ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
第八師団の包囲が解かれた後の黒峰台は、いうなれば『萬蒙戦線異状なし』。バッタバッタと毎日のように千人前後の秋津洲兵がT-18の戦車砲とコサックの騎兵銃に貫かれ、それ以上のルーシー兵が機関銃陣地と砲兵の観測射撃の前に血漿を晒す。
西暦世界の日露戦争における黒溝台と異なり、泥沼の塹壕戦に突入した会戦は、同じ萬州方面の第一、第二、そして第四軍から抽出された援軍を呑み込んでなお、グリュッペンバーグ将軍の執念じみたしつこい攻撃と引き際の良さに対し、決定打を打てずにいた。
一ヶ月弱の戦闘を経た防衛戦の戦況は、観戦武官の癖して歩兵のように前線で雪に塗れているミハイとゼートゥーアは兎も角、比較的後方から俯瞰視点で眺められるパルトンとカランドロが見るところには五分五分といったところ。帝国由来の先進的な弾性防御陣地に万単位の将兵を配置してなお、ルーシー軍の精鋭コサック騎兵と軽戦車部隊の十万という数は圧倒的であり、何度かかなり奥の塹壕戦まで突破される事もあった。ゼートゥーアもミハイも、塹壕戦に突入してからは否応なく秋津洲軍のヘルメットを被り、秋津洲製の歩兵銃と拳銃を持ち歩かねばならないほどに、戦線は流動的で、苛烈だった。
機甲師団に割り振られ、いざとなれば戦車に隠れられるパルトンやカランドロと違い、第八師団の二人は生身だ。陸戦条約には観戦武官に対する攻撃を禁じる規定が設けられているし、通常ならば外交問題を避ける為に、観戦武官の存在の周知は徹底されるのが常であるが、なにせこの豪雪の中である。たとえ相手方に観戦武官が存在するという情報が伝わっていようと、ミハイがダキア陸軍のやや装飾過多気味な軍服を着ていようと、判別は困難である。故に二人は己が命が惜しければ、目の前のルーシー兵に銃を向けねばならなくなった。
一度など、吹雪の中偶然二人が歩いていた塹壕の手前にある警戒線が突破され、二人を秋津洲と勘違いした二個小隊ほどのコサック騎兵に、かすり傷と共にゼートゥーアの制帽とミハイの肩章が吹っ飛ばされた。大慌てで帝国語とダキア語で呼び掛けるも効果がなく、
「仕方ない、発砲して来たのは相手側だ。応戦するぞ」
「やっぱりこうなるんですね…あそこに重機関銃があります。アレを使いましょう。私は無線を入れたら合流します」
と、やむを得ず機関銃陣地に籠って応戦する事態にまで発展した。
幸運なことに、この厳しい寒さにも関わらず、堅牢な秋津島軍の重機関銃は一切のトラブルを起こすことなく弾丸を吐き出し続けてくれた。ゼートゥーアが雪煙に向かって制圧射撃を行い、その脇でミハイが必死に保弾板に弾丸を詰め込んで次々空になる保弾板を交換していると、やがてミハイの呼んだ秋津洲兵の増援が駆けつけ、既にボロボロになっていた騎兵隊は撤退。欧州ではダキア・帝国とルーシー、それに秋津洲間の微妙な三つ巴の外交軋轢の火種になりかけたものの、各国の外務省が責任をなすりつけ合いつつ玉虫色の回答に落とし込むことで表面上の解決を見た…が、当事者の二人にとってはどれだけ自身の行為が外交官の胃を蝕んでいようが知った事ではなく、ひたすら極寒の大地における生存闘争を生き抜いていただけの事である。
なお、この一件の後日談として、二人に第八師団の林田、津尋両大佐名義で勲五等金鵄勲章が非公式ながら申請、受理された。それにうっかり偽名ではなく『ミハイ・シュルフリンゲン』とサインしてしまった結果、秋津島陸軍の人事課が大騒ぎになる一幕があったが、ミハイ自ら頭を下げて内密にしてくれと頼み込んだ結果、書類上はミハイ・ゲオルゲに、そして刻印はミハイ・シュルフリンゲンとする事で決着。以後、二人の写真には必ずと言って良いほどこの勲章ないし緑地に白二本線の略綬が映り込むことになる。
二月に突入してなおも続いた会戦は、十数万の犠牲を出しつつも何とかアルチュール要塞を陥落させた第三軍からの増援が到着し、さらに増強された秋津島軍とそれによって増え続ける犠牲者を前に、グリュッペンバーグ将軍が攻略を断念、ルーシー軍が撤退した事によって終結した。莫大な犠牲を払いつつも黒峰台と北萬戦線を守り通した、秋津島軍の辛勝である。
同時期に、ダキア武官数名を乗せた日本海軍の聯合艦隊が、遠路はるばるやってきたバルテック艦隊を完膚なきまでに叩きのめした事により、ルーシーと秋津洲は合州国を仲介に和平交渉を開始。極東の大地に、実に一年ぶりに平穏が取り戻された。
「お世話になりました、辰巳閣下」
「気にするな。こちらも、貴重な欧米諸国の将校の話はかなりためになるものだったと、特にゼートゥーア中佐に伝えておいてくれ」
どうやら辰巳将軍はゼートゥーア中佐がお気に召したようである。やはり優秀な軍人同士は惹かれ合うのだろうか、観戦武官団が長崎へと旅立つ直前まで話し込んでいた。
帝国とイルドア以外の観戦武官団はそのまま臨時で天津を寄港地と定めた秋津洲郵船の白山丸に乗ってそのまま欧州に帰国するが、ゼートゥーアとルーデルドルフ、それにパルトンとカランドロは合州国経由だ。なんでも、お偉いさんの会議に巻き込まれたらしい。
憤懣やる方ないと言った表情で不貞腐れているルーデルドルフを引き摺るように五人は同郵船のサンタ・フランシス=長崎間を結ぶ天洋丸に消えてゆき、ミハイはそれを敬礼で見送った。
天洋丸が出航すると、今度は白山丸の番になる。ここでもミハイはダキア陸軍の武官らと分かれ、トップデッキのバーで話し込んでいる三人の魔導将校ににじり寄った。
「ドレイク少佐、アンソン少佐に…ビアント少佐でしたか。小官はダキア陸軍宮廷軍事局の作戦課所属、ミハイ・ゲオルゲ少佐と申します。ご一緒させていただいても?」
一斉にミハイのほうを振り向く三人。軍服の汚れを落とし、傷をいやす時間もないまま出航と相成ったため、彼の外套はあちこち泥のシミが出来ており、頭には真新しい血のにじんだ包帯を巻いたままだ。
「これはこれは、噂のダキア軍将校ではないですか。なんでも最前線で機関銃を手に戦ったと聞きましたが…本当なのですかな?」
口火を切ったのは、連合王国軍海兵魔導師のドレイク少佐。年齢的には三人の中で一番若く、まだ少しそばかすが残る顔はかなりのハイレベルで整っている。葉巻とステッキを手にハンチングを被れば、活動写真の世界にだって出れるだろう。もっとも、彼の精悍な顔立ちとエネルギッシュな雰囲気は、どう考えても軍人向けのそれなのだが。
「正確には、機関銃を握ったのは帝国軍のゼートゥーア中佐殿ですね。私はライフルを片手に、ひたすら装填手をやっていましたよ」
「羨ましいものだな、そのような形で戦争に参加できるとは…」
「まったく…少佐、戦争を羨ましがるものではない。君にも家族がいれば、私の気持ちがわかるのだろうかね。ともかく久しぶりだな、ミハイ少佐。イルドア王都以来かな?」
思わぬ形で銃をとったミハイを羨ましがるのは、二番目に若いフランソワ軍のビアント少佐。こちらが掴んだ経歴で分かっているのは、優秀な成績で士官学校を卒業し、グランダルメに配属されたということだけだが、おそらく祖国の尖兵たらんとして、あるいは名誉を求めて軍に入った手合いだろう。すでに戦場への夢を捨て去って久しいはずの歳格好だが、おそらくガタイの良さ以上に若いのだろう。泥臭く汚れたミハイを見る視線に、どこか憧憬が混ざっている。
そして、そんな彼をいさめるのは最年長のアンソン少佐。実はミハイとイルドア王都からスェーズまでの短い期間、帝国組が合流し、ミハイが彼らとつるみ始めるまで、ミハイの隣の船室に居たのが彼である。話し込んでいるうちに意気投合し、秘蔵のコスケンコルヴァをを奢ってもらった仲だ。彫りの深く、程よく髭を生やした無骨な顔立ちながら、その実酒が入ると惚気交じりの親バカスイッチが入る男でもある。
「その節はお世話になりました、アンソン少佐。おかげで、しばらく恋愛やホームドラマ小説を読む気が失せましたよ」
「こいつは参った、都合よく忘れて貰えると助かるんだがな」
言うまでもなくアンソンの痴態をミハイは二人に言いふらし、結果出来上がったのが慌ててミハイを止めようとするアンソンと、腹を抱えて笑い転げる赤ら顔のビアントとドレイクの図である。四人とも酒に強いことも相まって、程よくグラスを傾けながら談笑は夜遅くまで続いた。
ミハイが雪と泥と血漿交じりの塹壕戦を嘆けば、ビアントは生まれ故郷のマルセーヌに残してきた彼女を例に出して彼女なしの連合王国人とダキア人を煽り倒し、それにブチ切れたドレイクが演算宝珠に手をかけるのを、ミハイとアンソンが必死で止めるなどを繰り返していると、あっという間に白山丸は長靴の付け根、港湾都市ジェノワにたどり着いた。アンソン少佐とミハイはここで降り、鉄路でそれぞれの故国を目指す。ビアント少佐はマーセイユで、ドレイク少佐はロンディニウムでそれぞれ降りる予定だ。
「それでは。アンソン少佐の武運長久をお祈りしています」
「その武運が発揮されないことを願うよ。機会があらば、また会おう」
ジェノワ発ベルン経由オース市行の長距離列車の車窓に向かって敬礼を返し、煙がイルドア半島の彼方に消えた後に、ようやくミハイはダキア軍の観戦武官らが待つ、VIP向けに作られた特設ホームに歩を進める。
くすんで泥だらけの軍靴が、ダキアの誇る公室列車がその身を横たえるコンクリート製のホームを軽やかに叩くと同時に、階段を挟むように二列に並んだ観戦武官らが、一斉にミハイに最敬礼。ルーデルドルフとゼートゥーアから見よう見まねで学び取った答礼をミハイは返した
「……こほん。皆、ご苦労だった。先に言っておこう、貴官らが激戦区に放り込まれるよう指示したのは、この私だ」
アルチュール要塞の突撃部隊や、秋津洲海軍連合艦隊。旅立つ前はどこか平和ボケし、戦争というものを見くびっていた目の前のダキア軍将官及び将校の顔は、いまや見違えるほど引き締まっていた。
「恨むなら恨みたまえ。私はそれを咎めはせん。だが、これはすべて貴官らに近代戦というものを理解してもらうための小旅行だ。公位継承者の私でさえ耐えきったのだ、本職である貴官らが無事に乗り切ったと、私は信じている」
そこでいったん言葉を切り、武官の視線が集中する中で彼は続ける。固定の甘かったらしい包帯が、駅構内特有の強風にあおられ、軽くたなびいた。
「さて、今一度貴官らに問おう。この先、欧州にはかつてないほどの嵐が来る。鋼と鉛と、それに石油の大嵐だ。私は、祖国にそれを乗り切ってもらいたい。…ついてきてくれるか?」
軍人達は、示し合わせたように一ミリも口を動かさず、ただ今一度の最敬礼のみでそれに答えた。ミハイは、それににやりと笑う。
「……よろしい」
それだけ言ったミハイは、無言で列車に乗り込み、観戦武官が全員乗ったのを確認すると、時刻通りに列車を出発させた。
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