ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
ニュルンベルク攻防戦の緒戦となる外郭防衛戦は、両軍が遠路はるばる引き連れてきた列車砲の轟音と、航空部隊の奏でるエンジン音によって幕を開けた。
丸三日に渡って重野砲やカノン砲、臼砲に列車砲まで持ち出しての執拗な準備砲撃を行い、絞り出せる限りの航空戦力を投入した連合軍だったが、帝国側の防衛能力は彼らの予想をはるかに上回っていた。古くは神聖帝国時代から大都市として名を馳せているニュルンベルクの街並みは迷路そのものであり、砲撃だけでは街全体で一千ヶ所に登る迫撃砲や軽野砲、対空砲などの陣地などを吹き飛ばすことなど不可能に等しかった。
連合軍はオリオンIVやG.55、MC.202、帝国空軍はFw190に加えてTa152やDo335と、双方の空軍が最新鋭の戦闘機と最精鋭パイロットを組ませて送り出したニュルンベルク上空の制空権は拮抗しており、合州国の重爆に範を取った改造による堅牢さから『空の要塞』と称されたダキア空軍のAWACSも、空を舞うことを許されない。帝国軍はともかく、ダキア軍とイルドア軍は久方ぶりに高空からの眼が存在しない戦場を戦うことになった。
「AWACSスカイアイ、こちら…そうだった、今回は連中不参加なんだったな。パイレーツ01、こちらピアーヴェ01。弾着観測を頼みたい。貴隊に手隙の魔導師はいないか?」
「こちらパイレーツ、06の隊からペアを出そう。コールサインはレーベン、いま観測機材を取りに行かせる。しばし待機されたし、オーバー」
「了解した。協力に感謝する、アウト。…ふう。観測手と航空管制が不在だと、こうも不便になるか」
真っ先に突入したのは、イルドア軍の第57『ピアーヴェ』歩兵連隊。情報将校のはずがなんやかんやで正面先頭に巻き込まれたカランドロ准将の率いる、イルドア軍歩兵第十師団の一翼を担う部隊である。
第十師団は雑多な装備体系が目立つイルドア軍には珍しく、歩兵装備は度重なる連合王国系装備の流入により、とうとうイルドア軍が正式採用に踏み切った.303 アルビオン弾を使用する各種小火器で統一されている。部隊編成に関しても、定数を満たした三個歩兵隊に加え、それぞれの連隊が好き勝手に道中の上級司令部が消滅した無所属部隊やら残党兵やらを吸収したことで、その高い練度も相まって、現在のイルドア陸軍の中で最も強力な部隊の一つとされている。かく言うカランドロの連隊も、道中でゲオルゲI装備のイルドア軍の二個中戦車小隊と、突撃兵と山岳猟兵をそれぞれ二個中隊ずつ吸収し、さらに砲兵隊はどさくさ紛れに装備課からむしり取った帝国製の鹵獲15cm砲で武装していた。
「ピアーヴェ04よりレーベンへ、スポットフレアが見えるか!?」
『確認した!レーベンよりピアーヴェ・チャーリー07、砲撃支援を要請!グリッドは034、056!繰り返す、034、056だ!至急砲撃支援をされたし、オーバー!』
『こちらピアーヴェ・チャーリー、了解した。レーベン、弾着観測を頼む』
「…だ、そうです。おそらくあと5分ほどで開始されるかと。カランドロ閣下、一応退避なされますか?」
「いや、ここでいい。下手に動けば砲撃を悟られる可能性がある。前線部隊の退避も砲撃開始2分前、それも最小限だ」
すっかり野戦将校に染まったものだと、この欧州大戦で受け取った武功黄金勲章をはじめとする数多くの野戦勲章の略綬を撫でながらカランドロは苦笑する。
「まったく、戦闘団司令官も慣れたものだな」
「閣下?」
「いや何、ただの門外漢の愚痴さ。気にせず戦闘を継続してくれたまえ」
果たして時間通りに砲撃支援は開始され、この日のためにピカピカに磨き上げられたチャーリー砲兵中隊の帝国製重砲が、詰め込まれたダキア製の砲弾を空に打ち上げる。五分ほど続いた砲撃は、百メートル四方のグリッドを見事に吹き飛ばした。
が、砲撃支援が終わったからといって、すぐに掃討進撃が始まるわけでもない。部隊を支援砲撃後からさらに退避させたカランドロの判断を肯定するかのように、それは叫ばれた。
「通信量増加、おそらくこれは諸元転送です!方角は…北方!グスタフ、ドーラ、来ます!」
「総員、何でもいいから頭を下げて、適当な神にでも祈れ!」
「航空隊より発砲炎確認!来るぞぉ!」
刹那の沈黙の後に、響き渡る轟音。先程まで連合軍の砲撃が降り注ぎ、瓦礫の山と化していた要塞化された商館跡に濛々と立ち込めた土煙が晴れた後には、二つの大きなクレーターが出来ていた。
「いっつつ…ダメージレポート!」
「死者五名、重傷七名、軽傷二十五名!重装備への損害、ほぼ無し!」
「了解した!車両隊は死者・負傷者を後送し、残余はこれより進撃を再開!次の発砲があるまで、可能な限り進むぞ!」
空から襲い来る大災害。隕石のごとく降り注ぐそれは、しかし自然の手によるものではない。帝国軍が誇る叡智の結晶、80cm列車砲『シュヴェラー・グスタフ』および『ドーラ』、そして三番砲たる長砲身52cm列車砲『ラング・グスタフ』の放つ、超大口径榴弾である。
緒戦の開始から三時間、それぞれの列車砲の射撃ペースは一時間に三、四発なので、最大ですでに三十六発が降り注いでいる計算になる。カランドロの連隊はまだ軽微な損害で済んでいるが、隣の管区の部隊では歩兵中隊が丸ごと吹き飛ばされたという報告も入っており、意外に練度の高い国民擲弾兵の活躍も相まって、連合軍の進撃を大きく妨げていた。
「なかなかやるものだな、国民擲弾兵とやらも」
「調べた限りでは、どうも正規軍部隊に訓練未了の動員兵を組ませて使っている模様です。なかなか士気も高いようですな」
帝国兵の纏う統一されたダークグレーの軍服は色調がダキア軍のそれとよく似ており、制服の色が兵科や所属組織により異なるイルドア軍よりよほど市街戦向きだ。正規兵で統一されている第十師団はともかく、他の部隊では友軍誤射が相次いでいるという報告も、カランドロの耳には入っていた。
「航空部隊はまだ列車砲を吹き飛ばせないのか?」
「どうも制空権が微妙なようですね。性能のいい航空機に加え、対空砲も多数展開しているそうで、満足に動けないとドレイク大佐殿が愚痴っておりましたよ」
現在の戦闘は良く言えば流動的、有体に言えば大混乱。やはりホームグラウンドということもあり、攻め込む連合軍に対して、勝手知ったる大都市で防衛を行う帝国軍の有利は顕著だ。古都なだけあって都市の地下通路や上下水道も網の目のように張り巡らされており、吹き飛ばしたばかりのビルにひょっこり虚空から小隊が現れたのも一度や二度の事ではない。つい先程も、後方に浸透してきた擲弾兵部隊に、同伴してきた戦車隊のうちの一両を吹き飛ばされかけたところである。ダキア軍のお古であるゲオルゲIは現在存在するいかなるイルドア軍装甲車両や大半の帝国軍戦車よりも遥かに強力で頑強であり、それに乗ることは全イルドア軍戦車兵の夢とされるほどであったが、帝国軍の対戦車兵もまたそれ相応に優秀であった。
「何はともあれ隕石は止んだ。前進再開!このまま旧城壁まで押し通るぞ!」
「第七十六連隊と、ダキアの第五装甲連隊も前進しています。おそらく、旧城壁から五キロのあたりで合流できるかと」
「っ、大佐殿!大隊規模の伏兵です!すでに第百十七
「…どうやら、合流はまだまだ先のようだな。
やれやれとベレー帽を被り直し、車両の座席に放り投げておいたエインスフィールド小銃を慣れた手つきで肩に下げたカランドロは、ブレン軽機関銃やダキア製の汎用機関銃、カルカノ小銃の騎兵型やジャングル・カービン等、いずれもアルビオン弾仕様に改装された銃を装備し、黒い炎をあしらった帽章の男たちを率いて、山岳猟兵中隊の援護に乗り出した。
「第一小隊、右奥の家屋に前進し、安全確認と掃討を行え。連中に存在を悟らせるな。何、君たちなら慣れっこだろう?」
「お安い御用で、大佐殿。それならば、第一より第二中隊のヴェッキオ少尉の小隊が良いでしょう。連中はデ・リーズル・カービン装備です」
「ならば丁度いいな。残余人員は戦闘態勢で戦車隊の陰に待機、万が一に備えておけ」
果たしてビルは無人であり、カランドロの指揮する部隊は援護に最適な高台を手に入れたことになる。軽機関銃兵をここに展開させると、カランドロは残余の兵らと戦車小隊を率いて前線へ。じわじわと撤退するイルドア軍部隊の追撃に完全に気を取られている帝国軍歩兵大隊の後背を包み込むように、高層ビルに陣取った狙撃兵と機関銃兵の援護の下、戦車小隊を先頭に突っ込んだ。
「突撃、突撃!ヴェッキオ小隊は側面に展開、バレない程度に狙撃を行え!三号車はヴェッキオの援護だ!一人たりとも死なせるなよ!」
「後方から装甲部隊だ!増援の第五中隊を回せ!」
「ダメです、完全に挟まれています!」
「もらっt…んなっ、銃身が!?」
「馬鹿め!市街戦で騎銃に歩兵銃が勝てると思うな!」
「あのエンブレム…!少佐殿、あれはただの歩兵ではありません!イルドア軍の特殊部隊だ!」
「いいぞいいぞ!第三小隊、向こう側のアルピーニと共同で退路を塞げ!これ以上帝国兵を逃がすな!ここでまとめてふん縛ってやれ!」
数の上で見れば増援として追加の一個歩兵大隊が到着していた帝国軍の方が有利だが、カランドロの連隊は戦闘団編成。戦場の女神は、大抵機関銃と戦車が多い方の味方である。帝国軍の壮年は優に超えた少佐が降伏を申し込んできたのは、イルドア語の喚声が帝国語の悲鳴を上回ってしばらくしたころだった。
「貴官の降伏、確かに受諾した。憲兵!彼らを後方に」
「了解しました。ひとまず、形式的ですが拘束を。不快に思われるでしょうが、ご了承いただければ幸いです」
「…イルドア軍は、ずいぶんと紳士的なのだな。フランソワ軍とは大違いだよ」
「わが連合軍はダキア側最高司令官から軍規と国際法の徹底順守が厳命されておりますからね。憲兵に関してはダキア軍からも御目付役が来ております。堅苦しい面もありますが、私らとは違ってしっかり正面戦闘にも出てくれるので、ありがたい存在ですよ。特に市街戦では、これ以上ないほど頼りになりますからね」
短機関銃や大口径のマグナム拳銃、催涙グレネードランチャーや長方形の防弾盾と言った、どちらかと言えば暴徒鎮圧用の武装を手に周囲を警戒する小隊規模の灰色軍服のダキア軍人らを一瞥しながら、長く軍の重石役として勤めている憲兵中尉は溜息をついた。
ともあれ、ようやくこれで進めると連隊の全員が胸をなでおろしたころに、その報告はもたらされた。
「魔導防壁のせいでニュルンベルク都市内部に入れない?」
測ったかのように同じタイミングで駆け込んできた、合計で十数人ほどの伝令将校ら。彼らが口をそろえて言うには、ニュルンベルクの都市中核部をぐるりと囲むように妙な防壁が広がっており、野戦砲はおろか列車砲弾も通じないのだという。馬鹿を言うんじゃないとミハイを始めとする連合軍首脳部は一蹴しようとしたが、どうにも同じことを訴える将校や無線報告が多すぎる。愛用の演算宝珠を起動し、周囲の魔導適性持ちを巻き込まぬようじわじわと防御膜を広げながら空に舞い上がったミハイが目にしたのは、驚くべき光景だった。
「…参ったな。
手駒を散々に叩かれた腹いせか、はたまた己の想像を超える凄まじい抵抗を見せたライバルの使徒に対するせめてもの妨害工作か。半径にして約五キロ、高さは約五百メートル。ニュルンベルク市街をすっぽりと覆うように聳え立つのは、ミハイの堅牢なそれすら比べ物にならないほど強力無比な、ドーム状の巨大な魔導防御壁だった。既存のいかなる防御魔法とも一線を画すほどの複雑高度な術式で編み込まれており、一端の化け物魔導師であるミハイの見るところ、八十センチ列車砲や核兵器ですらヒビ一つ入れられるか怪しいレベルである。
高度一万五千フィートに陣取るミハイの眼下では、既にダキア製の双核宝珠を装備したドレイクらパイレーツ連隊の面々が破壊を試みているのが遠方できる。誘導系術式を停止し、貫徹力に双核宝珠のリソースの全てを注いだ一個中隊分の統制射撃を受けても、屈強な防壁は表面に僅かな波紋を作るのみだった。
「確認できた。とんでもない代物だな、アレは。歩兵が突入する事はできないのか?あれは要するにただの防御膜だろう?」
『可能は可能ですが、内部からの射撃が通じる癖して外部からの援護射撃が通じないため、攻略には相当な犠牲を強いられるかと。一定以上のサイズの物体が通過すると内部で何かしらのアラートが起きるようで、大抵三分と経たずに泡を食った邀撃部隊が駆けつけてきます。魔導師による突入も試みられましたが、結果は一個小隊の魔導師が低空飛行で突っ込んだ挙句、魔力酔いで墜落するという結果に……』
余談だが、最近ミハイの階級差があろうと他国武官に敬語で話しかける癖は治りつつある。いちいち下手に出ていては折衝時に舐められられると言う側近達の意見という名のクレームに加えて、たいていの将軍や高級将校らとは一人当たり一日に五回、最も多いガスマン大将とは十回は顔を合わせている。打ち解けない方がおかしいと言う物だ。
ともあれ、厄介この上ない特性に、思わず顔を顰める司令部の面々。つまりそれは力業でぶち破るしかないのかという魔導畑出身将官の意見を、ニュルンベルク遠征に同道してきたイルドア陸軍の技術分析官は苦々しい顔で肯定した。
しかし、ダキア軍にもイルドア軍にも、ましてや連合王国にもあの防壁を破壊できる兵器など存在しない。最大口径は榴弾のみ射撃可能なフランソワ製の520mm列車砲であり、すでに何度か放たれている150mm砲のべトン弾も豆鉄砲どころか輪ゴム以下。
「防壁内部に展開した火砲や重戦車も厄介です。そもそも移動トーチカとしての運用ならばティーガーは非常に優秀ですし、何より連中は堅牢この上ない防壁に守られています」
「……仮に、仮にだ。ニュルンベルクの攻略を断念し、帝都ベルンまで攻め上ったとしよう。兵站は持つか?」
「質の悪い冗談ですな、閣下」
「だろうな。概算でいい。実際、何日飢死せずにいられる?」
「そうですな……道中の都市の制圧と占領行政も考えると、正面戦力三個師団で、三日くらいは。ですが、その前に課題があります。だな、大佐?」
「ハッ、現状の北方軍をニュルンベルクの包囲部隊と前進部隊に分割し、そのうえで道中の鉄道線とその近辺の防衛にあてがう部隊を決定するとなると、優に二週間はかかるでしょう。その後も、帝国の航空部隊と続々と動員されるであろう国民擲弾兵部隊に対応しながら300kmを前進するだけでおそらく四週間、そのうえでさらに激戦必至の帝都ベルン攻防戦を戦う……まぁ、何が起きるかは御察しでしょうな」
末期を見据えた国家の粘り強さは、一度敗戦国になりかけたダキア軍が一番良く知っている。総兵力が十個歩兵師団だったあの頃ですら、限定的な女性の軍事動員や軍参謀の動員による戦略予備の捻出、年代物の兵器の動員など、経緯はどうであれなりふり構わぬ戦時体制への移行によって、大陸最強格の陸軍による攻勢を、反撃開始までなんとか乗り切ったのである。主軍を丸ごと包囲され、有力な装甲部隊に帝都まで攻め上られた末期大国との対決がどうなるかは自明の理だ。九百九十九年目の十一月を迎えた千年帝国や、継続戦争のフィンランドの様に、追い詰められた国や末期を迎えた国家という物は、攻め込む側に大変な損害を負わせる物である。
捕虜からの尋問を纏めると、この防壁の出現によってニュルンベルク市防衛部隊の指揮はかなりの上昇傾向を見せており、これからの抵抗は時間と共に激烈さを増すだろうと見込まれている。航空優勢が確保しきれていない都合上、夜間の馬匹やトラック部隊による鼠輸送を封殺することも難しい。エース部隊を盛大に動員した思わぬ副作用として、空軍側は得難いパイロットを喪失することに非常に神経質になっており、リスクの高い浸透爆撃作戦はダキア・イルドア両空軍共に明確に拒否していた。
人間を突っ込ませれば損害が局限化し、かといって歩兵火器や戦車砲はおろか、戦車砲や列車砲でも焼け石に水。航空爆撃も大した効果はなく、まともな変化がみられるのは魔導兵器による攻撃のみ…ん?魔導兵器?
「そういえば、魔導技術局の連中が面白い実験をやっていなかったか?確かこの辺に放り投げたはずだが…」
その時、ふとミハイは妙な報告書と、それに纏わる許可証の存在を思い出した。そこらから拾ってきたリンゴの木箱からあふれ出すほどに積み上げられた『不要不急』決裁書の山を漁ること約五分、ぞろぞろとでっち上げの執務室にまでついてきたドレイク大佐以下の高級魔導将校連の目の前でミハイが探し当てたのは、三か月前の日付で軍技研の魔導部門から送られてきた一枚の書類。
胸元から取り出した万年筆を手に、数枚の束の書類に上機嫌でサインを行うミハイの手元を横から眺めたドレイクは、そのタイトルを見て思わず目を剥いた。
『九十五式演算宝珠起動実験の実行許可』
『第七種特別魔導品目取扱許可証』
『捕虜軍人の軍事実験動員許可証』
神をも恐れぬ計画が、今始まろうとしていた。