ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
投稿遅れて申し訳ないです
2023/8/9 カド=フックベルグ様、誤字報告ありがとうございます
初夏の日差しが降り注ぐ、帝国との国境に程近いダキア東部のトランセルヴェニア地方では、ダキア各地から動員された、白髪混じりの中年からそばかすの残る青年までの幅広い年齢の男達が、今日も工具を片手に澄み渡った青空の下、汗水垂らして土木作業に従事していた。
「よーし、午前の作業はここまでだ!各自、昼飯を食って来い!いつも通り、十二時四十五分にまたここに集合するのを忘れるなよ!」
「「「「「ウィース!」」」」」
今は木製スプーンと小麦の白パンを手に雑談に興じている男達が従事しているのは、ブールクレストからプロシュティ、ウラショフ、トルクムシェフ、クールジュ=ナポカと経由し、最終的に帝国国境の都市アラデアへと到達する長距離鉄道の建設作業だ。建国以来の一大事業である。反対側の黒海沿岸では、急速に進む工業化への対応として、並行して、ブールクレスト=ヤッシー間の鉄道の複線化も進められている。
「それにしても、動員工だからってタダ働きで鉄砲でも作らされるのかと思ったら、三食寝床付きで土建屋の真似事とはなぁ」
「コラ、上役に聞かれたらマズいぞ。…って、ヤバい、監督がこっちに来た!」
「ハァ…何もその程度で咎めはせんよ。というか、私も正直同じことを思っていたからな」
彼らの考える戦争とは、古式ゆかしい旧式軍服を纏った兵士達が銃を片手に青々としたパンノニア大平原で撃ち合う光景であり、鉄道の整備や道路の工事といった裏方の地味だが欠かせない作業はそれに含まれていない。鉄道建設には賛成だが、一体それがどうして戦争の役に立つのかを、彼らはよくわかっていないのだ。
無論、彼らの想像するように兵器製造に駆り出されている動員工も、動員兵としてドレイクやアンソンといった練達の教官達に扱かれている人間もいるにはいるが、鋼鉄の生産が追いついていない故に兵器部門は少数派であり、動員兵に至っては僅かに千人いるかいないかといったところ。連合王国から持ち込まれた検査装置により、魔導適正が見つかって引っ張られた連中だ。大多数の人間は、三食寝床付きの待遇で、国家を挙げたインフラ整備に駆り出されている。
未だ古臭いアームストロング砲から砲兵が進化していないダキア軍ではあるが、段々と国産小銃も実戦部隊に行き渡っており、ドクトリンと歩兵火力だけは一丁前である。当然、想定される弾丸の消費量も先代宮廷軍事局長の頃から跳ね上がっているため、鉄道の拡張工事は必須だった。
なお、物資集積場が設置される予定の場所は、国境沿いから一歩引いた位置と定められている。これも動員工達が、
「なぜアラデア近辺までは複線なのに、そこから先は単線なのか?」
と、ちょくちょく首を捻る要因になっていたりする。もちろんコストの問題も存在するのだが、これはミハイが宮廷軍事局内部の人間や一部の軍事に強い貴族達と密かに定めた、新生国軍の防衛戦略が直接の原因だ。
近衛師団が駐屯しているサルトマーレ、アラデア、そしてアラルドは、いずれも帝国との国境沿いに位置している。対して、現在訓練と新設が行われている師団らの駐屯予定先は皆カルパティア山脈沿いに位置する都市だ。
……賢明な皆様ならもうお察しだろう。ダキア陸軍の骨子は、カウンターパンチにある。帝国軍が勢いよく前衛の近衛師団を食い破ったところを、国境から少し下がった地域で待ち構え、機甲師団と魔導部隊のコンビで誘引、包囲、撃滅し、アウステリア=パンノニア地域への逆侵攻を行うまでがワンセット。進撃後はスロヴァク地域のタトラ山脈とパンノニアのドナウ河で火力陣地を築き、北で時間を稼いでいる間にダルマティアを制圧、帝国包囲網諸国の助けを待つというのが一連の流れだ。本来は守るべき貴族の子弟の大量死を前提に立案されているあたり、ミハイの貴族に対する扱いと、国家ダキアの余裕の無さが滲み出ている。
帝国という国家は良くも悪くも軍事一辺倒であり、情報戦の視点で言えばジョンブル共の足元にも及ばない。その弟子たるダキアの情報部門ならば、実際の国軍主戦力を隠蔽し、あたかも近衛師団をダキアのスタンダードのように見せかけることも可能だとミハイは踏んだのだった。
「ま、ゼートゥーアとルーデルドルフの二人にはバレる可能性が高いがな」
とはいえ彼らはまだ中佐である。軍内での発言力がそこまであるとは思えないし、それに彼らの頭脳ならば、他国の参戦を招く可能性が高いダキア侵攻などはやらない筈だ。
現在の旧大陸は、一言で言えば小康状態。特段国家間の関係が悪化するわけでも、かと言ってパワーバランスが露骨に傾くわけでもなく、各国ともに程よく緊張を保ちながら平和を謳歌している。まぁ、実際問題国境紛争の一つでも起きればあっけなく崩壊するような嵐の前の静けさでしかないのだが、誰だって現実を直視するのは辛いものがある。大抵の国は、いずれ襲いくる戦乱から、露骨に目を背けていた。
ちなみに、このバランスゲームからダキアは現状距離を取っていた。合州国との取引や帝国との石油貿易、さらにその他列強諸国との取引でがんじがらめにされているダキアは、一つ一つのアクションがどこかの列強をブチ切れさせかねない。ならばストレスしか生まない外交など最低限にとどめ、国内開発に全力を投入した方が合理的だろうとミハイは判断した。
どうせいつ戦争が始まるかも分からないのなら、せいぜい地道に足掻こうという開き直りともいう。しかし、この開き直りがダキアの経済に及ぼした影響は大きかった。にわかに欧州に襲いくる不況の波に抗しきれず、大陸諸国がかなりのインフレに陥る中、政府主導で行われた大規模な公共事業政策は、ミハイによる改革が始まって以来ダキアの経済が段々と閉鎖的になっていたことも相まり、防波堤となってダキア経済を守ったのである。
他国がインフレに突入していく中、ダキアだけはどうにかこうにかその波を逃れることに成功し、欧州各国からダキアに出稼ぎ労働者が流入する事になる。各国が複雑な表情で眺める中、工業化は想定されていたペースを大幅に超えて進んでいた。
「で、これがT-3の叩き台と?」
「はい。それぞれ左から連合王国の巡航モデルと歩兵モデル案、合州国案、そして協商連合案となっております」
一方その頃、ここは宮廷軍事局の保有する建物の一つ、大講堂。アーチを描くようにして配置された長椅子の中心にかけられた黒板には、数枚の紙切れが張り出され、ミハイを含む数名のダキア人将校が揃って首を捻っていた。
ずらりと張り出された図面のうち、左の二枚は連合王国の案。全体的に装甲を増やし、機動力を捨てた代わりにそこそこの武装と傾斜装甲を兼ね備えた歩兵戦車モデルと、ただでさえペラい装甲をさらに薄くした上でエンジンをチューニングし、機動力を伸ばした巡航戦車モデルの二つだ。
合州国案はどちらかと言えば生産性と整備性を重視しており、素人目で見ても元の図面や連合王国案よりもシンプルにできている。一方で装甲は貧弱であり、元々の車台から大した変更はされておらず、主砲に至っては37ミリ砲と何一つ変わっていない。生産性の良さは魅力的だが、柔らかい上にパンチも効かないトラクターはトラクターとは呼べないだろう。
そしてラストは協商連合案。傾斜装甲を取り入れたり、砲塔が大型化している以外はそのままだが、肝心の兵装がなんと思い切った事に特注であろう40mm対空機関砲の戦車砲版に換装されている。砲身長はそのままに初速を上げたと思われる品で、III号戦車の装甲ならばかなりの距離から貫ける程度の威力を有していた。
「小官としては協商連合案が良いかと。合衆国は…生産性は魅力的ですが性能は論外ですし、連合王国は性能を一点に振り過ぎていますし」
「だが連合王国案の防御力も魅力的だぞ?まぁ足が遅いのはネックだが…」
大公国軍にとって、戦車と言うのは帝国に対する反攻のためのキーテクノロジーである。なだらかな平野が続くトランセルヴァニア地方と、それに続くパンノニア大平原への侵攻を迅速に行うためには、装甲戦力は必須と言っていい。
故に、生半可な戦車ではダキア軍の参謀達は満足しない。
『もっと分厚い装甲を、もっと強くて信頼できるエンジンを、もっと強い主砲を!』彼らの要求は止まることを知らず、故に戦車の選定は難航していた。
主砲の選定も非常に難航していた。まず軍事局内では57mmと75mm、さらには少数派ながら短砲身88mm砲の三つの派閥が存在し、それぞれ連合王国の6ポンド砲、フランソワの36口径野砲、そして帝国の88mm対空砲を切り詰めたものを推していた。最終的な決定権はミハイにあったが、彼本人が決めあぐねていたのである。何せ、三種類の主砲ともにそれぞれの利点が存在するのだ。
57mm砲はコスト面では一番安く、そのうえ現状では火力十分。忌々しいヤード・ポンド法で設計されてるのが難点ではあるが、少しばかりの修正でどうにかなる話だ。ライバルをIII号戦車とするならば、貫徹力も十分であろう。
他方、75mm砲はバランスに優れた砲だ。基本設計は統一暦1800年代後半と少々古臭いが、設計は堅実であり信頼性も抜群。HEAT弾の製造にこぎつければ、西暦世界のM1897野砲のごとく頼もしい砲となるだろう。安心と信頼のメートル法を採用していることも高得点だ。
そして最後の88mm砲だが、これは少々ダキアの手には余る代物だ。32口径に切り詰められているとはいえ、88mmは88mm。弾薬まで含めると、その生産コストは莫大なものになる。しかし、将来性の観点で言えばこの砲を載せるのは大正解。車体の小改造を怠らず、また適宜砲身長を伸ばしていけば、国際競争力を1920年代中盤まで維持できるのは確定だ。西暦世界のアハト・アハトが何よりの証拠である。
散々うなった結果、ミハイは複数の設計を合わせた妥協案を提示した。
まず車台に関してだが、採用が決定した秘匿呼称T-3台車は連合王国と合州国のいいとこどり。連合王国式の分厚い装甲と、合州国製の堅実な足回りを組み合わせた形だ。生産性を残しつつ、分厚い傾斜装甲で防御力を担保した形になる。
しかし、これではただのドン亀。いくら堅牢な足回りがあるとはいえ、この重量では話にならない。そこで、ミハイは急遽諜報員を帝国はユンカース社のエンジン開発部門に潜り込ませた。幸いにも、あっさりと彼は図面を奪取。途中でスパイ行為が発覚するハプニングがあったものの、命からがら彼はダキアまで逃げ延びた。
本国に帰り着くなり昇格と大幅な昇給が言い渡された諜報員が持ち帰ったのは、帝国最先端のJumo210の設計図。同世代の競合エンジンと比べて出力は劣るものの、信頼性に優れるそれを、ミハイは改良型車台と悪魔合体させる。エンジンルームの大型化と引き換えに、圧倒的な馬力をT-3は手に入れた。装甲厚の増加に伴い、思い切って車台を大型化させたのが功を奏した形だ。
主砲はこれまた複合案をとり、88mm砲用の大型砲塔に75mm砲を搭載。現在のダキアの工業力では、どうあがいても75mmが限界であった。その代償として、以後のダキア軍は高威力の対戦車砲弾開発に病的なレベルでのめりこむことになるのだが、それはまた別の話である。
ともかく、これでダキア軍最初の中戦車の開発は完了した。秘匿呼称はT-3だが、さすがに味気がなさすぎる。設計番号R-01中戦車の愛称は、ミハイの偽名からとって『ゲオルゲ』と命名される。生産設備が連合王国のヴィーッカス社に発注されるとともに、ヤッシーでは生産工場の建設が、新規に動員された動員工たちによって始まった。
完成次第(多分次話ぐらい)ダキアの大雑把な地図を乗せますのでしばしお待ちくだされ
最後になりますが、評価、感想などいただければ、投稿ペースが(多分)上がります