ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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第二十八話

一等魔導士官章を制服の胸にぶら下げるダキア陸軍のアントネスク魔導少佐にとって、パンノニア戦線は今までに経験したどのような戦いよりも熾烈な戦場であった。

 

大攻勢成功の波に乗り半年前の雪辱を果たす思いで挑みかかる帝国軍魔導師と、ダーナウの撤退時に噛み締めさせられた無力感を晴らすべく果敢に空に上がるダキア軍魔導師の航空戦は、それこそダーナウの頃より苛烈であり、間に挟む河が無くなったことで歩兵同士の真っ向からの激突がメインになった地上戦も相俟って、航空戦力の戦闘における比重はさらに大きくなっていた。

 

ダーナウより短い戦線に帝国はライン、ダーナウ両コントロールを動員し、他方ダキアはありったけのAWACSと新規開発の早期警戒機を飛ばす。地上戦に主軸が移ったことで相対的に航空戦のウェイトは下がったものの、肌感覚で感じる激烈さは大して変わることは無かった。

 

()()()も一端のネームドであるアントネスクは自大隊を率い、相変わらずしつこい帝国軍魔導師の攻撃をいなしつつ、適度に切り込んでは帝国軍の動きを阻害していた。

 

「ノーヴェンヴァー連隊から救援要請、自走砲と思しき部隊からつるべ打ちにされているそうです。方位、273!」

「おそらく417高地だな。あそこは程よく距離も高さもある。しかし自走砲か、面倒だな…仕方ない、大隊行くぞ!」

 

悲鳴を上げる肺腑を酸素生成術式で宥めつつ、連合王国のベテラン魔導師ドレイクの一番弟子を自認するアントネスクは一気に高度を一万まで上昇させると、背負った装具やくくりつけた弾薬が風を切る音の中で一気に最高速度まで加速して、空間爆裂術式をマガジンいっぱいに封入しながら矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「おそらく防空警戒の魔導部隊がインターセプトしてくるだろう。襲撃が完了次第部隊を二分し、私の中隊は一気に高度六千まで上昇、残余二個大隊は高度二千を維持だ。私の号令で反転し、上空と前面から挟み撃ちにする」

「距離二百、敵車両視認!車種は…ヴェスぺだ!10.5cmです!」

 

最悪の想定――魔導師と対空砲の防護付き――よりは数段ましだなと微笑みながら、アントネスクは自らのペアと突撃隊列を形成。鮮やかな軌道を描いてほぼ直角に等しい襲撃軌道をとると、そっと突撃銃の引き金に手をかけた。

 

「スクランブル回せ!砲兵隊を…」

「遅い!」

 

盾になるべく奔走する帝国軍魔導師らの努力をあざ笑うかのように術式の炎が自走砲を包み、燃えながら飛び出してくる乗員もろとも付近に山積みしてあった弾薬に誘爆。417高地に大きなクレーターを作り、砲兵隊はこの世から消滅した。

 

「大隊、追撃!奴らを逃がすな!」

「作戦通り隊を分割する!第一小隊、私に続け!」

 

煙幕グレネードに紛れて魔導封鎖状態で一気に六千フィートまで上昇した第一中隊に帝国軍魔導大隊は気付かず、デコイとフレアで規模を紛らわせた二個中隊を追いかけている。開発後に判明したことなのだが、フレアグレネードは爆発の煙を魔導師が潜り抜けることで、魔導反応を膨れ上がらせることが可能なのだ。

 

「逆落としだ、行くぞ!」

「大隊長、空から魔導師が!」

「糞っ、あの部隊は囮か!」

 

やや戦線のダキア寄りのエリアまで帝国軍を誘引した後は、ホームフィールドでじっくり料理するだけ。半自動小銃がメインの帝国軍に対し、全魔導師が突撃銃を優先配備されているダキア軍の火力優勢は圧倒的だった。

 

「小隊単位での行動を意識しろ!いくら連中の宝珠が双発でも、数で押せば問題ない!」

「高度差は大隊長の部隊が確保している!小隊、魔導刃を発現して私に続け!斬り込みだ!」

「副長殿を援護しろ!相手に手出しをさせるな!」

 

じわじわと帝国軍魔導師の戦力を削ってゆき、やがて一個中隊が墜ちたころ、彼らは少尉級の魔導師を一人残して撤退を決意した。

 

「すまん、ミュラー少尉。殿を頼んだ」

「お任せください、大隊長。必ずや時間を稼いで見せます」

 

ミュラーと呼ばれたその少尉は、恐ろしい技量の持ち主だった。向こうからは一発も撃っておらず、引き換えにこちらの魔導師がいくら撃っても当たらない。かろうじてアントネスクの弾丸が制服を掠ったものの、致命傷どころか掠り傷すらついたかどうかというレベル。この空域において、アントネスクらは完全に遊ばれていた。

 

そのまま10分ほど乳繰り合っていた彼らだったが、最終的には遊び疲れたという感じで地上に降りた帝国軍魔導師が降伏したことで決着。演算宝珠にライフルに手榴弾と、ありとあらゆる武装を地面に投げ出して背嚢を守り通した彼は、その場で断固としてミハイとの謁見を要求した。最初は拒否を突き付けていたダキア軍側だったが、業を煮やした帝国軍魔導師がその素性を明かしたことで決着はつく。

 

「申し訳ないが、一魔導師に判断できるような案件ではない。せいぜい、尋問官に申し出ることだな」

「…まったく、本当にわからんのか?ダキア軍の魔導師課程で散々鍛えてやった私を忘れたのかね?」

 

目深にかぶったシュターヘルムをよっこらと脱ぎ、前線壕の泥濘にべちゃりと投げ捨てた男の顔に、アントネスクらは見覚えがあった。

 

「「「ど、ドレイク大佐殿!?何故帝国軍に…」」」

「それも合わせて釈明する必要がある。連合軍三十個師団の進退がかかっているんだ、早くミハイ元帥閣下に合わせてくれ」

「りょ、了解いたしました!」

 

手入れ不足で荒れ気味な金髪に、ブロードウェイの俳優とタメを張れそうな整った顔。胸元のポケットから取り出した連合王国軍の魔導士官徽章をこれ見よがしに見せつける彼は、まぎれもなく連合王国義勇魔導連隊司令官のドレイク大佐であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

半年のうちに二千キロ以上の大移動を重ねて現在の形に落ち着いた帝国=ダキア・イルドア連合軍間の戦線は、現在大まかに四ヶ所が存在する。

 

一つ目は、誓約同盟国境で包囲され、備蓄物資を食い潰しながら帝国軍に抵抗している連合軍と、それを包囲する帝国軍部隊。誓約同盟経由で細々と物資が流れ込んではいるものの、なにぶん数が五十個師団と膨大なため、じわじわと削られている。

 

二つ目は、帝国=イルドア間の両アルプス戦線。焦点となっているのはいずれも海岸付近に位置するヴェネツィア近郊とマーセイユ近郊であり、わずかながらも平地が広がるそこに両軍は主力を集中させ、東部では血みどろのヴェネツィア市街戦を、西部では沿岸の塹壕戦を展開している。

 

三つ目は、帝国=ダキア間のパンノニア戦線。両軍共にチェチア・スロヴァク地域をフォーウニーウォーの会場と定めている都合上、地形的にパンノニア大平原に帝国軍が集中するのは自明の理である。両国の機甲師団が先を争うように激突し、各所で戦線が一進一退を繰り返す欧州大戦の現主戦場である。

 

そして最後が、忘れ去られた第四戦線ことガスマン大将指揮下の地中海軍集団。イルドア本土からの連絡は届かず、分厚い防護網を敷いていることでダキア軍も存在を察知できていない三十個師団程の兵力だ。補給ゼロの状況下でありながら、優秀な参謀らと調整力に長けた実戦経験済みの総司令官のお陰で何とか帝国軍の攻勢を耐え忍んでいる。帝国のどてっぱらに当たる地中海軍集団に対する帝国軍の圧力は強く、一刻も早く排除しようと帝国軍は躍起になっていた。

 

地中海軍集団の撃滅に際し、帝国軍が割り当てた戦力はレルゲン師団を中核とする三個機甲師団と歩兵師団の合計四十個。五十個師団を囲んでいる誓約同盟方面が三十個師団強、弱体化したイルドア軍五十七個師団に対する両イルドア戦線が合わせて六十、ダキア軍百個師団と相対するダーナウ戦線が機甲師団十五個を中核とする百二十個師団なことを考えると、かなりの大盤振る舞いである。

 

的確な防衛指示と、ここに至って火事場の馬鹿力じみた決断力を手にしたガスマン大将の存在によって何とか守られているものの、防衛戦力はじわじわと海へ押し出されており、包囲から三週間、すなわち帝国軍の主力がパンノニア平原の土を踏むころには、海岸から五十キロ地点にまで追い込まれている。目と鼻の先には帝国軍に占領され、潜水艦隊の基地となっている海港都市群があるというのに、手も足も出せないというもどかしさは、精神的ストレスとなって将兵を苛んでいた。

 

しかし、彼らは断じて諦めてなどいなかった。通信、将校伝令、司令部偵察機の派遣など、ありとあらゆる手を尽くし、ひとたび計画が動き出せば帝国軍を叩き潰すカギとなれる自分たちの存在を知らしめようと、手を尽くしていたのである。どれもことごとく失敗していたそれの最後となる計画が、今動き出そうとしていた。

 

「恐るべきゼートゥーアとは、ライミー諸君もよく言うものだね。なぁ、ドレイク君?」

「はっ。小官としても時折物申したくなることがありますが、これに関しては完全に同意いたします」

 

無理やりでっち上げられた野戦飛行場。障害物となる建築物を破壊した後のリエカ市の大通りに設置され、エンジンをふかせながら今か今かと出撃を待つ数機のオリオン、フォルゴーレ両戦闘機が並ぶだだっ広い石畳の滑走路で、夜間迷彩服姿のガスマン大将と完全武装のドレイク大佐は、帝国軍の夜間戦闘機がパトロールを続ける星月夜を見上げていた。

 

「最後にもう一度だけ確認しよう。ドレイク君、君の役割はピッキングツールだ。ともすれば難攻不落に見える錠に差し込み、無理くり開くための欠かせない道具。死んでも届けろとは言わん。君は連合王国の派遣組だ、我が国に殉ずる義務はない。必要とあらばいつでも南ルメリアに逃げ出して構わないが、これに込められた私達の想いは、知っていてほしいね」

 

寂しい背中をドレイクに向け、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐガスマン大将。その背中に、ドレイクは誇りを胸に返答する。

 

「我々は派遣先に介護されるためじゃない。戦うために陸に上がったのです、閣下。我々とてアライアンス軍の端くれ、死ねと言われれば死ぬ覚悟くらいはできております。それに…」

 

そこでいったんドレイクは言葉を切ると、緩やかに微笑んだ。

 

「閣下がこれまでに会った連中は知りませんが、私個人は親友のために命を懸けられない意気地なしの臆病者だとは、思われたくありませんのでね。いま一度ご下命を、閣下。覚悟は、出来ております」

 

ブダぺスベルクの連合軍総司令部で孤独な戦いを強いられている雨の日の友人に傘を差しだすべく、ドレイクとガスマンは立ち上がる。ぎちぎちに書類やそのほか諸々が詰め込まれた背嚢を軍手越しに撫ぜたドレイクは、連合王国の徽章を胸ポケットに忍ばせた()()()()()()を羽織り、シュターヘルムを目深に被ると、北東の空にまっすぐ飛び立って行く。

 

「…頼んだぞ、ドレイク君」

 

成功と無事の祈りを込めて、地上で見送るガスマンはそうつぶやいた。

 

 

 

 

 

『カウフマン01、交代の時間だ。特に変わったことはないか?』

『いんや、なんとも、さすがゼートゥーア閣下というべきか、防空網は完璧だよ。司偵一匹も出て来やしねぇ』

『あーあ、ダキア軍魔導師の一匹でも出てくれれりゃ、張り合いがあるんだがなぁ』

『縁起でもないこと言うんじゃねぇ。そら、お前はさっさと帰って休んでろ』

「…よし、問題なさそうだな。さすがガスマン大将殿だ、実戦経験に関してもそこそこやる。このペースなら、明日の夜にはパンノニアに着けそうだ」

 

帝国軍の魔導部隊哨戒網の下、うっそうと茂る森林の中をゆっくりと魔導封鎖で飛び続ける影が一つ。月明りも雲に覆われた夜にあっては、動きさえしなければ夜のフクロウすらドレイクが岩でなく生物だと認識できないだろう。ましてや彼は念には念を入れてフィールドグレーの帝国軍服のさらに上に頭からすっぽりと覆えるフード付きのマントをかぶっており、平原ですら鹿や熊の類としか認識されないだろう。

 

よしんば見つかったところで、数年前にイルドア軍が輸入した帝国軍のKar98Kを背負い、ダルマティアで叩き落した魔導師から鹵獲した九十七式演算宝珠の魔導反応をたれ流せば、少なくとも問答無用でドタマをぶち抜かれることはない。帝国軍魔導師によく似た何かに変装したドレイクは、たびたび防空網のインターセプトを受けつつも、パンノニア戦線までの道のりを順調に消化していた。

 

「まさか、ダキアでやっていた長距離対地襲撃訓練が役に立つとはな」

 

航空警戒網のみならば魔導封鎖状態のまま家屋の影や森林をコソコソと歩いてすり抜け、地上に検問所が存在する時は帝国軍の魔導士官として堂々と突破。基本は地面スレスレの匍匐飛行で進みつつ、帝国軍の補給デポを見つけては、こっそりと警備部隊に紛れ込んで物資を拝借して逃走。何度となく『黎明と払暁』の作戦参加魔導師の一翼として飛ばされたパンノニア平野は、たとえ夜間であろうとドレイクにとっては勝手知ったる裏庭であり、どこの森なら航空警戒の目から逃れられるかも、どこの岩陰なら野営に都合がいいかも知り尽くしていた。

 

『帝国軍の軍服は昼間の地上だと目立つ。行動するなら夜間に、それも慎重にだ』

 

翌日の昼間をザグラヴ市駐屯部隊に紛れ込んで過ごし、夜間歩哨に志願したドレイクは小用を上官に申し出てそのまま逃走。駄賃がわりに弾薬庫で小火を起こし、脱走兵の件を上官の頭から消し去った後で、今度はリーンハルト・ミュラー少尉として再び夜間飛行。パンノニア州境を越え、ナジカニジャ市付近で前線に向かう帝国軍の軍用列車にこっそり乗り込み、帝国軍の補充魔導師として堂々とパンノニア戦線に辿り着いた。

 

敵味方共にバタバタと魔導師が死亡ないし重傷を負って後送されて行く戦場において、補充魔導師として紛れ込むのはそこまで難事業ではなかった。1人余計に送られたところで『本国側の書類不備』と称してゴリ押せば、魔導師に飢えている帝国軍部隊は歓迎こそすれど送り返そうなどと言いだす者はいない。口八丁で騙くらかすのは、連合王国人であるドレイクにとっては朝飯前であった。

 

そうして無事に配属となった邀撃部隊の担当区域に、早々に突っ込んできたのがアントネスク率いる大隊というわけである。隊長が猪突猛進型の若い少佐だったことも相待って、簡単にドレイクの隊は釣り出され、ダキア軍魔導師らの集中砲火を喰らった。

 

「ひよっこ連中も上手くなったな、煙幕とフレアの組み合わせとは、やるじゃないか」

 

弟子たちの進歩に感心しつつも、それを表情には出さずにドレイクは殿に志願。背負った背嚢に防殻と防御幕を集中して展開しつつ、怪しまれないようにアントネスクらと遊んでいたというわけである。

 

その後、アントネスクの属する軍司令官経由で報告を受けたミハイは、この件に関する緘口令を布いた。この件にかかわったすべての人間は口をつぐむことを求められ、戦時中にこれを破った場合は銃殺刑に処するとした書類へサインをし、参謀本部でもこの件はウーランゲーリをはじめとする中将以上の最高幹部連以外、戦後になるまで知る者はいなかった。

 

そして、ドレイクの到着から二日後。

 

「ドレイク大佐は私の横に、それ以外はいつものようにリラックスをしてくれ。それと、全員適当にコーヒーなり紅茶なり、私の部屋の給湯室を使っても構わないから、何かしらのカフェイン供給源を準備しておけ、今回の会議は間違いなく長丁場になる。…この戦争を、終わらせにかかるぞ」

 

じわじわとパンノニアで戦線が押される中、ブダぺスベルク城の最上階にあるミハイの執務室において、最後の最高戦争指導会議が始まった。




次回から本当の最終章です。…終わる終わる詐欺じゃないよ、ホントだヨ
それはそうと感想の数激減しててちょっと泣きそう

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