ゾルバトギリ群峰の周囲に広がる湿地帯「濁淵の湖沼」においても、この山域の過酷な環境に適応して進化してきた種が見られる。この地域において初確認された両生種「露半裂 ワラルミドー」もそうしたモンスターの一例だ。
全体的に平べったい体形をしており、他の両生種と比較しても長い尾部が特徴的である。四肢は体の側面から横向きに伸びており、四本の指先には爪はないが鋭く伸び、掌には吸盤があり、滑らかな岩などにも張り付いて移動できる。体の上半分には良く発達した硬質な鱗がびっしりと隙間なく生えている。これは表面の保護と乾燥の防止を兼ねて発達したものと考えられている。一方で身体の下半分はぶよぶよとした皮をぬめりのある粘液が覆っている。これも上側と同様に表面の保護と乾燥の防止のためだが、基本的に湿地の地表と接する下側には鱗は生えていない。上面と比較してあまり外気に当たらず、乾燥しづらいからである。上面と下面の間には片方三つ、頭部に四つの合計十四の粘液分泌孔があり、ここからぬめぬめした独特の体液を絶えず出している。この体液には毒性があり、素手で触るのは爛れる可能性があり非常に危険である。この毒性にはゾルバトギリ群峰に蔓延る蝕霞胞子や瘴胞種の胞子の毒性が関係しており、ワラルミドーは捕食や水分補給などの過程で体内に取り入れてしまった胞子の毒性を粘液に凝縮して体外に排出しているのだ。そのため、ワラルミドーは絶えず体液を出す必要があり、そしてその体液は毒性を
有している。
この排出する体液は高い粘性を持つ。粘着したものを無理やり剥がそうとすると糸を引き、生半な力では引きはがせない程だ。ワラルミドーはこの粘液を用いて、周囲の土や草木を体表に身に着け、擬態を行っている。全身にそれらを身に着けたワラルミドーは普段ほとんど動かないこともあって、熟練のハンターやモンスターであっても見つけることは難しい。
呼吸については皮膚呼吸を行っている。潰した三角形状のような頭部の側面からは一対の触覚が伸びている。これは聴覚と嗅覚を兼ねたような感覚器官であり、これを用いて周囲の環境を把握している。眼球は体外に露出したかのように突出しており、左右を別々に動かすことができる。またその可動範囲も広く、真後ろまでとは言わないが、首を動かさずとも後方を視界に捉えることができる。
何より、ワラルミドーの最大の特徴といえるのは、二股に分かれた伸縮自在の舌だ。普段は口内に格納されたその下は、根元から二つに分かれている。その内部は槍のような形状の骨が隠されており、それを外周の筋肉が常に押さえつけている形になっている、常に縮んでいる舌は、獲物を捕らえる時のみ筋肉の緊張が解け伸張し、獲物に向けて襲い掛かる。この舌は内部骨格のある部分は直線的な動きを行うが、中半分以降の骨格を持たない部分は筋肉のみで構成されており、三次元的な動きを行い、逃げようとする獲物に対し臨機応変に動き、的確に仕留めるのである。
ワラルミドーは基本的に湿地のような湿度の高い環境を好んで生息する。基本的には陸生であるが、水中を泳ぐこともある。水中生活に適応した鰓は存在しておらず、体表からの皮膚呼吸を行っており、そこからも生活の基本が陸生にあることをうかがい知ることができる。だが、体液を絶えず分泌するための水分が生存に必須であり、沼や湖などの水辺の近くを基本的な生活圏としている。水辺の草木に身を隠しながら、じっと獲物を狙うのである。
ワラルミドーは肉食性の捕食者であり、その長い舌を用いて獲物を捕食する。主にイナヅマスやメイストキンなどの環境生物、ビアドンやフルシュカ、モリカイロウやヌマスマシなどの小型のモンスターを獲物としている。その捕食には基本的にワラルミドーのその長い舌が用いられる。その広い視野角を持つ眼球と高度なセンサーたる触覚を用いて獲物を探し当て、周囲の風景に身を隠しながら、伸縮自在の舌を用いて獲物を仕留めるのである。
実際の狩りの様子を見てみよう。ゾルバトギリ群峰の山麓に広がる湿地帯「濁淵の湖沼」には多様なモンスターが生活している。水面を滑るように動く小型の甲虫種「ヌマスマシ」もそうしたモンスターの一種だ。五匹のヌマスマシが湿地の水面をすいすいと滑っていく。どろどろとした水を意に介していない素早さだ。ふと、ひゅんと風が吹いた。いつの間にかヌマスマシが四匹になっている。違和感から周囲を警戒するヌマスマシたち。ひゅんとまた風が吹いた。その方向に振り向くヌマスマシたち。その眼には一匹のヌマスマシが長い舌にからめとられている姿が映っていた。その舌の付け根に開く大きな口にヌマスマシが吸い込まれていく。ぱくりとその口を閉じると、その舌の持ち主の姿は風景に溶け込んで見えなくなってしまった。周囲を警戒するヌマスマシたちであったが、その広範囲を捉える複眼であっても襲撃者の姿を捉えることはできない。二匹のヌマスマシが水面を滑りながら逃げていくが、一匹のヌマスマシの脚を長い舌が捕らえた。そこでようやく、ヌマスマシたちは捕食者の姿を見ることができた。全身に草木の葉や枝を貼り付け、周囲の風景に擬態したワラルミドーは、動かなければその姿を捉えることができない程、
風景に溶け込んでいた。辛うじて、開いた口と舌、そして捕食のために動かした顔回りからワラルミドーと分かる。周囲の環境を探るために、顔の触覚が細かく動いている。脚を掴まれたヌマスマシはそのままワラルミドーの口の中に消えた。そして、最後のヌマスマシも水面を滑り逃げるのだが、二股に分かれた舌の餌食になり一瞬にして食べられてしまった。ワラルミドーはその口を閉じると風景に溶け込み、その姿を消した。
ワラルミドーの体表の鱗から分泌された毒性の体液は、粘度の高いものは草木を貼り付けて擬態をサポートするだけでなく、粘度の低いものは爪の先をコーティングするように流れ、蝕霞胞子由来の毒性とワラルミドー本来の体液が反応することで麻痺性の毒となる。基本的に獲物の捕食にはその舌を扱うワラルミドーであるが、いつでも舌を用いて狩猟を行うというわけではなく、その爪の麻痺毒を用いて小型のモンスターを襲撃することもある。
濁淵の湖沼に点在する洞穴に、数頭のビアドンが入り込んできた。洞穴の中はひんやりとしており、湿度もあまり高くない。常に曇天であるゾルバトギリ群峰はどこも薄暗いのだが、洞穴の中はさらに薄暗く、発光性の瘴胞種がぽつぽつと光をともしている。湿気が冷やされた水滴が地表に落ち小さな水たまりを点々と作っている。
水滴がぽつりと一頭のビアドンの顔に落ちる。その衝撃に気づき、ふと上を見上げるビアドン。その眼に突然巨大な口が迫ってきた。天井に張り付いていたワラルミドーが落ち、ビアドンに襲い掛かってきたのである。その口から辛うじて逃れたビアドンにワラルミドーの爪が突き立てられる。その傷口から麻痺毒がビアドンの体内に浸透する。だがその浸透は遅く、ワラルミドーの手に押さえつけられたビアドンは足や首を動かしてワラルミドーから逃れようとする。その振り動かされた顔面にワラルミドーは食らいつき、ビアドンをそのまま丸呑みにする。一方の舌は口の中のビアドンをその口腔の奥に押し込み、もう一方の舌は貪欲に他の獲物を探し求めている。
周囲をくねくねと探るワラルミドーの舌。ビアドンを半ば呑み込んだ頭部から突出した眼球も、不気味に左右別々に周囲を探っている。だが、他のビアドンは既に何処かへと逃げ去っていったようだ。しばし周囲を見ていたワラルミドーであったが、獲物を得られず残念そうに、咥えていたビアドンを口の奥まで呑み込んだ。ワラルミドーの狩りは基本的に待ち伏せが主体であり、このように能動的に襲い掛かる狩猟はやや不得手である。がしかし、擬態によりいつ襲い掛かるか分からない恐怖性や毒の体液が絡みついた爪による攻撃は、小型のモンスターにとって大きな脅威である。
ワラルミドーはその口に歯を持たない。そのため捕食対象を丸呑みした後はその舌と食道の蠕動運動により、対象を圧し潰しながら胃に送る。歯を持たないため、捕食対象を細かくすることは不得手であり自分の口に入る程度の大きさの獲物しか基本的に捕食しない。とは言え、ワラルミドーの口の大きさは人間や草食種をたやすく呑み込む大きさであり、小型モンスターにとって大きな脅威であることに違いはない。ビアドンやフルシュカ、モリカイロウなどはワラルミドーが好んで食べる獲物である。だが、そうした小型中型のモンスターはともかく、大型モンスターの相手をすることは不得手であり、基本的に戦闘を行うことは少ない。全身に草木を貼り付けた擬態により、そうした大型モンスターをじっとやり過ごすのである。
特に、全身に甲殻を纏い毒への耐性を持つ甲殻種、そしてその甲殻種の遺骸を身に纏い鎧とする獣竜種スロインツァなどは、ワラルミドーにとって非常に厄介な相手である。
スロインツァ、獣竜種に分類されるそのモンスターは甲殻種を主食とし、その遺骸を鎧として身に纏う生態を持つ、生態系上位の捕食者だ。全身に纏う甲殻はワラルミドーの舌を通さず、分泌され続ける接着性の体液はワラルミドーの毒液をはじき返す。ワラルミドーにとって文句なしの天敵だ。そして共に水分量の多い湿地帯を主な生息地としており、遭遇する機会は決して少なくない。
一匹の若いワラルミドーが、湿地の片隅に集るモリカイロウの群れを発見した。物陰からゆっくりと様子をうかがい周囲に外敵がいないことを確認すると、その口から舌をモリカイロウに向けて伸ばした。難なく舌はモリカイロウを捕らえたが、様子がおかしい、何かにくっついたようにモリカイロウの身体をこちらに引き寄せることができない。さらに舌に力を込めるワラルミドー。一層の力でモリカイロウを引っ張ると、その群集そのものがゆっくりと動き出した。ワラルミドーがモリカイロウの集合だと思ったのは、全身にモリカイロウの殻を纏ったスロインツァだったのである。ワラルミドーもその光景に口をあんぐりと開けて驚いた様子である。
一方でスロインツァは眠りを邪魔されて不機嫌そうな様子だ。その怒りのまま咆哮を上げる。辛うじて舌を引きはがしたワラルミドーはその咆哮に怯み、毒液を撒き散らしながら茂みの中に逃げようとする。
だが、それを逃がすスロインツァではない。獣竜種特有の発達した下半身の脚力を活かしすぐさま茂みの中のワラルミドーを視界に捉えた。ワラルミドーは非常に平べったい体形をしているので、立ち上がったスロインツァには見下ろされる形になる。ワラルミドーは踏み潰されまいと瘴胞菌樹に駆け上るが、スロインツァの突撃はその菌樹ごとなぎ倒していく。折れ砕けた木々の隙間から地表に落ちていくワラルミドー。器用に空中で方向転換し音を立てることなく着地する。そしてその過程で木々の破片を体表に付着させ周囲の空間に紛れ込んだ。スロインツァは、砕けた瘴胞菌樹の破片に気を取られている。その隙を突いて、ワラルミドーは音もなくひっそりと姿を消した。スロインツァは甲殻種に効果的なダメージを与えるため、頭部や尻尾、顎さえも強力な鈍器のように進化している。もしそれらの一撃でもワラルミドーが受けてしまえば、それは致命的な一撃である。ワラルミドーの上面を覆う鱗は表面こそ固いが中は中空構造になっており強い衝撃により変形しやすく、下面に至ってはぶよぶよした皮膚が丸出しだ。ワラルミドーを体躯で大幅に上回るスロインツァの一撃は、その何を受けても即、死に繋がるのである。今回生き延び
ることができたこの個体は非常に運が良いと言えよう。
ワラルミドーは卵生で生殖を行う。その卵形状はほぼ完全な球体をゼリー状の鞘が覆っている。この鞘は周囲の水分を取り込み毒素が卵まで行かないように保護している。またこれはワラルミドーの体表から分泌される体液と似たような接着力があり、周囲の枝や葉をくっつけて卵本体をカモフラージュしている。一つの鞘には数個の卵が入っており、これがいくつも連なりベルト状になっている。雌雄の交尾の後、雌が産卵に適した水辺に産卵を行うが、その後は基本的に放置される。卵内から出てくる幼生は手足がなく鰓を持ち、水中で生活を行う。この幼生時代からも肉食性であり水中の小動物を食べて成長していく。当初から舌は二股に分かれており、水中でその舌を使いながら捕食行動を行う。共食いを行うこともあり、過酷な環境下において成長できる個体は少ない多産多死の生物である。
成長に伴い、人間の子供ほどの大きさになる頃には鰓が消え手足が生えた、成体同様の形状になる。この頃には地上での行動も増え、そして捕食する餌の種類も豊富になっていく。そうして捕食を繰り返しさらに成長し大型モンスターらしい大きさになる頃には番を見つけ繁殖を行う。がしかし、ワラルミドーは成長こそ早いが寿命自体は特筆するほど長くはない。そして過酷なゾルバトギリ群峰の環境においては天寿を全うできる個体そのものが極めてまれである。
ワラルミドーの皮をシェヴルー達は剥ぎ取り、天幕の素材として利用している。ワラルミドーの皮は耐水性や耐毒性に優れ、丁寧に扱うことで長持ちする。瘴胞菌樹の枝やモンスターの骨からなる文字通りの天幕の骨組みに組み合わされるワラルミドーの皮の量は、シェヴルー達の大柄な体格からも想像できるように、一体ではとても足りない。そのため、湖に住むシェヴルー達はワラルミドーの狩猟をある程度組織的に行っている。その様子は簡易的ではあるが本国にもあるハンターズギルドにも類似点が見られる。最も、金銭的な報酬などはなく、ある程度の数の大人が若者の狩猟をサポートするような形の互助会的なものである。無論、単に狩猟して終わり、というわけではない。村の若者たちは狩り終えたワラルミドーを丁寧に毒抜きすると、ムザベランマの翅から作られた刃物で丁寧に皮を剥いでいく。若者たちの慣れない刃物使いを年長のシェヴルー達が注意しながら作業を進めていく。こうした作業はシェヴルー達全体で和気あいあいとしながらも生命に向き合いながら行われており、村内の重要なコミュニケーションの場でもある。
濁淵の湖沼は、これまで見てきた他のフィールド以上に弱肉強食の背景が強い。多種のモンスターをたやすく口に放り込むワラルミドーさえも、絶対的な強者ではなく、その身に迫る危機を察知し、潜むようにして生きているのである。生きるための環境への適応は、種によって様々であり見ていて飽きることはない。
―続―
ワラルミドー
種族:両生種(有尾目 露半裂亜目 ワラルミドー科)
別名:露半裂(つゆはんざき)
危険度:☆3
生態・特徴
平べったい体形に長い尻尾が特徴的な両生種。主として水辺に生息しており、分泌する毒性の体液を用いて枝葉や土を身に着け周囲の環境に擬態する。二股に伸びる舌や麻痺毒を帯びた爪を利用して獲物を仕留める捕食者である。性格は基本的には臆病で、外敵に対しても擬態を用いて発見されないようやり過ごすことが多い。
素材
・露半裂の皮
ワラルミドーの体表を覆う皮。ぶよぶよとした柔軟性があり、耐毒性に優れる。
・露半裂の鱗
ワラルミドーの背面を覆う鱗。表面は固いが内部が中空構造になっておりあまり重くない。
・露半裂の撃舌
ワラルミドーの舌。二股に分かれた特殊な構造をしている。
・露半裂の粘液
ワラルミドーが分泌する体液。強い麻痺毒と接着性を持つ。
・露半裂の爪
ワラルミドーの爪。太いがあまり鋭くはない。体液が収束して常に毒を帯びている。