ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
秋津洲陸軍騎兵科少将であり、今は第二機甲師団の師団長を務める楓山将軍は、黒峰台へと向かう隊列の先頭に位置する八十九式指揮戦車の上で、己の出身兵科を全否定しかねない先の小規模偶発戦の結果を前に、頭を抱えて喚き出したくなる衝動を堪えていた。
後世、楓山戦闘団とも俗称される当時の第二機甲師団は、機甲を名乗りつつも、実際の部隊状況は諸兵科連合部隊のそれに近い。
胸を張って戦車部隊と呼号できるのは、全師団中でもわずか四分の一に過ぎない二個連隊であり、その他に騎兵一個連隊とそれにくっついてきた魔導一個大隊、砲兵二個大隊、そして残りの三個連隊は、半分ほどが合州国からのレンドリース品であるフォードのトラックに乗っているとは言え、ただの歩兵である。
だが、それゆえに楓山は悩む。誇りをもって徽章を身に着けた兵科が、もはや時代遅れの産物なのではないかと。
「砲兵が衝撃を与え、魔導師の援護の下、騎兵がその速度と衝撃力でもって敵戦列を粉砕する」
ぽつりと楓山がつぶやいた一節は、秋津洲陸軍騎兵教範にも記載されている、秋津洲騎兵ならだれもが叩き込まれる秋津洲魔導師運用ドクトリンの骨子だ。だが、今の楓山の脳内では、その前提が揺らぎ始めている。
彼は見てしまったのだ。
魔導師による航空優勢を確立してなお、わずか二個大隊の立てこもる塹壕の機関銃陣地に、友軍騎兵が薙ぎ払われた事を。そして、従来歩兵支援車両程度にしか目されていなかった新型の八十九式中戦車を、物は試しと魔導師と歩兵の援護付きで突っ込ませたとたん、糠床を包丁で切り裂くように敵部隊が崩壊していくその様を。パンツァーシュレックやM1バズーカなどの豊富な対戦車携行火器が存在する統一暦1920年代後半ならともかく、1911年時点の歩兵は、擲弾兵でもない限りは戦車に対し無力だった。
戦後、牡丹河遭遇戦として記録されるその戦いにおいて、楓山自ら鍛え上げた秋津洲の騎兵連隊は、まったくと言ってよいほど役に立たなかったのだ。
パルトン少佐などは少年のように目を輝かせながら、戦車部隊による陣地蹂躙戦を全力ダッシュで追いかけようとしては周囲の人間に止められるなどしていたが、それは世界最大の自動車企業が幅を利かせる国家の将校だからできることだ。騎兵が多数所属する秋津洲にとっては好き好んで眺められる勝利では断じてない。いや、秋津洲だけではないだろう。右を見れば、秋津洲と同じくやむにやまれぬ事情で騎兵を多数編成しているイルドア王国軍のカランドロ大尉も、彼と同じく仏頂面で目の前の『勝利』を眺めていた。
現在も楓山率いる師団には騎兵が多数所属しているが、おそらく黒峰台の戦いにおいて自分たちの出番はないだろうと、彼ら自身自覚している。その証拠に、彼らは自分の軍馬を野戦砲を牽引させるために砲兵大隊に提供し、彼ら自身はトラックに揺られるか歩くかしながら行軍を続けていた。根っからのリベラリストかつ本質的にとびぬけて優秀な教育者である楓山将軍の部下である。現実を悟るのも、相応に早かった。
「黒峰台方面から無線が入りました。…戦況は想定以上に厳しいようです、各所で部隊が押されており、辰巳将軍の第八師団に至っては敵の包囲下に置かれていると。何とか誤魔化してはいますが…」
「やはり、戦車なくして戦車に対抗するのは厳しいものがある、か。さすがに野戦砲なら撃破できるだろうが…展開中の野戦砲など、格好の的だろうしな」
一刻も早く第八師団をはじめとする黒峰台の部隊の救援に向かわねばと、改めて気合を入れなおした楓山は、ドクトリン研究を中断し、指揮戦車のハッチを開けて中に乗り込む。
辰巳将軍が観戦武官を巻き込んで精力的に夜襲をこなし、周囲のルーシー軍を毎晩のように大混乱に陥らせていることなど知る由もない彼は、イレギュラーに囚われることもなく、冷静に現状分析を続けた。
「現状、わが方の西萬支隊に第八師団の二万人前後を加えて、計三万人弱。まったく、どれだけ自軍を殺せば萬州方面司令部は気が済むんだ?それに、第八師団は包囲下に置かれているからな…。実働戦力は、合わせて二万前後と見た方がいいだろう」
第二機甲師団の定員は、通常の戦時編成であれば二万二千人なのだが、猛威を振るう厳冬期の大自然と道中の遭遇戦での損失を加味すると、動けるのは一万九千人ほどにまで目減りする。全部隊を合計しても、敵部隊の半分に届くかどうかと言ったところだ。
さらに言えば、秋津洲がフランソワからライセンスを得て生産し、すでに満州だけで二百機が投入されてている甲式四型戦闘機だが、どうにも厳冬期の満州ではいまいちうまく動いてくれず、ルーシー帝国機がはなから冬季戦に強く作られていることも相まって、初降雪以来黒峰台の制空権は常に秋津洲側の劣勢だ。制空権も戦車もなしで、多数のT-18戦車と魔導師を擁するルーシーに対し、戦線を保てているのが不思議なほどである。
幸いにして、戦車のエンジンは対策が間に合っていた。寒さに弱い液冷ガソリンエンジンから、戦闘機の国産化を目指して生産と改良が続けられていた帝国製空冷ディーゼルエンジンのライセンス生産品に早々に換装されているのだ。師団はひと回り大きくなったエンジンを抱えた八十九式中戦車乙型の機械的信頼性の高さに助けられつつ、粛々と雪原に轍を刻み続けるのだった。
一方その頃、第八師団の残存兵力が立て篭もる塹壕陣地では、第二機甲師団の接近を前に、着々と包囲網突破の為の準備が進んでいた。
「重装備遺棄用の爆薬を準備しろ。ある程度の隠蔽は必要だが、湿気らない程度にしておけ。万一の時に不発などと言う事態になっては洒落にならんからな。それと、ブービートラップの点検を。せいぜい突っ込んでくる熊どもに嫌がらせをしてやろうじゃないか」
「おや、てっきり第二機甲師団と共同で逆包囲を行うものと思っていたのですが」
戦車の国の出身らしい疑問を述べるゼートゥーアだが、辰巳将軍は名残惜しそうな顔でそれを否定する。
「考えなかったわけではないが、どうにも兵力が足りないのだよ、中佐。人員も装甲戦力も機関銃も歩兵銃も、何もかもが定数割れだ。囲めたとしても、維持できん」
地雷が新兵器の括りに入る時代である。鉄条網と塹壕、それに申し訳程度の機関銃と砲兵陣地で出来た薄っぺらい包囲網など、戦車とコサック騎兵の群れに踏み潰されて一巻の終わりだ。少なくとも、既存の秋津島軍歩兵操典ではそう教えられている。
昨年の秋に建設された、今は病室のベッドに沈んでいるルーデルドルフの実父にあたる、エーリッヒ・フォン・ルーデルドルフ元帝国軍作戦参謀次長の考案した弾性防御理論をベースにした黒峰台の塹壕線で、侵攻してくるシルドベリア方面のルーシー軍を迎撃する事で一致した秋津島側は、第二機甲師団に対し、何が何でも第八師団の包囲を打ち砕けとの命令を下している。秋津島屈指の名将辰巳将軍とてカエサルではないし、なんならカエサルでもこの状況での突破など流石に行わない。この時の彼の頭には、『合流』の二文字だけが張り付いていた。
「第二機甲師団の突撃に合わせて、野戦砲の破壊と弾薬の爆破処分を行う。盛大な花火になるハズだ。事故と勘違いして突っ込んできてくれれば占めたものだ。少なくともルーシー軍の目を背けるには十分だろう」
大爆発を囮に、第二機甲師団の手を借りて第八師団は悠々自適な逃避行、と言うわけだ。度重なる夜襲の成果として、師団単位の人間が纏まって突破できそうなルートは把握済みである。辰巳将軍の段取りの早さに、ゼートゥーアとミハイは舌を巻いた。
ルーシー軍を適度に野砲と射撃で牽制しつつ、準備は着々と進められる。連合王国譲りの頑強さを誇る、陸軍式の暗号通信を介した第一軍司令部とのやり取りによれば、第二機甲師団の到着までは後一日半。さらにそのあとを追いかけるように第五歩兵師団が黒峰台の東、萬州北部戦線中央部を守備する第二軍から抽出されることが決定したとの報告が入る。
戦力の逐次投入という軍事的に最悪の手法を取る秋津島側だが、泥縄式の対応でも無いよりはマシ。実数四千の西萬支隊、救援に派遣された挙句逆包囲を食らった九千五百人の第八師団残党、解囲のために派遣された一万九千人の第二機甲師団に、その尻を追いかける充足を保った二万四千人の第五師団。これで総兵力は五万六千五百人になり、なんとか防衛の体裁が立つ見込みだ。
夜を徹して陣地放棄の準備は進められる。明くる1912年の一月二十六日の昼少し前、第二機甲師団到着の報が入るとほぼ同時に、銃弾一発で全ての砲弾と重装備を吹き飛ばす準備が完了した。
『3…2…1…発破!』
「発破命令!発破命令!狙撃兵中隊、射撃開始!」
師団陣地の北辺にまとめて配置された重装備と発破用の爆薬の内の一つを、南端から狙撃中隊が撃ち抜き、黒峰台の静かな雪原に軽快な狙撃音と巨大な花火が躍る。
辰巳将軍の予想通り、ルーシー軍はもぬけの殻となった陣地北部に突撃を開始。弾薬の爆発事故か何かだと勘違いしたに違いない。案外、グリュッペンバーグ将軍とやらも間抜けなものだと彼はほくそ笑んだ。
「この機を逃すな!全軍、第二機甲師団に合流せよ!」
白兵突撃は第八師団の十八番。師団がばらばらになる限界ぎりぎりのスピードで彼らはルーシー軍の薄くなった包囲網を食い破り、コンスタントに57mm戦車砲の重い砲撃音が響き渡る南東へと突進した。
「爆発確認。第二機甲師団全部隊、所定の行動を開始せよ」
時を同じくして、大爆発を合図に麾下の部隊へ突撃命令を下した楓山少将率いる部隊は、ルーシー軍の先鋒である機甲旅団を瞬く間に撃破。戦車部隊の蹴立てる雪煙をうまく利用し、至近距離まで接近した八十九式中戦車の、当時の戦車砲としては十分大口径の括りに入る57mm砲と、秋津洲初となる試作型対戦車徹甲弾の前に、自身の37mm主砲に耐えられる程度の防御力しか持たないT-18は無力だった。
大慌てでルーシー軍の歩兵師団が止めにかかるも、ライフルや軽機関銃で戦車を止められる道理もなし。トラックに乗った狙撃兵と機関銃兵がルーシー軍の擲弾兵と砲兵を徹底的に狩ったおかげで、幸運にも第二機甲師団は突破成功までに殆ど戦車を失わず、その勢いを保ったままひたすらに前進した。
やがて、意外と早くその時は訪れる。
「っ、敵部隊、増援を確認!包囲、北西一時の方向!」
「次から次へと…小松原、戦車中隊を率いて応戦を「待ってください、あれは…第八師団です!わが方の軍服を確認しました!」
危うくルーシー軍と勘違いされて誤射されるところだったとはつゆ知らず、九千五百人からさらに目減りし、今や九千百人になった第八師団は、突撃開始から一時間後にようやく第二師団との合流を果たしたのだった。
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