TS歯車王女は謳歌したい   作:作業中

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第五話

 レオナルド・スタンフォードは恋をしていた。

 

 甘い恋だった。

 脳の全てが蕩けるような甘美で酔う恋。

 自分とは正反対の真紅の王女に、レオナルドは恋をしていた。

 それが叶わぬものだと悟ったのは今よりずっと昔の話だった。

 

 オーフェリア・グロリアス第三王女。

 

 数年振りに出会った彼女は女性らしい成長を遂げていて、不躾な視線を送らぬように鍛え上げた自制心を動員せねばならぬ有様。

 まだまだ精進が足りないと自戒しながら、横目で彼女の姿を捉えた。

 

(……綺麗だ)

 

 髪色と同じ真紅の輝きを放つ双眸。

 ピンと張ったまつげ。

 きめ細やかな肌に、薄く笑った口元。

 気品あふれるその容姿は触れる事を躊躇わざるを得ない妖艶なものであり、それでいて手垢のついていない唯一無二の宝のようにも感じて。

 

(でも……今の俺では君を守れない)

 

 幼き頃に遭遇した最悪の事件。

 第三王女暗殺未遂──それに巻き込まれたレオナルドは、いつまでも後悔を心の内に募らせている。

 剣を握っていれば。

 もっと早く強くなっていれば。

 足りない、足りな過ぎた。

 子供だから等と言い訳するつもりは無い。

 騎士爵に生まれた男児として、武功を修めていなかったことを只管に後悔した。

 

 鍛えた。

 二度と失わないように、二度と後悔しないように、手を伸ばす権利を手に入れる為に我武者羅に励んだ。

 それでもなお彼女を守る務めを果たせるとは、思えない。

 

 何故ならば──最強の騎士が彼女を守っているのだから。

 

 最上級の称号を背負い、最強と名実ともに謳われる上級騎士。

 ブラッド・チェンバレン男爵。

 彼を越える事が出来なければオーフェリアを守るなど世迷言で、全てが幻想と化す。

 国最強と呼べる彼を打ち倒せなければ、彼女を守るなんてことは言えない。

 

「…………遠いな」

 

 鍛え続けたからこそ理解できる。

 件の上級騎士、ブラッドが壇上に上がり自己紹介をするその姿を見てより正確に理解できた。

 未だ彼に追い付いてはいない。

 それどころか足元にも及ばない。

 佇まい、隙の無さ、一挙一動が強さに繋がっている。

 自分がかつて見た最強の姿は依然として健在で、それどころか寧ろ研鑽されているのを感じ取った。

 

 ──遠い。

 眼が眩むような距離に感じた。

 

「どうしました?」

「あ、ああ、いや……退屈しないだろうと思ったんだ」

 

 卑下なんてしてオーフェリアに気を遣わせるわけにはいかない。

 そう考えて絞り出した答えだったが、思いの外好評だったらしくオーフェリアはくすくす小さく笑った。

 

「そうですね。退屈しないでしょう」

 

 周囲がブラッドを見てざわついているから『うわ~私の推しめっちゃ人気だな~。でも我が騎士だからね!』くらいのマウンティングをしているなど露知らず、レオナルドはその笑みを浮かべたオーフェリアに見惚れていた。

 捨て去った筈の恋心がまた、熱を生み出した。

 それはよくないものだ。

 彼女は、王女だ。

 婚約者がいる。

 それに対して恋心を、男としての感情を持つことなど許されない。

 そう断ち切る為に彼女から視線を断った。

 

 壇上ではブラッド・チェンバレン上級騎士が話をしている。

 

 至って真面目なスピーチ。

 十年以上最強と語り継がれている怪物とは思えない人間らしい言葉。

 しかし背負った剣と教員専用の服に身を包んだ彼からは、どこか挑戦的な圧を受けるような気がした。

 

(……俺は必ず、貴方を超えて見せます)

 

 まだ未熟で青い感情だとしても。

 いつの日にか成し遂げて見せる。

 あの日の後悔に誓ったのだ。

 感じている筈の恐怖を微塵も外に出さずに、無表情で、本当なら守る必要も無い愚かな少年を庇ったオーフェリアの姿に。

 

(そして──今度こそ君を守る……!)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 きゃーーーー!! 

 我が騎士こっち見て~~! 

 顔がイイ~! 

 真面目にやってる時の顔と普段の適当差のギャップでやられそうですわ! 

 

 心の中でサイリウムを振り回す王女は世界中どこを探しても私だけだろう。

 唯一無二という奴ですね。

 だって推しが目の前に居たらそりゃあ浮足立つでしょ。

 エルフが居たら驚くのと一緒です。

 

 一人だけライブ会場と勘違いして楽しんでいるのもあっという間で、ブラッドは壇上から降りて行ってしまった。

 し、しまった。

 肝心の話を聞いていなかった……

 ブラッドの声はなんていうかこう、すごいイイ声なんだよね。

 深みがありつつ若々しいと言いますか。

 矛盾してる……

 でも本当にそういう声なんだって。

 わかってほしい。

 レオナルドくんはわかるよね!? 

 

 チラリと伺えば同様に私に視線を送っているレオナルドくん。 

 横顔がいい。

 

「オーフェリア。君と同じクラスでよかった」

「そうですね。私もレオナルドと一緒でよかったです」

「……ッッッ!! そ、そうか。それは光栄だ」

 

 ニヨニヨしてるのを誤魔化せてないレオナルドくんかわいい〜。

 悪女そのものって感じだ。

 クラスの陰キャを弄ぶ女子の気持ちがわかってきました。

 だって楽しいもんこれ。

 レオナルドくんは陰キャじゃなくて騎士様だけどね。

 王子様ってほどでは無いけど現役のマジもんの騎士見習いだよ? 

 興奮してきたな……! 

 

 私が隣の弟くんに興奮していると、周囲からちょっとした噂話が聞こえてくる。

 ひっそりと魔力で聴力を強化して盗み聞きを選択した。

 

「見ましたか? 上級騎士のブラッド様……なんてハンサムなんでしょう」

「ああ……あの双眸で見つめられた日にはとろけてしまいそう」

「鎧姿じゃ無いから筋肉が……筋肉がっ!」

 

 そうなりますよね!!!!! 

 

 女の子ならあんな騎士に見つめられたらドガンですわドガン。

 あんなにかっこいい大人の男性に壁ドンなんてされたらもう逃げられません。

 まあ壁ドンなんて不敬だからやらないでしょうけど。 

 私の推しはね、以下略。

 

「大人気だね、ブラッド殿」

「国で一番の上級騎士ですから。独占してしまい申し訳なく思っています」

「……そんなことはない。君の身が守られていることこそが皆の安堵に繋がってるんだ」

 

 そんな襲撃とかあれっきり受けてませんけどね。

 ブラッドはそれだけ強かった。

 あの時の暗殺者も強かったんだけど、それを上回るブラッドにドン引きしたのは秘密です。

 だって四方八方を囲まれて毒矢打たれてるのに全部弾き落としたり空中で二段ジャンプしてたから……ある程度鍛えたからわかるけど人間じゃないんじゃないでしょうか。

 

 それでも私を守ることを優先してたらしく、暗殺者達はその場で捕らえる事はなかった。

 国を挙げて捜索してるのに今に至るまで発見されてないということはつまり、そういうことでしょうね。

 

「そんなに箱入りじゃないんですよ? 少なくともレオナルドよりは」

「あ、あれは忘れていただきたい……っ!」

 

 子供の頃のわんぱくなレオナルドくんを思い出す。

 

 ペンより木の枝を握りしめ走り回る元気な男の子だった。

 聖剣がそこらへんに落ちている価値観は紛れもなく小学生男子。

 男子がそういう性質を持つのはもちろん理解しているし実感していたので「あらあらまあまあ」と言いながら付き合ったのはいい思い出だ。

 それが今やこんな……純朴で目標にまっすぐ進んでる青少年になるなんて……あんまり変わってないですね。

 

「……オーフェリアは昔からそういう部分に理解を示すよね。ずるいよ」

「殿方の感情はそれなりにわかっていますよ?」

「ブラッド殿を参考に?」

「いいえ……そこはええと、乙女の秘密です」

 

 ウィンクで誤魔化す。

 あ、危ない。

 まさか前世で男でしたなんて言えるわけがない。

 気狂い王女様なんて言われた日には極刑ものだ。

 

「…………そう、ですか」

 

 あっ、なんかレオナルドくん気落ちしてる。

 そんな寂しくなるようなこと言ったかな……

 なんか弟っていうより大型犬みたいな感覚になってきた。

 これはあれか、男の経験がある王女様だと勘違いされてませんか!? 

 それはまずい、非常にまずい。

 王女が淫らなイメージを抱かれるのは非常にまずい。

 

「……なんて、冗談。書物で勉強いたしましたから」

「そっ、そうなんだ! 良かった、俺てっきり──」

「てっきり、なんでしょうか?」

 

 ニッコリ笑って威圧する。

 わかるだろうレオナルド、これから先に踏み込めばお前の命はない。

 今王族モード80%くらいで威圧しています。

 王族としての評価に関わるとき、私はカードを切るのに躊躇わない。明らかに自業自得とかいう言葉も聞いていない。

 

「……な、なんでもない」

「そうですか、ならいいんですよ」

 

 ヨシ、イメージを払拭したし誤解も溶けたな! 

 

 昔から「男の子ですね」とか言って理解を示してあげていたのに不躾なことを考えるからです。

 失礼だな〜もう。

 こちとら花の女子高生でい! 

 あれ? 

 前世の年齢的に考えれば女子高生だよね……? 

 

「……そうだった、こういう人だった」

 

 その呟きは聞こえなかったことにしてあげよう。

 レオナルドに−30オーフェリアポイント! 

 代わりにブラッドに30ポイント差し上げます。

 もうカンストしてるから無意味ですけどね。

 

 そして入学式は何事もなく進行し、最後に頭頂部の薄さで生徒達に動揺を残していった学園長を見送ってそれぞれ教室に移動するように伝えられた。

 制限時間とかは特に伝えられてないけれど……

 まあそこも含めて、と言ったところですか。

 騎士のような戒律を求められる事はないけれど、魔法使いほど個人主義でもない。

 正しく高等学校に相応しいですわね(?)

 

 他の生徒達も疎らに移動し始めた所で私も動こうとして、立ち上がり──隣に座っていたレオナルドくんも一緒に立ち上がった。

 

 せ、背が高い。

 あ~……

 高身長男子がモテる理由がわかる。

 ブラッドも高身長イケメンなんだけどこう、幼い頃から知ってる男の子のギャップはデカいですね。

 

 ちょっとキュンと来る。

 

「エスコートしましょう。こちらへ」

「ふふっ、それじゃあお願いします。騎士様?」

 

 いつも私を先導するのは昼行灯の男だから新鮮だな〜。

 ブラッドに比べればやはり幼さが残ると言わざるを得ない。

 流石に手を握るとかそういう行為は控えてくれるので、うむ。

 ちゃんとした子に育って何よりです。

 誰も見てないところならともかく私王女で婚約者がいる身ですから。

 ただ騎士爵の男の子と話すならともかく身体が触れるのはアウトですわね。

 

 そして教室まで連れられて(場所は覚えているけどそれを口にしたりはしない)およそ数分、無事に異世界ファンタジーの教室にたどり着いた。

 

「オーフェリア殿下だ……」

「まさか王女様と同じクラスになるなんて……」

 

 クフフ、最高のオーディエンスでバイブスブチ上がりですね。

 私の登場でフロア熱狂へと導いたところで、指定の席へ向かう。

 隣の席には灰の髪を持つ赤眼の少女──オーレリアさんが黄昏ていた。窓の外にはなんの変哲もない校庭が写っているだけで何もない。

 

「どうされました? オーレリアさん」

「うひゃっ!!」

「そこまで驚かなくてもいいではありませんか……よよよ……」

「あ、オ、オーフェリアさん!? いつの間に……」

「つい先ほどですね。まさか王女である私を無視するだなんて……」

「そんなつもりは一切ないです! 本気で!!」

 

 これがグロリアス王家直伝話術(大嘘)なんだよね。

 オーレリアさんリアクションがいいです。

 特に平民出身だからかわかんないけどすごい面白い。

 

 口元を小さく抑えて薄く笑ってから話を戻す。

 

「冗談です。お隣ですわね」

「と、隣でしたか〜……」

「あら、お気に召しませんでしたか」

「滅相もございません! 身に余る光栄です……!」

 

 やばい、超楽しい。

 本気で私を嫌ってるわけじゃなさそうなのがまたいい。

 それとは別で私の反応に困ってるのは確か。

『なんでこの王女私なんかに話しかけてくるの!?』くらいの思考ですかね? 

 一人がお好きでしたら申し訳ないことをしています。

 止める気はありません。

 

 だって私──王女だから! 

 もう指さされずに生きていてもいい! 

 容姿は完璧言動も極めて良好の私に隙は一切見られない! 

 

 だから堂々と言うのだ。

 王族モード50%オーフェリア40%乙女10%くらいの割合で。

 

「ふふ──よろしくお願いしますね、皆さん」

 

 引き攣った顔のオーレリアさん。

 ため息を吐いてるレオナルドくん。

 うんうん、楽しい学園生活になりそうだ!

 

 

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