彼らはどう感じるだろうか?
「ああ、やっと繋がった!Mayday!Mayday!!こちらダキア方面軍総司令部、ダキア軍による大規模攻勢を確認!前線部隊からの報告を加味し、想定される敵の推定規模、正面戦力だけで二百万人以上!大至急大陸軍の援護を求む!」
『二百万だと!?そんな規模の軍をどこからひねり出すというのだ!?再度確認されたし、以上!』
詐欺も小手先の時間稼ぎも一切を無効化する、ただ、ただひたすらな全面ゴリ押し歩兵攻勢。研ぎ澄まされた暴力の鋭鋒を真正面からモロに食らった帝国軍は、なすすべなく蹂躙された始めた。
全戦線で展開される、半自動小銃、短機関銃、汎用機関銃と合衆国製の重機関銃が織りなす7mm時々9mmと12mmの殺意に満ち満ちた暴風雨の前に、ボルトアクションと軽機関銃で武装した帝国軍歩兵はバタバタと薙ぎ倒され、引き換えに帝国軍の対戦車砲はタングステン砲弾すら豆鉄砲。航空機と魔導師はシャワーのように銃弾と砲弾――20mm口径のれっきとした機関砲である――を浴びせるオリオン戦闘機と、大威力の75口径40mm対空砲の前に完全に沈黙し、ルメリア半島北部の空は完全にダキア空軍の庭と化した。
散々に陸と空から殴り倒された帝国軍の、さらにその頭上から大口径野戦砲が降ってくるのである。おまけに、前線が吹き飛んだことで丸々奪い取られた物資集積所と、そこに貯蔵されていた五十個師団分を優に超える銃砲弾や燃料の備蓄は凄まじく*2、特に歩兵師団の元気なこと元気なこと…。K-brotの渋みに文句を垂れつつ、桁外れの弾幕を張りながら意気揚々と前進してくるダキア歩兵は、ネームド魔導師ですら手の付けようがなかった。
そしてそこに、機甲師団の質的戦力差が拍車をかける。当時の帝国軍における主力中戦車だったIII号・IV号両中戦車が搭載している50mm砲や37mm砲は、88mmの対戦車徹甲弾を想定して設計されたゲオルゲ中戦車にはまったくと言って良いほど歯が立たず、オマケにダキア軍の機甲師団は少数精鋭主義に基づいて完全自走化が徹底されているため、帝国のそれより圧倒的に機動力が高い。懇切丁寧に帝国軍が鉄道網を修理してくれたおかげで、戦域単位での再展開もはるかに容易だった。
かくして戦線は大きく西へ動きだす。すでに共和国の首都陥落から一週間後のことではあったが、このタイミングで『白銀撃墜』のニュースが、捕虜となった203魔導大隊の佩用していた勲章の写真とともに全世界に喧伝されたおかげで、大陸軍はいまだに意気軒昂な共和国軍主力の包囲殲滅に追われていた。もっとも、そうでなくとも彼らのダキア方面への再展開などもともと不可能な話である。何せ、馬匹も鉄道もトラックも燃料も、移動に使えそうなものは帝国軍がすべてフランソワで使いつぶしてしまっていたのだから。
「いいぞいいぞいいぞ!ジャガイモ共を押し返せ!後ろを振り返るな、前を見ろ!前進だけがわれらの存在意義と知れ!」
『機関銃兵、撃ち方やめ!砲撃後に突撃兵は塹壕を制圧し、機甲師団の援護に当たれ!』
「敵戦車師団視認!軽戦車です!」
「行進間射撃による制圧に務めよ!とどめは、歩兵に任せる!」
『無茶言わんでくださいよ!?』
「所詮はLT-38程度の軽師団だ!対空砲で何とかしろ!」
『ああもう、後で奢ってもらいますからね!』
「ダメです、爆撃で中継所がやられました!イルドア方面軍司令部との通信、完全に途絶しています!」
「敵戦車、接近!対戦車砲を…」
「先任殿、対戦車砲も、迫撃砲も、歩兵銃も弾切れです。…ここはどうか降伏を。将兵の命を無為に散らす訳にはいきません」
なるほど帝国軍のプラン315は優秀だ。今現在のフランソワに首元までどっぷりとつかりこんでいる状況からだって、イルドア軍位なら対応しきれるだろう。鉄道課を酷使すれば、国境部への東部軍の一部の転用位の事はやってのけるはずだ。
だがしかし、だがしかしである。
「誰も、大陸軍相当の規模と練度の軍が、虚空からひょっこり我が国の南に現れることなど、想定しているわけが、無いだろうが!」
ルーデルドルフ少将が参謀本部で言い放ったとされる、これに尽きる。
数個師団程度の規模だったなら、突如としてスポーンしてもまだギリギリ説明はつく。民兵程度の練度ならば、戦時国家の場合どこからか湧きだしてもそこまでおかしくはない。現に、わずか一週間の間にダキアは連隊相当の部隊を無理やりながら首都に揃えて見せた。
しかし、現実はどうだ。
南方ダキア戦線に突如として現れたのは、帝国大陸軍の半分に相当する五十個師団規模の大部隊。常識的に考えれば、国土の半分以上を削り取られ、絶望的な抵抗を続けるだけだったはずの中小国が、間違っても吐き出せる量ではない。
ここに至って帝国は悟ったのだ。自分たちの足元にいるのが、年単位の月日にわたって、各国からの移民や合州国製のトラックや資源をたらふく食って肥え太り、その巨体でもって帝国を押しつぶさんと向かってくる巨人であると言うことを。
かくして、前線はジリジリと西へ押し戻される。
戦線が国境ライン近くまで戻った時、誰もが少し油断をしてしまった。ここまでくれば、大丈夫だと。さすがに、ダキアにそこまでの兵站網は無いだろうと。
ゆえに、彼らに運命は振り向かない。
『現刻を持って、戦略攻勢『黎明』の完了を宣言する。全軍に次ぐ。戦略攻勢『払暁』を発動せよ。第二梯団、進撃開始!』
『黎明と払暁』は、同時に『黎明』にして『払暁』。津波はまだ、終わっていないのだから。
メインストーリーの次回更新は番外編を挟んだ後になります
幼女成分ゼロだからね、仕方ないね