ゾルバトギリ群峰において初めて確認された種「瘴胞種」。カビやキノコに似た形状だがその規模は巨大なものが多く、とりわけ大きなものだと大型モンスターがその上に乗ってもなお余るような群体を形成するものもある。さらに、その規模をもって自立移動する種までいるというのが驚きだ。我々調査隊が「黴灰竜 モルドゥギラス」と並び最初期に遭遇したモンスター「漂浮茸 サマニタリア」もそうした、自立して動く大型瘴胞種の一種である。
その「サマニタリア」の形状はまるで茸でできた気球と形容する他ない。膨れ上がった傘部は歪に積み重なり盛り上がり、中心の柱のように太い軸からは非常に長く網のような形状になった鞭毛と触腕がずらりと垂れ下がっている。巨大な傘部の内側はいくつもの袋のような構造「瓦斯連袋」が見受けられ、ここに浮遊のためのガスを溜め込んでいる。身体下部に垂れ下がった網状の鞭毛「鞭網索」は浮遊時に高速回転することで強大な推力をもたらしている。表面の各部には自在に開閉する襞のような器官があり、そこからガスを噴き出すことで空中での姿勢制御を行う。数本ほどの太い触腕は鞭網索の補助的な働きや、外敵を追い払う機能を持たされている。
一般的な寄生するタイプの瘴胞種は基本的に寄生先が決まっている。例として、モルドゥギラスに寄生する瘴胞種「ドゥギラソリウム」はモルドゥギラス以外の飛竜種に寄生することは無い。サマニタリアがそうした他種と比較して特殊なのは、そうした寄生型の瘴胞種でありながら、寄生先を選ばずに生育できるということである。菌糸を伸ばしたサマニタリアの胞子は生育に適した風通しの良い場所、栄養の豊富な場所に落着すると、続々と菌糸を多方向に伸ばしながら周囲の栄養を摂取していく。そうしながら次第に自己の子実体を肥大化させていく。無数の菌糸を編み込むことで巨大で複雑な生体器官を作り出し、巨大な瘴胞種モンスター、サマニタリアの姿を形成していくのだ。
サマニタリアは寄生した苗床、即ち動植物の遺骸を栄養摂取に伴い腐食させていくと、それによって生じた腐敗ガスを「瓦斯連袋」にどんどん溜め込んでいく。そのガス量が自己を浮遊させるに至る段階に至った時、苗床との寄生部を自切し、巨体を宙へと浮かばせる。サマニタリアが胞子の段階から成長し、飛行に至るまでは十年以上の時間を要する。ゆっくりと時間をかけて成長したサマニタリアの巨体は大型飛竜種を凌駕する体躯にまで肥大化することもある。体内の瓦斯連袋に腐敗ガスを大量に溜め込んだサマニタリアは、その浮力によって飛行し、巨大な鞭網索を振り回して推進力を得ながら空中から大量に胞子をばらまくのだ。
だがその飛行は浮遊と言って差し支えなく、飛竜種や大型鳥竜種の飛翔とは一線を画す。飛竜種などの飛行はその翼を用いて三次元的に飛行し、敏捷性に優れるものである。しかしそれに対し、サマニタリアの浮遊は移動速度という点では高速で飛行する飛竜に対し鈍重と言っても過言ではない。その軌道は直線的であり、小回りはあまり効かない。一方で身体を空中に浮かべる力を腐敗ガスに頼っているが故体力消費がなく、常に翼を動かし続ける飛竜や鳥竜種と比較して長い航続距離を誇る。だがスタミナが回復すればさらに飛行できるそれらに対し、貯蔵したガスが尽きてしまえばサマニタリアは墜落するしかない。
サマニタリアが飛行する高度は基本的に高く、陸生の生物のうち、飛行を得意とする一部が生息域とするような場所である。その領域は人間の高層建築は言うに及ばず、小山の標高程の高さと言って差し支えがない。だが、ゾルバトギリ群峰においてはそのほぼ全域が高山帯であるため地表付近においてもサマニタリアの姿を確認できる。そこに生息するサマニタリアは、鞭網索や触腕を巧みに扱いながら入り組んだ森林を飛行していく。その過程で地表付近に生息するモンスターと遭遇することも多い。
市街地の端を走っていた数頭のフルシュカ達がその黒い目にサマニタリアの姿を認めた。地表にほど近い低空を触腕を用いてゆっくりと移動している。その内側のヒダからは胞子を吹き出している。サマニタリアの胞子は生物の神経伝達を阻害する作用を持ち、その毒性は蝕霞胞子には大きく劣るが決して無視できるものではない。胞子を吸い込んだフルシュカ達が呻きに近い鳴き声を上げる。地面に倒れ伏したフルシュカ達を、しかしサマニタリアはどうこうするわけではない。ただゆっくりと周囲を漂うだけである。サマニタリアは他の捕食者のような捕食行動を行わないため、獲物を能動的に襲い、摂食するということは基本的にない。
だが、自分が襲われた場合はその限りではない。倒れたフルシュカ達の後ろから群れの長たるドスフルシュカが姿を現した。サマニタリアのその巨体に縄張りを侵されたと考えたか、大声でけたたましく吠える。その声に応じてドスフルシュカに率いられたフルシュカ達の群れがずらりと現れた。フルシュカ達はサマニタリアの周囲を取り囲むと、ドスフルシュカの号令で一気に襲い掛かった。フルシュカ達の鋭い爪がサマニタリアの表皮に傷をつけていく。だが、サマニタリアはそのダメージを意に介さず浮遊している。サマニタリアをはじめとして瘴胞種は、基本的に他のモンスターと同様の神経組織を有しておらず、ゆえに痛覚を持たない。そのためダメージを無視して行動ができるのだ。
攻撃を仕掛けるフルシュカ達をサマニタリアの触腕が力強く薙ぎ払った。地表の土ごと吹き飛ばされるフルシュカの群れ。さらに、サマニタリアは鞭網索を高速で回転させ、ドスフルシュカに向け突進する。辛うじて避けることに成功したドスフルシュカであったが、サマニタリアの突撃の衝撃は地表を抉るほどで、市街地の建物が崩れた。たまらず、ドスフルシュカはじめフルシュカの群れは退散していく。それをサマニタリアは気に留める様子もない。一際大きくガスを噴き出すと、高空へと飛び去っていった。
ところで、サマニタリアはなぜこのように飛行する進化を遂げたのだろうか。これは全くの推論だが、サマニタリアが放出する胞子は他の瘴胞種のそれと比較して遥かに大きく、そして重い。その胞子をより遠くに届けるため、子実体そのものを浮かべて飛行しようという進化に至ったのではないだろうかと予想する。地域全体が高所であるゾルバトギリ群峰では、飛行前でも十分な高度が確保されている。そこからさらに生息域を拡大するために、陸上だけでなく空に活路を求める進化を遂げた姿が、現在のサマニタリアの姿なのではないだろうか。陸上に比べ空中を生息域とするモンスターは非常に少ない。敵の多い陸上を移動するよりも、空中を移動する方が、外敵に襲われるリスクを減らし、また空中から胞子を散布することでより広い範囲に生息域を広げることができる。ゾルバトギリ群峰で独自の進化を遂げた種である瘴胞種の代表的な存在と言えよう。
だが、その代償としてサマニタリアが成長に要する期間は十年単位の長さである。その間一切動くことはできず、また自衛のための触腕や鞭網索なども形成されていないため、無防備な身体を晒すことになる。成体ほどの毒性も有しておらず、むしろ他種の餌となることも多い。ようやく小さな子実体を作り始めたサマニタリアに一頭のビアドンがかぶりついた。成長途中のサマニタリアは動植物の遺骸を苗床とする分解者であると同時に、そこから取り出した栄養を貯蔵する高純度の餌でもあるのだ。ゾルバトギリ群峰に生息するモンスターの中には、サマニタリアの幼体をそうとは気づかず食しているものも多い。
サマニタリアが主たる生息域としている空中であるが、大型飛竜種のような頂点捕食者が多く生息する領域でもある。ゾルバトギリ群峰においては黴灰竜モルドゥギラスがその筆頭として挙げられる。そうした狂暴な飛竜種に対し、サマニタリアはどのように対処しているのであろうか。
空を飛ぶ一頭のモルドゥギラスの前に、雲の中からサマニタリアが現れた。縄張り意識の強いモルドゥギラスであるが、サマニタリアのその巨体を前に、その怒りの感情を隠しきれず咆哮する。手始めにその両翼から毒性の瘴胞種「ドゥギラソリウム」を放出するが、肺や血管を持たず、刺激の伝達が動物とは異なるサマニタリアには効果がない。両翼をはばたかせたモルドゥギラスに反応し、サマニタリアの鞭網索がより一層激しく回転した。加速。その巨躯を以てサマニタリアはモルドゥギラスに突撃する。その凄まじい質量を受けモルドゥギラスの身体は吹き飛ばされるが、瞬時に態勢を整え、空中で距離を取る。
モルドゥギラスは口から水滴を霧のように放ち、ドゥギラソリウムと反応させ周囲を霧に包む。サマニタリアは動物同様の視覚を持ってはいない。故に、モルドゥギラスのこの行動は自らの姿を隠すための物ではなく、周囲に水滴を放つことでサマニタリアの独自の感覚器官を混乱させようという攻撃手段の一つなのである。モルドゥギラスを見失ったサマニタリアは周囲に鞭網索を振り回し、独楽のように動きながら攻撃を仕掛けるが、その打撃は空を切るばかり。回転を続けるサマニタリアを突然大きな衝撃が襲う。モルドゥギラスが吐き出した高水圧の水流ブレスが、サマニタリアの傘部を貫いたのだ。貫かれた表皮からはガスが噴出している。
サマニタリアはそのまま体勢を崩し墜落していき、分厚い雲の中に姿を隠した。それを見届けたモルドゥギラスは、サマニタリアを追いかけはしない。成体のサマニタリアは幼体時に溜め込んだ栄養分をすべて胞子の維持と放出のために充てているため、わざわざ捕食するメリットはない。そのためモルドゥギラスは撃退したサマニタリアをそのまま捨ておくだけである。
このように、大型の瘴胞種であるサマニタリアであっても、成熟したモルドゥギラスに対して基本的には生態系内においては下位となる。だがしかし、十分以上に成長しきったサマニタリア、まだまだ幼体のモルドゥギラスといったように生物サイズに極端な差がある場合、その力関係は逆転しえる。我々調査隊が初めて発見したモルドゥギラスとサマニタリアがその一例である。サマニタリアは未成熟個体のモルドゥギラスから受けるダメージを意に介さず、圧倒し片眼を奪うに至った。直後、より成熟したモルドゥギラスの個体にこそ打倒されたが、大型瘴胞種の生態系における位置関係を十分に示唆する事例と言えよう。
ところで、サマニタリアに我々人類が接触した場合どのように対処すればよいのだろうか。動物と同様の痛覚や感覚器官をもたず、またその挙動もまるで異なる生命体への対処は、名を馳せたハンターであっても困難なように思える。実際に相対したハンターによると、音爆弾や閃光玉、こやし玉などは投げつけても効果が見られなかったようである。常に浮遊しているため落とし穴といった地表に設置するタイプのトラップは効かない。そのため、通常のモンスターの狩猟とは大きく異なる立ち回りを余儀なくされる。
熟練のシェヴルーによると、体表に存在する大きなふくらみは皮が薄く、その下部に瓦斯連袋が存在しているため、そこを破壊すると、大きく体勢を崩すため戦いやすくなるということだ。また、鞭網索はその二つ以上を破壊すると飛行することができなくなり、地表に落ちてくるので討伐がしやすくなる。
これらを総括すると、ゾルバトギリ群峰における地形の立体性を活用し、サマニタリアをその高空から引きずり下ろすことがまず第一に重要である。幸いにも、広範囲が高山帯に位置するゾルバトギリ群峰においては、サマニタリアの飛行域も相対的に低いものとなる。そのため、サマニタリアというモンスターだけでなく、周囲の地形にも気を配った立ち回りが狩猟のために肝要であると言えよう。
―続―
名称:サマニタリア
種族:瘴胞種(瘴胞目 造茸下目 ニタリア科)
別名:漂浮茸(ひょうふだけ)
危険度:☆4
生態・特徴
風通しの良い場所を好んで生息する瘴胞種の一種。寄生先を選ばず、菌糸を伸ばし周囲の動植物からもエネルギーを得る。菌床を腐敗させ、その腐敗ガスを子実体の内側に溜め込み、気球のように飛翔する。この状態で空を浮遊しながら胞子をばらまく。形成する菌糸は鞭網索と呼ばれる強靭な触手状の器官になっており、これをスクリューのように回転させ推進力を得る。
素材
・漂浮茸の触腕
サマニタリアの下部に垂れ下がった触腕。
・漂浮茸の裂襞
サマニタリアの傘部の下に揃ったヒダ。
・漂浮茸の長柄
サマニタリアの全身を支える強靭な柄。柱のように太い。
・瓦斯連袋
腐敗ガスを溜め込む袋状の器官。
・鞭網索
網状に組み合わされた太い菌糸。頑丈。