ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
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機械音声と共にアルヴェムの右手が瞬きする間もなく変形する。
五指は大きな返しの付いた四本ものクローに変わり、手首から飛び出す。
有線で手首と繋がっているクローはこの世界の法則に反して縦横無尽に動き回り、アルヴェムを取り囲んでいた悪魔を次々と貫いていった。
これは街中で見かけた工業用の車両を模したもの。
見たものに攻撃性を加えて再現する――それがアルヴェムの戦い方だった。
防ごうとする者、反撃しようとする者、どの道を選ぼうが結果は変わらない。
一度チャンスは提示した。それを無下にしたのは悪魔たちだ。
攻撃してきたところでアルヴェムの身体には届かない。アルヴェムの身体を覆っているバリアを超える術など今の彼らには到底ないものなのだから。
全員を貫いたクローの先はうめき声を上げる悪魔たちで肉塊と化していた。
右手を引き戻せば悪魔たちの血が舞い散り、肉塊は内側から一気に熱を持ち炎を炸裂させる。
肉片一つ残さず塵芥と化した悪魔たち、時間を見ると八秒も経過していなかった。
サーチしても敵意を持つ悪魔はいない。撃退に成功したようだ。
「……しまった。色々と聞くべきだったな」
何の目的で少女を狙うのか。少女は一体何なのか。
それを聞いてからでも遅くはなかった……が、恐らく聞いても答えてくれなかっただろう。何なら死体を回収するだけでも、この世界で生きていく上で重要な知識を得られただろう。
浅慮だったと反省するが、すでに消えた者たちのことを考えても仕方がない。
それよりも……と、紫髪の少女へ振り向けば、少女は逃げずにその場に立っていた。
美しい顔や純白のドレスに血が大きく付着しており、先ほど右手を引き戻した時に付いたものだろう。
しかし表情、脈拍を見ても怯えている様子はない。何なら淡々と頬に付いた血を拭っているぐらいだ。
悪魔に襲われても、一部分とはいえ変形したアルヴェムを見ても動じない。
それどころか拭った際に付いた血をアルヴェムに見せてきて、
「あなたの髪と同じ色……綺麗ね……」
「綺麗……か。そんなの初めて言われたよ」
真紅の色をした髪は自前のものだ。
どうにもこの国の人間は黒髪や茶髪、金髪がほとんどの割合を占めているようで、街を散策していた際は奇異な目で見られた。
だが、少女には違って見えるらしい。
素直な賛辞にアルヴェムは少し反応に困ってしまう。
【見惚れてる場合じゃないわよ! ほら、逃げられる前に確保確保っ!】
「っ、そうだな」
「……?」
怪訝そうにする少女の肩に手を置き、その橙色の瞳を見つめる。
「一つ、取引をしないか?」
「取引……?」
「キミはどうやら狙われているようだ。だから、何があっても俺がキミを守る――その代わり、俺に攫われてくれ」
従わなければ殺す、と言ったところで彼女は動じないだろう。
だからこそ、なるべく友好的な言葉を選んだつもりだった。
「…………」
一瞬の沈黙。
言葉を間違えただろうか。そう思ったが、彼女の表情がその考えを否定する。
今まで眠そうな表情だった少女だが、目を丸くして、やがて口元に手を立てて小さく笑みを浮かべた。
「あなたは悪い人じゃないみたい……えぇ、わかったわ。でも、ひとつだけ……お願いを聞いて欲しいの」
「お願い?」
「……海。私を海に連れて行って、誘拐犯さん」
「海……? 海って、何だ……?」
――海。
まだこの世界に来て三日目のアルヴェムには全く予想もできないものだった――
―○●○―
翌日――
アルヴェムは道路を大型バイクで突き進んでいた。
後ろには紫髪の少女がアルヴェムの腰に手を回す形で乗っており、風を切って突き進んでいた。
少女が望む海と言う場所はどうやら今いる県を出なければならなかった。
ユールー曰く海は夜よりも朝の方が映えるらしく、一晩少女を拠点に泊めて朝一番に行動している。
大型バイクはアルヴェムの身体から独立して創られたものであり、市販されている物とは耐久性と加速性能が段違いのものとなっている。
道中、人間の治安維持組織に追われたが撃退していくうちに近付いてくることもなくなった。一体、何が目的だったのかは未だに分からない。
ちなみに編入して二日目だが学校は休んだ。
一誠たちには悪いがエロDVDの返却は延滞することになるが、謝れば何とかなるだろう。
しかし、望んでいた海に近付いているというのに少女の表情は浮かない。
「……嫌な記憶があるのなら、海に行くのをやめようか?」
「ううん、大丈夫」
首を横に振るい、少しだけ顔をアルヴェムの背に預ける。
彼女自身に何があったのかは分からない。だが、アルヴェムは『お願い』を聞くだけだ。
その後、二人に会話はなくバイクはトンネルを抜け、海岸沿いの道路へと出る。
海――塩分濃度が高い水域。朝日に照らされて水面が輝きを見せていた。
滞在できそうな砂浜を見つけると道路を飛び出す。
バイクがタイヤの向きを変えるとプロペラへと変形し、衝撃もなく無事に砂浜へとたどり着く。
「ありがとう」
少女は小さく言って、バイクから砂浜へ降りる。
海に入るわけでもなく、波が起きている浜辺よりもさらにその先を見つめていた。
周りに生命反応はない。そう確認すると、アルヴェムも少女から人一人分離れた場所に腰を下ろした。
声をかけるわけでもなく、ただ傍にいるだけ。
そうして数分経った頃、口を開いたのは少女の方だった。
「……私、おばあちゃんなの」
「おばあちゃん……?」
唐突な言葉にアルヴェムは思わずオウム返ししてしまう。
その単語の意味が分からなかったのではない。おばあちゃん……それは老化した女性のことを指しているのは分かる。
少女の容姿はどう見てもそれには当てはまらない。
アルヴェムが真意を測りかねていると少女は静かに言葉を続ける。
「一昨日まで普通の生活をしていたの。海辺の街に生まれ育って、ずっと近くに海があるのが当たり前で……でも、全部変わってしまったわ。いつもみたいに眠っただけなのに、目が覚めたら全然知らない場所でね。『あなたは人間ではなく悪魔で、眠りの病に罹って百年間眠っていたのです』って言われたの。いきなりそんなこと言われても信じられないよね……鏡を見ても十七歳のままなのに百年以上経ってるなんて」
悪魔がどういった生物なのかはまだ分からない。
ただ、長寿の生き物なのだろう。それも人間とは違って加齢で年齢が変わるわけではない。だが、悪魔との混血であると知らず人間として生きてきた彼女が突然その事実を突きつけられて、芽生えた不安はアルヴェムには理解してやることができない。
「でも、故郷に連れて行ってもらったら『あぁ……もう私はひとりぼっちなのね』って思ってしまったわ。だって、何もかもが変わっていたんだもの……お母さんもお父さんも、私と仲良くしてくれた人たちも死んでいて、私が知っている故郷の姿はどこにもなかったわ……私、怖くなって逃げたの。つい昨日まで知ってたはずの世界が全部変わってて。ずっと眠っていたけど……今のほうが夢みたい」
悲し気な表情で言葉を紡ぐ少女。
同情、哀れみ、どんな言葉を掛けようとも彼女の気持ちには寄り添えない。
だが同時に理解もした。彼女が何故悪魔たちに襲われようとも、凄惨な光景を見ようとも動じなかったのか――彼女の言葉通り心のどこかで『夢』だと思いたいからだろう。
だからこそ、どんなことが起ころうともどこか無関心で感情の起伏が小さくなってしまっている。
「ごめんなさい。こんな話……されても困ってしまうだけよね」
「――だったら、今は"ふたりぼっち"だな」
「……え?」
その言葉に少女は呆気に取られたようだった。
周囲にはアルヴェムと少女しかいない。だったら、ふたりぼっちと定義するのが正しいだろう。
それに……とアルヴェムは前置きして、
「俺は他の世界からこの世界に飛ばされた。キミと同じように家族がいたのかは分からない。この世界で目を覚ました時から元の世界の記憶もないし、一人だったから。それでもこの世界で生きていくしかない」
相手は信じるかなど今はどうでも良い。
あてもなく、目標もない。ただ、機械でできた身体にある本能は生きることを望んでいる。
だったら、何か見つけるまでアルヴェムは備えながら生きるしかない。
そう思っていた時、不意に少女がアルヴェムの隣に座り込んだ。
「そっか……あなたもひとりぼっちだったのね」
「同情なんてしなくていい。それに今の俺はキミを拉致している。キミが俺に抱く感情はストックホルム症候群でしかない」
「すとっくほるむ……? それが何なのかわからないけど、ふふっ……"ふたりぼっち"、いいと思う」
先ほどまで沈んだ表情を見せていた少女だったが、何故か笑っていた。
可愛らしい笑みを浮かべて、橙色の瞳がアルヴェムを見つめる。
「遅れてしまったけれど、私の名前はイングヴィルド。誘拐犯さん、あなたの名前を教えて?」
「俺はアルヴェム……アルヴェム・オーヅァ」
名を聞いた少女――イングヴィルドは「いい名前ね」と言って、続けて何かを言おうとするも不意に彼女の頭が揺れる。
見ると今にも眠りそうだが、彼女は懸命に堪えていた。
「アルヴェム、私ね。特別な力に目覚めたから長い眠りから覚めたの。もう眠っても普通に起きられるって言われたけど、もしかしたらって思ったら眠れなくて……次に目覚めたら、せっかく知り合えたあなたもいなくなってるかもしれないって……」
今まで気付かなかったが、イングヴィルドは昨日眠っていなかったようだ。
いくら人間より優れている種族とはいえ、睡眠は必要だろう。まだ目覚めて日も浅い。後遺症が残っていても不思議ではなかったが、それでも彼女は寄る睡魔に耐えていた。
「無理をしないでくれ。眠っていい」
「でも……」
「一日以上眠っていたら起こすし、起こせなかったら何百年でも何千年でも待つ。それでいいか?」
「っ……うん。ありがとう……」
アルヴェムの肩に頭を預けたイングヴィルドから小さく寝息が聞こえてくる。
どうやら安心して眠ったようだ。
それを見計らって、今まで大人しくしていたユールーが視界に現れた。
【随分とその子に甘いのね~何で?】
「さあな」
短く言ってユールーを再び非表示にし、アルヴェムは顎に手を当てる。
現状、イングヴィルドは悪魔と人間……そして、特別な力を持っている貴重な存在。
それを大事にしないわけがない。いや、もしかしたらそれ以外に意味があるのかもしれないが、今のアルヴェムにはその意味を説明することができなかった。
ともあれ、問題はある。
イングヴィルドが眠り続けた原因である"眠りの病"。
これは悪魔特有の病気なのだろう。人間の病を調べた際に似たような症例はあったものの、イングヴィルドの身体を診てみるとはっきり違うと断言できる。
先ほどまで安定していた力の流れが不規則なものになっていた。これは自らの悪魔の力が本人の意思に関係なく作用し、百年もの月日が流れる眠りへと誘うのだろう。
本人は特別な力のおかげで普通に起きられると言っていたが、確証はない。
アルヴェムも起こすとは言ったが下手な真似をして悪化させてしまっては元も子もなくなる。
それならば、この"眠りの病"の完全な治療法を探すしかない。
心当たりはある。自分と同じ紅色の髪を持つ美少女――リアス。
悪魔である彼女に聞けば治療法が分かるかもしれない。一縷の望みだが会ってみても良いだろう。
アルヴェムとしてもイングヴィルドを襲おうとした悪魔たちのことは聞いておきたい。
そうと決まれば、アルヴェムはバイクを変形させてサイドカーを創り出し、そこにイングヴィルドを乗せては駆け出す――