悠久の賢者ベネディクトゥスはそろそろ死にたい   作:エテンジオール

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A15.だってピンチになる前に解決しちゃったら誰もヒーローの活躍がわからないじゃないっ!

 師匠への報告を済ませると、今回は大変だったねと言って師匠はわたしにご飯を作ってくれた。普段作ってくれる、食べると体調が悪くなるものではなく、今日のはただ美味しいだけのものらしい。師匠も普通のご飯を作るのだなと不思議な気持ちになったが、考えてみれば子供たちに食べさせているのは普通のものだと言っていた。わたしは強くならないといけないから、それ用のメニューをわざわざ作っているのだとか。協力してくれることも、わたしの目的のことを一番に考えてくれることもありがたいけれど、たまにはやっぱり普通のものを食べたい。

 

 そうして師匠が出してくれたのは、テトラも大好きだというオムレツ。普段食べている卵とは味の濃さが全然違ってびっくりした。なにか特別な作り方があるのかと聞いてみると、素材に拘っているのだと教えてくれた。きっと師匠くらいの立場になると、わたしではお目にかかれないような高級食材が定期的に手に入るのだろう。考えてみれば、食べるだけで多少とはいえ強くなれるなんて食材も、他では聞いたことがない。

 

 一体自分が何を食べているのかは少し気になったけれど、今はそんなことよりも目の前の美味しいご飯だ。テトラと一緒に美味しいねと言いながら食べているこの時間は、少し前の自分の失敗なんて忘れてしまうほど幸せな時間だった。

 

 

 たったそれだけで沈んでいた気持ちが元に戻る自分の単純さと、きっとそこまで見越してご飯を作ってくれた師匠の思いやり。師匠の手のひらの上だなと思いながら、その事がうれしかった。だってそれは、師匠がそれだけわたしのことを知っていて、わたしのことを考えてくれているということだから。なんだかんだでわたしのことを気遣ってくれる師匠のことが、わたしは好きだ。

 

 気を取り直して、師匠に次の仕事をもらう。次のものは今回のものみたいに前もって色々説明されていないから、きっといつも通りのもの。内容もそこまでおかしなものではなく、いつも通りなんの意味があるのかわからないものだ。。

 

 

 

 実際に行って戻ってきても、何も起きなかった。それはそうだ、これまで何度もやってきて、一度しか起きなかった出来事がそんなに連続で起きるわけがない。考えてみれば当然のことだけど、この時のわたしはもしかしたらと無駄に緊張していた。

 

 それが完全に無駄になって、次第に何も起きないいつも通りのものに慣れた頃、今までで一番深刻そうな顔をした師匠がわたしを呼出す。

 

「アリウム、大義のために、たくさんの人を守るために、人を殺す覚悟はあるかい?」

 

 頼み事な説明より前に、真っ先に聞かれたのはそんなこと。この質問だけで今回の頼み事がろくなものじゃないことがわかる。考えるまでもない、こんな質問に続く頼み事が、まともなはずがないのだから。

 

 それでも、どんな内容だったとしても、師匠がわざわざわたしに話を持ってくるということは、師匠がやるわけにはいかないことで、今できる人がわたししかいないことなのだ。

 

 それに、もしやらなかったらきっと大変なことになるのだろう。自分のためでもなく、復讐のためでもなく、師匠がわたしに言ったのは大義のため。たくさんの人を守るため。そのたくさんの中にわたしの大切なものが含まれているのであれば、切り捨てるものにわたしの大切なものが含まれていないのであれば、きっとわたしは罪悪感を抱きながらそれができるだろう。

 

 そう伝えると、師匠は申し訳なさそうに、けれども少し安心したように、目的を話してくれた。

 

 今回の目的地は、以前あの女性と遭遇したあの遺跡。そこで魔王の信望者がよからぬ儀式を行っているから、それを止めてほしいというもの。それがどうして人を殺す覚悟の話になるのか、それを聞いた時点ではわからなかったが、その続きに答えがあった。

 

「今回行われている儀式は、私の知っている通りのものであれば一週間に渡って行われるものなのだけれど、時間をかける理由はより効果を高めるためなんだ」

 

 だから、なるべく早い段階で止めなくてはいけないのだと師匠は言う。止める手段は連れて帰って、かけられた呪いを解ければ一番。それが無理そうなら、なるべく贄の子が苦しまないうちに殺さなくてはいけないのだと。その苦しみの分だけ、災いが撒き散らされることになるのだと。

 

 最悪は、儀式が完遂してしまうこと。次点で、生贄の子が魔王のしもべに変えられてしまうこと。だから、ダメだとわかったらすぐに終わらせてあげなさいと言われた。儀式が進んだ贄は、魔王のしもべの素体としても優れているから強いものになるのだと。

 

 師匠にはわかったと伝えて、すぐに遺跡に向かう。少しでも早く止めないといけないのであれば、のんびり話をしている暇も惜しい。

 二日ほどかけて、悪い意味で思い入れがある遺跡に着く。

 

 儀式を行っていると師匠は言っていた。そして、その儀式には供物がいるとも。ということは、それを捧げた人間が必ずいるはずで、放置するだけで終わるものでなければ、当然その近くには人がいるはずだ。

 

 この時点で、わたしが警戒しているのは以前の女性。魔王の信望者をあの人しか知らないから仕方がないことだけれど、その呼び方で出てくる人があの人だから、つい悪い方に悪い方にと考えてしまう。

 

 もしかしたら、あれよりもっと強いひとがいるかもしれない。もしかしたら、信望者の中ではあれくらいの実力が平均なのかもしれない。もしかしたら、あれでも弱い方なのかもしれない。

 

 少なくとも、今回待ち構えている人達は弱いだろうなんて希望的観測に任せて、油断する気にはなれない。

 

 だから、遺跡にはいる時にはできるだけ自分の存在が周囲にバレないようにするため、学園で習った潜入方法を使ってはいる。斥候をやっていた三毛にも褒められたことがある、油断している相手にはまずバレない仕上がりのものだ。

 

 儀式の場所は以前の場所と同じだと聞いていたので、そこまで隠れながら進む。もし可能であれば、儀式の最中、油断しているところを後ろから一突きで仕留めたいからだ。魔王の信望者が相手なのであれば、わたしはあらゆる非道を働く覚悟をしていた。もし相手が一人なら、仕留めてさえし待てば生贄のことは無事に連れて帰ることができる。師匠の提示した最高の条件、狙えるのならば狙っておくに越したことはない。

 

 けれど、そんな気持ちで忍び入ったわたしの想像に反して、そこに居たのは生贄と思われる少年一人だけだった。苦しませるためだろう、沢山痛めつけられた痕がおびただしく残っている白い肌と、付け根のすこし先から全部無くなっている四肢。

 

 見かけだけで言えばわたしよりもまだ若いし、わたしの成長不良はおそらく個人の理由が大きい。ということは、この子はテトラよりも幼いくらいの、子供なのだ。

 

 そんな年頃の子供が、もっと大切に守られて叱るべきな子供が、そんなひどい目にあっている。誰もおらず、少年と祭壇以外は何も無い部屋の中で、一人四肢を杭で固定されたまま、小さな嗚咽を漏らしている。

 

 感情移入なんてするべきじゃないとわかっていたのに、自分で自分を止められなかった。最高の結末にはならなくても、この時点で殺してしまえば次善策にはなるのだ。リスクを抑えることを優先するなら、今すぐこの子を殺してしまうべきだ。

 

 なのに、頭ではわかっているのに、この子を助けたいと、助けなくてはいけないのだと体が勝手に動き出す。わたしが息を飲んだ音を聞いてしまったことで叫び出した少年を落ち着かせるために駆け寄って、背中をさせる。その姿が、小さい時の長男、2番目の子のジエンとよく似ていたからだ。

 

 自分がしっかり守れなかった子供と似ているこの子のことを、わたしは自分で終わらせる勇気が持てなかった。それでも、まだ間に合うと思ったから良かった。間に合いさえすれば、途中経過がどうだったとしても関係ない。大切なのは結果なのだから。

 

「お姉ちゃん、たすけて……」

 

 そのままなんとか落ち着かせることが出来て、つけられていた目隠しを外すと、男の子はわたしの顔を見てそう言った。お姉さん、ではなく、お姉ちゃん、なのは、わたしの見た目が幼いままで止まっているからだろう。わざわざ訂正する必要も無いので、助けてあげるからお姉ちゃんにあとは任せてと請け負う。

 

 とりあえず出血は早めに止めておくべきだから、最初にしたのは回復魔法をかけること。これさえしておけば、連れて帰る途中で出血死なんてことにはならない。切られてしまった手足は、焼き固められてしまっているのでわたしにはどうすることも出来ないから、無事に帰れたら師匠にお願いしよう。きっとどうとでもしてくれるはずだ。

 

 少年をいつでも運び出せる状態にすれば、あとは逃げるだけ。……なのだけれど、近付いてくる足音が聞こえるので、きっとそう簡単にはいかないのだろう。危ないかもしれないからじっとして待っていてと少年に伝えれば、それにタイミングを合わせたように入ってきたのは、よくわからない道具をたくさん抱えた以前の女性。何に使う道具なのかはわからないけど、ロクでもないことに使うであろうことは間違いない。

 

 その女性はわたしの姿を捉えると、先程まで大切そうに抱えていた道具を辺りに投げ出して、すぐに戦闘態勢に移る。わたしが相手だから特段警戒しているのか、相手が誰であろうとここに来た人間だから警戒しているのかはわからないが、どうせなら油断してくれればいいのにと思う。普段いらないところではこの見た目のせいで軽く見られるのに、こういう時に限って役に立たない。

 

「……またお前か。あの方に特別目をかけられているからって調子に乗って」

 

 あの方、とやらは、きっと魔王のことだろう。これっぽっちもその事で調子に乗っているつもりはないけれど、この女性から見たらそのように見えるらしい。というかそれよりも、魔王の信望者から、わたしが魔王に目をつけられているという証言を取れた方が大きいかもしれない。これまではその可能性が高い、というものだったのが、確実になったのだから。

 

 もっと色々と、信望者の裏事情とか話してくれることに期待しながら待ってみたが、余計なお喋りを楽しむつもりはあまりなかったらしく、すぐに戦闘に入る。

 

 以前は一方的に手玉に取られるだけだったけれど、師匠にお願いして空き時間に稽古をつけてもらったおかげもあってか、多少マシにやり合えるようにはなっていた。とはいえ、向こうの方が優位であることに変わりはなければ、わたしが少年を守らないといけないハンデをおっていることもある。

 

 ここで、守ることを諦めてしまえば、そうすることが出来ればきっと楽なのだろう。確実に師匠の頼みを果たすことが出来て、安全なのだろう。それでも、わたしのことを心配そうに見つめるこの子のことを殺すなんてことは、わたしにはできなかった。頭の一番冷静な部分ではそうすることが一番だとわかっているのに、そうする決心がつかなかった。

 

 きっと、師匠がわたしに問いかけたのは、この事だったのだろう。罪のない命を、守りたいと思ってしまう命を、理性的に奪えるかどうか。必要ならば子供の命でも奪えるのかという問いかけ。師匠はここまで読んでわたしを向かわせたのだろうか。もしそうなら、あまりにも言葉が足りていなくて、残酷な頼み事だった。師匠があそこまで言いにくそうにしていたのも最もだ。

 

 それでも連れて帰りたくて、生贄なんかで終わらせてしまいたくなくて、目の前の女性に挑み続ける。途中から動きが変わって、見覚えのある何かを持っているのが見えたので、それを使わせないように立ち回る。

 

 それは、以前魔王のしもべを作り出したものと同じように見えた。わざわざ偽物を用意しておく意味なんてないだろうから、きっと本物だ。ということは、それを打ち込ませてしまったら、少年はもう助けられなくなってしまう。

 

 わたしが露骨に少年を守る動きに変わったからか、女性の攻めは増す一方だった。何とか防いではいても、限界は来る。このまま女性を倒し切ることは、わたしにはできない。そうわかっているのなら早く少年を終わらせてあげないといけないのに、化け物になるよりもそちらの方が少年の、そしてみんなのためになるとわかっているのに、わたしにはその罪を背負う覚悟ができなかった。

 

 

 できなかったから、わたしの目の前で少年は変わり果てた姿になった。魔王の血を撃ち込まれて、全身の紋様から黒いモヤを出したかと思えば、無くしたはずの手足を生やす。そのまま苦しそうに体を膨張させて、内側から盛り上がる黒い肉に飲み込まれるようにして、化け物に生まれ変わる。

 

 完全に面影が無くなるまでわたしに助けを求めながら、少年は化け物になった。こうしないためにもわたしは終わらせてあげないといけなかったのに、そうすることが出来なかった。わたしの同情が、この子のことを必要以上に苦しめることになった。叶わない希望を持たせて、苦しみの中で失わさせることになった。

 

「なんでいつも邪魔ばかり。お前ばかりあの方に愛されて、お前のせいで私は愛してもらえない。私の方があの方のことを思っているのに。尽くしているのに。ねぇ、私とお前の何が違うの、お姉さま」

 

 儀式を途中で切り上げなくては行けないことに苛立ったのか、頭を掻きむしりながら女性が何かを言う。すごく大切なことの、重要な情報のはずなのに、今のわたしにはそれを受け入れる余裕がなかった。目の前で成り果ててしまった少年のことしか、考えられなかった。

 

 面白くなさそうに舌打ちをした女性が、わたしを狙うことすらせずに逃げる。もうここにいる意味が無くなったからだろうか、理由はわからないけど、二対一は無理なので助かる。魔王のしもべの習性を考えたら、もしかすると一対一対一になるのが嫌で逃げただけかもしれないが。

 

 そのまま少年だったものを終わらせる。魔王のしもべとしては、師匠が言っていた通り、これまでのものの中で一番再生能力や破壊力が強くて、厄介だった。全身ボロボロになりながら何とか倒しきって、真っ黒な塵になって崩れていくその様を見送る。

 

 わたしが間違ったせいで、この子は遺髪の一本も残すことができなかった。無理だとわかっていたのに、手にかけることを躊躇ってしまったから、生きていた証まで奪ってしまった。

 

 これは、わたしの罪だ。わたしが背負わなくてはいけない、失敗の証。もう、こんな思いはしたくなかった。

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