悠久の賢者ベネディクトゥスはそろそろ死にたい   作:エテンジオール

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 A22と併せて完成します(╹◡╹)



Q22.なぜ、こんなに酷いことをしたのに、泣いているんですか?

 最後の舞台として私が選んだ場所は、お約束通りと言うべきか始まりの場所。私とアリウムちゃんの物語が始まった場所で、アリウムちゃんの苦しみが始まった、焼き払われたエルフの里の跡地だ。やっぱり、始まりの場所と終わりの場所は一緒の方が、気が引き締まるだろう。因縁の場所、と言うやつだね。

 

 と、ここまで存分にふざけ通してきたけれど、このままではいけないね。愉快犯としての最後なら最後までふざけ続けるべきだし、努力を嘲笑うべきだけれど、あいにく私は自分が許せなくなるために、これまでやってきたのだ。心が持たないから途中はあえて外道ムーブをすることで自分を守ってきたけど、もうそれも必要ない。

 

 自分のことを省みて、心に倫理観を付け直す。目を逸らしていた自分の傷に、意識を向ける。あれほどまで無垢に私を信じてくれた、あの幼い子供を、ここまで苦しめた。どうしたらあの子がより苦しむかだけを考えて、周りの全てを利用した。

 

 ただ()の役に立とうと頑張っていた子供たちを、道具として使い捨てた。ネズミを掛け合わせるように増やして、より強くするために殺し合わせて、努力に報いず、利用だけして捨てた。その結末を悲しむことすらしてあげられなかった。

 

 私を先生と慕い、信頼してくれた子供たちを苦しめて、化け物に作りかえた。それを悲しむこともなく、切り分けた体は他の人に食べさせた。

 

 みんな、私がやった事だ。私が自分のために、自分が死ぬためだけに、犠牲にした。いくつもの純粋な希望を汚し、たくさんの未来を踏みにじった。親子の絆を壊して、仲違いさせた。愛情を受け入れられないように、洗脳した。自分でも、ここまでする必要はないだろうと思っていたと言うのに、念の為なんて理由でやった。

 

 

 許されないことだ。許されては、いけないことだ。たとえ他の誰かが許したとしても、私だけは私を許さない。こんなものの、存在を許してはいけない。

 

 自分で自分を殺したくなるが、今はダメだ。私が殺されるべきなのは、私を殺すべきなのは私なんかではなく、アリウムなのだから。あの子にはこの世界で唯一、私を殺す権利がある。私には、その権利はない。

 

 

 胃の中身がひっくりかえったように吐き出す。自分のした事を、その意味を理解して、体が受け入れることが出来なかったのだろう。こんなことをした外道には当然の報いだ。もっと、もっと苦しめばいい。千分の一でも、万分の一でも、あの子たちに与えた苦しみを味わえばいいのだ。

 

 けれど、私は自分の苦しみを、表面に出してはいけない。アリウムの前では、私は絶対的な悪者でなければならない。あの子に同情されるような、弱いところは見せてはいけないのだ。

 

 空っぽになってもまだひっくり返ろうとする胃を、魔法で感覚を消すことで黙らせる。血の気が引いて青ざめた顔を、魔法を使って血をめぐらせることで繕う。これまでのような、自分を騙すための内側への魔法ではなく、これから来るアリウムを騙すための、外側への魔法。

 

 立派な外道として、やってきたアリウムを迎える。全く嬉しくないけれど、外道の振りをするのは慣れたものだ。何年も自分に偽ってきたのだから、人様に見せても恥ずかしくない外道だろう。

 

 やっと、私の元にたどり着いたアリウムには、表情がなかった。限界を超えても動けるように、心が壊れても折れないように、私が調整したのだから、当然だろう。無表情でどうしてと、なんでと問うその姿は、ひどくいたましい。胃の感覚を消しておいてよかった。おかげで、粗相をしないで済んだ。

 

 謝りたくなるのを我慢しながら、露悪的に真実を伝える。露悪的に、と言うと良くないかもしれない。露ではなかったとしても、私の行いは自分勝手な悪そのものなのだから。謝る資格など、私には無いのだ。

 

「そんなことが、師匠の夢なの?これが、こんなことが、師匠のしたかった事なの?このために、わたしのことを騙したの?」

 

 そうだ。私はこんなことのために、アリウムたちを犠牲にしてしまった。君たちを弄んで、無駄に終わらせた。到底許せることではないだろう。だから君は、それを無駄じゃなかったことにしなければいけないんだ。私を殺すことで、失われた命たちに意味を与えないといけないんだ。君の体に蓄えられたその無念を、晴らさないといけないんだ。

 

「……ねえ、最後に教えて。わたしの子供たちのことを、ずっと知らなかった妹たちのことを、どう思っていたの?あの子たちにひどいことをしながら、何を思っていたの?」

 

 本当に、申し訳ないことをしたと思っている。私のような化け物とは違って、一度しかない命だ。それを奪うなんてことは、許されていいことではないのだ。

 

 けれど、そう思ったとしても、そのことを素直に伝えるわけにはいかない。反省の色なんて見せてしまえば、アリウムは私のことを殺してくれなくなるかもしれない。それだけは、絶対にゆるしてはいけないのだから。

 

「……もういい。あなたの話は、これ以上聞きたくない。そんなに死にたいって言うのなら、わたしが殺してやる。お前だけは、絶対にゆるさない」

 

 それでいい。私のことを恨んで、憎んで、全ての気持ちをぶつけてくれ。私が二度と生き返れないほど、死にたくないなんて思わないほど、後悔を、未練を残さないほど、怒りを、持てる感情の全てをぶつけてくれ。アリウムからそれを全て受け取って、君が歩き出せるようになったら、その時こそ私は死ねるだろう。

 

 無表情をゆがませて、アリウムが私の方に駆けてくる。壊れ切ってないか心配だったが、私に怒りを、憎しみを向けるくらいの心はまだ残っていたらしく、安心した。きっと全てを吐き出せば、元のアリウムに戻ってくれるだろう。私のすることは、それを受け切ること。

 

「みんな、必死だった。生きるために、自分の夢のために、幸せな今を守るために。おまえはそれを台無しにした。自分勝手に、めちゃくちゃにした」

 

 その通りだ。だから、私は報いを受けるべきなのだ。自分の罪の重さをしっかりと認識し、それに押しつぶされながらみじめに終わるべきなのだ。そしてそれができるのは、もうアリウムしかいない。それ以外は考えられないし、考えたくもない。私はもう、これ以上生きていたくない。

 

「そんなこと、おまえに言われるまでもない。わたしは絶対に未来を守って見せるし、お前をゆるさない。おまえにふさわしい罰を、終わりを与えてやる」

 

 そうだ。それでいい。けれど、私に対する復讐心だけでは、いけない。それだけのために命を燃やしてしまったら、君の未来は閉ざされてしまう。私の事なんて、復讐が終われば忘れてしまえばいいのだ。そしてそのあとに残った君の心で、やさしい世界を作ればいい。

 

「だまれ。おまえが何を言っても、そんなことは関係ない。わたしはわたしが必要だと思うことをするだけ。おまえはここで死ぬんだから、いい加減、もうだまって」

 

 それでいい。私の言葉に惑わされずとも、君が君の信じる道を進めば、きっと世界はもっといいものになっていくだろう。私はアリウムのことをそうなるように育てたし、そんなアリウムだからこそ、こうして一方的にすべてを任せることができる。

 

「永遠に、みんなに謝り続けるといい。“ブラスト”」

 

 アリウムが放ったのは、いつかエルフたちが私を止めようとして、たくさん集まって撃った魔法の完成品。正しく使えば回復すらできなくなる、攻撃用魔法の到達点。かつて存在した超魔法文明において私以外の全ての命を死に追いやった禁忌。

 

 それが私の下半身を捉えて、最初から存在しなかったかのように消し去る。乱暴に扱われた人形みたいに地面を転がる私の姿は、さぞ滑稽で胸の空くものだろう。けれど、まだ少し足りない。残った上半身も消してくれないと、まだ私は生きてしまっている。

 

「こんなんじゃ、終わらせない。こんなものでは、終わらせられない」

 

 アリウムの放つブラスト、先ほどの一撃よりもずいぶんと出力の絞られたそれが、私の両腕を消し飛ばして、私を芋虫に生まれ変わらせる。あまりいい趣味とは言えないけれど、私のしたことを考えれば、殺す前にサンドバックにして鬱憤を晴らしたいと思われても不思議ではない。

 

 その苦しみもまた罰だと受け入れた私に対して、アリウムが近付いてくる。蹴られたり、踏みつけられたりする気満々で待っていた私に対して、なぜかアリウムは何もせずに、抱き起しただけだった。

 

 

「何をしているんだ。せっかく私のことを無力化したのだから、今のうちに憂さ晴らしするなり、殺すなりしないと駄目だろう」

 

「わたしは、おまえを許さないと言った。いろいろなことを終えてくれた師匠には感謝もしていたし、師匠が望むなら大体のことはやる気だったけれど、それでも許すことはできない」

 

 それなら、なおのこと早く殺してしまわないと駄目だろうに。今ならば死ねる自信がある私だが、そもそもこの不死性は理屈がわからないのだ。時間経過ですっかり体が戻ってしまったとしてもおかしくはないのである。

 

「……わたしは、師匠のことを許さないと言った。絶対に許さないと、そう誓った」

 

 ならば、なおさらだ。なおさら、アリウムは私をすぐに殺すべきなのだ。こんな風に無駄におしゃべりを重ねるのではなく、すぐに終わらせるべきだ。

 

 

「わたしは、師匠のことを許さない。わたしの、みんなの人生をめちゃくちゃにした師匠が、一人だけ夢をかなえて死ぬことなんて、楽になることなんて絶対に許さない」

 

 

 ……ふざけるな。

 

「師匠には、ずっとこのまま、わたしが死ぬまで生きていてもらう。師匠が犠牲にした以上の人を幸せにするまで、ずっと近くで見て協力してもらう」

 

 ふざけるな。

 

「師匠の夢は、叶わない。わたしが叶わせさせない。夢の叶わない絶望の中で、自分のしてしまったことを一生悔い続けて。それが、わたしが師匠に与える罰」

 

 

 そんな結末、受け入れられるはずがないだろう。このために、アリウムが生まれるよりも前から準備していたんだ。終わることだけを目的に、つらいことも頑張ってきたんだ。

 

 私はもうこれ以上、世界を壊したくないんだ。

 

 

「は、ははは……」

 

 

 けれど、よかった。私は幸運だ。だって、全く別の事態のために備えておいた保険が、こんな思わぬところで役に立ちそうなのだから。備えあれば憂いなしというが、今回ばかりは子供の間違い、備えあればうれしいなの方が正しいのではないかと思ってしまうくらいだ。

 

「とつぜん笑いだして、気でも触れたの?でも、決めたものは決めたから。何を言っても、変えたりなんて……」

 

「なあ、アリウム。一つ、大切なことを忘れていないか?一人、大切な子のことを忘れていないか?」

 

 もう勝ったつもりになっているアリウムに、大切なことを思い出させる。アリウムがテトラと戦っていた間に、私が仕込んでおいた仕掛けの一つ。

 

「取り引きをしよう。いや、君に選択肢をあげよう、アリウム。君のかわいい孫娘、アイリスは今、私の魔法によって特殊な空間に閉じ込めている。この魔法をとく方法は二つ。私が自分の意思で解くか、魔法が維持されないようにするか」

 

 アリウムに選ばせるのは、二つの命。私のことを生かすことを選ぶか、アイリスのことを守ることを選ぶか。善良で優しいアリウムであればどちらを選ぶのかなど、考えなくてもわかる事だ。

 

 

 いくつかのやり取りの後、アリウムは少し悩んでから、やっぱり孫の命を選んだ。それが当たり前で、正しい選択だ。

 

「……師匠の、バカ。アホ。うそつき、ひとでなし」

 

 子供みたいな罵倒。語彙力が心配で死ねなかったらいたたまれないから、やめてほしい。

 

「死んじゃえ。死んじゃえ。しんじゃえ、しん、じゃえ」

 

 そんなふうに、泣かないでほしい。私なんかのために泣かないでほしい。けれども、良かった。こうして泣けて、そのうえでアイリスのことを選んだのだから、きっとこれからもっと幸せも見つけられるはずだ。

 

「そだててくれて、ありがとう。ずっと、だいすきだった……“ブラスト”」

 

 私も、君たちのことを愛していた。そう言いたかったけど、それが言葉になるよりも先に私の視界を極光が包む。きっと、いえなくてよかったのだ。伝えられないままの方が、良かったのだ。

 

 だって、私なんかの言葉のせいで、アリウムが傷ついてしまうようなことになれば、これから死ぬ私にはもう、その責任すら取る事ができないのだから。

 

 

 

 世界が、白に染まった。

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