ゾルバトギリ群峰において初めて発見された種「瘴胞種」と植物が群生し鬱蒼とした森林を形成するフィールド「煌霞の樹海」において、特に恐れられる狂暴なモンスターが「鎧羅竜」デルドゥーガである。小山と見紛う巨体を重厚な甲殻で覆い、その重量感を極太の四肢が支えている、牙竜種に分類されるモンスターである。飛竜種などの他のモンスターと比較してもその大柄な体躯は引けを取らない。
強靭な四肢が特徴的な牙竜種であるが、デルドゥーガの四肢の太さは他種と比較して群を抜いたものであり、小型の鳥竜種の全身よりも太く、そして長い。その極太の四肢が、巨大な分厚いドーム状の背面外殻を支えている。全身には植物あるいは地衣類が群生しており、甲殻をさらに覆っている。頭部には三日月のように曲がった一対の角を備え、また口外まで露出した巨大な牙が特徴的である。口元には瘴気を浄化する力を持つ地衣類「ヒゲヅラゴケ」が群生しており、これにより純度の高い空気を吸収している。
デルドゥーガが主食とするのは樹木や大型瘴胞種「イエノカサ」「ソラノスカビ」「ヨウサイシメジ」などの大型瘴胞菌樹である。その巨体を維持し活動するために、その食事量は莫大。現地に住まう獣人種「シェヴルー」が集合住宅として扱うほどの大きさを持つヨウサイシメジであっても貪欲に捕食対象とし、食い荒らすのである。そうした瘴胞菌樹の放出する膨大な瘴気の影響を軽減するために、デルドゥーガの口元に群生したヒゲヅラゴケは一般的なものと比較しても菌糸の一本一本が太く、そして大きく成長している。口元だけでなく、四肢や背部の甲殻を始めとした全身にもヒゲヅラゴケは繁茂しており、デルドゥーガは彼らが純化した大気を吸収することで、ゾルバトギリ群峰に立ち込める、蝕霞胞子を始めとした猛毒の胞子に適応している。だが、逆に言えばデルドゥーガ自体の内臓などに、大気の毒性を解毒、浄化する機能は乏しいということだ。そのため食事などの時間を除いては寝ていたり、非常にゆっくり歩いていたりと、エネルギーの消費を抑えた行動をとっている。
このような、他種と共生することによって過酷な環境に適応する例は、ゾルバトギリ群峰においては「黴灰竜 モルドゥギラス」の例が代表的であろう。飛竜種であるモルドゥギラスは、翼部を始めとした全身各部に瘴胞種「ドゥギラソリウム」が共生している。ドゥギラソリウムが伸ばす菌糸により神経や筋肉組織を強化するだけでなく、催眠性を持つ胞子を放出することにより狩りを優位に進めている。一方ドゥギラソリウムも生態系上位に位置するモルドゥギラスと共生することにより、外敵に襲われる危険を避け、また飛竜種の広い行動範囲に自らの胞子をばらまくことによる生息域の拡大を狙うことができる。このように双方に利益がある共生関係をモルドゥギラスとドゥギラソリウムは維持している。デルドゥーガとヒゲヅラゴケの共生関係もこれに似ている。がしかし、モルドゥギラスが「浄管支」と呼ばれる瘴気を無毒化する臓器を備えているのに対し、デルドゥーガにはそうした器官は存在しない。瘴気への防護を他種の機能に頼っているという意味では、捕食した甲殻種の血液から瘴気への解毒成分を取り入れる「装殻竜 スロインツァ」との共通点が見られる。これは私見ではあるが、肉体そのものの機能として瘴気への抵抗力を持つ上に他種との共生を行うモルドゥギラスは、よりゾルバトギリ群峰の過酷な
環境に適応していると言えるだろう。
デルドゥーガの特徴として、ヒゲヅラゴケとの共生の他に分厚く発達した背部の甲羅が挙げられる。これは元々デルドゥーガが有する背部の甲殻に老廃物が堆積し続けた上に、ヒゲヅラゴケの菌糸や粘土や砂が重なり合って分厚く成長したものである。デルドゥーガの肉体は、背中側を大きく動かせる構造に放っていないため、このように甲羅が分厚く成長しているのであろう。そうした成長の都合上、より長く生きたデルドゥーガの甲殻ほど分厚く成長しているのである。この甲羅を割ってみると地層のような模様が見られる。堆積した成分により色などが変わっており、この甲羅の断面と周囲の地層を見比べることで、デルドゥーガの年齢を知ることもできる。ヒゲヅラゴケを除き、最も多く含まれている成分は、現段階の調査によると、ゾルバトギリ群峰全域から産出される鉱物「ゾルバタイト鉱石」の高密度なもの「セジメンゾルバタイト」である。これは塩化ゾルバタイトに近い性質、即ち引き締まった構造と高い硬度を持つが、栄養の輸送機能は残存しており、これを介して、デルドゥーガは体内の栄養分を体外に付着したヒゲヅラゴケに分け与えているのである。
この発達した甲羅は周囲の環境から本体を防護する鎧にもなる。ゾルバトギリ群峰に蔓延る瘴気は甲羅に繫茂したヒゲヅラゴケによって防御され、雨なども甲羅に沿って流れることで必要以上に体を冷やすことがない。硬度も基本的には岩石と同等あるいはそれ以上のものであり、中型モンスターによる攻撃なども意に介さない。無論、甲羅そのものの重量自体は相当なものである。その重量を背負いながら移動するデルドゥーガの筋力は凄まじいものであるのだが、やはり高速での移動は苦手なようだ。これは、デルドゥーガが主食とする巨木や瘴胞菌樹などが基本的に動かないため素早く動いての狩猟が必要ないこと、大きさゆえに他のモンスターなどから逃げる必要がないことなどから選択されてきた進化だと現段階では推測されている。
一方で、普段の緩慢と言っても差し支えない動作からは想像できない程、デルドゥーガの縄張りは広い。これは、その巨体を維持するために多くの食物を必要とするためである。起きている間は殆ど樹木や瘴胞菌樹を捕食しており、餌場を求めて移動を繰り返している。デルドゥーガは一気に素早く動くことは苦手としているが、一方で長距離をゆっくり移動することは得手としている。煌霞の樹海の中にある瘴胞菌樹の群生地を食い荒らしては、また別の場所に移動し同様のことを繰り返す。そうこうしているうちに以前食べた植生がよみがえり、そうして蘇った樹木などをまた食べていくのである。
こうして聞くと、デルドゥーガは植生を荒らし、悪影響を及ぼすばかりだと捉えられるかもしれないが、実際は異なる。デルドゥーガが植物や瘴胞菌樹を食する時、その体表には無数の種子や胞子が付着する。その毒性そのものはヒゲヅラゴケによって浄化されるが、それでも付着した種子自体は残る。そうした種子がデルドゥーガの体表にくっつき、通常では移動できないほどの距離を移動し、結果として彼らは自身の生息域を広げることができるのである。また、こうした種子を餌とする小型の生物もまたデルドゥーガと共に移動し生息圏を広げていくのだ。デルドゥーガが食い荒らした土地に、また別の生き物が根付き、新たな生態系を確立していく。最終的には、生態系の攪乱による多様化がもたらされるのである。
広大なエリアを縄張りとするだけあり、デルドゥーガの縄張り意識は強い。デルドゥーガの行動は基本的に緩慢とはいえ、その生存に豊富な食資源を有することに起因する広い縄張りを持ち、それを無用に侵すものには容赦なく襲い掛かってくる。デルドゥーガは生態系の上位者に位置し、その巨体と怪力からもたらされる破壊は甚大。フルシュカのような小型モンスターはもちろんのこと、ズワンジアなどの大型モンスターでも基本的に歯が立たない。力強くゾルバタイトの大地を掘削するズワンジアの巨腕と角であっても、デルドゥーガの甲羅を掘りぬくことはできないのである。
こうした生態から、デルドゥーガは「樹海の番人」の異名をとる。
デルドゥーガの実際の生活の様子を見てみよう。これには私エリン含め調査隊の一部メンバーが同行していた。今回の実地調査以前にもデルドゥーガの調査自体は進められていた。デルドゥーガの巨体は煌霞の樹海の中でも目立ち、また生息域もシェヴルー達の居住地と近く目撃される回数も多いため、他のモンスターと比較してもデルドゥーガを見かける機会は多かった。シェヴルー達が住処とする大型の瘴胞菌樹「イエノカサ」「ヨウサイシメジ」はボリュームもありデルドゥーガの好物の一つである。調査部隊からもしばしば上がっており、特に食性については多く解明されている。シェヴルー達が聖樹として崇める樹木「シャンナネンドロン」もデルドゥーガから同様に食料とみなされている。がしかし、シャンナネンドロンは聖樹としての崇拝だけでなく、大気の清浄化という実利的な面からもシェヴルー達に重要視されている。そのため、シェヴルー達からも他のモンスターと比較して特に警戒されており、それゆえに情報も多く収集されてきた。
だがしかし、十分な情報を知ってなお危険。遭遇した場合命の保証はないということである。しかし、我々が煌霞の樹海、シャンナネンドロン聖樹林の調査中に調査隊のハンター、シオンがシェヴルー達の居住地を襲撃したデルドゥーガを撃退した事例がある。むしろこの事例の方がシェヴルー達からすると非常に例外的なのだという。そのため退治の暁に宴まで開いたのである。
今回の調査にはそのシオンや彼女が率いるハンターたちを始めとして、調査隊長であるアミカやシェヴルーのビシャクなどの精鋭が同行していた。デルドゥーガの調査には本来それだけの危険が伴う。ゾルバトギリ群峰の生態系の頂点に位置するモルドゥギラスに匹敵する危険性を持つその生物の調査にはどれだけ準備しても準備し足りないということはないだろう。
『見ろ、デルドゥーガの食事跡だ。二つの牙による特徴的な傷が木の外皮に見られる』
ビシャクがそう言いながら、片手に持つ剣先でイエノカサの削れた部分を指した。デルドゥーガの顎でかぶりついた跡の横に一対の切り傷のような跡が見られる。顎からさらに外側に突出した牙によるものである。デルドゥーガが食物を咀嚼する際に削れた部分が跡として残るのが、デルドゥーガの食事跡の特徴である。地面を見るとデルドゥーガの大きな足跡も見られる。その重い体重により、煌霞の樹海の生物の足跡の中で最も深い陥没が見られるため、デルドゥーガの足跡は判定しやすい。
「見たところ、この足跡の先にデルドゥーガがいるわね」
『ああ、奴の動きは遅い。オレたちの歩きでも昼の内に追いつけるだろう』
ビシャクの言葉通り、我々調査隊はそれから数時間程度の追跡で一匹のデルドゥーガを見つけることができた。遠目にも見られる牙に残るカスから、先程まで食事を行っていたに違いない。地面にどっしりと座り込んだデルドゥーガは、掌のように発達した尻尾の先端で地面を掘り、今日の寝床を作っている。掘り起こされた土の一部はデルドゥーガの甲羅などの表面にかかり、甲皮をより成長させていく。一方でふとした拍子で剥がれ落ちたデルドゥーガの体表の甲皮もまた周囲の土壌と混ざり合っていく。こうすることで、土壌に変化がもたらされ、より豊かなものになっていくのだ。
『今は寝ているようだ。この動きなら聖樹林に向かうことはないだろう』
「なるほど、確かにデルドゥーガの食害は聖樹には致命的だろうな」
アミカ隊長が続ける。聖樹林に生える樹木シャンナネンドロンは蝕霞胞子を始めとする瘴気を浄化する性質を持ち、シェヴルー達からは保護区を作るなど丁重な扱いを受けている。だが、デルドゥーガはそのシャンナネンドロンさえ食料とする。そのため、シェヴルーにはモルドゥギラスと同等の警戒を受けている。モルドゥギラスとは異なり、直接的に食べられるなどの被害はないが、森や住居などへの被害は非常に大きい。もしデルドゥーガの聖樹林への侵入を許してしまったら、聖樹は瞬く間に食い荒らされ、浄化した大気を頼りとするシェヴルーたちの住処はなくなってしまうだろう。
周囲の土を掘り返し寝床を作り上げたデルドゥーガはゆっくり休んでいる。その周囲にはビアドンなどの小型の草食種や小さな虫たちが集まっている。デルドゥーガの甲羅に繫茂する栄養価の高い草木を目当てにしているのである。だが、デルドゥーガはそれを気にも留めていない。
「強者の余裕、といったところなのだろうか……?」
「それもあると思いますが、デルドゥーガのあの巨体、不要な体力の消耗は極力避けているのではないかと」
アミカ隊長の言葉に私が答える。デルドゥーガはおそらくビアドン達が自分に危害をもたらすとは考えていない。この煌霞の樹海においては大型モンスタークラスでなければ、デルドゥーガには歯が立たない。そうした小さなモンスターを相手に余計な体力を消耗することは、デルドゥーガにとって非常に面倒なことである。デルドゥーガは非常に燃費が悪く、他の大型モンスターに襲撃された場合への体力は温存しておくに越したことはない。
「……何か来る」
ふと、ハンターのシオンが呟いた。まだ私には何も感じないが、彼女の感覚は何かを捉えたようで、手にした長剣のようなランスを構え、周囲を警戒している。ビシャクもその耳を逆立てて、周囲を探っている。少し後、我々の回りの大地が揺れた。何か巨大なものが歩くとき特有の揺れである。デルドゥーガも休息から覚醒し、その揺れの震源に向け咆哮する。それに呼応してか、樹海の木々の合間から、そのモンスターは顔を突き出した。
「あれは……!」
ゆっくりと見せた顔はまさしく「黴灰竜 モルドゥギラス」のもの。だが、片方の目には大きな傷跡があり、そこから角のような物が眼窩を貫き天に向け伸びている。
「エリン教授!あの傷口は!」
「……最初に会ったあの時のモルドゥギラス?」
その目元の傷跡には我々は見覚えがあった。我々がゾルバトギリ群峰を気球船で訪れた最初に空中で出会い、「漂浮茸 サマニタリア」と争いを繰り広げ、最後には気球船のプロペラで目を切り裂かれた個体、「隻眼モルドゥギラス」に間違いない。この個体はモルドゥギラスの特徴である、瘴胞種「ドゥギラソリウム」との共生ができなかった不運な個体である。だが、その顔が放つオーラは他のモルドゥギラスと比較しても異様である。片目の傷跡から生えた角は従来の個体には見られない形状で、ドゥギラソリウムの群胞とはまた異なる、別種の瘴胞種による影響を感じさせた。周囲には黒い靄のような物を纏っている。蝕霞胞子とはまた異なる胞子だろうか。一歩、また一歩と隻眼モルドゥギラスが歩み、こちらに迫る。そして、その全身を我々に見せた。
『……何だ、あの姿は』
「アレが飛竜種の"脚"?まるで獣竜種だ」
ビシャクとシオンが驚愕する。樹海から現れた隻眼モルドゥギラスの全身は、頭部やと翼など上半身こそ、角などの一部を除いて我々の良く知るモルドゥギラスと同様のものであったが、下半身は飛竜種とは思えない程屈強に発達し、強靭な尾部を備えていた。その形状は、「陸地での行動に適応し進化した」獣竜種のものそのものだった。まさか、個体単位での進化など飛竜種においてあり得るものか。従来の生物観が私の中で揺らいでいる。あるいはドゥギラソリウムとは別種の瘴胞種との共生により過剰に下半身が発達したのだろうか。だとしても獣竜種そのものの形状を取ることはあり得るのだろうか。いかに祖先や幼少期の形態に僅かばかりの共通点を見出せるだけで、そこまでの近似性はあり得ないだろう。しかし、見れば見るほど獣竜種の骨格そのものの下半身だ。
「教授!あのモンスターの表面の付着物、あれは甲殻種の外殻か……?」
アミカ隊長が私に話しかける。注目すると隻眼モルドゥギラスの下半身には甲殻種、クギョウカイロウのものだろうか、体表を覆うように硬そうな外殻が付着していた。その姿は分泌した体液で甲殻種の外殻を身に纏う獣竜種「装殻竜 スロインツァ」そのものである。全身を俯瞰してみると、隻眼モルドゥギラスの姿はまるでモルドゥギラスの上半身とスロインツァの下半身が合体したような姿である。
「まるでスロインツァ……二体のモンスターが合体……?」
『突っ立ってる場合じゃない!隠れろ!』
未知のモンスターを前に、デルドゥーガが吼えた。その音響に隻眼モルドゥギラスの周囲を包む黒い靄が揺らめく。ビシャクに抑えられる様に隠れた私達はその咆哮に耳を塞ぐ。対する隻眼モルドゥギラスも応えるように、翼を広げながらその口を広げ咆哮する。びりびりと大気が振動する。
先に動いたのは隻眼モルドゥギラスの方だ。広げた翼にはやはりドゥギラソリウムは存在していない。翼の中にはドゥギラソリウムの煌きの代わりにどす黒い幾何学模様が施されていた。そこから飛び出したのは黒い糸のような物。高速で射出されたいくつものそれらは、正面のデルドゥーガに向かっていく。それらはデルドゥーガの甲皮に覆われていない関節部を的確に狙い、当たっていく。だが、突き立てられたそれらの衝撃をデルドゥーガは受け止め、逆にその糸を用い隻眼モルドゥギラスを振り回す。一たびバランスを崩した隻眼モルドゥギラスだったが、獣竜種の強靭な脚部の筋力を用いて踏みとどまる。
ならばと、デルドゥーガはその全身を駆け出し、角に全体重を集中させ隻眼モルドゥギラスに突撃する。その一閃は隻眼モルドゥギラスの首元に深々と突き刺さった。通常の生物なら致命傷だ。だがその傷口からは黒くどろどろとした液が漏れるにとどまり、隻眼モルドゥギラスは平然としている。隻眼となった目からも同様に黒い糸が放たれた。辛うじてデルドゥーガは感覚器官への直撃を避けたが、口元のヒゲヅラゴケの一部が削られてしまっている。前肢で口元を触るデルドゥーガ。後退りし、距離を取った。
そこに更なる追い打ちとして隻眼モルドゥギラスはその口から高水圧の水流ブレスを放つ。体勢を低くし、背中の甲羅でそれを受け止めるデルドゥーガ。隻眼モルドゥギラスはその口からブレスを吐きながらデルドゥーガに次第に近づき、自らの尻尾を振り始めた。見るとその尻尾の形状はスロインツァのような棘付き鉄球のような形状の更に上から、ズワンジアの頭部のような鋭い一本の角が生えている。ゆらゆらと捉えどころなく近づく隻眼モルドゥギラスは水流ブレスを吐きながら細かく黒い糸を放ち、デルドゥーガの注意を逸らしていく。一際水流の勢いが強まり、それに対応しデルドゥーガが姿勢を変えたその一瞬を隻眼モルドゥギラスは見逃さず、尾部の先端を深々とデルドゥーガの甲皮と甲羅の隙間に突き刺す。デルドゥーガが吼える。
だがデルドゥーガ、未だひるまず深々と突き刺さった隻眼モルドゥギラスの尻尾に自らの爪を突き立てる。そしてそのまま押さえつけ、全身を回転。隻眼モルドゥギラスの巨体を力づくで振り回し、投げ飛ばした。傷口から尾部は抜かれ、宙を舞う隻眼モルドゥギラス。だが、その翼を羽ばたかせ空中で体勢を整える。飛竜にしては大きすぎる下半身は、通常のモルドゥギラスと比較するとふらついてはいるが、それでもある程度の飛行には耐えうるようだ。
一方、隻眼モルドゥギラスを振り払ったデルドゥーガであったが、その足取りは重い。甲羅と前肢の付け根辺りに深い傷を負ってしまったからだ。その歩みは不安定である。それでもなお、威嚇するように咆哮する。その顔面に炸裂したのは、隻眼モルドゥギラスによる強烈な飛び蹴りであった。飛竜種の飛行能力と獣竜種の脚力を合わせたそれは、デルドゥーガの口元の巨大な牙をへし折ってしまった。飛んできた、半月状の牙が我々の目前に突き刺さる。流石にこれにはデルドゥーガも堪えたようだ。掌のような尻尾の先端で掘り起こした土砂を隻眼モルドゥギラスに向けぶちまけながら距離を取り、樹海の奥地へと逃げていく。そしてそれを逃がすまいと、隻眼モルドゥギラスも離れていき、私達調査隊だけがそこに残された。
「何だったのかしら……。ビシャク、あなたはあのモンスターについて何か知ってることはある?」
『残念だが、オレもアレを直接見たのは初めてだ。ああいう"混ざり物"は、山の上にはいるとは聞いていたが』
「山の上に?」
『以前、ギルスペインがある山の上には化け物がいると言っただろう。そこに出る化け物が、ああいう色々なモンスターが混ざったような見た目をしてると、長老に聞いたことがある』
かつてのゾルバトギリ文明、そしてシェヴルーたちの中で万能の霊薬として語られる存在「クグツダケ」別名「ギルスペイン」。それが存在する山の上には化け物がうろついており無事には帰ることができないという。そしてその化け物のような存在が、今我々の目の前に現れた。これを追跡することで、蝕霞症候群の対抗策が拓けるかもしれない。
「隊長、あの隻眼モルドゥギラスを追跡すれば、蝕霞症候群について何かわかるかもしれません。何にせよ、あのような未知のモンスター、放っておくことは私にはできません!」
「むぅ、教授がそこまで言うなら仕方ないが、どこか個人的な興味が混ざってないか……?」
私の言葉に対し、アミカ隊長はどこかあきれた表情で返す。シオンは周囲を警戒したままだ。アミカ隊長は逡巡した後、口を開いた。
「とりあえず今回のデルドゥーガの調査は一度撤退するとしよう。その後、これからの調査について考える。ところでビシャク殿、モンスターたちが向かって行った方向は樹海の集落とも市街地とも違う方向のようだが、あちらには何があるのだろうか?」
『あぁ。アッチは湖や湿地がある。また別の集落もあるな。そいつらに色々聞けるだろう』
樹海の次は湖。ゾルバトギリ群峰には本当に色々な自然環境がある。その未知の環境の中では、我々の常識を外れた生物がいても何も不思議ではない。現に、ゾルバトギリ群峰において初めて確認された巨大な菌類のようなモンスター「瘴胞種」がその一例だ。だが、既存の概念を持ちながらそれでは図ることができない異様なモンスター、隻眼モルドゥギラスの姿に研究者としての私の心は落ち着かない。まるでモルドゥギラスとスロインツァ、二体のモンスターをもいでそのまま繋げたような生物はこれまでいただろうか。ある種の甲殻種が竜の遺骸をヤドとして使うのとも、モンスターが他の生物と共生しその能力を高めるとのまた違う。「強そうな部分をそのまま持ってきました」と言わんばかりのその姿は、私の生物への考え方を揺るがしていた。
悩みながら歩く帰路の途中、ふと前方を歩くシオンの姿が目に留まった。彼女は全身に飛竜種から剥ぎ取った素材を元にした防具や武器を身に着けている。これは考えようによっては人間とモンスターの合体、と言えるのではないだろうか。それも皮や甲殻、牙などの素材の特性を生かした適材適所のものである。隻眼モルドゥギラスの内側に、他種を素材として効率よく扱うそのような不気味な知性があるのだろうか。そうするならば、非常に恐ろしい。人間の学び以上の生命の奥深さが、今私の目の前に奈落のような大穴として広がっていた。
―続―
デルドゥーガ
種族:牙竜種(竜盤目 四脚亜目 鎧羅竜上科 デルドゥーガ科)
別名:鎧羅竜(がいらりゅう)
危険度:☆5
異名:樹海の番人
生態・特徴
太く発達した四肢を持ち、全身を甲殻で覆い特に背部には発達した甲羅を持つことが特徴的な牙竜種。全身には瘴気を浄化する地衣類「ヒゲヅラゴケ」が群生しており、特に口元のそれらの成長は著しい。巨木や大きく成長した瘴胞種を主食としている。
素材
・鎧羅竜の巨角
デルドゥーガの頭部に生えた一対の角。
・鎧羅竜の牙
デルドゥーガの顎から生えた巨大な牙。半月状に反り返った特徴的な形態を している。
・鎧羅竜の甲羅
デルドゥーガの背面を覆う巨大な甲羅。非常に硬い。
・鎧羅竜の掘削尾
デルドゥーガの尾。先端が広がっており、土を掘ることができる。
・鎧羅竜の翠玉
デルドゥーガの体内で稀に生成されるという宝玉。
・ヒゲヅラゴケ
瘴胞種に分類される小型のモンスター。地衣類のような外見をしており、蝕霞胞子やゾルバトギリ群峰に漂う瘴気を浄化し、清浄な空気を取り出す生態を持っている。
・セジメンゾルバタイト
変成作用を受けたゾルバタイト鉱石の一形態。堅いがその内部には栄養の輸送機能を持つ。
・黒い糸(仮称)
隻眼モルドゥギラスが体表から射出する糸のような素材。柔軟で強靭だが、モルドゥギラスの体表から離れたのち、ある程度の時間外気に触れると霧消する。今後の調査が期待される。