ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
突入作戦の準備は、初会合から三か月をかけて、ゆっくりじっくりと進められた。ターゲット当事者のみならず、国軍内にも極右派のシンパは少なくない。情報の漏洩だけは、絶対に避けなければならなかった。
「とりあえず、ここまでの進捗をまとめよう。総参加人員三万人、そのうち四千五百人は実働部隊で、残余は周辺の封鎖と警戒。突入部隊はさらに厳選し、各党庁舎につき中隊程度に絞る、と。ここまでは皆、異論ないな?」
「…正直、私はまだ反対です、元帥閣下。突入部隊だけでも大隊規模に増員すべきでは?ライプシュタルダンテと
「ウーガ准将の懸念はわからないでもないが…正直、一個大隊を閉所にぶち込んだところで、人で溢れかえった挙句身動きが取れなくなるだけじゃないのか?どう思う、デグレチャフ大佐?」
「レルゲン閣下の意見の方が、率直に言って正しいかと。大規模な軍事施設ならともかく、広いとはいえ所詮は一政党の建物です。包囲する分にはどれだけいても構いませんが…突入となるとかなり部隊も細分化されますし、あまり人員を突っ込ませすぎると、誤射の危険もあります」
戦術や人員の選定のみならず、突入部隊の使用兵器も慎重に吟味がなされた。7.92mmモーゼル弾は、大口径大威力なのは結構なのだが、室内戦で使えそうな同弾薬を使用する小銃が、銃身長が比較的長く反動もそれなりに大きいWz.1926のみという致命的な欠点がある。必然的に、弾薬は9×19mmパラぺラム弾、7.92×33mmクルツ弾、そして大ドナウ軍が新機軸として持ち込んだ5.56mmBSTO弾の三つに絞られた。
「9mmはMP5、オーウェン・ガン、各種拳銃に大ドナウのWz.1932短機関銃、クルツはStg26、BSTOは大ドナウのWz.74-416突撃銃のみ、と。バリエーションだけ見れば9mmので確定なんだが…」
「いかんせん、Wz.74-416の性能がな」
銃のバラエティで比べれば即断で9mm弾を使用する銃器に絞られそうなところを引き留めているのは、大ドナウ軍制式小銃Wz.74-416が有する圧倒的な性能である。
本銃は、信頼性と量産性に優れる連邦製のカラシニコフ小銃のレシーバーを踏襲しつつも、小口径ながら殺傷力の高い中空の弾頭を持つ5.56mmBSTO弾を採用し、同形式の命中精度の悪さをカバーしている。設計の音頭はミハイが直々にとっており、大ドナウ軍の教導部隊をして『五十年は第一線を戦える』と言わしめた、大ドナウ軍歩兵銃技術の精華とまで呼ばれる一丁に仕上がっていた。
未だ合板パーツが一般的な1930年代において、軍主力小銃として始めて大々的に繊維強化プラスチック製のパーツを採用し、その特徴的なフォルムも相まって、非常に近未来的な印象を感じさせる。弾倉は重量があるものの耐久性に優れるスチール製と、十分な耐久性を保ちながらより軽量なベークライト製の二種。基礎となる三十発マガジンは、中程から先端に掛けてややカールしており、前後逆でのマガジン挿入を防いでいる。銃床の上下左右四面を覆い、レシーバーの上面まで続くレールマウントの上部には、タンジェントサイトはもちろんの事、ゴーストリングサイトやピープサイトなどの各種アイアンサイトも選択可能。
そもそもBSTO弾からして、正規戦用のフルメタルジャケット弾の他にも、アーマー貫徹用のAP弾、条約違反の法執行機関用ダムダム弾に、跳弾を防ぐ粉体金属弾頭のフランジブル弾など、弾丸の種類が豊富に存在する。
そして何よりの強みは、そのカスタマイズ性の高さだ。
「軍正規品だけでもアンダーバレルの擲弾発射機と散弾銃に伝統のアーミーナイフ型銃剣、可変倍率の光学狙撃眼鏡にナイダー式リフレックスサイト、各種形状の硬質合成ゴム製フォアグリップ、CQB対応のショートバレルや狙撃用のロングバレル、各種マズルカバーと消音器、おまけに折りたたみ式のワイヤーストック。マガジンも狙撃用の十発から分隊支援用の六十連ドラムまで、できないことは基本ないぞ」
「やりたいことを詰め込みすぎだ、馬鹿野郎。1940年代後半にAK-74とHK416の合いの子を作りやがって…」
「いやほら、うち主要工業地帯が仮想敵国と隣接してるからさぁ…」
「だとしても限度があるわ!」
数十億単位で大ドナウ軍の予算を吹っ飛ばした*1同小銃だが、苦労の甲斐あって生産性も高く、信頼性も折り紙付き。とある計画に莫大な国家予算を割いている現在でも年産四十万丁を記録しており、常備軍や警察組織、憲兵部隊などの装備はすでに国全体で三分の一がこれに入れ替わっている。
モーゼルに並ぶ強力なライバルとして台頭して来たH&K社の担当者を絶望させ、SIG社の技術者をして崇拝させ、FN社の設計主任に膝を突かせたブツを目の前に突きつけられて、尻尾を振れない軍人は居ない。せめてもの抵抗としてドイッチュラントからMP5が、イルドアからA300散弾銃が提供されたが、主力小銃は見事に大ドナウに掻っ攫われることとなった。
ここだけ切り取ると素直に決まったように聞こえるが、問題は主力小銃以外だった。拳銃に関しては技術の蓄積が薄い大ドナウを捨て置く形で、イルドアとドイッチュラントが激突したのである。
まずドイッチュラントは、すでに身内で数派閥に分かれていた。具体的に言えば、ターニャ・フォン・デグレチャフ大佐を筆頭とするコルトSAA派、ヴァイス中佐らのベローニング・ハイパワー派、そしてレルゲン少将のワルサーPPK派である。三者共にすでに国内にライセンスや特許が存在している銃器ではあるが、ドイッチュラント国産品はレルゲンのワルサーPPのみであり、彼がそれを主張している理由もそこにある。
SAAは、装填の動作こそ多いものの、弾丸の威力が大変高く、機械的な信頼性にも優れる拳銃だ。隠密性は低い反面、武装組織の殲滅を目的とする本作戦の趣旨とは無理なく噛み合っている。特戦群のうち、セレヴリャコーフ少佐を筆頭とする約半数は、彼女の支持に回っていた。
「SAAなら動作の信頼性も確実であるし、威力も高い。多少旧式なのは百も承知だが、それを差し引いてもリターンは大きいはずだ」
かたやヴァイス中佐の支持するベローニング・ハイパワーは、その名に相応しく、高い継戦能力を生かした力押しでの突破に向いている。通常弾倉で十三発、延長弾倉で二十発を装填できるBHPは、近代的な自動拳銃なだけあってカスタマイズ性も高く、消音器をはじめとするパーツ類が、民生・軍生問わず豊富に存在する。
「Wz.74には劣りますが、相当弄繰り回せる代物です。特殊作戦には、うってつけの逸品かと」
そして最後のワルサーPPKだが、ここには少々政治的な事情がかかわっている。他の候補と異なり、同銃は純ドイッチュラント製の拳銃だ。設計者も製造拠点も、すべてがドイッチュラントにある。
端的に言おう。レルゲン少将は、ここでドイッチュラント系の火器製造企業に花を持たせ、その国際市場でのプレゼンスを確保したいのだ。武装集団の夜間制圧、それも少数の特殊部隊の手によるものとくれば、宣伝効果は抜群である。多国籍作戦なれば、なおさらだ。
「ここらで一度ワルサー社の名を大きく売って、国際競争力をアピールしておきたい」
ワルサー社もこの話には大変乗り気で、帝国時代から法執行機関の武装として名を馳せていたPPKだけでなく、同じく古くからの陸軍正式拳銃の改良型であるP1の先行量産型を全て投入しても良いと言って来た。そろそろ陳腐化が目立って来たワルサーP38を更新しようと考えている連邦国軍にとっては、最有力候補の性能を試すうってつけの機会だった。
他方、イルドア軍が強烈に推しているのは、同国最大手のベレッタ社が製造しているM1928…ではなく、その発展型であるセレクトファイア式のM928Rの、そのまた後継型であるM93Rマシンピストル。単発と3点バーストが選択可能な機関拳銃であり、高い制圧力を特徴としている。元々
SAA、BHP、ワルサーPP、そしてベレッタM93R。当の昔に己を拳銃後進国だと自覚している大ドナウ側の軍需企業担当者が、ぼんやりとパイプをふかしながら眺める前で、即席のトライアルが始まった。
精度、威力、屋内での取り回し、信頼性、隠密性、そして継戦能力。古ぼけた設計とリボルバーならではの静音性に関する弱点故に真っ先に叩き落とされたSAAはさておき、他の三者はかなりの接戦となった。
M93Rはイルドア軍は小慣れていても、三点バースト拳銃など持ったこともないドイッチュラント兵や大ドナウ兵にしてみればまさに未知との遭遇。そもそも三点バーストそのものがWz74-416やカラシニコフあたりから初めて搭載された比較的新しい概念なため、イルドア兵以外が持ったが最後、銃口の暴れること暴れること。とは言えイルドア兵やWz.74-416に慣れている一部の精鋭に持たせればそれなり以上には命中させるため、一概に落第とも言い難い。
一方のBHPは、安心と信頼の一言に尽きる。拳銃としては珍しい複列弾倉による豊富な装填数、少ないパーツ数から来る高い信頼性、ティルトバレル式の堅実な動作機構と、とにかく全方向において隙がない。どう見積もっても二十年は先を行くWz.74-416には劣るが、カスタマイズの幅もそれなりで、何より性能の良いサプレッサーが数多く揃っている。FN社からも数多くのカスタムモデルが販売されており、特殊部隊仕様のマグナムポート式マズルブレーキが付いたものは、歴戦の大ドナウ軍強襲憲兵隊をして唸らせるほどの基礎性能を持っていた。
そして最後のワルサーPPKだが、こちらは秘匿性と安全性で他の二丁に大きく勝っていた。警察用拳銃と言う本来の用途故に威力はやや低いきらいがあるが、受注生産されるパラペラム弾仕様でもそのサイズは二回りほど小さく、採用実績も帝国内においてはBHPに負けず劣らずと言ったところ。その気になればコートの内ポケットにも簡単に隠せ、安全装置の信頼性も高く、何より触覚と目視の両方で残弾の有無や弾切れが確認できるスライドストップなど、大変実戦的な機構が数多く揃っている。今でこそ参謀本部で椅子を磨いているレルゲン少将とて、欧州大戦では機甲師団を率いた前線組だ。政治的な都合だからと言って、下手なものを選んだりはしない。
装備選定が白熱する一方で、作戦参加部隊のドクトリン統合と共同演習もひっそりと、だが確実に行われた。国際協働は結構だが、こと軍事組織において、異なるドクトリンをもつ部隊が多数合わさって戦うということは、それすなわち大混乱を意味する。例えばドイッチュラントの特戦群は、その経験上非正規戦を大の得意とする一方で、屋外戦闘に関しては大ドナウ軍強襲憲兵に一日の長があり、その大ドナウ軍もCQCに関してはアルディーティには及ばない、と言った具合である。
三カ国の中で一番火力に秀でているのは大ドナウ軍だが、それはとうとうドイッチュラントからライセンスまで買い付けて正規装備にしてしまったネーベルヴェルファーや、シリーズ総生産千六百機をマークしているUH-1汎用ヘリコプターなどを総動員した時のもので、実の所屋内戦能力は六連グレネードランチャーや汎用ないし重機関銃、そして散弾銃、短機関銃、突撃銃の三セットを使っていた欧州大戦からそこまで進化していない、と言うか同国は何にでもコマンド部隊を投入しがちな節がある。上記の航空機や破砕砲戦車、火炎放射戦車などが追加され、相手を建物ごとローストヒューマンする能力は格段に上昇したが、ガワを破壊せずに中身だけを調理するとなると、実は意外に苦手なのである。「一体何と戦う気なんだ」とはデグレチャフ大佐の言葉。
かたや『党の建物ごと更地にしてはいけないのか』などと真面目腐った面で聞いてくる大ドナウ側に呆れ返っているイルドアとドイッチュラントは、屋内戦能力に関しては相当高い。散弾銃の分野に関しては欧州他社の追随を許さないベレッタ社と、元々半分特殊部隊的な運用をされていた突撃兵部隊を擁するイルドアは、大戦を経て特殊作戦の分野でメキメキと頭角を表し、今や世界各国から教官として引っ張りだこ。過去にもイルドアで発生した立てこもり事件を幾度か犠牲者なしで鮮やかに解決しており、欧州トップクラスの実力を持っている。
他方ドイッチュラントは経験こそ薄いものの、陸軍の魔導部隊からほぼそっくりそのままスライドした三個師団一千人規模の魔導師を擁しており、エレニウム工廠が完成させた一一〇式三核演算宝珠由来の高い防御力に任せたゴリ押し突破には定評がある。その他にも、電子機器のジャミングから機材の遠隔破壊措置、超遠距離からの貫通術式による狙撃や光学偽装術式による奇襲、身体強化術式による拳ブリーチングや人力サーマルセンサーなど、他国と比べて本当に手札が多い。わけてもルフトフロッテ航空008便ハイジャック事件において、セレブリャコーフ、グランツ両大尉(当時)が成功させた、ジャミング、聴音、そして熱感知術式と光学貫通術式の合わせ技による機外からのハイジャック犯三枚抜きは、軍事史に残る離れ業として有名である*3。
殲滅火力の大ドナウ軍、近接火力のイルドア軍、そして絡め手とごり押しのドイッチュラント軍と、三軍で見事に得意分野が分かれているため、三軍合同はやりにくいことこの上ない。それぞれが好き勝手に動けば戦術上の衝突は必至であり、かといってオーソドックスなイルドア軍のドクトリンに強引に合わせると、ドイッチュラント軍は素直に適応できるが、バ火力が売りの大ドナウ軍はお手上げである。結局、脳筋火力バカをイルドアとドイッチュラントが叩き直すことで合意となった。
そんなこんなで月日は流れ、作戦決行二週間前。じわじわと南部で支持を伸ばし、ハルツベルク戦線と名前を変えた右翼連合が跳梁跋扈するミューニッヒの一角にあるこじんまりとした喫茶店で、私服姿のレルゲン少将とデグレチャフ大佐はとある人物と待ち合わせをしていた。
右を見ても左を見ても、大通りを飾るのは鉄十字や鉤十字のみであり、ドイッチュラントのシンボルであるタッツェンクロイツはどこにもない。聞けば近々ニュルンベルクの一角にも、ミューニッヒのそれと同じ巨大な新古典主義建築の党支部が建つそうだ。物販搬入用のトラックや市営バスがあちこちを行き交う大通りを眺めていた二人の下に、やがて三人の男が現れた。
「長らく待たせてしまい、申し訳ない。突撃隊幕僚の会合が長引いてな…」
「私どもも、北西大管区でのゴタゴタがございましてな。ともあれ、ようこそ、我が党の都ミューニッヒへ。最も、私とヨーゼフはもう半年以上この街に来ておりませぬがね…」
「いえいえ、さほどお待ちしてはおりませんよ。だな、大佐?」
「ええ。せいぜい、五分かそこらかと。ザルマン殿、シュトラルサー殿、ゴッベルス殿、わざわざ御足労ありがとうございます」
気さくな笑顔でコーヒーを頼む男の名は、フランツ・プファイル・フォン・ザルマン。NSRAPの古参党院であり、同党最大の準軍事組織、突撃隊の最高指導者を務めている。
そしてその隣、同じくコーヒーを頼んだはいいものの、やや訝しげな視線を向けているのは、NSRAPの左派閥トップであり、ドイッチュラント北西大管区のトップ、グレゴール・シュトラルサーと、同じく社会主義的な思想を持ち、北西大管区において彼に勝るとも劣らない絶大な影響力を持つ、ヨーゼフ・ゴッベルス。二人とも、ラテン民族とスラブ系の排斥・撃滅を掲げる党本部とは異なり、国粋主義と民族自決を訴えつつも、社会主義的な改革と共和制国家の建設を訴える、より労働者寄りの一派である。
「しかし、驚きましたな。ゼートゥーア上級大将の信任篤い御二方が、まさか我々に御用があるとは。一体どんなご用件で?」
「何、大したことではありませんよ
あと少しばかりすれば、この街から鉤十字が消える。それだけのことです」
突然ぶち込まれた爆弾に、三者は揃って表情をこわばらせ、ザルマンに至っては懐からブローニング拳銃を取り出す始末。まずは落ち着くようにと、自慢の穏やかな声音で呼びかけ、デグレチャフ大佐に話の水を向けた。
「どうか落ち着いていただきたい。この話は、御三方にとっても利益をもたらしうるものです。それとザルマン殿、申し訳ないが、ブローニング拳銃程度では魔導師を殺すことは叶いませんぞ」
首から下げた一一〇式演算宝珠を、よりによってラインの悪魔にちらつかせられ、ひとまずいきり立っていた三人は席に腰掛ける。少なくとも聞く耳程度は持つようになったのを見計らって、レルゲンは事前に含まされていたミハイとゼートゥーアのプランに沿って、三人の懐柔に取り掛かった。
「先ほど私はこの街から鉤十字が消えるとは言いましたが、それはあくまでもミューニッヒやニュルンベルク、すなわちラテン系やスラヴ系を敵対視する党本部方面に限った話であり、両閣下は根絶までは考えておりません」
大体、現時点で十万は党員がいる政党の根絶など無茶にも程があるし、コストも凄まじいという本音を飲み込み、レルゲンは続ける。
「親社会主義と反共、そして共和制を掲げる貴方方党内左派…もとい北西大管区の方々とは共存が可能だと、上はそう考えております。ザルマン殿も同じ事です。多少の規模縮小は受け入れていただかねばならないでしょうが…少なくとも、党組織としての存続は完全に保証されますし、反共のフライコーアとしての性格を失わない限り、政府は支援を惜しまないでしょう。大統領閣下も、この件に関しては承認なさっております」
思いもよらなかった政府側からの協調提案に、三者は揃って黙りこくる。日頃から南部の党本部と対立が多かった左派代表二人にとっても、保守化の著しい上に不満を募らせている労働者階級出身の隊員が多い突撃隊にとっても、政府権力を盾に堂々と党政の表舞台に踊り出られるこの機会は、千載一遇の好機と言って差し支えない。
カリスマ党首に反旗を翻すのが何故党支部や武力組織なりに繋がるのかと困惑するかと思われるが、これにはこの時期の党政力学が大きく絡んでいる。
まず現在ザルマンがトップを務める突撃隊だが、強大化した彼らは国政や党の決定に関与することを望むあまり、あくまでも準軍事組織にとどめておきたい党本部と真っ向から対立しており、ザルマンが突撃隊員のライヒスターク入りを望めば、党首はザルマン本人の解任や、隊員の大規模粛清をちらつかせ、その報復として多数の突撃隊員が政治活動への参加をボイコットするといった有様である。この世界において親衛隊は突撃隊の抑止もその設立理由に入っていると言えば、どれほど彼らの対立が深まっているかが窺えるだろう。党本部は独立を志向し始めた彼らにとって最大の障害であり、労働者階級の比率が上がり始めた事もあって、なんと一部は本格的な反乱を考え始めると言う状況であった。
他方、北西大管区はそのイデオロギー的に保守勢力へと接近する党本部と激しく対立しており、もはや二つは分裂寸前。前回の選挙で議会への参加を阻止された事で突撃隊とも接近しており、彼らにとって党本部は目の上のたんこぶも同然である。戦災の少なかった北西部ではラテン系やスラヴ系への敵対感情も希薄であり、このまま党本部の路線を継続すれば、支持率の低下が必至な事を肌感覚で感じていたことも、両者の対立の激化につながっていた。
この時期ならまだ『いける』と踏んだターニャの判断はドンピシャで、ゲッベルスならぬゴッベルスはまだ現党首と対面する前であり、自身の社会主義思想と党本部に対する対立姿勢を固めつつある最中であった。ここが最後の山場と見た彼女は、ここでさらに畳み掛けた。
「まだ確定的なことは言えませんが…この件に協力して頂ければ、御二方を党首に据えた新生国家社会主義ライヒ労働者党、そして突撃隊の重鎮の方には、ライヒスタークでの席をお約束出来る可能性もございます。突拍子もない案なのは百も承知ですが、どうぞご一考を」
そして、来る1930年十二月三十一日。
「揃ったようだな。それでは総員、三日後に」
「「「「「「「ハッ!」」」」」」」
交渉を重ね、ついにハルツブルグ戦線からライヒ国家人民党と鉄兜団、そして最終的に党そのものからも突撃隊の一部と北西大管区を切り崩し、標的をミューニッヒのNSRAP本部、通称褐色館と、ニュルンベルクの党大会会場に程近いニュルンベルク支部に絞り込んだ政府側は、本来一箇所につき七千から六千ほどとなるはずだった兵力を大幅に集中させ、突撃隊が控えるニュルンベルクに一万二千、親衛隊が詰めるミューニッヒに二万弱を派遣。
偽装と服装の統一のために所属関係なく上から下まで平服に黒の腕章といった出立に身を包み、主に帝国軍部隊で構成されているニュルンベルク方面隊をウーガ准将を補佐にゼートゥーアが、多国籍軍の面が強いミューニッヒ方面隊をレルゲン少将とターニャを補佐にミハイが率いる形で、年末大演習と称してベルンから小隊ごとにトラックや鉄道に分散して三々五々出発した。
「うーん、やっぱりケツがいてぇなぁ…」
「やっぱり?前にも車両に乗っていたのか?」
「おうともよ。だらだらウン十キロも歩かなくていいのは快適だぞ」
「羨ましい野郎だ。所属はどの機甲師団だったんだ?」
「いんや、普通の歩兵師団だぞ?ウチは大戦の頃からみんなそうだ」
「…普通はな、機甲師団でもなきゃ馬車かチャリか脚なんだぞ」
「えっ」
頭のおかしい自動車化率を誇る大ドナウ軍と、常識的なドイッチュラント軍の将兵が時折お互いの常識の差に驚愕する一幕をあちこちで挟みつつも、熟練ドライバーと旧帝国時代に進駐経験のある将兵で固めたトラック陣は何事も無く目的地に辿り着き、深夜を待ってドイッチュラント軍の野戦軍装姿でじりじりと集合。選び抜かれた精鋭を配属しただけのことはあり、誰一人として欠けることなく各々の集結地点に到着した。
「暗視ゴーグル良し、弾倉良し、防護装備とヘルメット…良し。問題ありません、軍曹殿」
「了解した。大佐殿、全部隊が突入準備を整えました。あとは大佐殿の号令如何です」
「市内封鎖も完了しています。ミハイ閣下が、蟻一匹逃がさない体制だと」
突入部隊の銘々がその身に帯びたるは、Wz.74-416にFN社製BHP、イルドア製のA300散弾銃に、MP5短機関銃。兵士によってはダキア軍謹製のドアノッカーことM30破城槌や、M28として制式化された六連グレネードランチャーを担ぐ。そして全員が全員この作戦のために改造された降下猟兵ヘルメットに暗視装置や防弾バイザーを取り付け、繊維強化プラスチック製プレートをぶち込んだアーマーリグに、多数の予備弾倉と各種手榴弾を携帯している。
「…作戦開始時刻だ、総員、暗視装置、ないし術式を起動しろ。ヴィーシャ、南に赤外線ライトで信号、『山』」
「デグレチャフ隊より発光信号確認!『山』!」
「返答、『川』!暗視装置を起動し、デグレチャフ隊の突入を待ってこちらも突っ込むぞ!」
「最終確認だ。まず第一に電気を潰せ。そうすれば、視野の面で大きくアドを取れる。盾持ちは絶対に頭を出すなよ。アルティンと言えど万能じゃないからな。タイヤネン、聴覚強化術式だ。向こうから破城槌の音が聞こえたら合図しろ」
「りょうか…っ、確認!連中、早速おっ始めました!」
「了解した。重装隊!ぶち破れェェェェェェ!」
夜闇に響き渡る蝶番の割れる音と、続けて巻き起こる消音器付きの断続的な銃声。ミューニッヒ戦争の第一幕、党本部強襲戦が始まった。
・Wz.74-416
おそらく作中の年代で五指に入るチート兵器。見た目はAK74Mをベースにハンドガードとレシーバー上面をピカティニーレールで被い、レシーバー後部には標準としてゴーストリングサイトを採用。AKシリーズお馴染みのバナナの代わりにSTANAGマガジンをぶっ刺し、固定ストックを装備した物が基本形となる。