地中生活を営む生物の数は計り知れない。陸上、海中と並び「土壌」圏という一つの生態系がこの世界には成り立っている。山野をフィールドワークしていても、ふと気づくと小型の生物が地面から顔を出した姿を見かけることはよくあるだろう。我々もまた常に大地を踏みしめて過ごしているように、土壌は非常に身近な生態系の一つなのだ。今回は、そのように地中で過ごす大型モンスターを紹介することとする。
ゾルバトギリ群峰の土壌の内側には瘴胞種の菌糸が無数に張り巡らされている。その土を鍬のような巨大な爪と柱のように太い角で突き崩し掘り進む巨大な甲虫種が市街地のはずれに顔を出した。「穿甲虫 ズワンジア」である。その巨体は獣竜種と比較しても引けを取らない。その頭部には非常に太く長い一本の角を備え、これをぶつけることにより硬い岩盤さえ砕く。前肢は土壌を掘り進むことに特化した円匙上の形状になっており、その巨腕の怪力を以て堅牢な土壌を掘削し道を拓く。後肢は前部の掘削能力を最大限活かすための推進装置としての役割を持ち、薄い甲殻に覆われた極太の筋肉が板バネのような形状の脚を形作っている。
強靭な甲殻と角に囲まれた頭部には、硬質な複眼といくつかの単眼、そして強靭な顎と牙を備えた大きな口を擁している。その牙の形状は槌と剣を組み合わせたような形状となっており、強靭な顎関節と筋肉と合わせることにより硬質な岩石や、無数の繊維からなる巨木であっても容易く噛み砕くことができる。体表の前部には強靭な甲殻や角を持つ一方、後部はそうした甲殻は乏しく、薄い外骨格や周囲の環境を把握する感覚器である尾葉が露出している急所となっている。
生活においては大型飛竜種などといった天敵を避けるため、地中を基本として生活している。基本的な居住圏である縦状の巣穴を基本とし、地表近くを縦横に走る食物を探すための横穴を掘って生活している。そのため、地表の一部が崩れると、ズワンジアの掘った穴が顔を出すこともあり、また他の大型モンスターの着地の拍子で崩れる即席の落とし穴となることもある。ズワンジアが地表近くに掘る穴の近くの土はやや盛り上がっており、注意して観察すればそれを見分けることは容易である。
生活中、常に地中を掘り進むために大量のエネルギーが必要なため、食性は雑食。肉や植物、菌糸根だけでなく鉱物さえ捕食対象としている。そのため、強靭な牙と顎を有し、どのようなものであっても嚙み砕けるように進化している。そうした多様な食物を消化する微生物と体内で共生し、栄養を取り出している。そうでもしないと、その巨体を維持し地中を掘り進むだけの身体を維持できないのだ。それだけに、その気性は獰猛、目に入るものは何でも食べようとし、掘り進んだ土さえ捕食対象とする。
光の届かない地中を主な生息域とするため甲虫種にしてはあまり視覚は発達していない。その分、嗅覚や触覚が発達しており、特に嗅覚の発達は著しい。巣穴の中ならば、遠く離れた場所に位置する獲物の臭いを探知でき、すぐさま襲い掛かるほどでもある。
実際の生活の様子を見てみよう。市街地を走るフルシュカの一群。数は三頭程度だろうか。ふと、一頭のフルシュカが足元の段差につまずいた。その段差は地下に広がる長大な穴、ズワンジアが掘り進めた穴であった。穴に落ちたフルシュカは地表に這い上がろうと跳躍を繰り返すが、深い穴の底から地表までは届かない。途方に暮れるフルシュカの胴体を巨大な角が貫いた。ズワンジアがその嗅覚でフルシュカの存在を探知し、襲い掛かったのだ。ズワンジアの甲殻が振動し、異様な咆哮が響き渡る。それを聞いてか、残されたフルシュカ達は全速で逃げていく。その鳥竜種の頭上を、一本角の巨体の影が飛び越えていく、ズワンジアがその脚部の跳躍力を活かし跳躍したのだ。虚を突かれたフルシュカ達は散り散りになって後ずさりする。そのズワンジアに比較して矮躯を強靭な前肢が潰すように掴み、口元に運んでいく。フルシュカの最期のあがきも何の意味もなさない。甲虫種の重厚な外殻を支える発達した筋力がフルシュカを力づくで捕らえ、捕食していく。一通りの捕食行動を終えたズワンジアは、静かに巣穴の中に戻っていく。更なる捕食行動のためである。ズワンジアが掘り返した土が、崩れた巣穴を覆い隠していった。
ズワンジアは必ずしも巣穴に落ちたものだけを獲物とするわけではない。むしろその生活において常に能動的に狩りを行っている。掘り起こした土壌はそのまま食事となるが、栄養価に乏しく、常に土壌を掘り進むだけのエネルギーとするには心もとない。ゾルバトギリ群峰の土壌に豊富に含まれる瘴胞種の菌糸は鉱物より栄養価は高いが、特殊な毒性を持ち筋肉や神経にもたらす興奮効果が著しい。特に地表に露出した瘴胞種「ハヤシダンゴ」などは作用が強く、高速で移動した後などに摂食している様子がよくみられる。単純な栄養補給として優れているのは動植物全般になる。植物については掘削中に木の根を削り取るようにして捕食する。
動物においてはビアドン、フルシュカといった小型モンスターやドスフルシュカといった中型モンスターを好んで捕食する。ビアドンの豊富な脂肪分は常に掘削などの運動をし続けるズワンジアにとって好ましい栄養分だ。ドスフルシュカが率いる大きな群れは、その高度な知能をもってズワンジアの撃退に成功することがまれにあるが、数頭程度の規模ではあっさりとズワンジアに捕食されてしまう。ズワンジアの跳躍力や突進力の前では、弱点である側面や背面を取ることができず、またフルシュカの爪や嘴ではズワンジアの甲殻に有効打を与えられないからである。
危険ではあるが、シェヴルー達はズワンジアが掘り進んだ巣穴を天然の落とし穴として狩猟に利用することがある。シェヴルーの一団が草食種であるビアドンを追い立てている。ビアドン達の後ろからシェヴルー達がズワンジアの巣穴に向けて誘導していく。時に石を投げたり、先回りしながら、的確にビアドンを穴に向かわせていく。
一頭のビアドンが穴の中に落ちた。その瞬間をシェヴルー達は見逃さない。手にした槍を突き刺し、手早くビアドンを仕留めると、そのまま巣穴からすぐに持ち上げた。ズワンジアの発達した嗅覚は既にビアドンの血の匂いを感じ取っているはずだ。ここでモタモタしていたら、自分たちも諸共餌になってしまうことをシェヴルー達は知っている。そのためビアドンを持ち上げると早々と巣穴の近くから立ち去っていった。
数刻後、ズワンジアが巣穴の中から顔を出した。嗅覚が捕らえた餌の臭いの元が何もないことを確認すると、そのまま巣穴の奥へと戻っていった。
このように危険でこそあるが、ズワンジアの巣穴の痕跡はシェヴルー達にとって分かりやすく、また穴に落ちた食物を探知し襲い掛かるという単純な生態であることから、狩猟活動などにも利用されることもある。最も、いつ襲われるか分からない命の危険と隣り合わせではあるが。
万が一逃げ遅れた、襲われた場合にはどうするのか、とシェヴルー達に尋ねると彼らは腰に下げたポーチから彼らの手ほどの大きさ、人間の頭よりやや小さい程度の丸く整形された泥の塊を取り出した。こやし玉である。その悪臭はすさまじく思わず顔を背ける程である。聞くと、ズワンジアはその嗅覚が発達しており、このこやし玉を投げると即座に退散してしまうということである。もしこやし玉の手持ちがない場合、出来る限りズワンジアの横側に立ちながら逃げるべきだという。ズワンジアの正面側の感覚はあまり発達しておらず、感覚器は後部の尾葉に頼る部分が大きい。その両方の感覚の認識の死角となる横側に立つように逃げることが生存率を上げることにつながるという。しかし、ズワンジアの強靭な脚力がもたらす跳躍の前では常に側面を取ることは困難を極める。もし、正面に立ってしまったら、その巨大な角と前肢の力によりその肉体の形をとどめることはできないだろう。
ズワンジアの気性は非常に荒く、他のモンスターに対し積極的に攻撃を仕掛ける風景が見られる。ドスフルシュカといった中型モンスターはもちろんのこと、大型のモンスターにも遭遇した場合恐れることなく攻撃を仕掛ける。地表に顔を出したズワンジアの嗅覚がふと不快なにおいを捉えた。その硬質な複眼に映るのは空を行く巨大なキノコのような瘴胞種「サマニタリア」である。気球のように膨れ上がった傘部から伸びる巨大な網の様な鞭毛が力強く回転し、大気を飛ぶ推進力をその巨体に与えている。その飛行高度は我々人類が使う気球と遜色ない高さまで上昇できるのだが、この個体は地表近くを悠々と飛行していた。サマニタリアのような大型瘴胞種が出す胞子のにおいを、ズワンジアは本能的に嫌う。ズワンジアを始めとする一般的な動物の神経系に作用し、神経機能の鈍化をもたらす成分を多く含有している胞子のにおいだからである。その毒素の含有量は蝕霞症候群をもたらす蝕霞胞子に次ぐ。
だが、ズワンジアにとってサマニタリアは天敵ではない。なぜならば飛行する巨大なその瘴胞種サマニタリアは他の生物に対し、能動的な捕食活動を行わないためである。捕食者でないならば単なる外敵でしかない。そのため、ズワンジアは自己の二倍以上の巨躯を持ち、飛行するそのモンスターに対し臆することなく戦いを挑むのだ。単純に「嫌だ」「追い払いたい」といったごく単純な理由である。
空を飛ぶ巨大なサマニタリアを前にし、地上に全身を現したズワンジアは後肢を二度三度屈伸させると、背中に折りたたまれた翼をゆっくりと広げた。ズワンジアはその全身に力を籠め、渾身の力で「飛翔」した。翼が力強く振動し空気を裂いていく。その巨角は真正面のサマニタリアを捉えている。一閃、ズワンジアの角がサマニタリアの推進装置である鞭毛群を切り裂いた。体勢を崩したサマニタリアは体内からガスを噴き出しいずこかへと飛び去っていく。その姿を確認せず、ズワンジアは巣穴の中に戻っていった。
気性が荒く動くものと見るや攻撃を仕掛けるズワンジアであるが、モルドゥギラスといった大型飛竜種のように、生態系上位に位置する生物には基本的に歯が立たない。近くにその存在を認めると、ほぼ確実に逃走するが窮地に追い込まれた場合、サマニタリアなどに行うような飛翔しての威嚇を行い、そのまま跳躍して逃げるのである。しかし、モルドゥギラスにとってはズワンジアは単純な獲物でしかない。堅牢な甲殻はモルドゥギラスにとっては、わざわざ嚙み砕き摂食するのは非効率的であり、ビアドンやフルシュカといった他の獲物と比較し優先的に狙う獲物ではなく、基本的に追い払う程度でとどまる。捕食する場合はズワンジアの頑丈な甲殻を握り潰し、肉や体液を絞り出して摂食する。
ズワンジアが生息の基本とするゾルバトギリ群峰の土壌圏には植物や他の動物以外にも数多くの瘴胞種が根を張り蔓延っている。その中には他の生物に共生あるいは寄生する種が存在している。小型の緑藻と共生しゾルバトギリ群峰の瘴気を浄化する瘴胞種「ヒゲヅラゴケ」が一例である。そうした種の中にはズワンジアに寄生する瘴胞種がシェヴルー達からの証言で示唆されている。現在の調査では存在を確認できていないため、今後の調査に期待である。
ー続ー
ズワンジア
種族:甲虫種(甲虫目 食雑亜目 ズワンジア科)
別名:穿甲虫(せんこうちゅう)
危険度:☆4
生態・特徴
巨大な角と発達した後肢が特徴的な甲虫種。地中を主な住処とし、常に土を掘り続けている。エネルギーの消費が激しく、それを補うために口に入るものを全て餌とする。性質は非常に獰猛であり、動くものと見るや捕食しようと襲い掛かる。また、巨大な翅を用いて滑空に近い飛行をすることが可能。
素材
・穿甲虫の甲殻
ズワンジアの全身を覆う頑丈な甲殻。
・穿甲虫の重甲殻
ズワンジアの頭部近くに発達した甲殻。岩のように堅牢。
・穿甲虫の巨角
ズワンジアの頭部に生えた一本の角。非常に硬く鋭い。
・穿甲虫の爪
ズワンジアの前肢に生えた鋭い爪。土を掻き出すときに使われる。
・穿甲虫の翼翅
ズワンジアの翅。薄いが弾力性があり破れにくい。
・剛強な後肢
ズワンジアの後肢。板バネ状に発達しておりこのまま機械機構の一部として使われることもある。