ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
思えば、ここまで長い道のりだった。
大公家の三男坊から中興の祖として祖国の頂点に君臨するまで約十年。欧州大戦の主役として表舞台に立ち、英傑と持て囃されるのも慣れたもの。敬うべき先人たちの偉業など疾うの昔に通り越し、気が付けば神代の英雄扱いされる始末だ。おそらく自分は将来どこぞの秋津洲で星5英霊として女体化されるんだろうなぁなどとしょうもない思考を弄びながら、ミハイは彼自身のために作り上げられた、演算宝珠と小銃の合いの子ともいえる特型魔導小銃『ダウンフォール』を片手に、久方ぶりに静けさに満ちたニュルンベルク市外郭上空高度15000フィート地点をふわふわと漂っていた。
「…よし。これが最終確認だ。全航空隊、準備は?」
『本機を除き、一機たりともニュルンベルク周囲三十キロを飛行している連合軍側の物体は存在しておりません。全機最終点検を済ませ、ハンガー内で出撃体制を整えております』
「メッセ元帥、機甲部隊の様子は?」
『全装甲戦闘車両が号令一つで始動できます。最高司令官殿の手による戦車です。閣下が一番良く分かっていらっしゃる、違いますか?』
「言ってくれるじゃないですか。ドレイク大佐、いけるか?」
『あえて敬語は省かせてもらいましょう。……いつでも行けるぞ、戦友』
「だと思ったよ、親友。ガスマン大将、イルドアの歩兵軍は?」
『全部隊、出撃準備は整っています。カランドロ君、何か言うことはあるかい?』
『では、この場をお借りして。……これが本当の本当に最後です。ここまでグダグダだったんですし、最後くらい、きれいに決めましょう』
「すっかり野戦ずれしたな、ふたりとも。…全戦域に高濃度魔導アラートを発令。直ちにすべての電子機器の電源を落とし、魔導遮断膜をかぶせて保護。魔導師は支給された抗魔導ケープを羽織り、攻勢発起まで身を守れ。現時刻をもって、最終攻勢ダウンフォールを発動する。……………行くぞ、野郎共』
粉雪の降り頻る一面の曇り空に零れた最後の呟きは、やがて電波に乗って全軍にいきわたり、瞬く間に戦場の空気がピシリと引き締まる。相当な魔力を使う超長距離光学観測術式をこともなげに展開するミハイには、何やら異変を感じ取って防衛態勢を整える帝国軍部隊の様子もつぶさに観察できた。
「スゥ……第一宝珠、起動」
ウォーラス演算宝珠が自動車のヘッドライトもかくやというほどの輝きを発し始め、同時に宝珠核が熱暴走寸前まで熱を持ち始める。あふれた魔力リソースの消費先として全力展開された防御膜は、普段の強度を大幅に超え、80cm列車砲のべトン弾すら弾き返せるほどの厚みを持った。
「第一宝珠、バイパス術式展開」
刻まれた溝が輝き始め、第二宝珠の魔力挿入口に莫大な量の魔力が殺到する。遠く離れたミューニッヒの魔導観測機材がにわかにエラーを訴え始め、観測用に持ち込まれた特注の魔導観測機材はここで針が振り切れた。体内では臓器や肉体ではない何かを強く引っ張られる感覚が神経全体を駆けずり回り、危うく飛行のバランスを崩しそうになる。
「第二宝珠、起動。攻撃用術式、展開準備」
引っ張られ続けていた何かがちぎれるような感覚とともに、九十七式演算宝珠の余剰魔力排出量が激増する。自身の出力リミッターが壊れたのを確信したミハイは、双発宝珠の出力を生かし、バイパス術式と並行して攻撃術式の展開準備を始めた。
「第二宝珠、バイパス術式起動。第三宝珠に接続」
銃床全体が淡く輝き始め、周囲の空間がいつもより強く歪み始める。稼働していた周囲五十キロの魔導機器は軒並みシャットダウンし、魔導師らは本能的な恐怖を上空の最高司令官に覚えた。
「第三宝珠、起動。狙撃術式、展開開始!」
第203大隊の面々とは比べ物にならないほどの膨大な術式キャパシティに物を言わせ、ミハイは大威力の超長距離貫通狙撃銃式を多重展開し始めた。ターニャの手による九十五式の全力稼働ですら三重が限界な術式の魔法陣を、一山いくらの塵紙の様に十枚、二十枚と山の様に後方に展開し、火照る体を高高度の風で冷ましながら、彼は銃口を防壁に向ける。
「…ありゃぁ、もう人間じゃない。神か何かの領域だ」
ぽつりと溢れたドレイクの呟きは、その場にいる全ての連合軍将兵の総意だった。
限界まで魔力を練り上げたミハイが腰のポーチから取り出すのは、十センチ弱にもなる巨大な薬莢を持つ、タングステン弾頭の特製大型モーゼル術弾。軽く見積もって七センチはある細長い弾頭の先端は螺旋状になっており、弾頭尾には少し曲げられた三枚の安定翼がついている。少しでも貫通力を上げるため、最近開発された新型対戦車砲弾の設計をベースに作られた一点ものだ。この弾丸を製造する段階で習得した数多くの技術のお陰で、ダキアは四核宝珠を神に頼らず量産できたといっても過言ではない。
薬室を開き、弾薬をスライドさせ、ボルトを閉じる。この大魔力に耐えられる構造を追求した結果、ダウンフォールでは原形となったVz.13が持ち合わせていたデフォルトでの十発装填と弾倉拡張機能が最終的にオミットされ、代わりに古き良き単発装填構造を採用していた。
構えた小銃の照準はシンプルなアイアンサイト。銃身の先端にリングが、装填機構の上に半円のくぼみが入った長方形の鉄片が取り付けられているのみで、照尺の類すら存在しない。何分最大射程や適性距離などさっぱり分からない未知の兵器故に仕方ないといえば仕方ないが、せめて狙撃用スコープや十キロ照尺の一つでも付けてくれれば良かったものをと、無茶な期日をぶん投げた本人であるミハイは無責任にも心の中で文句を吐いた。
そんな照準器の中心にとらえるのは、ニュルンベルクのシンボルである聖ロレンツ大聖堂の二つの尖塔。厄介な狙撃兵の拠点を確実に潰す軍事的な目標もあるが、それ以上にこんな厄介な防壁を作り上げやがった連中の標章に、一矢報いて憂さ晴らしをという私怨があることは否めない。
「これで終わりだ、クソ野郎」
託されたもの、背負った意思、そして勝利と終戦への渇望を人差し指に乗せ、ミハイはそっとトリガーを引いた。
ダキア戦線の前線壕から震えながら這い出し、這う這うの体で生き残ったトラックを飛ばして後方の司令部まで逃げ帰ったのももう三年前。今や帝国軍第六国民擲弾兵師団の第三連隊を率いるまでに出世したクラウス・トスパン歩兵大佐は、突然訪れた奇妙な沈黙を前に、警戒が緩みがちな新兵たちを蹴り出すように頻繁に偵察に送り出す傍らで、自身は割り当て区画の中でも一番背の高い聖ロレンツ教会の尖塔に作られた観測所で望遠鏡を構えながら、不気味な平和の真相を探ろうと躍起になっていた。
「大佐殿ぉ、やっぱ何も無いんじゃないんですかね?パスタ野郎だってたまには休みたくなりますよ。大体、あの防壁があるんです。少しは大佐殿も肩の力を抜いてみては?」
「生憎、私たちがやり合っているのはお前みたいな素人じゃないんだ。もっとよく探せ!魔導師一人たりとも見逃すな!あの防壁も、万能というわけではないかもしれないんだぞ!」
帝国軍の防衛部隊の士気を維持する要因となっているあの防壁。信心深い連中は神の恩寵だの『Deus lo Vult』だのと叫んでいるが、神から砲兵に信仰を移したトスパンの様な人間にしてみれば、あんなオカルトの塊の様な代物胡散臭いことこの上ない。どうにもアレを信じ切れない彼は、ぶつくさ文句を言う部下を動員し、自身も曇天を睨みつけながら敵影を探す。
しかし、元々魔導レーダーが使えない*1上にこの雪空である。この中から灰色迷彩に身を包んだ魔導師を見つけると言うのは至難の業だ。泣けど喚けど見つかるのは偵察行が空振りに終わった帝国空軍の航空隊と魔導師ばかりであり、連合軍の航空戦力は影も形もない。砲兵隊は連合軍による都市外郭部の急進撃に慌てた砲兵司令部が、最高司令官であるゼートゥーアの制止も聞かずに景気よくぶっ放しすぎたせいで、特にシュヴェラー、ラングの両グスタフやドーラをはじめとする列車砲が深刻な砲弾不足に陥っており、同じ理由で通常の重砲もやや沈黙気味。空軍も石油こそ連邦と合州国から腐るほど送られてくるものの、連日連夜続く連合軍精鋭相手の激烈な航空戦で肝心の機体が不足しており、この日のニュルンベルクの空は妙に広かった。
今思えば、あれは熟練兵特有の勘だったと、のちに帝国側第一発見者となったトスパン大佐は語る。本当に異常なしかと半ば諦めかけていたその時、体全体に感じた凄まじいプレッシャーと、本能が打ち鳴らす警鐘に従って勢いよく南を振り向いた彼の目に飛び込んできたのは、曇天の下にあって夜間探照灯もかくやというほどの輝きを発する、正体不明の地上の星だった。
「アラート、アラート!敵軍陣地上空、高度一万五千に正体不明の発光物体を確認!繰り返す!敵…ああクソ、どうなってるんだ!?」
衝動的に取り上げた通信機は既にお釈迦になっており、頼みの綱の有線電話もノイズ混じりで使えた物ではない。
やがて輝きが最高潮に達し、肉眼での観測が不可能になった辺りで、何故かその物体はまるでスイッチが切られたかの様に光が掻き消えた。更なる異変を感じ取ったトスパンは大慌てで望遠鏡に飛び付き、そして『ソレ』を観測してしまう。
「ハ、ハハ…嘘だろ、おい」
かなりの広角を誇る、対空部隊仕様の高性能な双眼鏡。パンノニア平原からの大撤退行時に友軍から鹵獲したそのレンズに映し出されていたのは、望遠鏡とほぼ同軸に照準を合わせ、眦を決して引き金に指をかけた、一人のダキア軍高級魔導師だった。
やがて何処からかカチリという引き金の音が聞こえ、黒鉄の銃身から弾丸が発射される。
「母さん、父さん。ごめん、さよならだ」
真っ黒な弾頭は透明な防壁に突き刺さり、その螺旋状の先端を尾翼の力で猛烈に回転させ、一ミリ、また一ミリと分厚い壁を削ってゆく。
そして、それは響き渡った。
ガラスの割れる音とも鈴の音とも異なる、たとえようのない透き通った甲高い破砕音。時間が止まったかのように透明な防壁の破片が宙を舞い、螺旋が防壁を突き破る。
一直線に突っ込んできた銃弾の衝撃波に当てられ、頭上を破壊が通り過ぎて行ったのを確認する間も無く、ヘルメット越しに青銅製の十字架が頭に直撃したトスパンは意識を手放した。
連合軍の将兵にとって、ミハイというのは不思議な存在である。
ダキア軍統合参謀総長と連合軍最高司令官位を兼任し、散々大暴れしておいていうのも今更という物だが、彼自身は総司令官としてはかなり平凡な部類だ。書類上の位階もイルドア軍の元帥とほぼ同等であり、戦術の才も特段抜きん出ているというわけではない。戦術の才で司令官が決まるならば、今頃最高司令官はイルドア軍のメッセ元帥だ。
そんな彼が何故この地位に座っていられるのか。それはひとえに、積み上げてきた絶大な信頼と、大戦略における卓越した手腕故だ。
ここまで肩を並べて戦ってきた全ての連合軍将官の共通見解だが、ミハイは誰よりも自分の限界を理解している。大規模作戦においても口を挟むのは立案までであり、名目上の総指揮はともかく、陣頭指揮自体は必ず他の将官に依頼している。時に表舞台に立ちつつも、基本的に彼は裏方を駆けずり回り、帝国軍に負けず劣らずの才を誇る綺羅星の如き指揮官たちが、可能な限り動きやすくなるよう陰ながら尽力を続けていた。
イルドア軍だからと冷遇することも、ダキア軍だからと厚遇することも無い。現にダルマティア上陸から今に至るまでの最終作戦においても、戦死したイルドア軍司令官の穴を可能な限り厳選したダキア軍将官で応急的に補う傍らで、別に自軍の戦車将校を抜擢しても誰にも文句を言われなかったろうに、わざわざ万全を期すべく連合軍最高の戦車指揮官との呼び声高いメッセ元帥に、ダキア軍を含めた全装甲部隊の指揮を託していた。
何より、現在連合軍に在籍する全将兵を見回しても、彼ほどに正確に戦後世界を予測している人間は存在しない。神の如き視座で世界を見据え、秩序の樹立という下手をすれば欧州全土の征服よりも難しい課題に真正面から取り組み、一歩一歩着実にその身一つで大国を動かすその手腕に、誰もが尊敬の念を抱いた物だ。
しかし、それだけでは前線の信頼まで勝ち取るには至らない。彼の評判を決定づけた最大の要因は、連合軍将兵が揃って唱えるこの言葉に集約されている。
『ミハイ閣下は、例えいかなる苦境であろうとも、絶対に約束を違えない』
開戦初期、絶望的な戦況だったブールクレスト攻防戦において、他の家族が国外に逃げ出す中で彼は首都から一歩も動かず、全参謀将校の前で勝利を約束し、そして実際にその割り切った判断によって攻防戦を勝利に導いた。
『黎明と払暁』発動前、イルドア政府に勝利と係争地の返還を約束し、その後正式にイルドア側にダルマティア一帯の領土管理権と将来的な領有権を譲渡するとともに、今まさに連合軍を勝利一歩手前まで導いている。
ダーナウからの一度目の撤退時に、足の遅さから時間稼ぎを買って出て包囲されたイルドア軍部隊を『必ず助ける』と宣言し、乾坤一擲の海戦に勝利するとともに、自軍の精鋭部隊を差し向けて、数多くのイルドア軍部隊を救出した。
鉄火場において、背中を預けるに値する存在はそれだけで強力な武器だ。三年という短い様で長い時間と、積み上げてきた赫赫たる戦果は、連合軍の将兵たちにミハイへの強い信頼と確固とした敬意を抱かせるには十分すぎるほどだった。
故に将が、兵が従う。例え戦術面では置物に等しく、その癖自身の主戦場である戦略においては本当に同じ人類か疑われるほどの性格の悪さを存分に発揮しても、本気でその背中を撃って成り代わろうとするものは現れない。*2
『行け!』
たった一言。防壁の破壊に全力を投入し、ゆっくりと高度を下げるのがやっとな彼が、最後の力を振り絞って全回線に最大出力でばら撒いたその二文字。敬語も形式も何一つない、命令と言えるかも怪しい代物。だが、それに従う者がいれば話は別だ。十年前ならいざ知らず、今のミハイには、背中を預け合える頼もしい戦友達がいた。
「「「「「了解!」」」」」
「防壁の破壊を確認!第一次攻撃隊に続き、全航空隊は発進せよ!最後の戦いだ!必ず勝利し、帰還しろ!」
「目標、ニュルンベルク市全域!全砲門、全力射撃を開始せよ!石器時代に戻してやれ!」
「All mages in the air, NOW!全部隊、俺に続け!この戦争を終わらせるぞ!」
「エンジン始動、全車突撃!元帥が切り開いたチャンスを無駄にするな!ここで全てにケリを付けるぞ!」
「こちらダキア空軍第一戦略管制飛行隊、バードアイ並びにスカイアイ。作戦参加全部隊に航空管制を提供する。グリッドアルファからフォックストロットは本機に、ゴルフからキロはスカイアイにチャンネルを合わされたし」
「コンバットボックスを組め!編隊を崩すなよ!」
「第三十六野戦重砲兵連隊、砲撃開始!AWACS、弾着予定地域付近の諸部隊に連絡を!」
大口径砲と大馬力エンジンが地上と空の両方で織りなす、重低音のオーケストラ。ニュルンベルク市街のガラスというガラスをこれでもかというほど震えさせながら、連合軍は一斉突撃を開始した。
ここが陥ちれば後がない帝国軍は必死で抵抗するが、防壁の崩壊による士気の低下に加え、連合軍側が今までローテーションで回していた全戦力を一挙に投入した事で、今までどうにか誤魔化せていた圧倒的な戦力差がここにきて浮き彫りになる。数百両の戦車、戦爆合計四百機の精鋭航空隊、二十七個師団の歩兵、そしてダキアが誇る手厚い兵站に裏打ちされた暴力が、一斉にニュルンベルクの帝国軍部隊に牙を剥いた。
「第七ブロック、注水。第三歩兵中隊が残っているはずだ」
「第三装甲師団司令部から決別電、第六ブロックの大通り、抜かれました!」
「シャルルマーニュ師団が残っているはずだ!流し込め!」
「ゼートゥーア閣下、シャルルマーニュは…」
「絶望的でも構わん。ここで負ければ、連中に帰る場所はない。せめて華々しく散らせてやれ」
「第十六旅団、壊滅!もう後がありません!」
「第四十五連隊から三個中隊と予備の装甲部隊を回せ!呑み込まれるぞ!」
「敵部隊、沈黙しました」
「第一大隊の第三中隊は残敵掃討、第二大隊は側面防護だ。残余は引き続き前進を継続せよ」
「バードアイよりピアーヴェ・チャーリー、グリッドF7の敵野砲部隊に砲撃支援要請だ。カランドロ閣下がお冠だぞ」
「そいつはどうも。レーベン01、これより試射を開始する。観測次第、データを転送されたし」
「3、2、1…今だ!弾幕が止んだぞ、突撃!」
「三号車と四号車は正面突破だ!イルドア軍にばかり良い格好をさせるなよ!」
「装甲部隊に続いて突っ込むぞ!第一大隊はあそこの時計塔を制圧し、そのままそこから援護射撃だ!」
連隊規模で有機的に動く装甲部隊の後ろを師団規模の歩兵が追いかけ、その頭上を航空部隊と魔導部隊が掩護し、ずらりと並んだ各種口径の砲が、AWACSと観測魔導師に支えられた高精度の間接射撃でもって的確に帝国軍部隊に手痛い一撃を叩き込む。圧倒的な物量を前に帝国軍の航空戦力は脆くも崩れ去り、制空権の崩壊によって無防備になった大型列車砲は魔導部隊が一つ一つ確実に制圧。ニュルンベルク南部の大通りはたちまち帝国兵捕虜のうめき声と連合軍将兵の打ち鳴らす軍靴の音で溢れ、ニュルンベルク市は急速に連合軍の手に落ちていった。
帝国軍も、連合軍将兵をして敬意を抱かせるほどに頑強に抵抗した。運動戦では容易く屑鉄になるV号、VI号戦車も、移動要塞として市街地の通りに潜ませれば本当に厄介な障害と化す。機動力を捨てて航空機関銃を多数増設された現地改修型も存在しており、ダキア製の歩兵用対戦車火器や中型対戦車砲程度では歯が立たないそれらを撃破するために、しばしば連合軍は装甲戦力の分散を余儀なくされた。
それでも、激烈な抵抗を押し切って、連合軍は少しずつ、しかし確実に前進を続けた。軽機関銃陣地には12.7mm重機関銃をしこたま叩き込んで黙らせ、野砲陣地には魔導師による対地襲撃をぶちかまし、抵抗拠点と化した高層建築には急降下爆撃機の半トン貫通爆弾と五百二十ミリ列車砲を投げつけて粉微塵になるまで擦り潰した。歴史あるギルドホールや市章の掲げられた市庁舎も砲爆撃の巻き添えになり、爆風で横倒しになったベージュ塗装の市電車両や、大通り沿いの高層建築の残骸を盾に帝国軍は応戦した。
魔力切れからどうにか立ち直ったミハイが直接陣頭指揮をとった唯一の戦いであるこのニュルンベルク総攻撃は、指揮官の性格を色濃く反映し、四日ほど続いた。地下道や水道からの背後襲撃による犠牲を嫌ったミハイが、ブロックごとの完全制圧と、防壁内に逃げ込んでいた民間人の避難を徹底させた為である。
運び込まれたベトンによって水道や地下道の出入り口は一時的にせよ封鎖され、その傍でダキア軍の憲兵隊は比較的無傷で確保した外郭市街地の一区画に降伏した帝国兵や隠れ潜んでいた民間人をベトンを運んできたトラックに乗せて後送する。この戦いでかつてないほど酷使されたダキア軍の野戦憲兵はビルの地下や最上階の小部屋にまで執拗なクリアリングを行い、その過程で後世プロパガンダ写真として有名になる『ニュルンベルクの大軍旗*3』や『チョコレート*4』などの著名なドラマが生み出された。
帝国随一の都市として隆盛を誇ったニュルンベルク市中央部の街並みは荒れ果て、木製の床が焼け落ちた数階建ての建物の残骸や、入り組んだ舗装路が僅かにその残滓を残すのみ。比較的無事な外郭市街との残酷な対比も相まって、さながら巨大な廃墟のような様相を呈した市街地を突き進んだ連合軍部隊は、やがて帝国軍の総司令部が置かれたカイザーブルク城にたどり着いた。
「3、2、1、突入!抵抗勢力を排除しろ!」
「上階クリア!捕虜三十名を確保しました!」
「下層階も制圧完了、こちらは軍人・民間人合わせて百五十名ほどです」
「…だ、そうです、閣下。…本当に行かれるのですか?」
「くどいぞ、准将。多少は魔力も回復した。このまま私を先頭にブルクグラーフェンブルクを制圧する。突撃兵及び野戦憲兵諸君、私に続いて突入せよ」
個人用の演算宝珠、核どころか水爆にすら匹敵する威力の武装、そして先史時代の隕石すら耐えうる最強の盾を手に入れ、もはや誰にも止められなくなった最高司令官率いる連合軍の突入部隊は、『城主の館』、『城伯の城』、そして『皇帝の城』に順繰りに突入し、CQCに優れたイルドア軍突撃兵と、対群衆制圧及び閉所戦闘に特化したダキア軍野戦憲兵の力を借り、その全てをほぼ無血で制圧。尚も抵抗を試みる最後の守備兵を銃床による一撃で昏倒させ、深呼吸で息を整えたミハイは、軍服にまとわりついた戦塵を手早く払うと、まるで自宅のドアを開けるかのような気やすさで、天守閣の一室と廊下とを区切る黒檀の扉を開け、ゆっくりと中に踏み込んだ。
そこに立っていたのは、一人の壮年男性だった。
歳の頃は五十代後半といったところで、肩と襟に結え付けられた階級章は帝国軍上級大将のそれ。向けられたその背中が纏う雰囲気は一切の揺らぎがなく、まるで帝国本国の執務室にいるかのよう。
しかしよく見ればその体格は長く続く戦乱ゆえか枯れ枝のように頼りなく、強風が吹けば吹き飛んでしまいそう。ただ振り返った瞳の輝きのみが、かつての風格を保っていた。
「義父さん…いや、ハンス・フォン・ゼートゥーア上級大将、ニュルンベルクはもう終わりです。どうか、速やかな防衛部隊の降伏を」
「…承りました。これより帝国陸軍本国防衛軍は、連合軍に投降します。アルベルト少尉、白旗を。ミハイ閣下、こちらへ。通信室へ案内いたしましょう」
お互いに疲れたような微笑みを浮かべ、野戦憲兵に囲まれながらドアの向こうに消えてゆく、五年越しの再会を果たした義父と義息子を、連合軍の将兵らもまた穏やかな気持ちで見送った。
『帝国本国方面軍に残存するすべての帝国軍部隊は、直ちに遅滞なく連合軍の降伏勧告を受け入れ、ありとあらゆる戦闘行為を中止し、武装解除と投降を行なわれたし。
帝国本国方面軍最高司令官 ハンス・フォンゼートゥーア上級大将』
『ニュルンベルク攻囲に参加している全部隊は速やかに帝国軍部隊への降伏勧告を行い、受け入れられた場合はすべての帝国軍将兵に対し、戦時国際法と軍法に則り、名誉ある降伏を約束すること。
連合軍統合参謀本部長 ミハイ・エムロエイ・シュルフリンゲン元帥』
『続いてたった今入ってきた臨時ニュースを申し上げます。帝国本国方面軍司令官ハンス・フォン・ゼートゥーア上級大将、帝国南部方面軍司令官クルト・フォン・ルーデルドルフ大将、そして帝国軍参謀総長パスカル・フォン・ヒンデンブルグ元帥の三名が連合軍最高司令部の投降勧告を受け入れ、全帝国軍正面部隊は連合軍に降伏。ミハイ閣下はこれをもって帝国軍と連合国の間の戦闘状態の終結を宣言し、欧州大戦は終結しました。現在連合軍は帝都ベルンを目指して進軍しており、まもなく入城を果たすとのことです』