不気味な植物や大型化したキノコやカビのような瘴胞種が作り上げた立体的な不整地を高速で駆ける小型の生き物がいる。頭から長く伸びた尻尾は地面に対し常に並行を保ち、細い二本の脚が枝や太い菌糸を踏みしめ軽やかに走っていく。口元には鋭く伸び硬質化した嘴。そこには小型の魚が咥えられている。見れば同種が数頭、近くを走っているようだ。黒い体色に骨のような白い頭部が高速で動くその様は、死神の使いを彷彿とさせた。
彼らの名は「フルシュカ」。ゾルバトギリ群峰に生息する小型の鳥竜種である。先頭を走る個体の目の前が不意に晴れた。森から抜けて彼の眼前に入ってきたのはかつて人間が使っていた街。フルシュカは基本的に温暖な場所ならどのような場所にも住むが、彼らが所属しているのはこの廃墟を根城とする群だった。彼らは器用に大きな建物の玄関に入っていく。建物の中庭に集まったフルシュカ達は立ち止まり、口にした獲物を次々と積み上げていく。その前に堂々と立つのは大柄な体躯に黒い体色、白い頭部が特徴的な彼らの長「暗吼竜 ドスフルシュカ」である。
フルシュカは群の長たるドスフルシュカを中心とした20頭程度の規模の群を作り生活している。オスの個体は縄張りの巡回と食料の獲得、メスの個体は縄張り内の防衛と育児、といった具合に性別によって役割を分業している。そして長であるドスフルシュカは、群れのリーダーとして全体の指揮を執り、また群を脅かす敵と戦う役割を持っている。多数のメスを侍らせ、権力を振るうドスフルシュカは群のオスにとってあこがれの存在だ。群の長ドスフルシュカは群のオスが集めてきた餌を真っ先に食べ力をつける。その次にメスが、そして残ったものをオスが食べる。明確な序列が群れの中で作られているのだ。
ドスフルシュカ、フルシュカの形状的な特徴の一つが、長く伸びた前肢の爪である。これはゾルバトギリ群峰における特徴的な地形、即ち巨大な菌類の菌糸が蔓延ったような入り組んだ地形の中でより細く遠くの獲物を獲得するために進化したものであると想定できる。先端になるにつれて細く針のようにとがったその爪の側面は刃物のように鋭い形状になっており、ものをつまむだけでなく切り取ることもできる。この爪を用いてフルシュカ達は植物やキノコ、あるいは小型の動物を遠くから捕獲するのだ。他のフルシュカと比較して巨体を持つドスフルシュカにおいては、この爪は非常に強靭なものとなっており、単純な採集用の部位としてではなく、敵対者を切り裂き攻撃するための武器として用いられる。
また他の鳥竜種と比較した独特の生態として、鳴き声を用いた「会話」があげられる。フルシュカ達の鳴き声は「グァガァ、ガァガァ」という風に聞こえるものの組み合わせだが、これを注意して聞いてみると、かなり複雑で長い鳴き声をしている。これもただ鳴いているだけでなく、二頭でいる時、複数体いる時、ドスフルシュカとフルシュカの組み合わせの時、それぞれ鳴き声のトーンが異なるだけでなく、特定の鳴き方のパターンが存在する。しかも群れによって頻出するパターンに若干の差異がある。これらのことから考えると、彼らはその鳴き声によって高度な会話を行っている考えられる。しかも必要最低限の物だけでなく、世間話のような会話さえ行っている可能性もある。
実際の狩りの様子を見てみよう。フルシュカ達の食性は基本的に雑食であるが、特に脂質分が好物である。長距離を移動するために脂肪をしっかりと蓄えた草食種、ビアドンはフルシュカ達にとってもごちそうだ。だが、その分厚い脂肪はフルシュカの爪をただ振るうだけでは弾かれてしまう。そこでフルシュカ達は知恵を使う。一頭のビアドンが群れからはぐれた。そこをフルシュカ達は逃さない。数頭のフルシュカがビアドンに襲い掛かる。そしてその長く鋭い爪で、ビアドンの目や鼻といった、脂肪や皮で覆われていない急所を突き刺す。残虐な戦法だが、彼らが生きていくためには必須の手段なのである。
フルシュカ達は手早くビアドンの肉体をバラバラにし、口元に咥える。自分で喰らうためではなく、群れに運ぶためである。基本的にオスのフルシュカは群れに奉仕することを大前提にして生きている。彼らは自分たちで狩った獲物を自分たちで食べるのではなく、一度群れに持ち帰ってから分配して食べるのである。そんな彼らの背後に迫る影があった。
森を抜けやや開けた場所に出たフルシュカ達。それを追いかけてきたのは本来森林に生息する大型モンスター「ズワンジア」である。甲虫種に分類されるこのモンスターは旺盛な食欲を持ち、食べ物と見たら何でも食べてしまう。その巨体は飛竜に匹敵すると言っても過言ではなく、頭部に戴いた一本の角は太く長く、フルシュカ達なら数頭まとめて貫くことができそうだ。どうやらフルシュカ達が切り裂いたビアドンの肉の臭いを探知し追いかけてきたようである。頭部の角と強靭に発達した前脚がフルシュカ達に襲い掛かる。分厚い甲殻と角が周囲の障害物を薙ぎ払いながら迫る。フルシュカ達の目の前に巨大な岩石。ひらりと身をかわすフルシュカに対し、ズワンジアはその力に任せ岩石を打ち砕く。吹き飛ばされる岩礫に打ち据えられるフルシュカ達。その痛みを受け、一匹のフルシュカが複雑な声で鳴いた。
するとズワンジアの正面にひときわ大きな影が現れた。ドスフルシュカである。見ればその背後にメスのフルシュカも引き連れている。素早い動きでドスフルシュカ達はズワンジアの周囲を取り囲んだ。とはいえ、並の飛竜に匹敵する巨体を持つズワンジアに対し、ドスフルシュカの体躯は些か以上に小さく、細い。いくら数を頼りにしてもフルシュカ達の方が不利に思えた。甲殻を鳴らし威嚇するズワンジア。
巨大な甲虫種の姿を前に、あくまでドスフルシュカは冷静だった。ドスフルシュカは両の眼で自らの群れ、そして敵を見ながら「言葉」といって差し支えのないほどの長さと抑揚を持った鳴き声を発した。
瞬間、四方八方からフルシュカ達がズワンジア相手に飛び掛かった。鋭く発達したフルシュカの爪が甲殻の隙間を狙い切りかかる。だが細かく動きを変えるズワンジアは爪による攻撃をはじき返す。多くのフルシュカ達による連撃を陽動とし、ドスフルシュカは静かにズワンジアの背面に忍び寄っていた。一層鋭く発達したドスフルシュカの爪がズワンジアの尾部に露出した尾葉を切り裂いた。するとたちまちズワンジアの動きが鈍くなり、周囲を警戒しながら地面に穴を掘り逃げ去っていった。
勝どきを上げるドスフルシュカ。すぐに群れのフルシュカ達がドスフルシュカを中心に囲み同様に吼える。一頭のフルシュカが、地面に落ちていたズワンジアの尾葉をドスフルシュカに献上した。ドスフルシュカはそれを咥え天に掲げると、そのまま嚙み砕いた。続いてオスのフルシュカ達が口に咥えた餌を族長たるドスフルシュカに献上していく。それらの餌をどんどんと口に放り込んでいくドスフルシュカ。飛び散った食べ残しにメスのフルシュカ達が群がる。オスのフルシュカ達はその間周囲を警戒している。ドスフルシュカやメスのフルシュカ達が食べ終わった後に、オスたちは食事にありつけるのだ。
しかし、フルシュカ、ドスフルシュカは生態系において必ずしも上位というわけではない。一匹のフルシュカが曇天の市街地を歩いている。その足元に鮮やかな彩度の水たまりがあった。フルシュカがその水たまりに踏み入れると、途端足元の水たまりがまるで手足のように伸びフルシュカの身体を覆った。瘴胞種「ハヨズィール」である。ハヨズィールは瞬く間にフルシュカの全身を覆いつくし窒息させる。ドロドロの粘液のようなハヨズィールの全身は移動するための運動器官であると同時に、食作用によって餌を取り込む捕食器官でもあるのだ。フルシュカと同サイズの塊となったハヨズィールはそのまま動かず、時間をかけてフルシュカを消化していく。
また、ゾルバトギリ群峰における生態系の頂点である黴灰竜モルドゥギラスとは比べるべくもない。フルシュカ達は猛毒の瘴気たる蝕霞への抵抗力は多少あるが、モルドゥギラスの翼部から放たれるドゥギラソリウムの胞子を吸い込んでしまえばたちまち眠りについてしまう。それはドスフルシュカであっても例外ではない。眠りについたフルシュカ達の群れをモルドゥギラスは決して壊滅させない。ただ数頭を捕食のために持ち去ると、それ以外の個体に致命傷だが即死に至らない程度の傷を負わせ、縄張りを主張するのである。傷を負わされたフルシュカ達は同族や別の捕食者の餌となってしまう。
最も、フルシュカ達もただやられるだけではない。今我々の調査隊の目の前でもドスフルシュカとモルドゥギラスの小競り合いが起きている。ドスフルシュカは十分に成長した個体のようだ。対するモルドゥギラスの体躯は小さく、亜成体といったところだろうか。群れを鳴き声によって高度に指揮するドスフルシュカは、多数のオス個体による連撃をモルドゥギラスに加えていた。対するモルドゥギラスは菌糸の装甲を持つ尾部による打撃や水流ブレスによりフルシュカ達を薙ぎ払う。ドスフルシュカも負けじと長爪による斬撃をモルドゥギラスに浴びせかける。瞬間、モルドゥギラスの翼部から無数の白い瘴気が溢れ出す。「竜翼黴 ドゥギラソリウム」だ。その瘴気を前にフルシュカ達は一気に距離を取る。
とそこで、ドスフルシュカと我々の目線が合った。ゾルバトギリ群峰においては現存していない人類に対し、敵かあるいは獲物かと考えたであろうドスフルシュカはその長い鳴き声で群れに指示を出す。ターゲットは今からあいつらだ、と。フルシュカ達の群れが我々調査隊に迫る。
「危ない!」
目の前に迫るフルシュカ達の爪を薙ぎ払ったのは、槍と見紛うほどの巨大な剣の一閃であった。調査隊の筆頭ハンター「シオン」である。手にした「竜忌槍 ヴァルシオン」の連撃がフルシュカ達を切り裂いた。
「とりあえず今は撤退することが吉かと」
彼女の言葉に従い、我々は一度フルシュカ達から逃げ、態勢を立て直してから調査を再開することとした。ドスフルシュカだけでなく、後ろには生態系の頂点たる飛竜モルドゥギラスも迫っている。雄大な大自然の前では、人間の力は非常に小さい。しかし危機を察知し逃げ、その後どう対処すればよいのか考えることができるのは人間の長所である。
―続―
ドスフルシュカ
種族:鳥竜種(竜盤目 鳥脚亜目 吼竜上科 フルシュカ科)
別名:暗吼竜(あんくりゅう)
危険度:☆3
生態・特徴
黒い羽毛の生えた体躯に白色の頭部が特徴的な中型鳥竜種。腕部の爪が長く発達していることが特長。これを用いて狭い場所の食物を採取したり、外敵に切りかかったりする。また、発声器官が非常に発達しており、「言語」と言っても過言ではない高度な鳴き声を用いた意思疎通を行う。オスのドスフルシュカを中心とした群れを成して役割を分担して生活している。主な生息域は温暖な気候の地域であり、高所や暑熱、寒冷な地域には生息していない。
素材
・暗吼竜の皮
ドスフルシュカの皮。柔軟で非常に黒い。
・暗吼竜の骨
ドスフルシュカの骨。軽さの割に堅牢。
・暗吼竜の長爪
ドスフルシュカの爪。長く鋭く発達している。
・暗吼竜の頭蓋
ドスフルシュカの頭部を丸ごとはぎ取ったもの。
・暗吼竜の喉
ドスフルシュカの喉。複雑な鳴き声を出すための機構がある。