ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
「面倒な事になったな」
それが、大攻勢が頓挫した翌日に参謀本部に登庁したミハイの第一声だった。
フランソワ残党軍をようやく下した大陸軍、西暦世界におけるバトル・オブ・ブリテンに相当する戦いも発生していない故にわりと戦力に余裕のある西部軍、帝国本土の危機に対連邦防衛の一部を投げ出してまでやってきた東部軍を合わせ、ダーナウ河に集結した帝国軍は揃いも揃ったり総勢百九十個師団三百万人。その内訳は、正面戦力百個歩兵師団、反攻用の装甲戦力を主軸とする戦略予備が九十個師団である。
対する対帝国連合軍は、かろうじて防衛の為の補給線を立て直した主力を務めるダキア軍、西部国境に戦力を引き抜いたイルドア軍、そしてはるばる北方から亡命してきた協商連合残党軍を合わせた百八十個師団二百三十万人。このうち協商連合残党軍はダキア軍レガドリア魔導旅団として従軍しているため、実質的には二カ国軍である。「一年前のブールクレスト攻防戦を思い出させるな」とはアーネスト准将*1の言葉。
一ヶ国軍ゆえに一切の配慮無く軍を動かせる帝国軍に対し、多方面での調整を必要とする連合軍側の不利は明確だった。
「装備体系、師団の編成、指揮命令系統、軍服に言語まで、何もかもが違いすぎる!これでどうやって戦えばいいんだ!?」
「イルドア軍側からのクレームが絶えません。ダキア軍の展開速度についていくのは事実上不可能だと…」
「連中だってトラックの数万台くらい持っていて然るべきだろう!ガスマン大将殿は何をやっている!?」
陸軍における一番の問題は、両国軍の機動力の差であった。年産百五十万台のトラック生産力と無尽蔵の資金源を備え、ハーフトラックや戦車も湯水のように生み出せるダキアに対し、輸入先をロクに持たず、トラック生産力も年産五十万台と控えめなイルドアの機動力の無さは、大規模な起動戦と高火力ユニットの迅速な展開を骨子として築き上げられたダキア軍のドクトリンとはあまりにも相性が悪かった。
「ひとまず落ち着いてくれ。それはいい。しかし、空軍の方はどうなっている?最近になって、あちこちの地上軍が航空劣勢下の戦闘を強いられているぞ」
ダーナウ戦線になし崩し的に突入して以来、妙に増加した夜間戦闘機隊と邀撃部隊の出撃回数と、加速度的に低下していく対空部隊の稼働率。グリフォンエンジンとダキア製の堅牢な兵器群が悲鳴を上げている現状は、制空権の天秤が徐々に帝国に傾きつつあることを如実に示していた。
誰もが口を真一文字に結ぶ中、悔しさをこれ以上ないほど顔面に満ちさせながら立ち上がったのは、ミハイもよく知る男だった。
「それについては私から。報告書にあるとおり、彼我の撃被撃墜比は開戦時から一切変わっておりません。キルレシオは依然としてわが軍の圧倒的優位と理解していただいて差し支えありません。オリオンの銀翼にかけて誓いましょう。問題は、彼我の物量差です」
アルプス戦線こと旧共和国=イルドア国境に最低限の戦力を残した帝国空軍は、七個ある航空艦隊のうちほぼ総力に当たる五個航空艦隊でもって、ダーナウ戦線の制空権を奪い取らんと奮戦していた。爆撃機用のエンジンを巨大な機体に押し込んだオリオン戦闘機やサジタリウスの双発戦闘機型と同格とまではいかずとも、物量によって性能差をある程度押し切れる機体が、帝国空軍側にもちらほらと表れ始めたのである。
「Bf109のF型およびG型、それに配備数はいまだ少数ですがFw190など、ライン航空撃滅戦を戦い抜いた精鋭に配備された帝国空軍の新型機は侮れず、特にFw190は性能もオリオンIIIとほぼ同格です。急ピッチでグリフォンVIと新式モーターカノンへの換装、及び現地改修による機銃の増設を進め、また連合王国の技術開発部門もせっついてはいますが、ヴュルガーが量産体制に入るまでに終わるかどうか…。現状では確実な撃墜を期すためにツーマンセルで当たらざるを得ず、雲霞のごとく湧き出して来る数的主力への対処が遅れる結果となっているのが現状です。…技術開発部を待つ形となってしまい、面目次第もございません」
曰く、ダーナウ航空戦は拮抗こそしているものの、現状ではまだダキア空軍はミハイの指示通り、帝国空軍のエリアに突っ込んで荒しまわる、つまり主導権掌握に成功している。一対一でオリオンと戦えるFw190はいまだ配備数も少ないため、オリオンIIIとサジタリウス双発戦の改良型や、オリオンIVの先行量産型を先頭に立てて果敢に帝国空軍の制空権下に切り込み、少なくない損害を与えて帰ってゆく。しかし、同時に帝国空軍部隊も少なくない航空隊が、薄く広がった戦線の隙間を突いて、航空団クラスの部隊で侵入を繰り返しているのだ。
かつて航空兵大佐としてミハイとともにイルドアへ赴き、今では空軍中将としてダキア空軍前線指揮の一角を担う男は、隠しきれなかった悔し涙を机にぽたりと落としながらそう締めくくった。
「そんな顔をするな、中将。この場に貴官を責めるような人間が居れば、私が手ずからでも叩き出してやるさ。貴官の努力は参謀本部にも伝わっている。大佐のころから酷使している私が保証しよう」
「ありがとうございます、元帥閣下」
だがしかし、いくら泣こうと喚こうと現実は変わらない。ミハイは淡々と暗澹たる先行きを示唆する現状を共有していった。
「さて、それでは現況の報告に入ろうか。ウーランゲーリ大将、レポートを。わが軍はこの先、あとどれぐらい戦える?」
「はっ。現在の物資の消費ペースと戦時経済による国庫への影響を鑑みると、我が軍は……最長でも一年弱、早ければ半年で機能不全を起こすと見積もられています」
衝撃的な報告は、しかしダキア占領下ミューニッヒの元帝国行政府のメインホールに於いて、大した騒ぎをもたらすことはなかった。何せ、大体の人間はそれをすでに察しているのである。
「…まぁ、ウーランゲーリ閣下がおっしゃるまでもなく当然でしょうな。何せ、戦前想定の扶養限界の1.5倍を超える軍規模です。むしろ、ここまでこの規模でやってこれたのが奇跡です」
開戦直前、1924年時点での見積もりにおいて、ダキア軍の扶養限界は機甲・歩兵丸ごとひっくるめて約九十個師団。現状百五十個師団を一個のまとまった戦力として運用できているのは、ひとえに移民政策や女性の積極登用、諸外国への外注などの国力ドーピングの結果であり、とても長く持つような代物ではない。作ったものを運んで戦争をした帝国とは異なり、ダキア軍は作りつつもため込んだものを切り崩して戦争をしているのだ。わかりやすく言えば、ある程度の貯金を抱えながらも、安月給と生活費に押しつぶされそうな貧乏リーマンのようなものである。
「したがって、我が軍は可能な限り早く行動を起こさねばならない。この際だ、『黎明と払暁』に関しての失敗は、その一切をいま私の権限で免責する。責任を恐れず、積極的に案を出してもらいたい。何せ、生きるか死ぬかの瀬戸際だからな」
巨大な不良債権と化した軍隊と、いまいち頼りにならない同盟国で帝国の大陸軍と戦争なぞ悪夢どころの話ではない。必殺のカードである東地中海条約機構の軍事条項も、発動するのは防衛時のみ。そうでなくても、強力な外部からの干渉があったとはいえ、身内の不手際で始まった戦争に、同陣営とはいえ血縁などの繋がりもない他国を巻き込むのははばかられた。
「とにかく、ひとまず時間を稼ぐ方向にシフトしよう。海軍はそのままで構わないが、戦艦隊の運用は控えること。拿捕した内海艦隊は、一時的に南ルメリア海軍とトルキア海軍に適当に分配しておいてくれ。陸軍は砲弾の消費をできれば3分の2に抑え、機関銃の使用も控える。空軍は制空部隊も切り込みを中止し、極力邀撃部隊の負担を減らす事に集中してくれ」
会議室の人間が頷き、ほかに異論がないことを確かめたミハイは、演算宝珠を手に取ると、飛行場にあらかじめ待機させてあった二機の重戦闘機型サジタリウスを伴って、ミューニッヒより南東百キロほどの距離にあるザルツベルグ市へと飛び立っていった。
「……ふぅ。まったく、閣下も難儀なものだな」
「我々に閣下の苦しみがわかるとは思えませんが、それでも同情を禁じえませんね…」
「ゼートゥーア家が唯一の家族と仰っていた閣下だ。相応に心労もたまっているだろう。さっさと持ち場に戻るぞ!お帰りになる前に雑務にケリをつけて、少しでも閣下の負担を減らすんだ!」
旧帝国領アウステリア州に位置する中規模都市にして、今はダキア・イルドア両国が共同管理する捕虜収容所のうちの一つが置かれているザルツベルグ。音楽の都として知られていた同都市は、闊歩する連合軍兵士の奏でる靴音と、時折響く装具類がこすれあう金属音の元で、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「そろそろ見えてくるはず…来たぞ!魔導反応識別、閣下だ!」
「第三滑走路を臨時解放!閣下は…出来る限り管制塔から離れたところに降りて頂こうか」
白い軍属制服姿の空軍地上要員らがドタドタと慌ただしくだだっ広い飛行場を駆け回り、どうにかこうにか飛行場としての体裁を整えたアスファルト舗装の滑走路にミハイは降り立ち、護衛の重戦闘機がゆったりとその機体をハンガーに横たえる頃には、すでに予め回してあった合州国製のジープに乗り込んでいた。
「予定通りでよろしいですか、閣下?」
「ああ。ホーエンザルツベルグ城に向かってくれ」
その名前が指し示す通り、ザルツベルグ市を流れるザルツァハ川の近くにある丘の上に築き上げられ、広場などが集まる中心街を見下ろすその城は、現在帝国軍の高級将校を収容するための施設として使われていた
「出来れば護衛の一人もつけていただきたいのですが……」
「たかだか『少佐風情、それも魔導士官』に護衛が付く方がおかしいだろう?アウグスト大佐なら私のことはわかるだろうし、演算宝種も携帯する。それなら問題ないだろう?」
元帥徽章の入った野戦服を脱ぎ、あらかじめ少佐の徽章を付けた野戦礼装を身に纏うと、これだけは本物である特一等ダキア軍魔導士官章を右胸に適当な略綬に添えてしっかりと留めたのちに、薄暗い城内を今は特別面会室となっている城主の居室に向けて歩き出す。
ガチャリと音を立てて重厚な木製の扉を押し開ければ、そこにはテーブルを挟んで向かい合うように配置された二組の椅子、その片方に堂々と腰掛ける、帝国軍大佐の階級章をまとった一人の捕虜がいた。
「ミハイ・ゲオルゲ魔導少佐などという名前が出てきたから、まさかと思って受諾してみれば…お久しぶりです、元帥閣下。結婚式以来になりますか。その後、お体にお変わりはありませんか?」
「えぇ。私も妻も健康そのものですよ
アウグスト・フォン・
居丈高というわけではなく、むしろ帝国軍将兵の平均から見れば痩せ型に当たる体躯と、父親譲りの鋭い視線。年のころはミハイより十五歳年上ながら、きれいに髭の剃られた顔は年齢を感じさせない。
本来の城主のような雰囲気を纏い、堂々と華奢なビロード張りの椅子に座っている彼こそが、ミハイの義兄であり帝国軍第十一機甲師団参謀長、ゼートゥーア家の次期当主にしてハンス・フォン・ゼートゥーアの長男、アウグスト・フォン・ゼートゥーアである。
「何はともあれ、諸事情により今日だけは貴官の尋問は私が務めます。返答につきましては、敬語は無しで結構です。それでは、始めましょうか。まずは官性名を」
「アウグスト・フォン・ゼートゥーア帝国軍機甲科大佐、年齢は41歳」
「所属部隊とその配置は?」
「帝国陸軍イルドア方面軍第十一機甲師団の参謀長兼臨時編成の戦闘団長」
「その目的は?」
「ダキア陸軍先鋒集団の撃滅。これ以上はわが軍の軍事機密にかかわるため、黙秘させていただこう」
「過去の軍歴は?」
「第一機甲師団において第二軽戦車大隊の第一中隊長を、第三機甲師団において第二十六中戦車大隊の大隊長を務めていた」
その後も単調かつ事務的な質問が延々と続き、さすがにアウグストが耐え切れなくなったころ、最後の質問だと断ったうえで、ポツリとミハイが呟いた。
「義父は…ハンス・フォン・ゼートゥーア中将は、ご壮健でしょうか」
思いもよらなかった質問に、初めてアウグストの余裕が揺らぐ。同時に彼の胸に湧き上がってきたのは、どうしようもない寂寥感だった。
「…あぁ。最近は参謀本部に籠っているが、数日前まではレルゲン大佐曰く元気だったそうだ。そちらこそ、アンネリーゼはどうしている?」
「妻のことならご心配に及びませんよ。つい数日前も昼夜となく振り回されたばかりでしてね、少しは落ち着いてくれてもいいんですが」
「そうか、それは何よりだ。…アンネリーゼがあのように笑う相手は、世界中でもお前だけだからな」
「…そうですか」
一拍おいて、ミハイは紅茶を、アウグストはコーヒーを啜り、二人の間に気まずい沈黙が落ちる。アウグストはまともな回答を返さなかったことを、ミハイはつい余計な質問を混ぜたことをそれぞれ後悔していた。
「…それでは、今日はここまでといたします。それでは、また」
「ああ。…閣下に、神の恩寵があらんことを」
やがていたたまれなくなったミハイが席を立つ形で会談はお開きとなり、席を立ったミハイはドアに手をかける。そこで、ミハイは思い出したようにアウグストに言い放った。
「アウグスト・フォン・ゼートゥーア大佐…いや、アウグスト義兄さん。義父に一つ伝言を頼みたいのですが」
「伝言?閣下…いやさ義弟よ、私はこの通り捕らわれの身だが?」
「とぼけないでいただきたい。どうせ私物の中に長距離無線機でも隠しているのでしょう?『私の描く将来設計図の中は、あなたがいなければ完成しない。否が応でも引きずり込んでやるから、首を洗って待っていろ』と、そう義父にお伝えください。私は、この戦争を必ず終わらせる。それでは義兄さん、次は戦後に会いましょう」
止める間もなくミハイは流れるような動作で扉を大きく開き、閉じるしぐさもないまま帰ってゆく。結婚式の時より数段大きく見えるその背中に、アウグストは、
「……父上、我が国の亡命者たちは、目覚めさせてはいけない獅子をたたき起こしていたようですぞ」
と、小さくつぶやいた。