ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
誰がどの艦に乗るかでかなり揉めたものの、結果的に言語上の都合から、ミハイは他のダキア軍武官らと分かれ、帝国とイルドア王国、それに合州国の武官らとともに秋津洲海軍の戦艦『土佐』に乗艦。わざわざ戦艦を2隻引っ張ってきてまで、連合王国やフランソワの人間を帝国やイルドアの武官と一緒に詰め込まなかったのは、秋津洲側担当者の抜群のバランス感覚の賜物と言えるだろう。向こうの武官には魔導将校も混ざっているらしい。木造甲板の上で魔導師がリアルスマ○シュブラザーズとかシャレにならない。
「秋津洲海は冷えるな…まだ晩秋だろう?帝都でもこんなに寒くはないぞ」
「文句を言う暇があったら外套を取ってくるか、でなければ船室にすっこんでいろ、ルーデルドルフ」
「秋津洲海はこんなものですよ。だから私もこうして着込んでいるんじゃないですか」
他国と比べて少々時代錯誤感の否めない、ゴテゴテとした装飾がついたダキア陸軍の軍服だが、耐寒性だけは他国のそれと比較しても段違いである。カルパティア山脈での防衛戦を想定して作られている為、見た目に反して佐官以下の将校や兵卒のものは機動性も悪くない。
「おや、その軍装は噂のダキア人通訳か?」
「少佐殿、流石にそこまで露骨に絡みに行くのはどうかと…」
と、ぼんやり帝国軍コンビと秋津洲海を眺めながら談笑していると、後ろから声をかけられた。
「ええと…お名前と階級を伺っても?」
「これは失礼。私は合州国陸軍少佐、ジョージ・パルトンだ。そして、こっちのイルドアの伊達男が…」
「紹介に預かりました、伊達男もといイルドア陸軍山岳歩兵科所属、ヴィルジニオ・カランドロ大尉です」
3人に声をかけたのは、合州国人とイルドア人という珍しい取り合わせ。パルトンと名乗った若い少佐は、金髪を綺麗に剃り上げ、合州国陸軍人のトレードマークとも言えるギャリソンキャップを斜めに被っている。強面だが精悍な顔立ちで、如何にも『マールボロー・マン』然とした雰囲気だ。
カランドロ大尉はその正反対。伊達男と揶揄われるだけあり、かなり顔立ちは整っている。山岳歩兵にしてはほっそりとした体つきだが、彼の国の山岳歩兵師団は参謀本部の直属である。おおかた、カバーの経歴だろう。彼の直属の上司がよく評されるように、スーツと軍服を間違えたような男だった。
さっくりと自己紹介を終えたミハイと帝国軍中佐コンビは、二人を交えて眼前に迫った本物の『戦争』を前に、議論をさらに白熱させた。
「で、ですよ。散々私もカランドロと議論を重ねたが、中佐殿や少佐の意見を聞いてみたい。皆さんは、この秋津洲戦役をどう見ます?」
本人の性格と好奇心の促すまま、どストレートな疑問を叩きつけたのはパルトン少佐。ルーデルドルフが訳知り顔でルーシー帝国の優位や機動力についての彼の持論を話し始めるのを尻目に、ミハイとゼートゥーアは思案顔だ。
「お二人は、どう見られますか?大きな声では言えませんが、私はパルトン殿の…何というか、押しの強い論調には少し飽き飽きしていまして。少佐殿と中佐殿は、いかがお考えに?」
一方のカランドロ大尉は、何を嗅ぎ取ったかゼートゥーアとミハイの方ににじり寄ってゆく。彼の情報屋としての勘は、学究肌の二人に反応したようだ。
「私としては、この戦争は秋津洲に軍配が上がると考えている。そこのゼートゥーア殿にしても同じだ。軍務官僚としては、どうしてもシルドべリア鉄道頼みのルーシー帝国軍の補給網に心配が残るし、何より国内の政情が不安定すぎる」
「それに、私は個人的にルーシー帝国海軍艦隊を訪れたことがあるが、艦隊の数はともかく、規律と練度は秋津洲に軍配が上がるだろう。サン・ペテロバーグ駐屯のバルテック海艦隊でそれだ。太平洋艦隊のことは…考えたくもないな」
ひとしきりゼートゥーアとミハイが演説をぶつと、カランドロはその唇をにやりと歪め、したり顔で頷いた。
彼曰く、秋津洲海軍は装備の数こそいまだイルドアや連合王国、ルーシーといった世界水準の列強より劣るものの、その装備の質、乗員の規律と練度はイルドア海軍の主力戦艦隊どころか、連合王国の本国艦隊と並び立てても遜色ないのだとか。連合王国から購入したかつての聯合艦隊旗艦三笠を代表とする敷島型や、過去のフランソワや合州国、はたまた帝国との極東利権をめぐる中規模紛争における三笠の活躍に気を良くした連合王国ヴィーッカス社が企業機密を公開してまで受注を勝ち取った金剛型戦艦、さらにはその発展型である扶桑型、伊勢型、長門型、天城型および加賀型など、各種最新戦艦をそろえるその実力は本物だ。陸の将校とはいえ、本質的に海軍国家であるイルドアのカランドロ大尉が言うのだ。おおよそ間違いはないだろう。
ここ十数年で大きく規模を拡大させたとはいえ所詮は
(まぁ、私に言わせればシンプルに将兵が真面目なのも大きいけどな)
西暦世界の日露戦争を思い出しながら、ミハイはそう独りごちた。
ルーシー帝国が遠路はるばるバルテック艦隊を派遣することも、アルチュール港に引きこもったルーシー帝国太平洋艦隊が決死の突破を図ることもなく、極めて平和に艦隊は釜山に入港。鉄道旅行の末に、長旅でガチガチに凝り固まった体をほぐしながら、観戦武官団は秋津洲=ルーシー間の最前線、アルチュール要塞包囲軍司令部へとたどり着いた。
合計10数人(なお半分はダキア人)の欧米人は、到着するなり一服する間もなくバラバラに各師団へと割り振られる。ミハイはゼートゥーア・ルーデルドルフのコンビと共に、萬州北方へと派遣される辰巳将軍と津尋大佐率いる第八師団の世話になることになった。結局、この戦役に於ける観戦武官の役割が終了するまで、ミハイは彼らと行動を共にすることになる。
「パルテン少佐はどの師団に?」
「貴様らと同じ萬州北方だが、第二機甲師団預かりだ。なんでも、ルーシー陸軍の戦車部隊によって北の方だと防衛線が押されているらしくてな。業を煮やした参謀本部が派遣した虎の子の機甲師団の内の一つなんだと」
早くもIII号戦車を量産する帝国とかいうイレギュラーはともかく、戦車の設計・開発において各国が迷走を続ける*1現状では、秋津洲陸軍の八十九式中戦車とその57ミリ砲は立派な脅威だ。ルーシー帝国の戦車が現状T-18と少数の
寒さに弱いミハイとカランドロの嘆きをBGMに、5人は揃ってムクデン方面へと向かう軍用列車の一等車に乗り込み、他の観戦武官らもブルブル震えながら各々に割り当てられた移動手段へと向かい、アルチュール要塞の司令部にはダキア陸軍から派遣された参謀達のみが残された。
武官として5人が派遣されてから三ヶ月余り。毎分のように寒い寒いとぼやきながら、それでも精力的に前線部隊や塹壕線の見学、機甲師団の視察と行軍への同道など繰り返していると、あっという間に1912年がやってきた。相変わらずルーシーは秋津洲に対して決定打を打てず、秋津洲は秋津島でアルチュール要塞を陥せぬまま。5人のこれからを大きく変える事件が起きたのは、年が開けてから三週間弱が経った、曇り空の広がる一月二十五日のことだった。
「観戦武官の方々、申し訳ないが、直ちに出発の準備を整えていただきたい」
「構いませんが…いったい何があったのですか、辰巳閣下?」
「ルーシー軍の大規模部隊が観測された。場所はここより北方、黒峰台。実数は不明だが、おそらく十万越えとの事だ」
苦々しい顔で伝達された凶報に対する武官側の反応は、ほとんど呆れに近いものがあった。唯一の例外はルーデルドルフだが、彼の場合風邪を拗らせてダウンしているのでノーカウントとする。
「…なぜ、そこまでの情報を事前に察知されていないかを質問しても?」
痛いところを突かれたような顔の辰巳将軍は、苦々しげにミハイに状況を説明する。
まず大前提として、前々から発せられていたルーシー軍の動向への警報を、秋津洲陸軍萬州方面軍司令部は一切合切無視していた。なんなれば、大軍の接近が報じられた今ですら、なおも威力偵察を疑っている将軍がいるほどである。
そのような状況下で、漸く重い腰を上げた萬州方面軍司令部により、第八師団と第二機甲師団が、一大会戦の舞台になると睨まれている北の黒峰台に派遣される運びとなったのだとか。
「萬州に存在する戦略予備は、現状ウチの師団と第二機甲師団のみだ。正直、いつ出撃命令が降るかとやきもきしていた所だからな。そもそも、この偵察結果ですらこちらに回されたのがつい先週の事だ。いったい上は何をやっているのやら…」
どこの国でも上の尻拭いというのはキツイものなのだなと、そうゼートゥーアは心の中で辰巳将軍に同情の念を寄せた。
そんなわけで、
「うーむ……ダメだな、これは。ミハイ少佐、ゼートゥーア中佐、申し訳ないが、自決の覚悟を決めていただいた方が良さそうですな」
「360度ルーシー軍旗に囲まれるとは…いい気持ちではありませんね」
「こんな事になるんだったら、帝国軍旗を持ってくるべきでしたな」
第八師団は、圧倒的多数のルーシー軍の奔流を耐えきれず、ミハイとゼートゥーアを巻き込んであれよあれよという間に包囲されてしまった。
お世辞にも見た目や性能がいいとは言えないルーシー帝国のT-18だが戦車は戦車。パンツァーシュレックもM1バズーカもない秋津洲戦役においては、歩兵にとって立派な脅威たりうる。戦車の輸送の関係で第二機甲師団が黒峰台目前で足踏みをしているのも、苦戦の原因の一つだ。
装甲戦力どころか航空優勢ですらルーシー側に天秤が傾いている現状、普通の将軍ならじわじわとストロングホールド式防衛で時間を稼ぐところだが、辰巳将軍と第八師団萬州方面軍に属する他の師団とは一味違う。なんとこの御仁、熾烈な包囲戦の末に、定数二万五千の所一万を割るか割らないかという残骸のような状態の師団を率い、ルーシー軍の攻撃陣地に夜襲を敢行したのである。それも、場所を変えつつ毎晩のように。
もちろん、観戦武官たる2人もそれに同道するわけで、特にゼートゥーアは、日頃の己の運動不足を痛感する事になった。
「ぜぇ…はぁ…クソッ、参謀本部で椅子を磨き過ぎたか…ミハイ少佐、ついてこれているか?」
「かはっ…な、何とか。ルーデルドルフ中佐殿が、羨ましくなります」
「まったくだな。奴め、一人だけ後方で高枕とは…しかし、運がいいのか悪いのか、いまいち微妙な所だな。この経験は代え難い」
「中佐殿、少佐殿、何度も申し上げますが…」
「分かっているし、申し訳ないとも思っている。だが、こればかりは許してくれないか?」
病床に寝そべるルーデルドルフの、げっそりと頬の肉か削げ落ちた顔を思い浮かべながら、満月の夜に黒峰台の雪原を剣林弾雨の下駆け抜ける羽目になった二人は、毎夜のごとく悪態を吐いては、近場の皇国軍将校にたしなめられるのだった。
演算宝珠の話
1911年当時
連合王国 グリーブ演算宝珠
フランソワ NiD29演算宝珠
イルドア王国 連合王国及びフランソワより輸入
帝国 11式演算宝珠
合州国 帝国より輸入
ルーシー帝国 T18型軽演算宝珠
フランソワ陥落直前
連合王国 PV12型陸軍演算宝珠及びS.9/30型海兵演算宝珠
フランソワ Mle520型及びMles406型演算宝珠
帝国 97式突撃機動演算宝珠、およびそのほか少数の試作型
イルドア 連合王国に同じ
合州国 6F型及び4U型演算宝珠
ルーシー連邦 T5型およびT7型快速演算宝珠(元ルーシー帝国軍出身魔導師)、T3676型演算宝珠(純連邦軍魔導師)
帝国と合州国、それに連邦の宝珠の宝珠の元ネタはおそらくこれだな、というのがありましたが、フランソワと連合王国のものはイマイチ不明だったため、作中描写をベースに勝手にこちらで命名させていただきました。
それと、日露戦争に戦車をぶち込んだ形になる本章ですが、ちゃんとweb版原作の方では『秋津洲軍の戦車部隊』の存在が明記されているのであしからず。
最後になりますが、次回はパルトン少佐と秋津洲陸軍の魔導師、それに秋津洲戦役と日露戦争の違いの話になります。心の広い方は評価・感想など何卒…