ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
1913年のクリスマス、去年と同じように閑散とした拡張工事中のブールクレスト中央駅のプラットフォームに、ミハイは大量の紙袋とダキア軍宮廷軍事局の若手将校を伴い、五分後に到着するであろうダキア国境からの公室列車便を待っていた。
長距離旅行に出る前のような、浮き足だった雰囲気にひと匙の不安を加えたような空気を纏ってそわそわと辺りをぶらつく若手将校達とは対照的に、ミハイは上機嫌に鼻歌を歌いながら、お気に入りの銘柄の葉巻を旨そうに吸い込むと、頃合いを見計らって将校らを整列させる。この点では、ダキア軍人達は列強に負けないほどの機敏さを見せ、最高階級の大尉を最前列の中心に置き、縦三列横五列の長方形で纏まって、直立不動のままミハイに敬礼した。
「ご苦労、諸君」
ミハイは答礼を返しながら、感慨深げに十三年式軍服に袖を通した男達を見つめる。彼らは言わば、近いうちに設立されるであろう新生ダキア軍の縮図だ。
「もう挨拶程度は交わしただろうから、私は多くは言わない。ただ、一つ諸君らに命令を下す。ここに居る君たち自身をのぞいて十四人の顔と名前を、ルーシー帝国から帰国するまでの一年間の間に、必ず頭に叩き込んでおけ。君達ならば、見るべきものを見て帰ってくると信じている」
タイミングを見計らったように、ゴトゴトと重厚な音を立てて公室列車がホームに滑り込んでくる。連合王国から購入した最新式のガーラット式蒸気機関車が停車すると同時に、客車からドヤドヤと旧制服姿の草臥れた男達が転がり出て来た。彼らは暫し帰郷の余韻に浸りながら談笑していたが、やがて最先任将官である年嵩の中将を先頭に、入れ違いに乗り込んでいった若手将校達を横目に整列を終わらせ、軍人も技術者も関係なくミハイに敬礼した。
「ダキア大公国使節団百十六名、ただいま一人の欠員もなく帰還致しました」
「ご苦労!積もる話もあるだろうが、先ずは疲れを癒して欲しい。希望する行き先があれば、私の従卒達に言ってくれれば、交通費はこちらで負担しよう。それと、軍属の人間は自分の名前が書かれた紙袋を取るように。一週間の休暇、目一杯楽しんで来てくれ!」
迷惑料の先払いだという事を薄々感じ取って苦笑する連合王国派遣組を除く全員が歓声を上げ、従卒に群がってゆくのを横目に、ミハイは呆然とした顔で自分を眺めている二人の男に歩み寄っていった。
「一年半…いや、二年ぶりですね、ドレイク少佐にスー少佐。改めまして、ミハイ・ゲオルゲ宮廷軍事局作戦参謀少佐もとい、ミハイ・エムロエイ・シュルフリンゲン宮廷軍事局長です。連合王国でいうところの海軍卿と陸軍卿の兼任役職、あるいは協商連合でいうところの軍事を司る評議員といったところでしょうか。何はともあれ、ダキアへようこそ。今、局庁舎への向かいの馬車を向かわせているので、しばしお待ちを」
ミハイはドッキリを成功させたときのような悪戯っぽい顔で、二人の古なじみ改め軍事顧問達に笑いかける。やがて到着した馬車に乗り込み、口から何やら白っぽいものが出かけていた二人が我に返ってミハイを質問攻めにしたのは、局庁舎の応接室で出された、ゆらゆらと湯気を立てるトルキアン・コーヒーの香りを嗅いだ後だった。
「弾性防御理論を思い出せ!死にたくなければ、穴を掘るんだ!さもなくば敵兵にケツを掘られるぞ!」
「測量班、何をやってる!そんなアバウトな測量では、塹壕が吹き飛ばされるぞ!」
「直線的すぎる、複線式を徹底しろ!貴様らの友は後方でふんぞり返ったエセ軍人などではない。その手に握ったシャベルと、隣で穴を掘る戦友だ!」
「飛び方が直線的すぎる!ロンディニウム上空のパレードじゃないんだぞ!乱数回避を意識し続けろ!」
「光学系欺瞞術式がまだ揺らいでいるな。宝珠核への魔力供給を安定させろ。帝国の魔導師は足が速い。生半可な欺瞞と回避では、新兵にすら喰われかねんぞ」
「我が国の宝珠の強みを活かせ!連合王国製の演算宝珠は、遺憾ながらトップスピードではジャガイモ野郎に劣るが、旋回性能と生存性は上回る!諸君らの戦場は基本的に友軍上空となるであろう。故に、撃破を狙って二階級特進するより、友軍上空で生きて墜ちる事を優先するんだ!」
連合王国情報部の薫陶を受けたダキア大公国内務省の保護の下、今日もブールクレスト郊外に新設された演習場では、1914年度の志願兵とイスパニア内戦経験組の将校で構成されたダキア宮廷軍事局直属の新設第六歩兵師団と、同じく第一混成魔導大隊が、教官達の怒声を浴びながら訓練に励んでいた。
使節団の帰国からわずか一ヶ月の間に、その豪腕で以て歩兵師団と魔導大隊の新設を済ませたミハイは、現在徴兵制の整備と国営石油企業の設営を並行して行なっている。国家改造計画というデカブツが動き出した今、ミハイの描いたダイヤから冗長性は消し飛んだ。最重要要素の一つである第六師団と第一混成魔導大隊の設立は、海外から招聘した軍人達と秋津洲経験組の元で、急ピッチで進められる。
他方、最悪でも半年でケリを付けろと厳命した技術者達は、既にダキア国内の製鉄工場の近代化をかなりのペースで進めており、一部はすでに稼働を開始している。現在のペースだと四月の半ばには稼働まで漕ぎ着けられる予定だ。他国経済に左右されない重工業化を目指すミハイにとって、鉄鋼生産の国産化は一種の悲願だった。
東部の工業都市ヤッシーの北部一帯を占める広大な産業地帯の一角に建てられた第一号製鉄工場では、帝国産の安く高品質な鉄鉱石が、連合王国からミハイがポケットマネーで去年の半ばに輸入した最新鋭の溶鉱炉にどんどん放り込まれ、インゴットの状態で貯まる側から出荷される。
鋼鉄は一定数が中継デポに貯蔵されると、首都ブールクレストの工業地区へ運び込まれ、そのうち二割はロールアウトしたばかりのダキア陸軍の新型制式小銃Vz.13*1の生産に、そして残りはバラバラに機械製造、及び建築機材の生産を担う各企業が引き取り、政府から渡された仕様書通りに部品を生産するという寸法だ。
工業機械や兵器、建築資材などの完全国産化までは端から要求していないミハイだが、かといって完全輸入では地中海航路が遮断された場合に大惨事になる上に、現物ではなくライセンスを受け取った際も生産できず、高額な対価を支払って手に入れたライセンス品の設計図はただの紙束に成り果てる。合州国からのライセンス生産品である油井機械の生産設備はともかく、全ての基盤である鉄道用のレールと犬釘、それに歩兵銃は、1913年のうちにカネ・モノ・ヒトを限界まで注ぎ込んで本体の設計と、なけなしの工業力を注ぎ込んでの生産機械の生産、配備にまでこぎつけていた。
「で、これがそのVz.13とやらですか。……正直、我が国や帝国のものとの違いがあまりわからないのですが…」
「見た目はどこもどんぐりの背比べですからね。ですが、わずかに帝国のものよりも最大有効射程が長く、取り回しも良好だそうです。再来年になれば、半自動小銃と軽機関銃の設計も完了する見込みだそうで」
どこからともなく引っ張り出した試作型のKbsp.1914P半自動小銃*2とをアンソンに見せつつ、ミハイはアンソンに割と踏み込んだ部分まで打ち明ける。
「将来的には、17年ごろまでには歩兵一個大隊をライフル兵三個中隊とこれを装備したカービン一個中隊で編成させます。軽機関銃の生産が完了次第、順次ライフル兵一個を機関銃中隊に取り替えて、最終的には25年ごろには全ライフル兵をカービン兵に置き換える予定です」
いくらトランシルヴァニアやモルドバを吸収した強化版ルーマニアとは言え、どのみちダキアは中小国。編成、維持できる限界はせいぜい歩兵師団六十五個、機甲師団と機械化師団が合わせて十二個の合計七十七個師団とミハイは見積もっている。残りは魔導部隊や海軍と、これから設立されるであろう空軍の割り当てだ。ならばできる限り師団単位の戦闘力を高めようというのがミハイの考えだった。
帝国から供与された、III号戦車A〜D型の設計図及び11式演算宝珠の設計図は、即座に連合王国経由で協商連合と合州国の合計三ヶ国に横流しされ、特に戦車に関しては、現地に残ったダキア人技術者経由で『正解』を知るミハイの意見をフィードバックしつつ、試作型の生産とテスト・改良が続けられている。来年には三カ国それぞれの改良が施された設計図と技術者団がダキアに帰還し、最終調整を加えた後に、連合王国とイルドア王国に独自設計の製造機械を発注する予定だ。いつどこの国が裏切っても構わないように、イルドアや協商連合、合州国と言った保険をねじ込んでいるのはミハイの仕業である。
最先端を突っ走る帝国軍と対等に渡り合うダキア軍将兵の姿を想像し、本質的にミリオタである彼は一人でニヤニヤと笑っていた。まぁ、凄みに溢れすぎていたせいで、アンソンとドレイクの両少佐からはドン引きされる事になるのだが。
やがてドタバタとやってきた直属の副官から何事かを耳打ちされたミハイは、ニタニタとした笑顔を一気に獰猛なモノに切り替え、名残惜しそうな顔で訓練の観覧を中断すると、これまた自費で購入した合衆国製の自動車のハンドルを握り、未だ未舗装路の多いブールクレスト市街を、一路宮廷議会へと向かって行った。
「議会の支持は?」
「庶民院は上々です。八割方が賛成するものと見込まれています。貴族院は厳しいですが……まぁ、ウチの若手と貴族様の名誉とやらに期待するとしましょう」
「その言い草は無いんじゃないか?第一、君の叔父上は右側に座っているだろうに」
名目上は大公によって統治されるダキアだが、未熟ながらも官僚組織――宮廷軍事局がそのいい例だ――と、小規模ながら身分制議会は存在する。月に一度、ブールクレストで開催される宮廷議会に、ミハイはこれからの政策を左右する法案を提出していた。
「静粛に!静粛に!これより、1914年二月度の宮廷議会を開催する!まず、最優先で提出されている案件の件についてだが…ミハイ議員、発言を」
「っ、承知いたしました」
その法案とは――
『続いて、只今入ってきた臨時ニュースをお伝えします。今月度の宮廷議会において、第一次国家動員法が賛成多数で可決されました。繰り返します。今月度の宮廷議会において――』
「――以上の事柄に基づき、私はこの法案が採択されるべきと考える次第であります」
「…反論は出尽くしたようだな。これより、宮廷軍事局長ミハイ議員による、第一次国家動員法に伴う限定的な動員制の施行、及び軍事予算の大規模増額の採択を行う!法案に賛成するものは、起立せよ!」
のちにダキア軍の夜明けと呼ばれる、五度にわたる大規模軍拡法案。その第一弾がたった今採決され、ダキアは国家を挙げて列強クラブの扉を叩くべく、狂気の世界へと足を踏み入れたのだった。