ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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第二十九話

その日、最高作戦指導会議に招集された人間は、ミハイとドレイクを除けばわずかに九名。ダキア陸軍ドミトレスク・ウーランゲーリ両総監とその次長、海軍長官コンスタンティン大将、空軍長官ミハイル大将、ミハイ直属の軍法務長官、亡命レガドリア軍司令官アンソン・スー中将、そしてイルドア遠征軍の第一装甲軍司令官ジェロニモ・メッセ大将である。

 

彼らの面前に位置する巨大な黒板に張り出されているのは、ドレイク大佐と地中海軍集団が命懸けで集めた、ダルマティア地方の帝国軍の戦略配置図。つい三日前のフレッシュな情報を前に、反攻作戦の策定は慎重に進められていった。

 

 

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「そうか、ガスマンさんは生きていたか…ドレイク君と言ったね、ガスマン大将は息災か?」

「はい、閣下。ガスマン閣下を筆頭に、ほぼ全ての将官が無事に指揮をとっておられます。小官も幾度か少将に昇進しかけましたが、閣下の指揮のおかげでどうにか生き延びております」

 

安堵のため息を吐くメッセ大将。イルドア軍の大将級将官で唯一行方の分からなかったガスマン大将の生存が明らかになったのだ、感動もひとしおである。聞けばガスマンは少佐の頃、大尉だったメッセと同じ連隊に所属しており、何くれとなく面倒を見てくれたのだという。

 

「さて、話を進めようか。現状考えられるのはパンノニア戦線の陸上突破か、ルメリア半島を大回りしてのガスマン軍集団への増援派遣だ。南ルメリアが参戦していれば話は違っただろうが…」

「彼の国の軍備は国力の割に未熟です。戦力化しようと思えば、平時の我が国が全力で支援して三年といったところでしょうな」

 

東地中海と黒海の覇権を握りつつある黒海条約機構の弱点は、陣営主導国であるダキア以外の軍事力が貧弱だという一点にある。東欧動乱を経て欧州有数の陸軍を有する国家に変貌する南ルメリアとトルキアではあるが、現時点では両国合わせても五十個師団程度な上に、装備もボルトアクションライフルを主軸としている。現状では参戦されても介護する戦線が増えるだけだというのが連合軍の共通認識だ。

 

「現実性が高いのは陸上突破だが、軍事的には海上突破が理想的だな。ガスマン軍の支配領域ならば、帝国軍の脇腹を突ける。装甲軍といくばくかの歩兵師団を流し込めば、突破進撃の速度次第ではあるが、パンノニア戦線の帝国軍を丸ごと包囲できる。誓約同盟の部隊と合流出来れば、帝国軍のほぼ全てを包囲することも可能だな」

 

陸上突破の場合、どうしても包囲には海上より時間がかかる。ダキア陸軍ほどではないが、動きの素早い帝国軍の事だ。まず間違いなく三分の一には逃げられるだろうとミハイは踏んでいた。

 

「それならば、チェチア方面からの突破はいかがですか?お互い暗黙の協定が成り立っているとはいえ、張り付いているのは遊兵です。そこまで苦労せずに突破できるかと」

「だが、それでは衝撃が足りん。絶対の自信を持っている重囲が真正面から散々に食い散らかされたのと、フォーウニーウォーの会場を突破されて背後から突かれたのとでは、敵に与える衝撃が段違いだ。決着をつけるには、帝国軍将兵の心をへし折る必要がある」

 

とはいえそこで問題になるのが海上補給路だ。アドリア海とティレニア海に帝国軍の潜水艦がウヨウヨいる現状、輸送船のみでは突破は厳しい。水雷戦隊はジブラルタル航路の船団護衛で手一杯であり、これ以上護衛船団を増やすとなれば、最低でもあと半年は必要だった。

 

「海軍としての意見を述べさせてもらうならば、トリエステさえ叩ければアドリア海の制海権を確保することは難しくありません。諸悪の根源たるUボート・ブンカーが存在するのはあそこだけですので、艦隊なり空軍なり強襲上陸なりで石器時代に戻せば大した問題はないかと。民間人の疎開は我が軍が終わらせましたし、どのような方向から叩かれようとも『抵抗拠点と化した民間建築を粉砕した』の一点張りで乗り切れるでしょう。だな、法務長官?」

「我が国も帝国もイルドアも、一度民間人が退避すれば都市だろうとなんだろうと容赦なく砲撃してきましたからな。わが軍の法務士官は優秀でありますれば、誓約同盟の国際裁判所に文句は言わせません。金はあるんだ、焼いても建て直せる。わが軍の遺族ではなく、財務省に泣いて貰いましょう」

 

どこか思考が合州国ナイズドされてきた海軍長官と法務長官を嗜めつつも、トリエステの帝国海軍問題はミハイも常々解決策を思案してきた側である。海軍艦隊の派遣に依存は無いが、それとガスマン軍の救援をどう両立するかが問題だった。

 

「空軍としてはどうだ、ミハイル?空爆でブンカーを吹っ飛ばせればそれに越したことはないが…」

「あの5.5t爆弾ですか?…思い出していただきたいのですが、あれのキャリアーである略爆を根こそぎ持っていってAWACSにしたのは閣下ですぞ?第一、ジョンブル共が寄越したトールボーイは10発ポッキリなのですぞ!?二階どころか摩天楼から目薬のような戦略爆撃では、とても命中など望めたものではありません!」

「急降下爆撃機ならば?リヴラならば1t爆弾の一発くらい当てられるだろう」

「グリフォンエンジン最新型を帝国に与えろと?」

 

ぐるぐると巡る議論に一石を投じたのは、あまりにも常識的な海軍長官のプラン。

 

「何を迷うことがあるのですか、閣下?大艦隊を派遣し、ガスマン軍の包囲網もろともトリエステの海軍基地を粉砕、これでよいではないですか。このプランならば一度の派遣で済みますし、我が軍の主力艦隊は他の列強とは違い潜水艦に強い。ほかならぬ閣下がそうさせたのですぞ」

 

 

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むしろそれだけ艦艇に対する先見性を持ち得ながら何故思いつかないと、半ば天を仰ぐように進言する海軍長官にさすがに申し訳なくなったのか、全会一致で海上輸送と帝国海軍港粉砕を兼ねた作戦は可決された。

 

「それでは私は一度ここで。『戦略打撃艦隊』の招集を行いますので、また」

 

そう言い残し、黒檀の扉を開いて去っていく海軍大将の背中を眺めながら、ふと気になったアンソンはミハイに質問を投げかけた。

 

「ミハイ閣下、コンスタンティン提督がおっしゃっていた『戦略打撃艦隊』とは何なのですか?」

「あぁ、それはわが国独自の海軍編成システムでしてね、メッセ大将には…ヴェネツィア共和国海軍のそれといった方が分かりやすいですかね」

 

余談ではあるが、海外武官を相手にするとどうしても敬語が混ざるのはミハイの癖である。本人曰く、勝手知ったる同国人の部下でもない上に年上なため、どうしても緊張するのだとか。

 

「統一暦1300年ごろまでのヴェネツィア海軍は、有事となれば地中海に散らばっている商船隊でも根こそぎ動員して艦隊を編成してことに当たったのはメッセ大将ならご存知でしょう。それと同じように、戦力に余裕のない我が国は、こういう状況では各地に散らばっている艦隊を統合し、一つの巨大な艦隊を編成して対処することになっているのです」

 

各地に散らばっている艦隊を統合すると、ダキア海軍の戦略打撃艦隊は外征部隊だけで戦艦二隻、巡戦三隻、空母六隻を主力とする巨大なものになる。その内訳は、戦時中も造船所がフル稼働で就役させた完全国産空母であるミニ・フォレスタルことミハイ級三隻、戦闘データと引き換えに購入を許可された連合王国製イラストリアス級一隻、旧式空母の処分もかねて格安で売り渡された合州国製ヨークタウン級二隻からなる空母部隊と、自国製造の改紀伊型・改天城型であるサルミゲトゥーザ級戦艦とブールクレスト級巡洋戦艦となる。他国と比べてレシプロ航空機の進歩が目覚ましいダキアの国情を反映した編成となっており、特にイラストリアス・ヨークタウン両級はダキアが購入してからもちまちまと小改造が続けられ、ミハイ級に可能な限り性能を追い付かせるために左舷後方から大きく張り出す形で増設されたアングルド・デッキが特徴である。

 

帝国海軍の地中海艦隊程度ならば軽く捻れるその軍事力でもって、停泊するUボートを丸裸にしてやろうというその戦略。しかし、その計画は認可される寸前で、飛び込んできた情報によって中断に追い込まれる。

 

「か、閣下!連合王国大使館経由で緊急の情報が!帝国海軍の大洋艦隊が、キィエール軍港から出撃しました!ジブラルタルとドードーバードをすでに越え、つい一時間前にマーセイユ港に停泊した模様です!」

「………海軍長官を呼べ。とりあえず当たり散らすのも怒鳴るのも喚くのも全てはそれからだ」

 

艦隊保全主義に徹し、連合王国海軍ですら帝国が滅ぶその日まで動かないと確信していた、世界最強の引きこもりこと帝国海軍の大洋艦隊。戦艦十数隻を擁するリンネマン中将指揮下の帝国海軍の最精鋭が、ダキア自身が成立させた地中海法*1を逆手に取り、西地中海に姿を現したのである。

 

 

 

 

 

 

その日、ドーバー駐屯の連合王国陸軍第17歩兵連隊長のジャクソン大佐は、目の前を通り過ぎる大艦隊を呆然と眺めていた。

 

「あの艦影は…ヒンデンブルグ級にビスマルク級だ!バーデン級に、バイエルン級も!あれは…まさか、航空母艦!?いつの間に帝国海軍は空母を開発したんだ!?」

「少佐、しっかりしろ!少尉、貴様はジェーン年鑑を捲ってないで通信要員を叩き起こせ!ドードーバード海峡全戦域にアラートを発令しろ!帝国海軍の主力が、動いたぞ!」

「沿岸砲、照準合わせ!砲撃準備だけはしておけよ!」

「ドーバー全域に戒厳令を出せ!避難指示だ!」

 

奇しくも見事な満月となった星月夜の下、月明りを反射して黒々とした巨大な影が次から次へと通過する。出撃体制こそ整っているとはいえ、スカパ・フローから出撃した本国艦隊がドードーバードにたどり着くまでには数時間はかかる。冷静さを取り戻し、とりあえず沿岸砲の照準を帝国海軍艦隊に定めはしたものの、一発でも発砲しようものならどちらが焼け野原になるのかは明確であった。

 

「大佐殿、ホワイトホールから直接の指示が届きました。帝国大使館曰く、あの艦隊にわが国を攻撃する意図はないとの事です。しかし、我が方が一発でも発砲しようものなら、その限りではない、とも。それと、チャーブル閣下から連隊の迅速な対応を賞賛するとのお言葉も預かっております」

 

観測手が見るところでは帝国艦隊はいずれの艦隊も砲門を前ないし後ろに向けており、大型艦の副砲も連合王国側を向いてはいない。しかし、完全に友好的というわけではなく、その証拠に甲板上の乗組員はいずれも戦闘配置である。最短で僅か一桁キロという狭さを誇るドードーバード海峡だ。彼らがその気になれば、最悪わずか数時間のうちに橋頭堡を築かれかねない。数分もしないうちにジャクソンの喉は緊張でカラカラになり、グラスを片手に酒保へと走らなければならなかった、

 

両軍がにらみ合い、心なしか連合王国中の時計の針の進みが少し遅くなったような数時間ののち、やっとこスカパ・フローを出撃したマイティ・フッドを旗艦と仰ぐ連合王国本国艦隊がその砲口を向ける中で、結果として特に何事もなく帝国海軍はドードーバード海峡を通過。同様にジブラルタル要塞の防衛師団将兵らを大混乱の渦に叩き込みながら通過し、今の今まで引きこもりだのドン亀だのと自国の陸軍にすら陰口を叩かれていたのが嘘のように、電撃的にマーセイユ港に入港した。

 

「ゼートゥーア閣下、艦隊は定刻通りにマーセイユに到着しました。現在は補給待ちの状況です」

『大変結構!やはり貴官に任せたのは正解だったな。リンネマン中将、すぐに補給物資を送り込む。一週間ほど待機してくれ』

「了解です。全く、合州国と連邦様様ですな」

 

西暦世界や()()()()()()ならばいざ知らず、現在の帝国には戦時特需の継続を求めて戦争の泥沼化を望む合州国と、いつの間にやら穀倉地帯の偉大な脅威と化したダキアのこれ以上の勢力拡大を望まない連邦という巨大なパトロンがついている。良質な資材も石油も、望めば望むだけ買い付けられるのだ。

 

到着を境に、フランソワ南方ではイルドア空軍の目が届きにくい夜間の貨物列車本数が激増。東テキサス油田とコーカサス油田から掘り出された数万バレル単位の石油、ルールゥ地帯から掘り出される良質な石炭、万発単位の各口径主砲弾、そして百万単位の海軍糧食が運ばれてゆく。なにしろ海軍要員五万五千六百八十名という、帝国海軍はおろか連合王国や合州国といった海軍国家ですらそうそうお目にかかれない規模のため、戦闘行動に必要物資の量も莫大である。

 

ダキア・イルドアという東西地中海の海軍国家が上を下への大騒ぎになる中で、そんなことなど知ったことかとばかりに帝国艦隊は悠々と補給を終える。艦隊保全主義と漸減要撃戦術が大手を振ってまかり通る帝国海軍にあって、数少ない攻撃的な艦隊司令官であるリンネマン中将を大抜擢したゼートゥーアの判断は大当たりであり、艦隊の動きはこれまでとは別次元の機敏さを見せた。

 

「全艦隊、再出撃用意を完了いたしました。あとは閣下の命令を待つのみです」

「了解した。それでは全艦隊は南西へ進路を取り、ダーダコルネオス・フォスボラス海峡を通過。黒海沿岸の産業地帯を襲撃し、上陸部隊の橋頭保を確保する!帝国の未来は、われらの双肩にかかっている!各員、奮戦せよ!」

 

艦隊の目的は、瞬く間に連合王国経由でダキアとイルドアに伝わった。何しろ連合王国情報部の見るところ、航空母艦の搭載機と言い主砲弾の弾種と言い、対地攻撃用の兵装が多すぎたのである。積み上げられた燃料缶の量も、イルドア半島西岸を襲撃するには多すぎた。地中海法によって帝国海軍はトルキアの海峡を自由気ままに通行できるため、ダキア単独では対抗できない規模の艦隊を黒海に突入させるのは、帝国にとってはさして難しいことではなく、かつ戦力に余裕のないダキアにとっては考えうる限り最悪の事態である。なるほど押し止められはするだろう。しかし、押し返すだけの戦力の余裕がダキアにはないのである。

 

すでに帝国本土では黒海経由でのダキア上陸部隊の編成が始まっており、キィエールやハンブルク、ブレーメンといった海港都市では旧式化したマッケンゼン級巡洋戦艦を空母に仕立て上げる改造も急ピッチで進められている。陸軍参謀本部による強引なテコ入れにはかなりの反発があったが、今の今までなんの役にも立ってはいないではないかと指摘されると、海軍側としては黙るしかなかった。

 

しかし、帝国海軍は陸空軍とは異なり、頭が煮え滾るほど追い詰められた経験はない。故に彼らは知らないのだ。

 

「さっきから見えるあの機体は何だ?高高度すぎてラウンデルが確認できんな…」

「て、て、提督!前方の哨戒部隊から最優先の報告です!

 

 

 

 

 

 

 

ダキア・イルドア両国海軍の合同艦隊を水上機が確認!規模、戦艦十隻以上、空母五隻以上!タラント軍港から出撃し、一直線にこっちに向かってきています!」

 

なりふり構わなくなった軍事機構は、たとえどのようなリスクがあろうともギャンブルに躊躇なく手を出すのだと。

*1
すべての船舶はその保有国が中立である限り、地中海のすべての海峡を通過を可能とする国際法。ダキア海軍の大西洋展開を見越してミハイが成立させた




出番ない割に妙に海軍に手が込んでると思ったでしょ?
こ の 為 で す よ
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