ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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大変長らくお待たせいたしました

東方動乱こと連邦リンチカーニバルは本編完結後に投稿予定ですのでどうぞ気長にお待ちくだされ


第三十六話

()()()終わった。

 

国内、それも近年獲得した外縁部の領土ではなく、帝国本国に古くから存在する神聖帝国時代から続く大都市の陥落により、これ以上の国土の荒廃と動乱を避けるべく、半ば国家から独立していた帝国軍は単独で連合軍に対して降伏を宣言。『神の御業』を真正面からぶち破られたことによって帝国国民の継戦意思もくじけたようで、あとを追うように一週間後には帝国政府も降伏し、1927年11月6日、三年二か月ぶりに欧州は安寧を取り戻した。

 

終戦のニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。ブールクレストとイルドア王都は歓喜に沸き、帝都ベルンをはじめとする帝国諸都市は悲嘆にくれた。黒海条約機構諸国や連邦、連合王国といった周辺諸国のみならず、海や大陸を隔てた合州国や秋津洲までが緊張を交えて見守る中で、連合国による帝国の戦後処理は始まった。

 

最初に周辺諸国の予想を裏切ったのは、――連合王国は正直察していたが――連合国が帝国に対してかなり寛容だったことだ。

 

帝国とフランソワには『進駐軍最高司令部』なる仰々しいものが設立されたが、その内実はほぼ旧帝国政府そのまま。行政組織に勤める官僚も、三軍省庁以外の行政省庁の長官もほぼ全て続投の方針で進められており、解任の憂き目にあったのは宰相や大臣などの最上層部のみで、帝国側にしてみれば結局何が変わったか良く分からないレベル。精強を誇った参謀本部は解体されたが、これもあくまで一時的な措置としてだ。地中海でボコボコにされて最終的に戦艦五隻、巡洋艦と補助艦が十数隻、潜水艦五十隻強しか残らなかった海軍に関してはほぼ事実追認で見逃され、陸軍は警察予備隊として、機甲師団一個を含む十個師団の残存を許された。完全解体を命じられたのは空軍のみであり、各地の航空基地や飛行場、航空機製造拠点に連合軍が進駐する形で機体を押さえ、Do335や一部の初期ジェット機は研究目的で接収され、以降十年にわたって特にイルドア空軍の発展に寄与し、のちに()()()()()()()に返却された。

 

他方、連邦のちょっかいを防ぐためにオストラント地方に展開した五十万の兵力を除く百二十万のダキア軍に課せられた主な使命は、物流の断固たる維持と行政組織のケツ叩きだった。

 

軍用トラックやありとあらゆる鉄道車両が民間輸送に投入され、トラックが通れないところは合州国から買い叩いた重機とアスファルトで舗装し、物資の遣り取りルートが足りないとみるや、ライン川に新たに恒久的な鉄橋を十五本ほど追加で通す無茶までやった。旧帝国領や旧共和国領では現地の行政組織に連合軍の高級将官が姿を現し、敗戦の事実に戸惑う現地行政府の尻を叩いて無理くり動かした。元来地域大国程度の行政処理能力しか持たないダキアと、列強最下位の地位に渋々ながら甘んじるイルドアでは、攻め落とした帝国とその帝国に政府機構を刈り取られた共和国の累計総面積千五百万平方キロに及ぶ巨大な領土を支えきるのは不可能であり、現地行政の協力は不可欠だった。

 

治安維持にあたっては、残された帝国軍改め『警察予備隊』も馬車馬のように働かされた。ゼートゥーア上級大将率いる十五万人の予備隊兵は、帝国本土に展開した五十万の連合軍治安部隊に混ざって、闇市の取り締まりからテロリストの鎮圧まで、連合国に対する禊も兼ねて何でもやった。特に敗戦後の帝国には赤色テロルが多く、陣頭指揮に駆り出されたトスパンやハーゼンクレファーなど欧州大戦を生き残った将校らは、戦中より仕事が多いだの戦力が足りないだのと、口を開けば愚痴をこぼす有様であった。

 

「あと一個機甲師団があればな…ダキア側からの返答は?」

「残念ながら、見事なゼロ回答です。ミハイ閣下からの私的な回答も」

「珍しいな。どれ、少し見せてみろ」

 

藁半紙とはいえ、本人の直筆サインに独裁官印と体裁はしっかり整った書類いわく、『こっちも人手が足りないから、渡した武器弾薬でどうにかしてくれ(原文ママ)』とのこと。参謀本部のガラスをたたき割る剛腕で握り込んだ藁半紙をポケットにねじ込みながら、二人はやり場のない怒りを兵隊煙草にぶつけることにした。

 

「昨日はヴァヴァリアのレーテ共和国騒ぎ、今日はブレーメンの右派蜂起!こんなに不穏分子がいたのか、帝国には!?」

「憲兵隊が押さえ込んでいたようですが、その憲兵隊が解散させられましたからね。武装制限がないのがせめてもの救いです。散弾でもガス弾でも好き放題ぶっ放せますから」

「或いは、それが連合軍の狙いかもな。師団砲兵、煙幕弾及び催涙ガス弾用意!全部隊は砲撃後に突入しろ!」

「っと、行きますか。総員、状況ガスだ!マスク着用の上、着剣しろ!」

 

大戦中、本命の絨毯砲撃の前の虚仮威しにしょっちゅうぶっ放した色付き煙幕弾と催涙ガス弾の扱いは手慣れたもの。ガスというものは基本空気より重く、故に塹壕内に沈澱する。たまらず出てきたところに本命をぶち込んで刈り取ると言うのが、ダーナウ河攻防戦初期、特にイルドア軍に対して使われた帝国の戦術だった。今考えると結構国際法的にグレーゾーンだよなぁと、ハーゼンクレファーもトスパンも思わないでもない。ダキア軍から供与されたリボルバー式六連発グレネードランチャーも好調であり、シュトゥルムピストーレとは比べ物にならない精度と連射速度で炸裂弾をばら撒ける同兵器の活躍は凄まじかった。

 

「ダキア本国じゃ、憲兵隊の武装らしいぞ」

「これが憲兵?あの国の軍隊は一体どうなっているんだ…」

「ああその話な、ただの憲兵じゃなくて強襲憲兵とかいう兵科の武器らしい。なんでも、特殊作戦や室内戦、対テロリスト鎮圧の専門家なんだとさ」

「…つまりどういう事だ?」

「降下猟兵」

「ほーん、どうりで重武装になる訳だ」

 

実際に数日後にやってきたダキア軍の強襲憲兵*1を実際に見た帝国兵らは、その手際の良さと装備の質に目を剥いた。ハーゼンクレファー以下の予備隊第三歩兵師団の面々が見守る中で、何故かネーヴェンヴェルファーをともなって現れた大隊規模の彼らは、どこから湧いて出たのやら師団級の民兵が立てこもる古城を鮮やかに攻略して見せたのである。

 

「なんなんだあの飛行機、空中で静止するなんて聞いた事ないぞ!?」

「こんなんがあと百機もありゃぁ、戦争も半年は早く終わってたかもな」

「プロペラうるさっ!乗ってる奴はこんな音に耐えてるのか!?」

 

彼らの戦術は、一貫した火力主義と精鋭による突入制圧の二つを柱に成り立っていた。

まず抵抗点である機関銃陣地に爆発物を――それもグレポンとロケット弾投射機による正確無比な砲撃を――叩き込み、間髪入れずにヘリコプター搭載の航空機関砲と、魔導師部隊の重機関銃による火力支援で火点を完全制圧する。歩兵攻勢の火力の要として開発、採用された件のSR-14ブルパップ式重機関銃だったが、その重量と信頼性ゆえに、身体強化系術式を展開した魔導師やヘリボーン部隊と大変相性が良かったのである。

 

未だ配備数が百五十機と少なく、連合軍ですら所属部隊によっては見たことすらないヘリコプターの大規模部隊による三次元陸戦を見せつけられた予備隊将兵の動揺たるや凄まじく、トスパンやハーゼンクレファーと言った、すでに綺羅星の将官への道が開けているような連中でさえ、しばらくは開いた口が塞がらないほどだった。

 

『こちらはダキア軍強襲憲兵第一機械化航空旅団長ミハイル・ドミトレスク特務少将、コールサインはヒューイ01。トスパン大佐、ゼートゥーア閣下の要請により、貴官の連隊をこれより順次後続のヘリコプターにより空輸する。何か質問はあるか?』

「…ハッ!?あ、ありません、少将閣下!よし、連隊総員整列!空挺兵の真似事だ!」

 

未だ大地を離れたことのない兵士が多い予備隊の面々が戸惑う一幕を挟みつつも、トスパンが直卒する第一連隊の第一大隊は無事に離陸。パフォーマンスと示威行為を兼ねて大々的に投入されたヘリコプターに、年甲斐もなくはしゃぐ兵も散見された。

 

さすが熟練兵と熟練指揮官のコンビというべきか、着陸後の予備隊の動きも相当に素早かった。防弾盾を構えた強襲憲兵の後背を固めるように各々自動小銃を握りしめ、部隊の突入後は長物ライフルを屋内で振り回す暴徒を迅速に制圧。兵器の数をそのままに部隊数を大幅縮小したことで、予備隊はその主武装をかつてのKar98KからMP24(MP40)Stg27(Stg44)に大きく転換しており、皮肉なことに欧州大戦時よりも単一ユニット性能は向上していた。その後も素早い制圧は続き、トスパンの通信に応えた的確な航空支援も相まって、各所に設けられた門やバリケードを閉じる間もなく城は制圧された。

 

一件一件はこのようにあっさり進むのだが、何しろ数が数だ。1928年までに帝国では三百の武装蜂起が発生、予備隊のみならず連合軍をも苦しめた。その内最も大きかったものは、オストラントの民族主義者を連邦側が扇動し、モシン・ナガンやSVT、PPShといった比較的新しい武器の供与まで行った『三つ子戦争*2』で、連邦軍クラスの武装をし、あまつさえひそかに送り込まれた軍事顧問による訓練まで行われた十七個師団級の人員による大規模蜂起に拡大した。

 

「こちら予備隊第五師団第三歩兵大隊、連隊規模の敵部隊に蹂躙されている!増援はまだなのか!?」

『こちらノーヴェンヴァー中隊、三十秒後に近接航空支援を開始する。五分後には増援のダキア軍歩兵連隊も到着する。第百二十歩兵連隊と合流し、現在地点より三百メートル東の丘を目指せ。同地を占領し、砲撃を行えとの命令だ』

「全車両突撃!ゲオルゲ戦車の後ろを固めろ!」

「突撃速度を加減しておけよ。四号戦車に合わせるんだ」

『予備隊、突撃します!』

「突撃歩兵、あとに続け!機関銃兵は制圧射撃後、先鋒があのパン屋にたどり着いたら前進だ!予備隊共を死なせるなよ!」

「本当にサインなされるのですか、ミハイ閣下?将来的な脅威となる可能性も…」

「どのみち後三年もすれば参謀本部もろとも再建されているんだ、大して変わらん。大体、今日の飯を食わねばやっていけない時に明日の事を考えてどうする?ほら、こいつを司令部まで持っていけ」

 

最終的に予備隊に許されていた戦力と強襲憲兵隊では抗しきれず、機甲三個を含む三十個師団への拡大許可に加え、連合軍の一個装甲軍による総攻撃と空軍による航空支援まで行ってようやく鎮圧。三つ子戦争の失敗により蜂起の波は下火になっていくが、以降五年にわたって中欧に存在する政府系武力組織は、反乱の残滓に怯える羽目になった。

 

「…という訳で、まぁ予備隊の負担は大きいですが、概ね国内の治安維持は順調です。正直全土占領と直接統治は覚悟していましたが…」

「流石にそれはないでしょう、レルゲン閣下。イルドアとダキアにそこまでの国力があるとは思えません。…ところで、先程からお二人は何を眺めておられるのですか?」

「ん?ああこれか。これはなぁ…」

 

 

 

 

 

ダキアが帝国の始末に東奔西走する一方で、イルドア軍はフランソワの臨時軍政と言う激務に追われており、特にガスマン大将とカランドロ大佐を筆頭とするガスマン派の将校らは、冬の寒さも故郷であるイルドア北部と比べれば幾分とマシな南フランソワのプロヴァンスにて、忙しさに夜も眠れぬ日々を過ごしていた。

 

占領されたとはいえ、本来連合国側であるはずのフランソワで占領行政とは何事かと疑問に思われるかもしれない。しかしこれ、実はある意味連合軍側が招いた事態なのである。

 

『黎明と払暁』の発動に当たり、フランソワの命運が尽きるぎりぎりまで粘ったミハイの判断が、純軍事的に見れば大当たりであったのは連合軍の誰もが認める事実だ。あれのお陰で帝国軍の主戦力である大陸軍の機甲師団はフランソワの平野に取り残され、連合軍の先鋒部隊はあわやニュルンベルク陥落というところまで切り込んだ。

 

しかし、考えてみれば当然の事実だが、その裏で大陸軍と帝国空軍主力による対フランソワ撃滅作戦は続いていたのである。限界まで粘ったことがあだとなり、連合軍が事の重大さに気づいたころには、既にフランソワの政府首班はそのことごとくがパリースィスや首都陥落後の臨時拠点となったリヨン、トゥールーズ、あるいはモンペリエといった都市を枕に討ち死にしていたのだ。

 

それでも帝国統治時代は帝国人の行政トップとフランソワ人の役人の組み合わせでどうにか回していたが、帝国が崩壊したことによってかろうじて保たれていた秩序が崩壊。イルドア軍が進駐に手間取っていた二ヶ月の間に、フランソワ全域で治安が急速に悪化していた。

 

『こちら第二十七憲兵小隊、パリースィス南部D-25地区にて現地の武装勢力と交戦中!民間人が背後にいて動けない、どうか増援を!』

「了解した、少し待て!…繋がったか。こちらイルドア軍第十六師団、ダキア軍の強襲憲兵にD-25への援護を頼みたい!今パリースィスに即応できる部隊がいないんだ!」

「承った。第六連隊から第三機械化航空中隊を向かわせる。D-25だな?五分で間に合わせよう」

「感謝する!第三連隊は総員乗車!一六二二の便でソーミュールに向かえ!第十二軽歩兵連隊がピンチだ!」

 

「捕まえたぞ、このコソ泥が!」

「放せ、このパスタ野郎!不法占拠しているお前らに摑まる筋合いなんて…」

「地元のおっかさんの財布をかっぱらっておいて口ごたえするたぁいい度胸だ。ちょっと眠って、ろっ!……ふぅ、サーベルの柄は万能でいいな。ラヴァンティーニ軍曹、こいつを拘置所へ。結構強く殴ったから、あと半時間は起きないはずだ。さてと、奥さん、こちら盗まれた財布です。何か困ったことでもあれば、何なりと私たちに」

「意外と紳士的だね、兄ちゃん。もっとうちの若い連中みたいに乱暴でもするのかと思ってたよ」

「あんなのと一緒にされちゃぁ、さすがの私達でも傷つきますよ?……うちの軍には、怒らせると一切躊躇なく首をちょん切ってくるこわぁいボスがいるんですよ。よっぽどの自殺志願者でもなきゃ、滅多な事をやる奴はいないはずです」

「そりゃまたとんでもないのがいるねぇ。まとにかく、これはお礼だよ。持って行きな」

 

ダキア軍の帝国における鉈の如き占領行政と比較すると、イルドア軍のそれはかなり穏やかだった。

 

ダキア軍と同様に現地の行政官を登用しているが、トップに据えるのはイルドア人ではなくフランソワ人。行政区画も帝国占領時代の大管区から降伏前の地域区分を復活させ、駐屯部隊もリヨンの在フランソワイルドア軍総司令部隷下の部隊を除けば、フランソワ流にケピ帽を被り、サーベルと拳銃で武装した兵が最小限。特にフランソワ語を話せる誓約同盟やフランソワ国境付近出身の兵は重宝され、各地の駐屯部隊の顔として登用された。

 

鉄道網もフランソワ国鉄庁舎の保管庫に埋もれていたダイヤと人員リストを引っ張り出し、1922年当時の体制を可能な限り再現して運行を再開。ライン戦線の部隊となった北西部や、フランソワ大陸軍最後の栄光を記録した南部の路線の復旧も進んでいる。経済活動や国内旅行も奨励され、不正や混乱の起こらぬようにイルドア軍の監視付きとはいえ、選挙などの政治的活動も再開された。

 

イルドアがイルドアなりに解釈した自分たちの任務は、フランソワを1923年の開戦前に戻すこと。四年間続いた戦争を再建された日常で塗りなおし、フランソワという国家の機能を取り戻すことが最終的な目標だと彼らは定義した。

 

そんなわけで施行されたこの占領という名の復興政策、結果的にいえば大当たりだった。祖国を焼かれ、指導者を殺され、男性人口を大幅に減らし、帝国式の政策の浸透もあって沈み切っていたフランソワ人達にとって、これは在りし日の偉大なるフランソワを取り戻すための、最大にして最後のチャンスに思えたのである。

 

「実際、あながちラストチャンスというのは間違ってはいないからなぁ」

 

とある酒の席で、ガスマン大将はそうカランドロに溢したという。

 

「大戦の前、ちょうど帝国がうちの国からダルマティアを分捕っていった頃かな?あの時のパリースィス・コミューンや第二帝政末期の混乱の残滓が、未だにフランソワでは尾を引いているんだよ。1917年に計画されたアレーヌ・ロイゲン大要塞も、あの程度ならかつてのフランソワには余裕だったろうに、23年になっても起工すらされないままだ。帝政でも王政でも民主制でも、安定と成長をもたらしてくれるならなんでもいい。そう思っているフランソワ人は少なくないだろうね」

 

帝国が諸外国に恨まれる所以である。ルーシー帝国相手のポラニエ=ルーシー戦争、アウステリア・パンノニア二重帝国崩壊後、まだサルデニーニャ王国だったイルドアと、現在のダキアの前身となったモルダヴィア=ダキア連合王国相手のハプスブルク帝国継承戦争、レガドリア協商連合の前身である北欧帝国とのノルデン・スレースヴィイ戦争、そしてボナパルト三世に止めを刺したライヒ統一戦争と、諸外国に戦争をふっかけながら成長してきた帝国は、その特性上周辺列強と折り合いが悪い。

 

叛逆の刃を握りしめながら笑顔で手を繋ぎ続けたイルドアや、国家改造によって帝国を殴り飛ばすまでに成長したダキアはともかく、政変続きのフランソワや、泣きっ面に蜂とばかりに連邦との冬戦争と継続戦争でサーミ地方を奪われた協商連合では、経済成長や国内の安定化も停滞気味だった。ノルデン・スレースヴィイ戦争でさえ半世紀前、ライヒ統一戦争に至ってはわずか三十年前の出来事である。特にフランソワは欧州最強を誇った第一帝政時代の生き残りもそれなりに居るため、余計に政権不信は強かった。

 

フランソワ上層部のこうした動きは、イルドアにとっても有難いことだった。ほぼフランソワ人を扱き使っているだけに見える占領行政でも、かつて列強最下位だったイルドアの国力的にはキャパオーバーもいいところ。さっさと自力再建段階に移ってもらえれば万々歳、むしろそうでなくてはこっちが干からびるというのがイルドアの本音である。

 

「ところでガスマン閣下、さっきから眺められておられるその封筒の中身は…?」

「あぁこれか。これはだね…」

 

 

 

 

 

 

来たる1928年三月十日、未だ雪解けの来ないアルプス山脈の中央に位置する森林三州誓約同盟。その玄関口であるチューリヒ中央駅は、平時はおろか軍事演習時ですら比べ物にならないほどの人波でごった返していた。

 

この日動員された誓約同盟軍は、議会より任命されたアンリ()()以下平時編成の二個旅団二万五千人。欧州大戦の終結による動員解除の混乱の最中で召集された正規軍部隊である。いずれも上から下まで青灰色の礼装に身を包み、儀仗銃を装備した姿だ。ソミュアR35やLT-38といった戦車で構成されるなけなしの機甲部隊も動員されており、4両一組で動く彼らの部隊は、中央駅を囲むように配置され、集まってきた野次馬をその砲と機関銃で威圧していた。

 

やがて、中央駅の石造りのアーチからカラフルな一団が表れる。灰色のダキア軍のメスドレス、緑色を基調とするイルドア軍大礼装、シャドウブルーに金色のモールと襟章が煌めく帝国軍の正装、スモークブルーの詰襟に金糸の刺繍がなされたケピ帽が目を引くフランソワ軍、帝国風ながら銀糸の襟章と開襟のジャケットが特徴的な協商連合軍。そして、それらに混ざって堂々と広場を行進する、黒一色に色鮮やかなネクタイで着飾った数え切れぬほどの外交官や首脳たち。

 

欧州大戦の本当の幕切れを飾る、チューリヒ講和会議が始まった。

*1
野戦憲兵だった組織を、規模を拡大した上で終戦直前にミハイが独立させた。野戦憲兵の人員を中核に、近接格闘戦に優れ、素行の評価も良い連中を選抜したエリート部隊

*2
主戦場となったオストラント北部のダンツィヒ市とその近郊にあった二つの三つ子海港都市にちなむ

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