ダークネス・アルバイター〈AYUMU〉 作:夢川
時事ネタ。
18歳の時に闇バイトへ加担。強盗の片棒を担いで逮捕、強盗罪の実刑判決を受けて投獄された正真正銘の犯罪者。
「押収していた携帯と財布だ。……もう闇バイトになんて引っ掛からず、真っ当に生きて行けよ」
「はい、気を付けます。ありがとうございました」
2028年4月10日。
今日この日。牢の中で大人となった彼は、5年の刑期を終えて釈放される。
だが。
外の世界に、彼を出迎える者は誰もいない。
◆◆◆
没収されて5年。スマートフォンに充電など残っているはずも無く、そもそもとっくに解約している。そうして浮いた金を賠償金の足しにしていた。
だから、これは唯の四角い板だ。俺と同じ、何の使い道も無いガラクタ。
先程、刑務官に教えて貰った通りに道を進んでいく。
生憎と5年経っているという実感は湧かない。もっとタイムスリップしたかのように感じるかと思っていたけれど、そうでもなかった。
刑務所周辺に土地勘があるわけでもなく。5年前と比べて街並みがどう変わったかなんて分からない。時々目に入る政党のポスターも見たことのある政治家が写っているだけで参考にならなかった。
やがて。目指していた公衆電話に辿り着く。
財布からなけなしの10円を出して投入してみたが上手くいかない。何かが間違っていたのだろうか?
初めての公衆電話に四苦八苦していると、使い方のガイドが目に入った。なるほど、先に受話器を取るらしい。
受話器を取って、10円を投入。唯一覚えている電話番号を打ち込んでいく。
そして――。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。恐れ入りますが番号をお確かめになって、おかけ直し下さい』
流れる想像通りの音声に、ただただ泣いた。
◆◆◆
母は未婚の母だった。多分どこかの悪い男に引っ掛かって捨てられたんだろう。
けれど、母は俺を堕さなかった。それが捨てきれぬ“父”への愛だったのか、それとも子への愛からだったのかは分からない。
ただ、母は俺を産んだ。そして朝も夜もなく必死に働いて養って、そして過労で死んだ。俺が小学2年の時のことだった。
以来、ずっと俺は母の母親……婆ちゃんによって育てられた。
優しい人だった。背が小さくて、ご飯が美味しくて、誰よりも優しい。でも時々凄く頑固で、中学卒業して働くと俺が言ったら、高校は出ておかなければ駄目だと言い張って聞かなくて。結局、学費も払ってくれた。
そんな婆ちゃんが重い病気になって、でも治療費が払えなくて。それで俺は闇バイトに手を出した。
中学時代の先輩が、金に困ってるならと紹介してくれたバイトだった。怪しいと思う感情はあったけれど、先輩への信頼もあったし、何より直ぐに金が必要だったから引き受けた。
最初は仕事内容も知らなくて、強盗をすると知った時には抜け出せなくなっていた。逃げ出したり警察に通報したりすれば婆ちゃんが酷い目にあうと脅されて。流されるままに強盗の片棒を担いで捕まって。
「…………ただいま」
荒れ果てた一軒家に、俺の声が虚しく響く。
婆ちゃんが無くなったことは、檻の中で聞いた。でも実感が湧かなくて、信じたくなくて。
「婆ちゃん、ごめん。不孝な孫で本当にごめん」
だけど、もう流石に分かる。
婆ちゃんはいない。もう二度と会えない。
「婆ちゃんのポテサラ、すげぇ好きだった。リンゴがいっぱい入っててさ、すげぇ好きだったんだ」
きっと、俺は死んでも婆ちゃんには会えない。あの優しかった人と違って、俺は地獄行きだろうから。
「天国から見ててくれなんて言わない。出来る事なら見ないで欲しい。爺ちゃんと母さんと俺の事なんて忘れて幸せにしてて欲しい」
押し入れから将棋盤を出す。ヒバの木で出来た立派な盤は、随分昔に死んでしまった爺ちゃんの形見らしい。
婆ちゃんも将棋が好きで、よく遊んでくれた。
もっとも、婆ちゃんが好きなのは本格的な将棋ではなく、かさね将棋、はさみ将棋、回り将棋といった遊びだったけれど。
「刑務所を出てくるとき言われたんだ。これからは真っ当に生きろって。その通りだと思った。そうすべきだと思った。だけど、だけどさ――」
駒の小箱を開ける。
そこから歩兵の駒を一つ取り出した。
「――どうしても、あいつらだけは許せないんだ」
人の人生を弄んで高みの見物を決め込む奴らが許せない。
自分たちは手を汚さず、人を好き勝手に操って犯罪をさせて。
今この時も犯罪の標的となって狙われる誰かがいる。抜け出せなくなっている誰かがいる。そんな悲劇を際限なく生み出して儲けている奴等がいる。
「じゃあね、婆ちゃん。……行ってきます」
どうせ地獄に行くのなら、復讐をしよう。
金なんて上等なモノに成れなかった俺だけど、せめて奴らを道連れにして落ちよう。
◆◆◆
これは捨て駒の物語。
無様で、滑稽で、愚かな。
歩兵の足掻きの物語。