TS歯車王女は謳歌したい   作:作業中

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第一章 原作崩壊
第一話


 

 積みゲー消費こそが我が人生也。

 

 齢三十、くたびれた独身成人男性として至った悟りはそれだった。

 

 一週間に六度の労働で得た給金を惜しむことなく使用し積み上げた数多のゲームを、長期休暇に合わせて消化する。ただこれだけ、俺のアイデンティテイなんかもうとっくに消え失せた人生。

 

 何かになりたいと思ったことは一度や二度じゃなかったけど、俺にはそういうセンスが無かった。

 

 だから消費者になった。

 天才達が生み出した物語や爽快なアクションバトルの世界にのめり込み、時に鬱シナリオに辟易し、時に感動に涙を流す。

 

 受け身である事を認めて、自分が何かになれるかもしれないという淡い希望を捨てて、社会の歯車になって。

 

 楽しかった。

 諦めて全てを受け入れた人生は思いの他楽しかったし、何より苦しめられるような感覚が無かった。

 でも受験は不愉快だったし二度と味わいたくない。 

 

 税金も支払い募金にお金も入れたし選挙にも行った。

 当たり前にやるべきことはちゃんとやっていた。子供を作らなかった事くらいがやり残したことだけど、その代わりちゃんと産休とか育休はしっかりカバーした。文句の一つ言わずに、顔色一つ変えずに全て受け入れたし優しくした。

 

 だからかな。

 徳を積んだ判定になって、来世は恵まれたのだろうか。

 いや果たしてこれは恵まれた判定でいいのか。どちらかと言えば災難と言うべきでは? 

 ボブは訝しんだ。

 

 は~、フカフカベッドに包まってお菓子摘まんで暮らしたい。

 

 天日干しでいい香りのする布団に包まれて、眠さと覚醒の境目を行ったり来たりしてゆっくりと惰眠を貪りたい。

 

「──どうしましたか、オーフェリア様」

「世を憂いていたのです」

「嘘おっしゃい。どうせベッドに包まれてお菓子食べたい程度の事しか考えてないでしょ」

 

 よくわかってるじゃん。

 流石俺兼私の最大の理解者でもあり最大の変態、我が騎士ブラッド・チェンバレン。

 

 漆黒の髪を短く切り揃え、妙に柔らかい目付きで他者への警戒心を解す擬態を常にしている我が騎士である。

 そう、我が騎士。

 我が騎士ってなんだよ。

 現代日本で生まれ育った常識が光の速度で崩れ落ちて早十五年。

 鏡に映る()──否、()は端正な顔つきを落胆の相貌に染めている。

 

「もうちょっと王族としての自覚を抱いて欲しいんですがね」

「あら、自覚なら抱いてます。貴方の前以外ではちゃんと擬態してるではありませんか」

「そういう所なんですよねぇ……」

 

 ブラッドは呆れた表情で頬を掻いた。

 

 顔がイイ。

 私、かっこいい男が推しになりやすいんだよな。

 特に糸目で普段は昼行灯の振りしてるくせに実際は滅茶苦茶主人公に対して重い感情向けてるタイプの男とかさ。

 

 お前の事だぞ、ブラッド・チェンバレン上級騎士。

 

「はいはい何時もありがとうございます。王女様に愛されて俺は感激の涙で溺れそうですわ」

「絶対なんとも思ってないでしょ……」

「いやいやまさかそんな。王女様の愛ですからね、ええ」

 

 鼻ホジでもしそうな感じで言ってのけるバカ騎士に乙女回路は動かない。

 

 ムッキ~~~!! 

 ワタクシ美少女でしてよ。

 なんなら第三王女だから高貴なる者ですわよ? 

 それなのに我が騎士はこの態度でありんす。

 この怒り、憤怒、怒気鬱憤怨嗟憎悪──!! 

 

「額に青筋浮かんでますよ、オーフェリア様」

「あらあらまあまあ」

 

 落ち着け、クールダウンだ私。

 どうにもブラッドといると俺になっちゃうんだよな。

 王族の厳しい教育の賜物か、男性的な人格を保ちつつ乙女回路を有するとかいうごちゃまぜおにゃの子になってしまった私にとって唯一素を出せる人物でもある。

 ちょっと重い女(男)でごめんね、我が騎士……

 

「そんなんで学園生活擬態できるんすか?」

「やってみせます。私、王女なので」

「第三王女だからそこまで期待されてないだけっすけどね」

「打ち首にするぞ」

 

 キッと睨みつけるがブラッドはヘラヘラ笑うだけで一切の反省を見せないので、頭に来たから香水を滅茶苦茶振りかけてやった。

 王族が代々十代の頃に使ってきた伝統的なロイヤル香水である。

 

「ぐああっ! 若者の香りがする……!」

「一体どういう表現ですか、それは」

「あのですなぁ、姫様。俺ってばもう三十路ですよ三十路、若作りしてると思われるじゃないですか」

「顔がイイから問題ありません。私の護衛なのだから清廉さも保っていただきませんとね」

「…………勘違いされないと良いなぁ」

 

 ブラッドは諦めて溜息を吐いた。

 

 フン、私に生意気言うから悪いのだ。

 

 こちとら第三王女やぞ。

 継承権は低いけど王族やぞ。

 ロイヤルブラッドじゃ、ロイヤルブラッド。

 ただのブラッドがこのロイヤルブラッドオーフェリアに逆らえると思わないで欲しい。

 

「あまり癇癪起こさんでくださいよ。めんどいんで」

「いくらなんでも王女に対して無礼過ぎませんかね……」

「今更でしょ。オーフェリア様、俺にお姫様扱いして欲しいんですか?」

「いやまあそれは……ちょっと別の話と言いますか……」

 

 唯一と呼べる男友達(友達扱いが正しいのかは不明)なんだし、あんまりそういう方向性に流れるのは望んでない。

 ブラッドとは性欲の絡まない政治的関係も絡まない純粋な友人で居たいんだ。

 だって推しだもん。

 推しと友人になるなんて畏れ多いだと? 

 気が付いたら推しが近くにいたんだからしょうがないだろ! 

 なお推しからの好意は一切ないものとする。

 こんな男みたいな女を私の推しが好きになる訳ないだろ!! ふざけるな!! 

 

「そういう事です。逆にいきなり俺が全力で姫扱いしだしたら警戒してくださいね」

「はいはい、あり得ない未来ですねそれ」

「オーフェリア様次第ですなぁ」

 

 座り心地の言い椅子から立ち上がり、十年連れ添った端正に整った顔に異常が無い事を確かめた後に部屋を出た。

 

 ブラッドは当然のように私についてきている。

 我が騎士、もとい、王宮騎士団所属上級騎士のブラッドは、基本的にデリケートな場面以外常に私の周りにいる最強の護衛である。

 子供の頃に暗殺されかけて以来お父様は過保護なのだ。

 王族が暗殺されるのはマズいのは分かるし愛情を持ってくれるのは嬉しいのだが、それはそれとして上級騎士一人を直属につけるのはどうなんだろう。

 

「……そうですなぁ」

 

 ブラッドは遠い目で廊下の先を見詰めた。

 

 子供の頃に一度暗殺一歩手前まで追い詰められて以来そんな目に遭ったことは無く、ぶっちゃけ過剰戦力だと思う。

 国を守る選び抜かれた精鋭をこんな風に扱うなと文句を言われたら何も言えん。

 

「まあ、そこら辺はオーフェリア様の手腕次第。学園では貴女一人しかいませんから、俺は助けてやれませんよ」

「別に助けてくれと言った覚えはありませんけど……でもまあ、色々助けられているのは事実。ブラッドが居なくてもどうにでもなりますよ、多分」

「ポンコツ晒さないでくださいね。第三王女は阿呆だと噂建てられたら学園潰されるんで」

「貴方私の事なんだと思ってるの? やっぱり一度折檻するべき?」

「いやぁ、俺も母校に愛着あるんで」

「私に対する心配じゃないんですか!?」

 

 冗談ッス、なんて軽薄に言いながらブラッドは笑った。

 

 ぶん殴りたい笑顔。

 でも顔がイイから殴れない。

 おのれブラッド、この私の性癖を握る事で王族をコントロールするだなんて……! 許せない……!! 

 

「冤罪ですなぁ」

「ですなぁじゃないんですけれど。私、王族、貴方、王族付きの騎士」

「肩書ってのは思っていたより軽いんですよ、戦いにおいては」

「適当に濁せばいいと思ってますね? シバきますよ」

 

 うんうん、良い会話だ。

 頭に青筋が浮かび上がっている事実を抜けば毎日繰り広げてあげたいんだけれども、残念なことにそれは叶わない。

 ブラッドとはここで暫しのお別れなのだ。

 具体的には学園に通っている間、全寮制であり王族ですら逃れられないと言われるルールの下に私は相部屋生活を強いられる。

 

 転生して暗殺されかけてからずっとブラッドと一緒に過ごしているので、これに関してはどうとでもできる自信がある。

 

 顔のいい女の子だといいな……

 具体的にいうなら騎士チックで男勝りな女の子で、魔法より剣技に重きを置いている武家出身の女の子。

 そしてそんな子に王族の私が守り守られ、ウフフな学園生活を送る。

 最高ですわ……

 

「あの学園、そんな青春イベント起きた記憶がないんですが」

「……それはブラッドの世代の問題でしょう。私がいるんだから黄金世代になりますから」

「自惚れもここまで貫くと面白いですなぁ」

「自惚れではなく事実です。これまであの学園に王女が入学したことないんだからもう新時代の幕開けと言っても過言ではありません。主人公は私です。頂点に立つべきなのも私でありんす」

「たまに変な口調になるのはキャラ付けでしたっけ。子供の頃から変わってないっすね」

 

 キャラ付けじゃねぇよ!! 

 これが素だよ!! 

 ニコニコ動画とかで適当にコメントしてるオタクが私の素なの!!! 

 

「つまり俺といる時は脊髄反射で話している、と。有難いことで」

「貴方のことは信頼してますから。一体何年一緒に過ごしていると?」

 

 もう十年近い付き合いになるだろう。

 

 最年少上級騎士として時の人だったブラッドが、暗殺されかけた第三王女の護衛に選ばれた。

 

 賛否両論だったらしいけど、結局その後何事もなく私は成長したのでそれだけで成功だったんじゃないだろうか。

 一度死を経験していると言っても流石に慣れてなんかいないし、痛い思いは出来るだけしたくない。

 無職王族としてのんびり生きていたいのだ。

 政略結婚はまあ、仕方ないかなと思ってる。

 そういう道具として扱われるのも飲み込んでいるし、こればかりは変わらない。

 

 歯車でいよう。

 私は優れた人間ではない。

 歯車として貢献できるのなら、それでいい。

 その考えは変わってないし変えるつもりも特にない。

 

 それでも、()なりに努力してきた。

 

 男としての記憶と人格を踏み躙り、今世を優先するべきだと王族の教育に必死に食らいついた。

 感情より合理性を取ろうと努力した。

 私は女で、性的対象は男。嫌悪感なんて抱くはずもなく、女性の肉体に興奮できるわけがないと毎日鏡に話しかけた。

 前世の記憶はあるけど名前は忘れた。

 忘却出来る様に自分を抑え込んだから。

 でも今世の十五年よりも、空虚に過ごした三十年の方が長いんだからそう容易く捻じ曲げられるはずもなく。

 

 結果としてブラッドという甘えさせてくれる大人の前では子供のように、いや、何も考えることなく生きていられる場所を作ってしまった。

 

 だからブラッドには申し訳なく思っている。

 貴重な人生の十年を私なんかに費やさせて、王女の機嫌取りなんてやらせて、そこは申し訳なく思っているのだ。

 

「もう十年にもなりますか。おむつを取り替えてたお姫様がこんなに立派になるとは」

「そこまで幼くなかったでしょうが!」

 

 ……まあ、肝心のブラッドはこういう男。

 顔が良くてやけに警戒心を緩ませる雰囲気と空気を持っている、昼行灯の化身。

 だからこの言葉は直接言ってやらん。

 私、王族モードにならない限りはこういう女なので。

 

「全くもう、無礼ですわ失礼ですわあり得ませんわ」

「オーフェリア様の口調がバラバラなのは置いておいた方がよろしいですかね?」

「そういうところが野暮なんですよ!!」

「いやだって他の王女様はオーフェリア様のように適当じゃないので……」

「今私のことバカにしましたね? 喧嘩です」

 

 黄金の右腕を掲げまっすぐストレートを放ったが、ブラッドはわずかに首を動かすだけで回避した。

 

 現代日本なら許されない暴力性だ。

 でもこの世界なら許される。

 だって私王女だもん!! 

 

「悪役みたいな精神性してますなぁ」

「教育の賜物でして」

「王様も泣いていますよ」

「喜びの涙でしょうね」

 

 肩をすくめてブラッドは呆れを示した。

 

 絵になるな……

 顔がイイ……

 

 ふ、ふんっ。

 顔がイイくらいで私の乙女回路に干渉できると思わないで頂きたい。

 こいつは推しだがそれ以上でもそれ以下でもない。

 推しで素の自分を押し出すことが出来てなんでも付き合ってくれるスパダリのような男に、私が惚れるわけがない! 

 

「オーフェリア様、痛いです」

「当然の報いです」

「なんで鎧越しに痛みを与えられているかは聞かないでおきます」

 

 ゲシゲシ脛を蹴り付けて、金属音がガチャガチャ廊下に響き渡る。

 

「ま、冗談はこれくらいにして……お気をつけて、オーフェリア様。きっと学園生活は楽しいことだけではなく、それこそ胸糞悪くなるようなこともあるかもしれません」

「急に真面目ですね……」

「俺は元来真面目な男ですから。泣きたくなるようなこともあるだろうし、辛くてどうしようもないことが待っているかもしれない。今ならまだ取りやめできますよ?」

「あなたの母校一体なんなんですか?」

 

 治安悪すぎだろ……

 

「あそこはまあ、ある意味別次元というか……ちょっと滅茶苦茶なんですわ」

「そ、そうなんですか……心に留めておきます」

「多分王様も望んでないと思います。今更なんですけど、どうしてあそこを志願したんですか?」

 

 真剣な表情で──相変わらずやる気はない──問いかけてくるブラッドに、少しだけ言葉が詰まる。

 

「……それは…………」

 

 ────推しが通った学園に行って見たいだけなんです、すみません。

 

 だってブラッド、学園の話する時楽しそうなんだもん! 

 私にある学園生活は全部灰色ですが!? 

 陰キャ極めし我が手に握られていたのは異性の手ではなくソシャゲで発熱するスマートフォンですが!? 

 

 キー!!! 

 羨ましい!! 

 顔さえ良ければもっと楽しく過ごせたかもしれないのに!!! 

 

 ────という、醜い醜い感情から生まれた欲望が元です。すみません。

 

「秘密ということにしてくださる?」

「……はいはい、わかりましたよ全く」

 

 ブラッドは嘆息しながら歩くのを止め、私の半歩後ろに下がる。

 

「俺はオーフェリア様の騎士です。仕える主君は十年前から貴女様だ、貴女が呼ぶのなら何処へでも飛んで行きましょう」

「その心配は不要です。私、王女ですよ?」

 

 ────もうチーズ牛丼頼んでも揶揄われねぇ! 

 

 顔がイイから!! 

 顔の良さで生きていけるから!! 

 高貴なる血を持ってるからバカにされねぇ! 

 

「それでも、です。もし何かあった時は、俺の名前を呼んでくださいね?」

「……まあ、それも心に留めておきます。我が騎士、ブラッド・チェンバレン」

 

 目の前には重厚な扉が一つ。

 これを開けばしばらくここに戻ることはなく、己を曝け出すことはできない。

 歯車として。

 第三王女オーフェリア・グロリアスという歯車として過ごさなければならない。

 覚悟はしていた。

 どの道いずれそうとしか生きていけなくなるんだ。

 その予行練習だと思えばいい。

 

「ブラッド」

「なんでしょうか」

「週一で帰ってきちゃダメ?」

「ダメなんですよねぇ」

 

 ですよね〜。

 

「なら仕方ありませんわねぇ」

「そうなんですねぇ」

 

 しょうがない。

 ブラッドにまた会える三年後まで王族モードで我慢しよう。

 帰ってきたら五年くらいは私に付き合ってもらうからね、覚悟してよ我が騎士。

 

「──行ってきます。またね、ブラッド」

「行ってらっしゃい。俺は常に貴女の事を想っていますよ」

 

 いざゆかん、異世界ファンタジー学園!! 

 

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