ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
「ここがフェニックス邸か」
「大きい……」
イングヴィルドの魔力を借りて、指定された紙に描かれた魔法陣を起動した先、待っていたのは豪華絢爛な豪邸だった。
見上げてもまだ足りないほど敷地面積は大きく、これほどまでの住居は人間界で見たことがない。イングヴィルドが感嘆の声を上げている。
しかし住居、というのは些か語弊があった。
アルヴェムが人間界での歴史を調べて該当するものと言えば、これは城だ。
敵の侵入を阻むための巨大な正門、外壁。そして見張り台。
過去大戦を続けてきた悪魔の根城はやはり堅牢でなければならなかったのだろう。
ただ、外壁のどこを見ても傷がない上補修された後もないあたり、ここまで敵は攻めてこなかったのか、魔法で完璧に修復されているのかもしれない。
「やはり、冥界ともあって人間界とは空気が違うな」
冥界。
初めて訪れるが人間界とはベースは同じでも漂う空気が違った。
空は灰色。空中には人間界よりも遙かに高い濃度の魔力が漂っている。
悪魔にとっては過ごしやすい世界なのだろう。現にこの冥界に入ってから未だ不安定さを残すイングヴィルドの身に纏う魔力も今は安定しているように見える。
と、そこで正門が重厚な音を立ててゆっくりと開いていく。
どこからか見ていたか、来客に応じて開くのか、その正門を開けている者はいない。
「これは……壮観だな」
アルヴェムも感嘆の声を小さく上げる。
そこにはフェニックス家の使用人と思われる大勢の悪魔たちが並んでおり、一直線の道を作っていた。
先に待つのはフェニックス家現当主と思われる男性と、その妻であるフェニックス夫人。
「いきなり攻撃とか、されないかな……?」
「あの氷結弾は俺にしか作れないし、俺しか治すことができない。こちらが有利である以上、相手は俺たちに手出しはできないよ。それに攻撃してきたらフェニックス家は断絶するだろうな」
魔力の産物でない上にアルヴェムにしかわからない構造で作られている対策兵器。
数年、数十年とかければ悪魔側も対応できるかもしれないが、適応されればアップデートするだけで再びやり直しだ。繰り返したところで先に疲弊するのは悪魔側だ。
ここでアルヴェムの機嫌を損ねる真似しない確信がある。
一礼する使用人たちの間を堂々と歩いて行く。
フェニックス現当主の元にたどり着くと一礼し、向こうも一礼する。
「ご足労かけてすまない。早速だが、ライザーがいる部屋へ案内しよう」
「はい。交渉はその場でよろしいでしょうか?」
フェニックス現当主も頷き、踵を返して歩き始める。
その隣にフェニックス夫人も付き添い、アルヴェムとイングヴィルドはその先導のもとついていく。
庭園を越えて案内された先、城の中でも居住区にある一つの扉の前にたどり着く。
扉が開けばそこは部屋の中心に大きなベッドがある以外、何もない。
そのベッドの傍らに寄り添うのは、レーティングゲームでも戦った相手レイヴェルだ。
見ると壁際にはライザーの眷属たちが並んでいる。それぞれ心配そうな表情をしていた。
ベッドは氷塊と化していた。
恐らくレーティングゲームが終わった後でライザーが内側から燃やそうとしたか、治療と称して外部から衝撃が加わったか。氷の層は肥大化している。
見たところ、ライザーの余命は一日程度と言っていいだろう。
永遠に近い年数を生きる悪魔にとってはあまりにも早い。だからこそ、フェニックス現当主にも焦りが見える。
「キミの一撃を受けて以降、どのような手を施しても氷が増すばかり。まさか我々にここまで深手を与える者がいるとは思わなかった。こちらに良い感情がないことは承知の上だが――どうか、息子を治してやって欲しい」
そう言って、ライザーの様子を見たフェニックス現当主はアルヴェムに頭を下げる。次いでフェニックス夫人もまた同様に頭を下げた。
悪魔は血縁者相手にも情が薄いと思っていた。
だが、フェニックス現当主たちにその様子はない。悪魔の将来や利権に対する欲求など、そんなものは感じなかった。
ただ純粋に息子を心配する親の目を二人はしている。
ここで邪念を感じ取れば、こちらの対応も違ってきたがどうやら真摯に対応する必要があるようだ。
一拍空けて、アルヴェムは口を開く。
「ひとつ、誤解を解いておきたいのですが俺はあなたたちに恨みなどありません」
「え……?」
その言葉に驚いたのはレイヴェルだった。
そう思われていたこと自体、不本意だがアルヴェムは言葉を続ける。
「レーティングゲームでは確かに敗北しました。しかし、あなた方は何の不正もなく己の力を行使しただけで純粋な勝負でした。ですから、勝敗にも部長の結婚にも俺個人として不満はありません。ただ――治療をする以上、対価はもらいます。悪魔はそういう種なのでしょう?」
「……ああ、その通りだ。キミは何を望む? 何でも揃えよう」
「俺が望むのは『女王』の駒です。それ以外は応じません」
その対価に息を呑むフェニックス現当主。
それもそうだ。『悪魔の駒』は上級悪魔になって初めて譲渡されるもの。
転生悪魔という新たな悪魔を増やす上で徹底的に管理されている代物であり、そう容易く譲渡できるものではない。
「――私が持つ『女王』の駒をあなたへと譲渡しましょう」
「お母さま!?」
だが、即時決断をしたのはフェニックス夫人だった。
「私はゲームに参加するつもりはありませんし、駒も余っております。それで息子を救えるのならば安いものです。ただ、少しだけ時間をください。前例がないこと故、駒を管理しているアジュカ・ベルゼブブ様と交渉しなければなりませんので」
「その交渉は私がしよう。現当主として、必ず良い返事をすると約束する」
「わかりました。受け取り次第、治療致します。それまでは彼の検査を行いますので、こちらもしばし滞在できるようにしていただけると幸いです」
「ならば、使用人を何人か置いておこう。必要なものがあれば彼女たちに言ってくれたまえ」
言って、フェニックス現当主が手を小さく挙げると入室してくる使用人たち。
そこまで必要ないとは思ったが、フェニックス家として一大事。手を抜くわけにはいかないのだろう。
フェニックス現当主、そしてフェニックス夫人が退室し、残ったアルヴェムは早速氷塊となったライザーへと視線を移す。
我ながら恐ろしい兵器を作ったものだ、そうアルヴェムは感じる。
今回はフェニックスにも効くほどの威力で作ったが、温度上昇による凝固能力を応用すれば戦略兵器にもなり得る。
不死身と称されるフェニックスをも殺しきれる戦略兵器、もしどこかの勢力と全面戦争になってもそのほとんどを削り切れるだろう。
そこで、アルヴェムは自らに刺さり続ける視線に気付く。
見るとレイヴェルが何とも言えない表情でこちらを見続けていた。
「何か言いたいなら言えばいい。それで手を抜く真似はしないよ」
「いえ、レーティングゲームでの一件は何も思わなくは……ありませんが、フェニックスを攻略しようとしたあなたのことを非難しませんわ。現にフェニックスの力を過信していた私やお兄様ではこんな力を創り出すなんて思ってもいませんでしたし」
思った以上にレイヴェルは素直な子のようだ。
もっとわがままなお嬢様気質でもおかしくなかったが、戦略家のためか相手の実力は認められる。
その気になれば優秀な軍師になれるだろう、そんな感想をアルヴェムは抱く。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「何故『女王』の駒を欲しがるのでしょうか? 眷属が欲しいならば駒を全て要求するでしょうし、あなたの目的が見えませんの」
「眷属が欲しいわけじゃない。そこにいる彼女……イングヴィルドは人間と悪魔の混血で強大な力を持っているが完全な悪魔じゃないから不安定なんだ。だから『女王』の駒で転生させて、完全な悪魔にして力を安定化させる」
少しだけイングヴィルドに目をやるとレイヴェルもその視線に追随する。
イングヴィルドを見て、レイヴェルもその魔力の不安定さに気付いたのだろう。
「彼女のために……でも、どうしてそこまで?」
「もちろん、研究のためだ。彼女を通して神器と悪魔を知る」
「それでしたら、私にしたようにあのカプセルに入れたらすぐに終わるのでは?」
「悪魔には固有の能力があるようでな。それがある上、俺は彼女と契約を結んでいる。固有能力の発現と神器の解明、それはカプセルに閉じ込める荒い手段では解明できない」
「荒い自覚はおありだったんですね……」
ジト目で睨まれるも、敵であったレイヴェルに気を遣う要素などない。
それでもレイヴェルはイングヴィルドに視線を移して、
「今のあなたを知って納得しましたわ。あの学び舎で初めてあなたを見た時、いきなりお兄様を攻撃したのを見て気性の荒い人だと思いましたが、その後ゲームでは打って変わって冷静な振る舞い……あの時は怒ってらっしゃったのですね、あの方に危険が及ぼうとしたために」
その目は少しだけ羨ましそうなもので、レイヴェルも何か思うところがあるようだ。
だが、深くは言及しない。そこはきっと彼女の根底にあるものなのだから。
代わりにアルヴェムからも質問をすることにした。
「こちらの要求をすぐに呑んだあたり、キミの両親はライザーを大切にしているんだな。結婚を控えた次期当主ともなれば当然か」
「……? いえ、お兄様はフェニックス家としては三男にあたりますから、家は長兄が継ぐ予定ですわ。私もそうですけど、両親はお兄様を大切に想っていますの」
「そうか……悪魔は合理的な種族だと思っていたが、どうやら家族には情があるらしいな。認識を改めるよ」
「あなたには家族がいませんの?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない。元々の記憶がない俺にはわからないものだよ」
「そうですか……ごめんなさい。デリカシーのない聞き方でしたわ」
「構わない。覚えていない分、気は楽だよ。それに今の生活も悪くないからな」
リアスとライザーが結婚した場合、どうなるかはわからないが。
そんな言葉は置いておいて、アルヴェムはふとイングヴィルドを見て思い出す。
イングヴィルドは百年前に眠りについていた。その間にもちろん両親は死んでいるし、知人も全て亡くなっているはず。
だったら、誰が眠っていた彼女を保護していたのか。
百年もの長い間、人間なら無理だ。どこかの家系が彼女の保護を歴代継いでしていたとも考えられない。
そうなると長寿、そして悪魔の血が混じっているともなれば、ほぼ確実に悪魔が関わっている。
「レイヴェル・フェニックス、突然だがイングヴィルドのような人間と悪魔の混血を悪魔が百年もの間、保護すると思うか?」
「悪魔は血統を遵守しますわ。ですから、その他種族から転生した悪魔や人間を下等と称する者は多いです。特に地位のある上級悪魔ともなれば、その考えは顕著です。しかし、イングヴィルドさんは高い素質を秘めている……どこか高潔な家系に関係しているのかもしれません」
「そうなると話は別になる、ということか」
「ええ。悪魔側に保護をするメリットがあった……ということなのでしょうね。混血である以上、外には情報が出回らないでしょうが相当名のある家なのかもしれませんわ」
「イングヴィルド、キミは何か覚えていないのか?」
目覚めた時、イングヴィルドへ説明を行った者がいるはず。
うーんと頭を悩ませながら、イングヴィルドはやがて言葉を絞り出す。
「目が覚めた時、何かの紋様を見たの、かな……?」
「紙とペンを用意してもらおう――すみません。お願いできますか?」
アルヴェムの言葉に使用人の女性たちが頷く。
すぐに紙とペン、そして小さなテーブルと椅子が用意された。
イングヴィルドは思い出しながらペンを紙に走らせていく。
「こんな感じだった……と思う」
イングヴィルドが書いたのは一つの魔法陣。
やや画力が足りていない気もするが、その魔法陣には蛇のような紋様が混じっており、それを見たレイヴェルが驚愕で目を見開く。
「この紋様……まさか、レヴィアタンですの……?」
「レヴィアタン? 四大魔王の原種は大戦で死んだはずでは?」
「確かに亡くなりはしましたが、あの方々には子孫がいますわ。そもそも今の魔王様たちはかつて四大魔王様を失った時、世襲を望む旧魔王派と力ある悪魔が魔王の名を継ぐ禅譲制を説いた新魔王派との内乱で新魔王側が勝利したことにより、今の地位についています。一方で旧魔王側の者たちは僻地に追いやられて隠居されていると聞いていましたが……」
「どこかの時点で人間界に行き、イングヴィルドの先祖と交わったわけか」
「隔世遺伝、極稀ですが事象としては聞いたことがあります。ですが、旧レヴィアタンにはすでにカテレア様がいるはず……イングヴィルドさんを庇う理由はないと思いますわ」
「ようやく事情が少し見えてきたな」
イングヴィルドと初めて出会った時、彼女の命を狙ってきた悪魔たち。
もしかすると彼らはそのカテレア・レヴィアタンの差し金だったかもしれない。
今はおとなしくしているようだが、純血のカテレアにとってイングヴィルドの存在は邪魔でしかない。血統を重んじる悪魔なら当然の行動だ。
「だが、それなら尚更イングヴィルドを庇っていた理由がわからないな。始末など眠っている間にすれば済む話だ」
「もしかしたら、旧魔王派の中でもカテレア様に属さない者がいるのかもしれませんね」
「確かめるにしても会う方法が力ずく以外にないか……」
「いえ、お兄様とリアス様の婚約パーティに旧魔王派の一部が参加しますわ。種の存続を第一に考えている以上、新魔王派も彼らを邪険に扱いはしませんから」
「気は進まないが、イングヴィルドを婚約パーティに連れて行くしかないな。誰が旧魔王の者かわからない以上、イングヴィルドが見つけるか彼女の姿を見て反応を示した者に話を聞く」
フェニックス家に来たのは『女王』の駒を手に入れるためだったが、思わぬ副産物を得た。
「ありがとう、レイヴェル・フェニックス。面白い話が聞けた。それにイングヴィルドもよく思い出してくれた。これで今後の指針が定まったよ」
「役に立てたなら良かった……」
「私も気が紛れましたから礼には及びませんわ」
どうやらレイヴェルは心根の優しい少女のようだ。
こちらもそれ相応の礼をしなければならない、そう感じたアルヴェムは右手を小さく掲げ、
「キミに免じて、先払いしよう」
【
右手が熱を帯びる。
それは攻撃性のあるものではない。今、自らの氷結弾に対する解除専用としたものだ。
熱が加わると凝固する性質に触れない熱伝道。この世界とは違う理で作り上げた熱で容易く氷の層は溶ける。
急に熱を与えられ溶けた氷の層は一気に水蒸気へと変化し、部屋中を満たす。
慌てて使用人たちが窓を開くと、徐々に視界が鮮明になっていき、やがて無傷のライザーが元の姿を取り戻していた。
「ここは……」
ライザーがゆっくりと瞼を開けて目を覚ます。
それを見てアルヴェムはイングヴィルドと共に一旦ベッドから離れる。
涙目のライザー眷属たちが一斉に駆けつけたのは言うまでもない――