ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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第二十七話

まさかあれが空挺部隊だとは思わなかったと、1927年8月19日、ダキア北方軍の防空部隊に所属していた将兵はそろってそう語る。

 

「実際、爆弾もかなり落としていきやがりましたからね。あの頃お互いに北方は…チェチア・スロヴァク戦線は忘れ去られた戦線だと思ってた。飛んでくるのも飛ばすのも旧式機ばかりで、空じゃいっつもBf109のE型と、うちのオリオンIIがやり合ってた。新型機なんて見たこともなかったし、たまに見慣れないのが飛んできたと思えば、なんだいつもの古臭い重爆かってんで、文句を言いながら対空砲座についたもんです」

 

北方戦線を担当する帝国側の爆撃航空団のルートは大まかに三ルートほどであるが、いずれも最終的にはチェチア上空を通過し、その航続距離を生かしてシャトル爆撃の要領でダーナウ戦線の航空基地に収束する。あまりにも爆撃が多すぎた結果、その茹だるような夏の日、爆撃部隊のコースが少しだけ東にズレていたことに、北方軍の将兵は気が付かなかったのである。

 

「あれが元帥閣下の親父さんの策略だったとすれば脱帽でさぁ。今の言葉で言うところの…正常性バイアスだったか。まだそんな概念もなかったでしょうに、あの2人は親子揃って全力で活用しやがりましたね」

 

持ち味の機動力が殺されるのを厭ったダキア軍側が、アルプスの雪解けを待たず四月に断行し、最終目標寸前で追い返されたものの結果的に六月に頓挫するまでにダキア本土からダーナウまで千二百キロもの道のりを二ヶ月で踏破したあの空前の大攻勢の始まりも、思えばフォーウニーウォーと無意味な砲撃戦に慣れ切った、旧帝国ダキア方面軍の正常性バイアスを利用した、列車砲と機甲師団の組み合わせによる大規模な多点同時突破が始まりである。

 

図らずも意趣返しとなった帝国軍の反攻作戦『外科医』は、ゆっくりと静かに始まった。夜間迷彩を塗りたくった爆撃部隊が多数上空を通り過ぎようとも、すでに夕方というよりは夜に近い午後六時の襲撃だったために、防空部隊はそこまで不審がらず、いつも通りのインターセプトで終始した。結果として、戦闘機は相当数が落とされたものの、かなりの数の爆撃機と輸送機が、大して弾丸を喰らうこともなく前線を潜り抜けた。

 

が、その直後に静寂は破られた。ダーナウ戦線から密かに引き抜かれた、元ライン方面軍所属の精鋭第三航空艦隊の攻撃が、爆撃機部隊がダキア占領下のアウステリアに入り込んだ頃合いに、北方軍の航空部隊に対して一斉に火を吹いたのである。

 

「第三航空艦隊!?ダーナウでうちの主力とやり合ってるんじゃなかったのか!?」

「すぐにミューニッヒに情報を送れ!これは航空撃滅戦のチャンスだぞ!」

 

精鋭が抜けた今なら、ダーナウの突破は難しくないと北方軍の将兵は考えた。しかし、そのダーナウ戦線の航空部隊は、突如として突貫してきた帝国軍の四個航空艦隊への対応に追われ、それどころではなかったのである。

 

「Mayday, Mayday, MAYDAY!AWACS、こちらからではレーダーが飽和していて反応が見分けられない!上空からの視点ではどうなっている!?」

『こっちでも反応は同じだ!とにかくありったけの戦闘機を飛ばせ!制空権を奪われないことが第一だ!』

「ジャガイモ共め、気でも狂ったか?なんだって落とされまくってるのに飛ばしてきやがる?」

「地上警戒を怠るなよ!大攻勢の前触れかもしれん!」

 

が、上から下まで、それこそ元帥から一兵卒に至るまでの目がダーナウ戦線に注がれる頃には、帝国軍は空からの大規模な侵入を開始していたのである。

 

「…ん?さっきから通信がつながらんな!おい、通信へ…んなっ、通信ケーブルがへし折れてるだと!?か、閣っk…」

「通信兵を排除しました。アドラー07、侵入を」

「了解した。総員、()()()()()()()()()()()()。ミッションETAは一時間半だ、手早くやるぞ」

 

「爆撃警報!総員、手近な防空壕に退避を…ん!?待て、魔導反応!?これは…空挺部隊か!畜生、こっちには司令部予備なんてないんだぞ!」

「奴らが地上に降りる前にできる限り削るぞ!そこの少尉、部隊を率いて武器庫にひとっ走り行って来い!そら、鍵だ!」

「とにかく元帥閣下のところに集まれ!おそらく、通信ケーブルは寸断されてる!こうなっては、司令部要員と通信機材を守るほうが先決だ!」

 

前線との連絡手段である通信ケーブルを、魔導師の火力と空挺歩兵のフットワークの軽さで叩き切り、前線との通信手段を絶った上で、ダキア軍の頭脳である、ミューニッヒ一帯のダーナウ方面軍司令部施設群を根こそぎ刈り取りにかかったのだ。

そして、ここで帝国軍が今の今まで採用してきた戦術が、今までとは異なるベクトルで牙を剝く。

 

「即時撤退!奴らは魔導師だ、ライン戦線と同じく襲撃部隊に過ぎない!引き返し、部隊を引き連れ、追い返すぞ!」

 

帝国軍における斬首戦術の基本は一撃離脱。鮮やかな手つきで頭を刈り取り、機能不全に陥らせた前線部隊を地上軍で殴り飛ばす。

ゆえに、ダキア軍側は襲撃さえやり過ごせば指揮系統の立て直しも容易だと考えた。すぐさま全速力で司令部から退避し、イルドア軍がパルチザン掃討と治安維持を行っているアウクスブルクに移動。持ち出した電子機器でもって臨時司令部をでっちあげると、再びそこから指揮を執り始めた。わずか三時間の早業である。

 

しかし、今回の襲撃部隊には、帝国軍が誇る降下猟兵が同行していたのである。

 

「帝国軍がミューニッヒ市を占領!?どういうことだ、魔導部隊じゃなかったのか!?」

「しかし、事実です!確認できただけでも、三個魔導師団と空挺部隊と思しき連中がミューニッヒを制圧し、周辺都市への進軍を開始しています!」

「…そうか、そういうことか!これ見よがしに魔導反応を垂れ流しにしていやがったのは、空挺部隊の存在をごまかすためか!」

 

通常、列強の魔導師ドクトリンでは、空挺部隊と魔導師を混ぜて運用する場合、魔導師は数的主力である空挺歩兵の一部として降下し、直前まで魔導反応を隠蔽したうえで、迎撃部隊の接近に合わせてサプライズのごとく大火力を展開するのが定石である。

 

しかし、稀代の詐欺師ゼートゥーア中将はその逆を行った。衝撃と畏怖の記憶が色濃く残っているであろうダキア軍の首脳部を逆手に取り、魔導反動が駄々洩れになることもいとわず、全速力でまず魔導部隊を司令部に突貫させたのである。

 

すると、具体的な速度などの情報は何も残らず、ただシンプルに『爆速で突っ込んできた魔導部隊が司令部を吹っ飛ばして行った』という情報だけを持っているダキア側は、当然ながらミューニッヒから撤退する。自国の宮殿や前線司令部など、組織的略奪には一家言あるダキア軍だ。所詮は通信設備を詰め込んだだけの箱であるミューニッヒ市議会堂など特に思い入れもないため、武器弾薬や通信設備、機密書類の類をさっさとトラックに放り込んで退却し、斬首が空振りに終わった襲撃部隊を横目に、臨時で別の場所に司令部機構を立て直すのは待つのは当然だ。なるほどミューニッヒは大都市だが、鉄道のバイパス線や幹線道路などいくらでも存在するのである。魔導部隊は少数精鋭なため、ある程度の部隊で囲んで放っておけば、勝手に自滅なり撤退なりするだろうと言うのがダキア側の作戦であった。

 

しかし、ここでド深夜という条件が効いてくる。真っ黒に染められた特注のパラシュートに加えて、徹底的な隠ぺいを図るため全員がそろいの黒色の上着を羽織っている空挺部隊の存在は、魔導部隊を降下させた後の大型機部隊が、いかにも対空砲に追い散らされたという感じで三々五々に北へ散っていったことも相まって、完全にノーマークだったのである。

 

散っていった輸送機部隊に残っていた空挺部隊はミューニッヒ周辺に降下、潜伏し、司令部の制圧完了を待ってミューニッヒ市全域を完全制圧。累計三個降下猟兵師団一万二千人に及ぶ巨大な戦力と、堅固な大都市という名の防衛拠点が、完全に帝国の手に落ちてしまったのだった。

 

主力航空艦隊によってダキア空軍の主力部隊が拘束されている間にも、精鋭の第三航空艦隊に護衛された帝国空軍の輸送機部隊はどんどんミューニッヒに物資と人員を空輸し、ダキア側がその余剰兵力の少なさゆえに大慌てで機甲部隊を差し向けようと奮闘しているころにも、帝国軍の空挺部隊はどんどんその支配領域を増やしていく。

 

やがて帝国軍部隊が抵抗を試みるイルドア軍駐屯部隊を叩き潰し、パッサウの市街地を占領。後世『ゼートゥーアの手術台』と呼ばれる巨大な空挺封鎖網が完成した瞬間、ダーナウ戦線で帝国のメスにあたる大攻勢が火を噴いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「だめです、抑えきれません!」

「撤退しろ!帝国南部の丘陵地帯で防衛線を張るんだ!」

「駄目だ、それでは帝国軍の空挺部隊に挟まれるぞ!ここは、パンノニアまで引くしかない!」

「ここまで来たんだぞ!?もうニュルンベルクまで手が届く距離にあるんだ!このまま攻勢を抑え込めば、もう帝国に余力はない!」

 

「損害が三割を超えています!イェルク中将も重傷です!レルゲン准将閣下、これ以上は進めません!」

「七割の機甲部隊は残っている。ゼートゥーア閣下から厳命されているのは突破だ。ここを逃せば、帝国に明日はない。全師団、突撃を続行せよ。おそらくあと一押しだ」

「はい、はい…了解です!師団長代理殿、第三中隊が橋を渡りました!そのまま独自の判断で南進中です!」

「そら来た!師団司令部をダーナウの対岸へ移動させるぞ!これから先は、速度が命だ!少佐、貴官はここで後続の師団の尻を蹴飛ばしておけ!」

 

参謀本部から急遽派遣され、図ったかのようなタイミングでダキア空軍の地上襲撃により重傷を負ったイェルク中将に代わって第八機甲師団の指揮を執ったレルゲン准将*1や、当時装甲軍団長としてゼートゥーアの直属扱いであったグデーリエン、ロメール、マインシュタインと言った数多くの優秀な戦車将校に率いられた部隊は、およそ二週間であっという間にミューニッヒの空挺部隊と合流。道中ダキア軍の戦略機動軍によって強かに包囲網を食い破られはしたものの、それでも行き掛けの駄賃という感じで、合計連合軍六個師団を包囲した。

 

この突破と空挺突出部の形成を受けて、ミハイはアウステリアまでの全面撤退を決断。この判断自体は空挺部隊の合流から二日後というかなり迅速なものであり、撤退戦の経験が豊富なダキア軍部隊の動きはかなり素早かった。しかし、ここで足を引っ張ったのがイルドア軍である。

 

機械化率の低いイルドア軍を見捨てる訳には行かないと、数多くのダキア軍部隊が撤退指示に従わずに、イルドア軍部隊を収容しながらゆっくりと進行を続けた結果、ロメール将軍率いる第三装甲軍が敢行した誓約同盟を用いた大型包囲によって、およそ五十個師団が帝国=誓約同盟間国境線のボーデン湖にて包囲される。ダキア側の装甲軍がその総力を以て打通を試みはしたものの、結果は帝国軍の機甲部隊による死に物狂いの抵抗によって撃退され、一個師団相当の帝国軍戦車をスクラップにしただけに留まった。

 

結果として、アウステリア以南まで撤退できたのは百十個師団ほどにとどまった。アウステリア地方の西部、誓約同盟の国境ギリギリから漏れ出した帝国軍部隊を、即応できたイルドア軍は足の速さの問題で完全に抑え込むことができず、結局アウステリア地方もなし崩し的に陥落。イルドア軍は急遽フランソワ国境から三十個師団を引き抜いて火消しに当たらせるも間に合わず、1927年の九月に入るころには、帝国軍はダキア軍が二か月で進んだ地域の半分以上を、一か月で奪還してしまったのである。

 

「トラックのエンジンを温めておけ!インスブルックはもう持たないぞ!」

「のがっ…糞っ、ジャガイモ野郎どもめ、こんな山岳都市の攻略にまで重砲を持ってきやがった!」

「撃て、撃て、撃て!とにかく目の前の帝国兵を排除しろ!俺らが稼いだ一分一秒が、軍の主力を救うんだ!」

「大隊司令部から20mmテクニカルを回して来い!確か一台余ってたはずだ!」

「105mm砲、動かせます!任意射撃を命令しておきました!」

 

「と、トスパン大尉殿、トーン少佐殿が戦死なされました!どうすれば…」

「戦闘中だぞ!コールサインを忘れるな、この間抜け!副長権限により、私が大隊の指揮を引き継ぐ!グスタフ04、テオドールの分隊を率いて一時方向の家屋を制圧、そのまま展開しろ!ハインリッヒとエーガーはグスタフ分隊の援護だ!アントン中隊は第一小隊を先頭に私に続け!このまま押し込むぞ!」

「05、07、08は俺に続いてあそこの岩場まで進出する。機銃班はあそこのボロ小屋に展開、家屋の入り口に制圧射撃だ。残余は副官、お前の判断で突入させろ。分かったな?…よし行くぞ!突撃!」

「パンツァーシュレック班、展開完了!」

「よし!まず十一時の機銃陣地、ついで通り奥の野砲だ!迫撃砲班へも座標を転送、建物もろとも更地にしてやれ!」

 

イルドアの本国軍はダキア軍の要請もあってアルプス山脈に立て篭もったが、連絡路が分断されたことでイルドア遠征軍の半分以上と多数のダキア軍部隊がダルマティアで孤立。謀ったようなタイミングで鉄路で地中海に面する海港都市トリエステ及びマーセイユに運び込まれた潜水艦隊が大暴れを始めたことで、アドリア海の海上補給路とティレニア海・リグリア海の通商路は大打撃を食らった。両アルプス戦線に対する帝国軍の山岳師団の圧力が日に日に増している為にそもそも途絶えがちであった補給は完全に途絶。他方ダキア軍は勢いと数的優勢に任せて攻め込んでくる帝国軍主力の前に防戦一方であり、そもそもダルマティアの部隊の存在に気がついているかすら怪しい物がある。

 

泣けど喚けどダルマティア軍の通信無線機は悲鳴混じりの雑音を拾うばかり。帝国軍はパンノニア平野の正面突破を試みる軍の弱点に当たるダルマティア軍の分断にかなりなリソースを注いでおり、電子戦部隊や潜水艦隊も相当量をその締め上げに投入していた。連合国に加えて亡命フランソワ・レガドリア両国海軍までが遊弋する地中海沖こそ航続距離の問題で被害は少ないものの、アドリア海は完全に帝国海軍の巣穴と化し、イルドア海軍の輸送艦はかなりの被害に遭っている。両国海軍の水雷戦隊はジブラルタル経由のシーレーンの防衛で手一杯であり、イルドア海軍の主力艦隊は対潜兵装が足りず、かといってダキア海軍の主力艦隊はいかんせん数が少な過ぎた。

 

帝国軍によって連合軍の西部戦線総兵力百八十個師団のうち八十個師団が何らかの原因によって主軍から分断され、ただでさえ少ない連合軍残存兵力はアルプス戦線とパンノニアにさらに分割。アルプス戦線にダキア軍の部隊が、パンノニア戦線にイルドア軍の部隊がいるのも珍しくなく、まさに戦線は大混乱。アウクスブルグ市議会堂からさらに移転され、しとしとと雨が降り注ぐブダぺスベルグ城総司令部からミハイが見上げる空は、暗かった。

*1
『外科医』発動の三日後に、参謀長として第八師団に派遣されるのに合わせて昇進

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