ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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本章はWeb版外伝The Day Before Great War6-8 秋津洲戦役(以下TDBGWと表記)を参考にしております。史実との相違点はあとがきにて


M&H様、水上風月様、誤字報告ありがとうございます


秋津洲戦役
第一話


『ダキア大公国を、とにかく帝国陸軍南部方面軍相手に固守が選べるだけの軍隊を維持できる国家にする』

 

彼自身情けないと自覚している目標だが、大陸列強である帝国相手にダキア大公国ができることといえばこの程度だ。

 

公位継承者権三位という微妙な地位にいた彼は、何よりもまず強力な後ろ盾を欲した。そんな彼にとって後ろ盾となる貴重な人材をもたらしたのは、皮肉なことに前世の生国に相当する秋津洲皇国と、ダキアが国境を接するもう一つの列強――ルーシー帝国間の戦争、通称秋津洲戦役(日露戦争)だった。これ幸いとミハイはダキア陸軍の上層部――前々からミハイがあの手この手で将官を彼の側に引き付けようとしていた――に働きかけ、将官級の人間を二人、佐官級を三人、尉官級を複数人、そして通訳として彼自身が身分を偽り、『ミハイ少佐』として送り込まれることになった。1911年、秋の終わり頃のことである。ダキア陸軍の観戦武官団は、他の列強の武官とともに、秋津洲へと向かうケナード汽船の内海=インデ洋航路の乗客となった。要するに、かつて『大帝』と仰がれた初代ルーシー皇帝の真似事である。まぁ、行き先はフランドル連邦共和国ではなく、秋津島なのだが。

 

ミハイが声をかけられたのは、そんな船旅の道中のこと。スェーズ運河を越え、寄港地の一つであるアルビオン領インデ植民地の港湾都市マンバイを出航して間もない頃のことだった。

 

「おや、珍しいな。ダキア陸軍の、それも佐官をこのようなところで見かけるとは」

 

声の主は、帝国陸軍に所属する二人の中佐だった。両方年齢はおそらく四十代後半ごろで、一人はいかにも『ライヒス・リッター』といった、軍人然とした頑強な出で立ち。帝国には珍しい黒い髪と彫りの深い顔、それに手入れを面倒くさがっているのが丸わかりなぼさぼさの鼻髭が特徴的だ。もしかしなくても軍人貴族の家系だろう。それに、おそらく場数もそこそこ踏んでいるに違いない。本人は口を開かずとも、略綬と十字章が豊富な軍歴を物語っている。

 

「ふむ、貴様が自分から他国の軍人に絡みに行くとは珍しいな」

 

もう一人は、同じようなリボンと十字を張り付けつつも、どこかゆったりとした雰囲気を漂わせている。綺麗に髯を剃ったしわの少ない若々しい顔と、それに似合わない若白髪が目を引く、物腰の柔らかい学者然とした男だった。

 

「自己紹介が遅れたな。私はハンス・フォン・ゼートゥーア中佐、帝国陸軍参謀本部から派遣された観戦武官だ。そしてこっちのゴツいのが…」

「ルーデルドルフ。クルト・フォン・ルーデルドルフ中佐だ。右の頭でっかちに同じく、帝国の参謀本部から派遣されている」

 

帝国陸軍の、それも参謀本部直々にご指名された二人である。以前からこの二人は帝国軍の参謀でも頭角を現しており、その名前はダキア陸軍の中枢にまで届くほど。まず間違いなく優秀だ。パイプを作っておくのは、九割九分無駄にはならないだろう。

 

「ダキア陸軍宮廷軍事局作戦課、ミハイ・ゲオルゲ少佐です。秋津洲語が話せるばかりに、通訳としてはるばる南洋まで連行された哀れな軍務官僚ですよ。お二人の名前は、ダキア陸軍にも届いております。なんでも『軍大学の二羽烏』だとか。以前の帝国陸軍公開軍事演習でもお見掛けしました。お二人に挨拶を頂けるとは、光栄です」

 

旧大陸より南に――赤道近くに位置するインデ洋の日差しは、秋になっても強烈だ。三人とも、欧州で着ていた外套など端から自室に放り出しているし、ルーデルドルフ中佐に至ってはただでさえ夏季仕様の軍服の上着のボタンを外し、中に着ているシャツのボタンさえ三番目まで開けていた。どうやって首元の鉄十字が止まっているのか、不思議なものである。

 

「……さすがにこの日差しの下で立ち話というのもなんです。船内のバーにでも行きませんか?」

「賛成だ。貴様はどうだ、ルーデルドルフ?」

「構わんだろう。どうせ、帝国の代表は我らだけだ。昼間からアルコールを嗜もうと、文句を言い出す連中も居ない」

 

とはいえ、流石に船内に入るならば見栄は張らんとな、と苦笑するルーデルドルフがボタンを留めながら歩き出すのに合わせて、三人は涼しい船内のバーへと狭いリノリウムの階段を降りて行った。

 

 

 

 

「フム。ダキア陸軍は秋津島戦役をそこまで重要視しているのかね?」

「正確には、上層部の一部の革新派の将軍たちです。私も顔馴染みの将校に伝聞で聞いた話ですがね。正直、極東まで付き合わされる私にしてみればいい迷惑ですよ」

「そいつは災難だったな。まぁ、俺たちも似たようなものだからな。まったく、何が悲しくて極東の文明国モドキに飛ばされねばならんのか…」

 

まだ昼下がりということもあって、シャカシャカとシェイカーを揺らす年老いたバーテンダー以外に3人の話を仄聞する者は居ない。

 

「口が過ぎる、と言いたいところだが…私としてもルーシー連邦の方が気になると言うのは否定できんな。我らが皇帝陛下のご親戚も、そろそろ限界の模様だしな」

「共産主義者ですか。確かに、奴らの厄介さにはほとほと付き合い切れませんね」

「おや少佐、貴様も悩まされたクチか?」

「ええ。何せ『大公国』ですので、現体制の打倒を目論む射撃訓練の的には事欠きませんよ。資本主義(キャピタリズム)万歳、大公閣下と立憲君主制に栄光あれ、と言うやつです。全体主義なぞ、反吐が出ます」

 

ルーデルドルフはチビチビと、ゼートゥーアはグビグビと、そしてミハイは程よくグラスを干して行く。余談になるが、ゼートゥーアは同期の間では学究肌の二つ名以上にシンプルにウワバミとして有名である。

 

世間話と愚痴の化合物から始まった会話は、帝国軍の戦車開発、ダキア陸軍の化石化した歩兵師団による軍事パレードの絶望感、帝国を取り巻く包囲網の話や、酒に呑まれ(た体を装っ)てうっかり(あえて)口を滑らせたルーデルドルフによる『プラン315』こと帝国の叡智の結晶内線戦略、はたまたゼートゥーア、ルーデルドルフ両家の栄光の話など、基本的に帝国組二人、特にルーデルドルフが酔っ払いオヤジのごとく話しまくり、気づけば時間はすでに八時を大きく回り、静かだったバーにもかなり人影が増えていた。

 

「ぬぐ…さすがにもう好き放題話せる時間ではないか。俺は下がらせてもらうが…貴様らはどうする?」

「私はもう少し残ろう。もう少し、この少佐と話してみたい」

「そうか。まぁ、好きにしろ」

 

昼下がりから、気づけば六時間は話し込んでいたのである。話のタネが尽きるのも、アルコールが頭を浸食し切るのも当然といえば当然だ。頭を押さえながら、うめき声とともにルーデルドルフ中佐は自室に引っ込み、あとにはそこそこ飲める二人が残された。

 

腐れ縁の戦友がよたよたとバーの通路に消えていくのを見計らい、ゼートゥーアは本日通算10杯目のシングルモルトのロックを頼むと、ミハイにも半ば強制的に同じ物を頼ませた。

 

「貴官は、この戦をどう見る?」

「……おっしゃっている意味が、広すぎるような気がいたしますが」

「流石に言葉足らずか、悪かったな。だが、ルーデルドルフに忖度しない貴様の意見が聞きたい。私の見立てが正しければ、貴様は私の同類だ」

 

そこで一旦言葉を切った彼は、舌にアルコールと言う名の潤滑油をたっぷりと含ませ、酒臭い息と共に赤ら顔でこう言った。

 

「善良な個人としての少佐の意見は聞き飽きた。邪悪な組織人としての貴様の意見を忌憚無く言ってみろ」

「つまり…哀れな軍務官僚ミハイ・ゲオルゲではなく、()()()()()()()()()()()()()()()としての意見をお望みと」

「平たく言えばそう言うことだ。貴様は、この戦争をどう見る?」

 

暫しの間を置き、返答の言葉を慎重に選んだミハイは、やがてゼートゥーアを真っ向から見つめて話し始めた。

 

「中佐殿は作戦ですか?戦務ですか?」

「どちらとも言えんな。作戦を齧った兵站屋でもあり、兵站を叩き込まれた作戦屋でもある」

「ならば、中佐殿にはお分かりでしょう。

 

 

 

この戦争、秋津島が十中八九限定的勝利を収めるでしょうな

 

知っているのだ、知識として。

 

シルドベリア鉄道という名の細い絹糸は、数十万のルーシー帝国シルドベリア方面軍を支えきるにはあまりにも貧弱なのだと。

 

ミハイはゼートゥーアを刺激しすぎないようにさらに踏み込んで語る。

 

ルーシーと帝国の微妙な不和を。

連合王国と秋津島の緊密な同盟関係を。

『極東』というレッドオーシャンを求めてルーシーと競合する合州国の世論を。

ルーシー帝国海軍太平洋艦隊と秋津島海軍聯合艦隊の、大きいようで意外と小さい戦力差を。

ルーシー帝国の不安定な世論と、進まない民主化に対する爆発寸前の民意を。

 

「…つまり、どれだけルーシー帝国軍が踏ん張ろうと、国家自体が崩壊してはどうしようもない、と言うことです。それよりも、帝国は帝政ルーシー崩壊後の善後策を考えた方がいいでしょう。なにせ、貴国は民主主義と自由の尖兵たるを、我がダキアとともに務めるのでしょうからな」

 

『ルーシー帝政の崩壊』

 

必ずしもダキアの未来がコードブラックに陥るわけではないが、さりとてポーランドされるのを防ぐ為には無いに越したことはないイベントである。

 

散々くっちゃべった挙句一切聞き手の事を気にしていなかったミハイがふと横を見ると、ゼートゥーアは鬼の形相で、穴が開くほどロックのグラスを見つめていた。

 

「…すまん、私から話を振っておいてなんだが、正直頭が限界寸前だ」

「いえ、散々話したのは小官ですので。中佐殿はお休みに?」

「ああ。明日には秋津島の長崎港だからな。貴官も身体を休めておけ、どうせ通訳として酷使されるのだろうからな」

 

それでは、また明日にと言い残し、ゼートゥーアは席を立った。やがて苦労して飲み慣れないシングルモルトを飲み干したミハイも自室に引っ込み、バーにはかちゃかちゃと静かにグラスやボトルを片付けるバーテンダーだけが残された。

 

そして、翌日。長崎港に降り立った観戦武官たちを迎えたのは、秋津島海軍の誇る二隻の新型戦艦と、その護衛艦隊だった。

 

「ようこそおいでくださいました、皆様。通訳の方は?」

「あ、私です。ダキア大公国陸軍少佐、ミハイ・ゲオルゲと申します」

「なんと、欧州にここまで秋津島語を饒舌に話される方がいらっしゃるとは…とにかく、皆様にはこれより戦艦加賀および天城に乗艦していただき、釜山から陸路で前線に向かっていただくことになります。軍艦故に居住性は劣りますが、何卒ご理解を頂きたく存じます」

「――(帝国語&連合王国語に翻訳中…)――との事です」

 

寒さ厳しい満州の秋に備えるべく外套と冬季軍服を羽織った観戦武官団は、秋津島戦役の最前線へと旅立ったのだった。




>戦艦加賀及び天城
TDBGEにおいて、秋津洲戦役は大戦勃発の十年前、すなわち史実における1920年代前半〜中盤に相当する時期に勃発しています。関東大震災に相当する災害の記述がない為史実通りの時間に発生したと過程すると、戦艦天城は既に竣工を終えていますし、海軍軍縮条約は影も形もない為、加賀型戦艦も完成していなければおかしいのです。
なおこの二隻出てきた理由の半分以上は中の人の趣味な模様。未成艦に大暴れさせられるのは架空戦記の特権であり醍醐味。
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