ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
戦艦十隻以上、空母五隻以上。帝国海軍が確認したこの頭のおかしい数字を現実のものとして受け入れるには、少し時間を遡る必要がある。
帝国海軍主力、すなわち大洋艦隊の出撃と電撃的なマーセイユへの入港を知ると、ダキア軍は急遽連合王国に圧力をかけ、その翌日にはハーバーグラム准将以下連合王国外務省のビザ発給部員らが死にかけながらもまとめたレポートが、死にかけの体をカフェインで叩き起こした同国大使の手で連合軍の最高司令部に提出されていた。
「指揮官は帝国軍キィエール海軍大学十二騎士の一翼、エルンスト・フォン・リンネマン中将。帝国海軍においては数少ない攻撃的な指揮官にして、南洋諸島での実戦も経験している稀有な艦隊司令……まったく、閣下の父上も厄介な輩を掘り出してきたようでありますな」
「レーデル大将とリュッチェンス大将の動静は?」
「両大将は艦隊司令を外されたことで本国で腐っております。リンネマン中将の抜擢には不満を持っているようですが、参謀本部のボス肝入りの作戦を妨害出来るほどの根性はないかと」
「…いったいどこからそんな情報を入手してくるのやら。まったく、かの国の手は長いことだ」
現在ダキア軍が保有している主力艦は、合計で戦艦六隻と空母七隻。十数年前まで年代物の河川モニターと旧式装甲巡洋艦が最大武力だった国家の海軍とは思えないほどのバカげた躍進だが、それでもなお規模にして帝国海軍の半分ほど。相当数の16インチ砲を装備しているとはいえ、大洋艦隊相手となると数が数だ。即興で詐欺を働く余裕も時間もない以上、ダキア側に許された戦略的な選択肢は少ない。
しかし、いまだ常識の色濃く残る帝国海軍と異なり、一度ならず追い詰められた経験のあるダキア軍の脳みそは柔らかい。まず彼らが行ったのは、徹底的な戦力の抽出である。まず第一に被害にあったのは、中立国の海軍預かりとして平和に余生を謳歌していた帝国海軍の鹵獲艦だった。
「南ルメリアとトルキアに預けていた帝国海軍艦、あれを使うぞ」
「テゲトフ級とカイザー級ですか?あれは艦そのものがかなりの旧式です。いようがいまいが、多少の誤差に思えますが…」
「根こそぎ動員と言っただろう?ブリュッヒャーもだ。兵装に関しては問題はない。サルミゲトゥーザ級の予備の41cm砲塔と、改装時に余剰が出たコンスタンティン級の35.6cm砲塔が連装砲で幾つか余っている。ブリュッヒャーには…カイザー級の30.5cmでも載せておけ。多少速度が落ちるが、今は頭数が重要だ」
即座に両国海軍の担当者に電話が回され、戦艦四隻、巡戦一隻を筆頭とする十九隻の艦隊が回されることとなった。せっかくの主力艦を引き抜くということでかなりの抵抗を覚悟していたダキア軍側としては拍子抜けだが、両国にしてみれば貰ったはいいものの扶養できずに不良債権化していたものであり、巨大艦を惜しむ民意を別にすれば、返却に大した抵抗はなかったのである。
こうして艦隊を戦艦十一、空母七に増やしたダキア軍。しかし艦隊の半分弱は旧式艦ないし帝国海軍黎明期の弱体な艦であり、大洋艦隊と殴りあえるかと言われれば疑問が残る。
そこで白羽の矢が立ったのが、唯一の選択肢と言っていいイルドア海軍。ペレゴミーニ提督率いる同海軍は、新戦艦たるヴィットリオ・ヴェネト級を筆頭に、八隻の超弩級戦艦、六隻の弩級戦艦、ダキア海軍との技術提携で誕生した二隻の航空母艦を揃えている。二度の世界大戦と外交面の失政で水を差された史実とは異なり、コンテ・ディ・カヴール級とヴィットリオ・ヴェネト級は四隻揃い踏み。フランチェスコ・カラッチョロ級もアクィラ級航空母艦もそれぞれ四隻と二隻が就役しているため、史実のパスタ野郎を知るミハイも安心して頼りにできた。
『で、我が国に連絡を入れたと。恐れながら元帥閣下、…主力艦隊を一週間以内に出撃させろと言うのがどのような無茶かご存知ですかな?』
「不可能事ではないでしょう。それに、我が艦隊が敗北したとなれば今度は帝国海軍が貴国の海岸線に猛攻撃を加える恐れもあります。我々とてハンニバルの二の舞はごめんです、協力していただけるとありがたい」
「…了解いたしました。最大限の努力をいたしましょう」
紀元前に長靴の下半分を盛大に暴れ回った古代の将軍を引き合いに出されては、イルドア側も弱い。どのみちここで帝国海軍を叩かなければ、その細長い地形故に上陸作戦にめっぽう弱いイルドアはお終いである。初の実戦が世紀の艦隊決戦かよと将兵らにぼやかれつつも、国土を焼かれるわけには行かないイルドア海軍は必死で計算を重ね、最終的に戦艦ヴィットリオ・ヴェネトを旗艦に据え、比較的新型の超弩級戦艦と航空母艦で固めた戦艦六隻、空母二隻を擁する二十五隻の艦隊が参戦する事になった。
「なかなかどうして立派な艦隊になったじゃないか」
「立派と言っても、ただの寄せ集めだがな。合同演習もやっていないし、戦えるかどうかすら怪しいぞ?」
「ドクトリンの大元は同じはずだ。ここで放り出せばどのみちイルドアもうちもお釈迦だからな。やるだけやるしかないだろう」
遠路はるばるイルドア南部のターラントにやってきたコンスタンティンの面前で集結を続ける艦隊の総司令官は彼自身。副将としてイルドア海軍のパオロ大将が続き、幕僚団はイルドア軍とダキア軍の士官が半々で構成されていた。連合王国語が話せることを条件にかき集められたため、自然と最高司令官は最高階級のものに定まった。
「艦隊総旗艦はどうする?」
「おたくのサルミゲトゥーザでいいんじゃないか?砲戦火力も防御力も、何なら個艦防空能力もヴィットリオ・ヴェネト級より上だ。総旗艦としての機能も一通り揃っているしな」
「意外だな。ヴィットリオ・ヴェネト級を推すと思ったが」
「……私とて、現実が見えないほど耄碌したつもりはないのでな」
「混焼艦の必要量はあとどのくらいだ?」
「フランチェスコ・カラッチョロ級とテゲトフ級、それにケーニヒなので…結構いますね。あと貨物列車一編成分くらいは」
「石炭専焼艦も一隻いるのが厄介だな。正直言って、石炭のストックなぞさすがに無いぞ?」
「陸さんの鉄道課にでもひとっ走り行ってこい!重油は…クソっ、午後の合州国からの定期便待ちか」
「38.1cm砲ってどの艦だっけ?」
「15インチ砲ならフランチェスコ・カラッチョロ級だな。あとそのコンテナは多分ブリュッヒャー用の12インチ砲だぞ」
「へっ?あっ、本当だ!」
混焼缶に専焼缶、16インチ砲に14インチ砲。生産国で見れば六カ国連合艦隊となるダキア・イルドア連合艦隊の出撃準備は、それだけで一つの大事業だ。主砲口径だけとっても戦艦主砲の41cm連装砲から駆逐艦の長10cm砲までさまざまであり、対空機銃まで含めると十数種類を優に超える。帝国よりさらに多い七万人規模の海軍要員の糧食の調達も急務だった。
しかし、帝国海軍は待ってはくれない。マルセーヌ入港からきっかり一週間後に、対地攻撃兵装を満載した帝国艦隊が出撃したという報告を受け、連合艦隊は急遽対応を余儀なくされた。
「今出撃できる艦はどの程度だ?」
「戦艦はイルドアとダキアが五隻ずつ。補助艦もそこそこいるが…空母が微妙だ、艦載機の集結がうまくいっていない。あと四日は欲しいな」
議論を重ねる間にも一カイリ、また一カイリと、帝国海軍は黒海までの行程を消化している。西地中海をまっすぐティレニア海目指して南下する艦隊がシシリー共和国の沿岸から遠望できる頃になって、ようやく連合軍側は艦隊の一部を駆っての示威行動に出る腹を決めた。
邀撃艦隊は、戦艦、空母共に足の速い艦を主軸として編成された。イルドア海軍からはヴィットリオ・ヴェネト級戦艦三隻とカイオ・ドゥイリオ級二隻を筆頭に、戦艦五隻、空母一隻、重巡ニ隻、軽巡三隻、そして駆逐六隻が出撃。いずれも1925年を目処に予定されていたダキア・イルドア・連合王国の合同海軍演習を見据え、機関出力と航続距離を増強させた艦艇たちである。ダキア軍からはサルミゲトゥーザ級戦艦・オデーサ級戦艦・ブールクレスト級巡洋戦艦の定番メンツと、航空機を満載にしたミハイ級二隻、そして数合わせ要員である空箱同然のヨークタウン級とコンスタンティン*1の高速組で固めている。特にコンスタンティン級は秋津洲製艦本式ボイラーの限界に挑むかのように徹底的な魔改造と増設が施されており、絶望的な燃費ながら巡航20ノットで5000海里、最高速度34ノットと言うヨークタウン級に並ぶ速力を誇っていた。
ダキア側の戦艦三隻、巡戦三隻、空母五隻、重巡三隻、軽巡二隻、駆逐六隻を合わせて総勢三十九隻の艦隊は、両国海軍の軍楽隊に見送られながら堂々ターラントを出航。残余艦隊のうち、出航準備が間も無く整う軽巡以下の水雷部隊は別の仕事があるため、留守は旧帝国海軍艦隊と数隻の空母が担うこととなる。
出航間も無くコンスタンティン提督率いる艦隊は帝国海軍艦隊の前衛、巡洋戦隊と会敵し、ここに帝国と連合国の一連の海戦の前哨戦となる、シシリー沖遭遇戦が勃発した。
「巡洋艦シピオーネ・アフリカーノより報告、敵巡洋戦隊を視認!距離、本艦から30000、方位303!旗艦は巡洋戦艦ザイドリッツ!」
「第一次攻撃隊、発艦!戦闘機部隊はこれを掩護し、敵空母の邀撃戦闘機を叩き落とせ!」
「第一戦隊は速力二十五ノットまで増速し、敵巡洋戦隊より距離25000まで接近、のちに面舵いっぱいで回頭!第二戦隊は現在の進路を維持しつつ、二十八ノットまで速度を上げろ!片翼包囲だ!」
「主砲装填、弾種は重巡以上は徹甲弾、それ以下は榴弾だ!」
「敵艦隊の旗艦が判明。ヒンデンブルグより方位123の戦隊は戦艦サルミゲトゥーザ、方位129の戦隊はヴィットリオ・ヴェネトです。すでに我が方の航空隊が敵邀撃戦闘機部隊を視認しており、交戦までの猶予はあと5分と言ったところです」
「不味いな、対艦用兵装はそこまで積んできていないぞ…進路はどうだ?」
「ヴィットリオ・ヴェネトの戦隊は本艦とほぼ平行ですが、サルミゲトゥーザは本艦へと一直線に突っ込んできています。複縦陣での反航戦、ないし第一艦隊と第二艦隊で本艦右舷側を包み込むように仕掛けるつもりかと」
「ふむ…よし、ヒンデンブルグに打電、『敵戦艦隊接近、貴戦隊トノ合流ヲ望ム』。応答あるまで繰り返せ。速力を18ノットに下げ、取り舵いっぱい。主軍と合流するぞ」
当然ながら、経験の浅いダキア海軍の動きは曲がりなりにも連合王国と競い合ってきた帝国海軍に見抜かれ、ヒンデンブルクの艦橋でふんぞり返るリンネマン提督は、巡洋戦隊司令官の進言を受け入れ、艦隊の合流と数的優勢の確保を優先した。
が、それこそが連合艦隊の狙いであった。主力部隊同士の遭遇戦を望むと思われていた彼らは、帝国側が予想もしなかった行動に出る。
「全艦隊、直ちに単縦陣を形成し、本艦に続いて
帝国側の巡洋戦隊が減速したのを認めた瞬間、第一戦隊を急加速、第二戦隊を急減速させた連合艦隊は、そのままの勢いで単縦陣を形成し、さながら秋津洲海海戦の東
予想していなかった回頭に、帝国海軍は大きく対応がもたついた。なるほど彼らも東
「目標、敵巡洋戦隊先頭三隻!全艦隊、交互打ち方、始め!」
その瞬間、シシリー島南岸の住民が飛び上がるほどの轟音が響き渡り、百門を超える艦砲の砲弾が一斉に帝国海軍の巡洋戦隊に襲い掛かった。
「最大戦速!各艦、回避を…」
「駄目です、間に合いません!総員、何かに掴まれ!」
「お゛う゛っ!?…いてて、羅針盤に腰が…ダメージレポート!」
「現在把握中ですが、おそらく本艦は左舷側をメインに被弾、二番艦は三番主砲天蓋に直撃!誘爆の心配はありませんが、旋回機構と装填装置にダメージが!」
「艦橋下部に被弾、軽巡級の榴弾と思われます!負傷者多数!」
「この臭い…!?か、火災発生!二番艦ヴュルテンベルク甲板上、艦橋付近で火災が!」
「右舷側、二番主砲付近で浸水発生!」
「隔壁を閉じろ!弾薬庫は!?」
「問題ないとのことです!」
二回、三回と、帝国海軍による反撃を受け流しながら射撃は続き、数分間とはいえ適正砲戦距離圏内で全門を左舷側に指向した十隻の戦艦にタコ殴りにされた旗艦ザイドリッツと、それに続くヴュルテンベルク、グナイゼナウは火災と浸水を起こして中破落伍。混乱のさなかで戦隊旗艦を交代した巡洋戦艦マッケンゼンが戦列の先頭に立ったが、今度はマッケンゼンとその後ろの巡洋戦艦シャルンホルスト及び重巡洋艦クロンプリンツ・ヴィルヘルムに砲撃が集中する。たまらずマッケンゼン艦長は全速撤退を指示し、戦隊はザイドリッツの落伍地点から六キロそこらまで迫っていた帝国海軍主力艦隊との合流に動いた。
が、それとみすみす真正面からぶつかるほど、連合艦隊は無策ではない。
『レーダーに感あり!この反応…帝国艦隊の主力艦隊です!距離、25000!』
『こちら空母イズマイール、本艦の艦載機も帝国海軍の主力を視認した!艦隊旗艦は戦艦ヒンデンブルグ!』
「了解した。全艦隊、旗艦に続いて最大戦速でターラントへ離脱せよ!航空隊は撤退の援護だ!お互い死なない程度に嫌がらせをしてやれ!」
旗艦をレーダーと艦載機が捉えた瞬間、コンスタンティンの指示の下、艦隊は旗艦サルミゲトゥーザを先頭に全速反転。戦艦五隻、重巡一隻分の要救助者を後に残し、さながら水雷戦隊のような手際の良さで彼らは去っていった。
『げっほ、げほ、げほ…申し訳ありません、リンネマン提督。追撃を?』
「…いや、ここで巡洋戦隊を失う方がまずい。全艦隊、損傷艦を曳航しつつ、マルセーヌまで撤退だ。ダキア・イルドア連合艦隊の排除を優先する。対艦・対空兵装を積み、出直すぞ」
艦隊の撃滅より、要救助艦を大量生産しての足止めを優先したダキア軍の判断は大当たり。帝国海軍は艦隊の修復と兵装転換のためにマルセーヌに帰投し、連合艦隊は貴重な時間を捻出することに成功。そして、この遭遇戦での勝利により、連合艦隊の残存水雷部隊には、アドリア海におけるフリーハンドが与えられた。
「よく来てくれましたな、ミハイ閣下!」
「こっちのセリフですよ、ガスマン大将。本当に、よくここまで戦い抜いてくれました。これで、我々は戦争に勝てる。もうしばらくの辛抱です」
山と積まれた戦闘糧食に、産地直送された出来立てほやほやの各種兵器。帝国海軍の猟犬たる潜水艦部隊をものともせずに、イルドア海軍旗とダキア軍元帥旗を掲げたイルドア海軍の重巡洋艦ザラを旗艦と仰ぐ、輸送船数十隻からなる大規模輸送船団が、ガスマン軍の死守する港にたどり着いたのだ。
「これ全部
「武器弾薬もたんまりあるぞ!」
「燃料もレーションもこんなに…これなら、あと一か月だって耐えられる!」
「こっちの船はトラックに…なんだこれIFV!?凄まじい大盤振る舞いだな…」
合州国から帝国にレンドリースされるはずだったリバティー船を横から買い付け、それを良心的な価格で中立国たる連合王国の海運業者に売り払い、連合王国船籍に仕立て上げた商船団を敢えて白昼に連合王国海軍とダキア・イルドア連合艦隊が共同で護送するという鉄壁の三段構えで、前線視察と休暇を兼ねたミハイもろとも多数の『民間人』と『難民援助物資』、それに『民間用護身武器』を載せた輸送船団は無事にダキアに入港。戦車やら航空機やら空母の運用ノウハウやらと、技術面で散々ダキアに世話になっている連合王国が、せめてもの恩返しにと協力したものであった。
そして、輸送船団は地上軍にとって何より嬉しい援軍も運んできた。
「おや、これはアンソン准将。何故このようなところに?」
「ガスマン閣下の援軍としてであります。連合王国義勇魔導連隊の配置転換に伴い、大佐に変わって小官以下レガドリア魔導師団が、閣下の軍を援護いたします」
連合王国式の編成を取るダキアにおいて、一個魔導師団は四個連隊で編成されている。事実上指揮下の魔導戦力が四倍になったに等しい措置に、ガスマンは飛び上がって喜んだ。
「しかし、海兵魔導連隊を引き抜かれるということは…もしや?」
「そう言うことです。
三日後、連合艦隊はマルセーヌへ出航します。おそらくここが、この欧州大戦の関ヶ原です。それが終われば、今度こそガスマン大将を巻き込んでの大規模陸戦になる。…覚悟をお願いします」
遠洋帰りの潜水艦クルーの如き顔で語るミハイに、ガスマンはただ敬礼でもって答えた。
「セキガハラ?ってなんなんですかね、スー閣下」
「静かにしておけ。こういう時の閣下は邪魔をすると後が怖いぞ」