無数の山々の集合地であるゾルバトギリ群峰の広大な大地の生態系について語るには、まずその全域の食物連鎖の頂点に立つ巨大な飛竜について説明する必要がある。オーソドックスないわゆるワイバーン骨格をしているが、兜のように大きく盛り上がり発達した頭部の外骨格、体躯に比して大型の翼の内側には不気味に煌く無数の胞子嚢を群生させた異形の飛竜種を、我々は「黴灰竜 モルドゥギラス」と呼ぶことにした。我々がゾルバトギリ群峰を訪れた最初期に出会ったモンスターの一種であり、毒性を持つ瘴胞種に対し適応あるいは共生して生存する他のモンスターに対し、瘴胞種を唯一「使役」し生存するモンスターである。
モルドゥギラスは他の大型飛竜種の例にもれず肉食性の生物である。顎や足の筋力は極めて発達しており、草食種あるいは中型の牙獣種を掴み、空中に容易く持ち上げ、あるいは投げ飛ばすことさえできる程である。もちろん、獲物を掴み飛び上がるための飛行能力は大きく発達しており、その巨大な翼からもたらされる推力は他の飛竜種と比較しても決して劣るものではない。その飛行能力に由来する広大な縄張りを持ち、それを脅かす相手に対しては決して容赦しない。体内に貯水器官が発達しており、そこから吐き出される水流ブレスはまさしく瀑布のように猛烈なものである。その狙撃力も一流。空中を飛びながら、遠くを同様に飛行する大型モンスターを一撃のもとに撃ち落とすほどの正確性を誇る。さらに、そのブレスを直線状に放つだけでなく、霧のような形で放つこともできる。
兜のように発達した頭部の外骨格は急所である頭部を保護すると同時に、ある種の探知器官の役割を持っている。他のモンスターの攻撃を目に受けたモルドゥギラスだが、相手を見失った様子もなく攻撃を仕掛けてきたという報告も上がっている。モルドゥギラスは視覚あるいは聴覚に頼らない独自の感覚器官を備えており、その要であるのが頭部の発達した部位であると推測できる。
またゾルバトギリ群峰に立ち込める毒性の瘴気を分解する独自の臓器として、吸い込んだ瘴気に高熱と高圧を与え解毒分解する「浄管支」を二本持っており、これは放熱のために口から喉元にかけて露出している。この器官によって毒性のある環境でも十分な活動を行うことができる。
このように羅列した身体性能だけでも、十分生態系の頂点に立てるだけの能力を保持しているが、この飛竜にはさらに独特な生態を持っている。それは、巨大に発達した翼に瘴胞種を群生させているということだ。この翼内に群生するカビのような瘴胞種について、我々は「ドゥギラソリウム」と名付けた。
ドゥギラソリウムはモルドゥギラスに取りついて生息する瘴胞種の一種だ。翼の内側に芽胞を形成したドゥギラソリウムは、モルドゥギラスの体内に菌糸を伸ばし生育していく。ドゥギラソリウムの菌糸はモルドゥギラス本来の筋肉や骨格、臓器を巧みに避けながら成長し、その菌糸が繋がり合うことでモルドゥギラスの膂力や肉体強度を強化している。一部は神経系と連動しあうことでその働きを強化し、知性を高めている。ドゥギラソリウムはモルドゥギラスと共生するだけでなく、モルドゥギラス自体を強化することで、自己の生存性を高めている。
ドゥギラソリウムの胞子は吸い込んだ生物に対しその神経活動を疎外することで、過剰な眠気や行動の鈍化をもたらす。この胞子をばらまくことでモルドゥギラスは自己の狩猟を優位に進める。さらに、この胞子には温度の高い生物を優先的に追尾する特性がある。ドゥギラソリウム自体に生育しやすい場所を探知する本能があり、それに従って放たれた胞子がモルドゥギラスの獲物を的確に襲うのだ。特徴的な白色の胞子を撒き散らす瞬間はまるで薄暗い曇天に降る淡い降雪を思わせる。またこの胞子は蓄光性を持ち、暗闇の中で光る。そのため、直接胞子を吸い込まなくてもその胞子を浴びた獲物を、モルドゥギラスは深夜でも捕らえることができるのだ。
実際に狩りの様子を見てみよう。樹海に広がるモルドゥギラスの縄張りに入り込んだのは小型の草食種「ビアドン」の群れだ。これは口元に「ヒゲヅラゴケ」と共生しており、呼吸の際に清浄な空気を取り出してもらう代わりに生息域の拡大のための移動と、自身のエネルギーをヒゲヅラゴケに与えて共生している生物だ。そのため体内にはエネルギーを溜め込むための脂肪が発達しており動きこそ鈍重だが長い距離を移動できる。十頭程度の群が樹海の中の縄張りに入り込んだ。植物やキノコ、カビなどの張り巡らされた地面を彼らの蹄が踏みしめていく。ふと、一匹のビアドンが頭上から不意に降るふわふわしたものに気が付いた。雪?まだまだ暑い季節だというのに?ビアドンはキョロキョロと不思議そうに周囲を見渡す。見ると気付けば空は薄暗い曇天、しんしんと雪のような何かが降り始めていた。不思議だがあまり気にしない様子で歩き始めるビアドン達。
ふと先頭を行くビアドンが突然倒れた。だが何かに攻撃されたような様子はない。見れば眠っているだけのようだ。だがなぜ歩いている途中で眠ってしまったのだろう。そう疑問に思う間もなく、ビアドン達の群はすべて眠ってしまった。すべて眠り終えた後、ゆっくりと彼らの頭上に降り立つ巨大な翼、モルドゥギラスである。モルドゥギラスは数体のビアドンをその足でまとめて掴むと、少し離れた場所にある巣へと運んでいく。巣の中にはモルドゥギラスの成体一頭と、数頭の幼生がいた。飛んできたモルドゥギラスは掴んでいたビアドン達を眼下の巣へと投げ入れ、再度眠ったビアドン達の下へ飛んでいく。
再度、眠ったビアドン達の群に戻ってきたモルドゥギラスだが、ここに予期せぬ闖入者がいた。小型の鳥竜種「フルシュカ」たちである。彼らは雑食性であり力が弱い代わりに、その長く伸びた爪を武器に多数の群れでいたぶるように狩りを行う。今ここに集まってきたのも、モルドゥギラスの「おこぼれ」を狙いに来たのだろう。無論獲物を譲るモルドゥギラスではない。まず翼内のドゥギラソリウムの胞子をばらまき、フルシュカたちの動きを止めようとする。本能的にそれを吸うとヤバイ、と理解しているフルシュカたちだが、その胞子自体が何と空中で動きを変え、彼らの方に吸い寄せられていく。逃れようと散り散りに走るフルシュカたち。その動きを予測してか、モルドゥギラスは空中から水流のブレスを放つ。発達した貯水器官、これは体温を利用しドゥギラソリウムの生育に必要な湿度をもたらすために成長した、この種特有の物だ。そこから放たれるブレスは強力無比、直撃したフルシュカは一撃で地面に倒れ伏す。激流の薙ぎ払いは数頭のフルシュカたちをまとめて吹き飛ばす。一方的な暴虐がその地を支配した。
倒れ伏したフルシュカたちを前に、モルドゥギラスはあえてとどめを刺さない。地面に力強く降り立ったモルドゥギラスはその鋭い目でフルシュカたちを一瞥する。そこに、ドゥギラソリウムの毒の回りが遅かったのか一頭のフルシュカが力を振り絞ってモルドゥギラス向けて飛び掛かった。だが、モルドゥギラスはそれをたやすくその強靭な脚力で受け止め、鋭利な爪でフルシュカの胴回りを掴んだ。そしてそのまま低空を飛び、同族の前でフルシュカを握り潰し、そのまま捨てて見せた。言うまでもなく「見せしめ」のためである。そして倒れ伏した無数のフルシュカたちに致命傷にならない程度の傷を与え、自分はビアドン達を餌とするためそれらを掴み飛び去っていく。ただ残されるフルシュカたちは、ドゥギラソリウムの行動鈍化作用により決して動くこともできず、生態系の覇者たる飛竜の縄張りに気軽に手を出したことを悔いながら、そのまま誰かに食べられることを待つしかないのである。
モルドゥギラスは一妻一夫性で家族を中心とした群れで生活する。ある程度成長した個体は独り立ちし、つがいを見つけてまた新しい家族を作り生活していく。幼少期には親が狩猟した獲物を食べているのだが、この時親と口腔や体表で接触を行うことで、ドゥギラソリウムの因子を受け継いでいく。そのため基本的に幼生の個体は親の保護を受け、親とできる限り接触して生活している。
ある程度成長していくと親が狩ってきた「生餌」を相手に狩猟の訓練がなされる。また、同族間でのじゃれ合いやスキンシップも見られる。この中でドゥギラソリウムの使い方や狩りの身のこなし、どういうことをすれば生きていけるのかということを学んでいく。そして成熟すると独り立ちし、つがいを見つけて新しい家族を作り、同様に子を育てていくのである。
また、モルドゥギラスの同族意識は強く、自分の家族だけでなく同種が攻撃されているのを目撃した場合でも相手に攻撃を仕掛けてくる。その攻撃は高い連携能力を誇っており、これには各個体のドゥギラソリウムが、何か特異な伝達活動をしていることも想定できる。しかし、通常はお互いの縄張りには不可侵の生活をしているので、成体が3頭以上同時に出現するということは基本的にはないため、こうした行動が見られるのはまれである。
これらの点をまとめ、飛竜種の中でも高い攻撃力、共生した生物を活用する知性の高さ、そして狩猟における狡猾さから、モルドゥギラスは「曇天の邪将」の別名で呼ばれている。
ところで、運悪くドゥギラソリウムに感染できない個体もモルドゥギラスには存在する。その数は決して無視できる数ではない。そうした個体は幼少の段階で家族から捨てられ、未熟な状態ながらも独りでの生活を余儀なくされる。そうした個体が生き残ることは稀であり、生き残っても同族からは蔑みの対象とされる。
我々がゾルバトギリ群峰に訪れる際、巨大なキノコ型の瘴胞種とともに現れた個体……プロペラによって片目を負傷していることから「隻眼モルドゥギラス」とする……もそうしたドゥギラソリウムに感染できなかった個体の一匹だ。そうした個体はドゥギラソリウムに由来する肉体の強化、胞子の放出といった技能をすべて欠如しているため、そのままでは瘴気の中で活動できる、水属性の飛竜でしかない。
そのため、その実力で生態系のトップに立つことは無く、ただただ周囲の恐怖に脅かされ生きていくしかない海千山千のモンスターでしかない。
その分生への執着は凄まじいものがある。先程モルドゥギラスがビアドン達を獲物とし飛び去った地に、隻眼はたどり着いた。そうして先程のモルドゥギラスが残したフルシュカの群を食い荒らしていく。周囲に広がるドゥギラソリウムの胞子は隻眼の浄管支の前には意味がなく、毒など何もないように目の前の肉を貪っている。
この個体は我々調査団の前に今後幾度となく姿を現すのだが、それについてはまた追って説明することとする。
―続―
モルドゥギラス
種族:飛竜種(竜盤目 竜脚亜目 培翼竜下目 灰竜上科 ギラス科)
別名:黴灰竜(ばいかいりゅう)
危険度:☆5
異名:曇天の邪将
生態・特徴
ヘルメットのように発達した頭部の甲殻と発達した翼が特徴的な飛竜種。巨大な翼の裏側に特殊な瘴胞種「ドゥギラソリウム」を栽培、共生している。このカビは吸い込んだ生物に催眠鎮静作用を呈し、活動を弱らせる力を持つ。モルドゥギラスはこのカビを利用して、狩りを優位に進める。本種はそのカビや瘴気の無毒化のために、体外に露出したパイプのような器官で高熱と特殊な圧力によって無毒化している。
また、このカビの菌糸は、体外だけでなく体内の一部にも共生しており、翼を始めとした一部組織の強靭化に役立っているだけでなく、体外に析出し、甲殻の一部をより強化している。
体内に水分を溜め込み、また自在に放出する器官が特に発達しており、その水分によってもたらされる湿度によって、カビの生育効率を高めるだけでなく、口から水流をブレスのように収束させて放つだけでなく、霧のような細かい形にして噴射することもできる。
基本的に単独で行動するが、時に小規模な群れで行動し、生息範囲は広い。縄張り意識が強く、時には同族で連携して狩りを行うこともある。
名称 ドゥギラソリウム
種族 瘴胞種(瘴胞目 黴束下目 ソリウム科)
別名 竜翼黴(りゅうよくばい)
生態・特徴
特定の飛竜種の翼に寄生する瘴胞種の一種。吸い込んだ生物の神経系に鈍化・鎮静作用をもたらす。飛竜種と共生することで生息範囲を拡大するようになっている。
素材
・黴灰竜の鱗
全身を覆う黴灰竜の鱗。
・黴灰竜の甲殻
鱗が重なり合って形成された黴灰竜の甲殻。堅牢な素材であり、防具によく使われる。
・黴灰竜の翼
曇天の邪将を象徴する強靭な翼。内側に菌糸が細く通っており柔軟だが高い強度を持つ。
・黴灰竜の尻尾
黴灰竜から切り落とした尻尾。先端は鱗が無数に重なり刃の束のようになっている。
・浄管支
黴灰竜の頸部に露出した器官。瘴気に対する高い浄化力を持つ。
・竜翼黴
黴灰竜の翼内に群生する瘴胞種「ドゥギラソリウム」。
・竜翼黴の光玉
ドゥギラソリウムが高圧を受けて固まった玉。非常に美しい輝きを持ち夜の闇の中でも光り輝くと言われる。
・邪将の逆鱗
黴灰竜の体表にある逆巻きの鱗。非常に希少。