既存の獣竜種のモンスターの中には、自らの体表に泥や苔、鉱石などを付着させる生態を持つものが知られている。ゾルバトギリ群峰において初めて確認された獣竜種「装殻竜 スロインツァ」も同様に自らの体表にモノを纏う生態を持つモンスターであるが、他種の死骸を纏うという点で他のモンスターとは一線を画す。
スロインツァの体型は他の獣竜種と比較すると首や尻尾が短く、どこか寸詰まりな印象を受ける。全高や全長も他の獣竜種と比べても同等かあるいはやや小さい。頭部はまるで筋肉と骨格が入れ替わったかのように、頭蓋骨が露出したような白い甲殻で覆われており、その頭頂正面部には杭のような太い衝角が形成されている。顎もハンマーのように大きく発達している。また尻尾の先端もハンマーのように太く発達しており、その全体像を簡単に言い表すなら「全身鈍器」といったところである。
こうした進化を遂げた背景には、このモンスターの食性が影響している。ひとえに、スロインツァは甲殻種のモンスターを非常に好んで食べるのだ。強固に発達した甲殻種の殻を砕き、その内側の肉を食べるために、全身を鈍器のように進化させてきたのである。そして、その甲殻を体表から分泌される粘液で全身に纏い、強固な外装として自らを保護する鎧に変える。
煌霞の樹海に生息する甲殻種、モリカイロウやクギョウカイロウはスロインツァにとって格好の餌だ。全身を硬い甲殻で覆うカイロウ種は、身の危険を感じると丸まり、全身を防護する性質を持つ。球形というのは非常に耐久力に優れており、また転がって逃げることもできる。そういう意味では、クギョウカイロウの防御態勢は非常に理にかなったものと言える。性格も基本的に憶病であり、積極的な攻撃性には乏しく、基本的に外敵に対しては逃走を図る。
だがスロインツァはクギョウカイロウ達に容赦しない。今不運なことにクギョウカイロウが率いる群れが、スロインツァに遭遇してしまった。スロインツァは自分の肉体を巧みに駆使し彼らの逃げ道を封殺すると、手始めに手前に転がってきた一匹のモリカイロウを発達した顎で叩き潰して見せた。同族の無残な姿を見て引き返そうとするモリカイロウをさらに尾部の振り下ろしで潰し、周囲にモリカイロウの残骸を瞬く間に散らした。
モリカイロウの死に様を見て、群れのリーダーであるクギョウカイロウが甲殻をけたたましく鳴らし、威嚇しながらスロインツァに突撃する。クギョウカイロウの正面を向き直ったスロインツァは、それを受け止める姿勢を取る。激突。正面からぶち当たった両者だが、スロインツァの方に軍配が上がった。スロインツァの頭部の衝角に弾き飛ばされたクギョウカイロウの甲殻の一部が欠けてしまっている。それでもなおとクギョウカイロウは今度は全身を丸めスロインツァに向け突撃する。対するスロインツァも、今度は助走をつけクギョウカイロウめがけぶつかり合う。結果は変わらず、弾き飛ばされるクギョウカイロウ。だが、これで終わりではない。球体ということが功を奏したのか、クギョウカイロウはそのまま転がりスロインツァから離れていく。それを逃がすまいと追いかけるスロインツァ。転がるクギョウカイロウをその角で弾き飛ばし、巨大な瘴胞菌樹の前に追い詰めた。そのまま巨大な角に全体重を乗せクギョウカイロウの全身を潰す。スロインツァの全体重と瘴胞菌樹の二方向から挟まれたクギョウカイロウはその圧力に耐えきることができず、その球状の防御態勢の隙間から潰れた肉を吹き出して息絶えた。
スロインツァはその小さい腕からは想像できないほど器用に、モリカイロウ達の腹を甲殻から剝がしていく。そうして剝がした肉を口元へと手荒に放り込む。ぶちぶちと肉の潰れる音が、スロインツァの口内から聞こえてくる。内側の肉だけでなく、細い脚部も口の中で潰して食しているようだ。口元から甲殻種特有の青黒い体液が垂れ流しになっている。スロインツァは口元を細かく動かすと、モリカイロウの甲殻だけを器用に吐き出した。捕食を続けていくうちに、スロインツァの周囲にはカイロウ種達の甲殻が重なり、亡骸の塚のようになっていた。
スロインツァは一通りの食事を終えると、カイロウ種の甲殻が積みあがった山に自らの身体を埋めた。スロインツァの体表から分泌される、どろどろした液体が遺骸や周囲の土と混ざり合い、独特の臭気を伴いながら大きく原型を残した甲殻を肉体の表面に固着させている。この間、スロインツァ自身は睡眠をとっている。食物の消化に効率よくエネルギーを使うだけでなく、カイロウ種の遺骸に潜ることによる一種の擬態あるいは防御行動を兼ねたものである。大量に積み重なった死体の下で動かず眠っていれば、他の大型モンスターとの無用な接触を避けることができるのである。
曇天の空が一層薄暗くなり始め、蓄光した瘴胞種の胞子がキラキラと飛び交い始めたころ、スロインツァは目を覚ました。大量に積み重なった死骸を持ち上げ立ち上がったスロインツァの体表には更に無数の甲殻がこびりつき、より一層厚みを増した鎧となっていた。元から張り付いていた甲殻もさらに覆うように分泌された体液が、より多くの甲殻を固着させている。このようにして、スロインツァの鎧はますます厚みを増していくのだ。
立ち上がったスロインツァは、周囲を見渡すとゆっくりと樹海の奥に消えていった。更なる獲物を求めての移動だろう。スロインツァが主食とする甲殻種は、このゾルバトギリ群峰においては水分の多い場所に多く生息している。樹海の奥地にはそうした湿地が点在しており、スロインツァはそうした湿地を回遊するようにして一日を過ごしている。
樹海の中を歩くスロインツァの前に不意に姿を現したのは、「穿甲虫」ズワンジアである。土壌含め口に入るものは何でも食する貪欲なその甲虫種は非常に好戦的な性格をしており、自分よりやや大きい体躯を持つスロインツァを見るや否や、その巨角を構え、突撃してきた。スロインツァは、獣竜種特有の発達した脚部に力を込め、どっしりと構え迎え撃つ姿勢だ。一閃、ズワンジアの角とスロインツァの衝角が正面から激突する。が、しかしズワンジアの突撃はスロインツァの防御力の前に弾かれてしまった。弾かれたズワンジアだったがその翅を広げ空中で体勢を立て直す。正面がだめなら側面から狙う。甲殻に覆われたクギョウカイロウの打倒手段と同様だ。再度の一撃。だがそれも他ならないクギョウカイロウの甲殻によって弾かれてしまった。クギョウカイロウの甲殻の堅牢さももちろんのこと、あくまで体液によってのみ付着させているスロインツァの生態ゆえに、強すぎる衝撃を受けると、甲殻がズレるのだ。
意図しない方向にズレた甲殻により、またも弾き飛ばされたズワンジアにスロインツァの巨体が迫る。ズワンジアの目前まで迫ったスロインツァは、器用にステップを踏み、球状のハンマーのように発達した尻尾を振り回した。前面に装甲を固めたズワンジアは、側面や背面が弱い。背部の尾葉の死角をめがけて放たれた渾身のスイングは見事ズワンジアを捉え、その体を吹き飛ばした。瘴胞菌樹にその全身をぶつけたズワンジア。片方の尾葉は折れ、翅もボロボロで飛ぶことはできないだろう。自慢の巨角も半ば程から折れてしまっている。唯一無事な前肢を用いて、地中に逃れようとするが、その隙をスロインツァは見逃さない。そんなに地面が好きなら、と振り上げられた巨大な足がズワンジアを踏み潰した。潰れたズワンジアを放置し、スロインツァはゆっくりと立ち去っていった。
ところで、何故スロインツァは数ある選択肢の中から甲殻種を主食とする選択を取ったのだろうか。これには、ゾルバトギリ群峰における特殊な環境が大きく影響している。生命を金属化させるほどの猛毒を持つ「蝕霞胞子」を始め、瘴胞種が放出する毒性の胞子が全域を覆うゾルバトギリ群峰においては、その胞子に適応できなければ生存そのものが不可能だ。クギョウカイロウなどのカイロウ種は、その血液に毒性を減少させる機能を持っており、この機能を用いて常に毒の胞子を無毒化しながら生活している。
スロインツァがカイロウ種のような甲殻種を主食としているのは、この血液を体内に取り入れるためだと考えられている。スロインツァ自体の体内には胞子を無毒化する器官は存在していない。他地域に生息する獣竜種と比較し、毒への耐性自体は高いものがあるが、同地域におけるモルドゥギラスが持つ「浄管支」のように完全に無毒化するような器官は持っておらず、自らが持ちえない解毒機能の代替として、甲殻種に含まれる血液を日常的に摂取しているのである。この生態は、環境に対する非常にユニークな適応であると言えよう。
餌を得られなくなったスロインツァは飢える前に蝕霞胞子などの影響下に入る。即ち、栄養的には十分な状態のまま、蝕霞胞子の毒性に蝕まれていくのだ。ただ飢える以上の苦痛は一体どれほどのものなのだろうか。しかも、栄養自体は十分に蓄えられているため、他のモンスターからすると動くことのできないスロインツァは格好の餌である。
一頭のスロインツァが、蝕霞胞子に侵され動くこともままならないまま樹海の菌樹に寄りかかっていた。このような瘴胞菌樹もその表面から絶えず毒性の胞子を放出しているので、本来ならばこのような行動は生命の危機に瀕する行為であるが、既に生命の危機にあるスロインツァにはこの状況下に対する判断力はない。そこにドスフルシュカが率いる群れが歩いてきた。フルシュカは腐肉や脂肪分を好むため、蝕霞胞子に侵され体組織が金属化してしまっては食べることができない。そのため、スロインツァを生きたまま解体し捕食することにした。そこに一頭のフルシュカが率先して前に出た。群のボスに対し、スロインツァを解体することで手柄を見せようという算段なのだろう。
フルシュカの爪が甲殻のないスロインツァの肌に触れた。だが様子がおかしい。分泌され続ける接着性の体液がフルシュカの爪をくっつけてしまったのだ。焦るフルシュカをよそにドスフルシュカはスロインツァの体液を器用に避けながら肉体を切り開いていく。大柄な獣竜種を捕食できるのは非常に珍しい。ドスフルシュカとメスのフルシュカが貪るようにスロインツァの肉体を捕食していく。しばらくすると、そこにはフルシュカが摂食できない甲殻種の外殻が山積みに残された。その山の中から爪が剥がれた一頭のフルシュカがふらふらと這い出てきた。先程前に立ったフルシュカである。もう群れはここを離れたようで途方に暮れるフルシュカであったが、そこに不意に巨大な影が姿を現した。それは甲殻種の外殻を纏っていないスロインツァの別個体であった。身の危険を感じたフルシュカは一目散に逃げていく。それを横目にスロインツァは先程別の個体が生きたまま食べられた場所に残された甲殻に身を埋める。まだ若いこの個体はそこに残された甲殻の山が同種の形見であることは理解していないようだったが、過酷な生存競争においては利用できるものは何でも利用しなければ生きていけないのである。しばらく後、立ち上がった
スロインツァの体表には形見の鎧が装着されていた。死した個体が長く身に着けていたそれは既に堅牢であり、この若い個体の生存をサポートするだろう。こうして受け継がれていくものもあるのである。
ところで、スロインツァの体表に纏わりついた甲殻の種類だが、時折カイロウ種以外のものとみられる甲殻が混じっている。鋏のようなそれは、現段階では未発見の甲殻種の外殻と想定されており、その種が生息するフィールドの発見と共に、今後の調査が期待される。
ーーーーーー
ズワンジアを撃退したスロインツァであったが、いつの間にか周囲は暗く、光る胞子もまばらに舞うだけになっていた。その薄暗い樹海で、スロインツァを見つめる眸がただ一つあった。怜悧な光を湛えたその視線に気づいたスロインツァは背後を振り返った。そこに立っていたのは発達した頭部の外骨格が特徴的な飛竜「モルドゥギラス」であったが、その様子は通常のものとは違う。黒い靄のようなものを周囲に纏い、その片目のある場所からは角のような部位が天に向け生えていた。
威嚇の咆哮を上げるスロインツァ。煌めく胞子を散らし瘴胞菌樹の枝葉を力強く揺らしたそれをモルドゥギラスは全く意に介さない。ゆらりと翼を広げ浮き上がったモルドゥギラス。まるで吊られたように空中を動くそれを目で追うスロインツァであったが、その視界は突如奪われた。発達した頭蓋の外殻の隙間に存在するスロインツァの目をモルドゥギラスが一撃で破壊したためである。無事なもう一方の目でモルドゥギラスを見やるスロインツァ。その視界に映っていたのは、翼から伸びる黒い糸のような物。それを確認した直後、もう一方の目もその糸によって潰された。モルドゥギラスの意のままに動くその黒い糸はスロインツァの眼球から脳に侵入し、息の根を止めた。
モルドゥギラスの周囲は異様に暗い。その中で何かがちぎれるような音が何度か響いたが、しばらくすると何事もなかったかのような静けさが訪れた。立ち上がった一つの影は少しだけふらついたが、ゆっくりと歩き出し、樹海の闇の中に姿を消した。
―続―
スロインツァ
種族:獣竜種(竜盤目 獣脚亜目 装竜下目 装殻竜上科 スロインツァ科)
別名:装殻竜(そうかくりゅう)
危険度:☆4
生態・特徴
分泌した体液により甲殻種の外殻を身に纏う獣竜種。甲殻に包まれた全身は、頭部の鎚状の部位や尾部の球状の部位などに見られるように全身が鈍器のように進化している。これは、甲殻種の堅牢な外骨格に衝撃を与えやすいように変化してきたものだと考えられる。
素材
・装殻竜の衝角
太く堅牢に発達した頭頂部の角。
・装殻竜の顎
ハンマーのように発達した下顎部。岩をも砕く力がある。
・装殻竜の骨髄液
スロインツァの体表から分泌される接着性の体液。ある程度の粘り気と柔らかさを兼ね備えながら対象を固定するのが特徴。
・装殻竜の鱗
スロインツァの全身を覆う鱗。
・甲掛蝦の骸甲殻
クギョウカイロウの全身を覆っていた甲殻。スロインツァの体液などが付着することで、硬さなどに若干の変化がみられる。