ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
「そう急くな。余興はまだあるんだよ」
まだケルベロスがいるのか、そう思った瞬間、校舎の外装が爆ぜる。
舞い上がる粉塵にリアスたちは驚き、そちらへと目をやった。
皆が大切にしている校舎の外壁は見るも無残に破壊され、その粉塵から背を向けて飛び出してきたのは――ゼノヴィアと木場だった。
二人とも身体の各所に傷があり、それは鋭い刃によるもの。
未だに姿を見せないフリードか……そう考えた者もいただろうが、ゼノヴィアが声を上げる。
「やめるんだ、エイミィー! 私たちが戦う理由なんてない!!」
ゼノヴィアの視線の先、瓦礫を弾き飛ばして現れたのは――エイミィーだった。
しかし、その様子はおかしい。
目は虚ろで、どこか焦点が定まっていない。
時折、独り言を呟くように口を動かしては足元も覚束なかった。
明らかな異常。その姿を見て、アルヴェムはコカビエルを睨みつけ、
「何をした?」
「大したことはしていない。我が根城に一足早くたどり着いたからな。その褒美に褒めてやっただけだ――仕えるべき主を亡くしたというのに、よく戦うな……とな」
「どういうこと……?」
コカビエルの不敵な物言いに意味を理解できないリアスが疑問を漏らした。
この場にいる誰もが理解できない状況でコカビエルだけが高笑いをする。
まるで――無知な者を笑うように。
「教えてやるよ。先の戦争で四大魔王が死んだだろう? その時を同じくして天界では神も死んだのさ」
その言葉が戦場と化した駒王学園の時を一瞬止めた。
誰もが信じられない、そんな表情を浮かべる。
しかし、真実を知るコカビエルにとってはそれすらも滑稽に見えただろう。
「知らなくて当然だ。誰に言える? 崇められ信仰の対象である神が死んだなどと、どの勢力もほんの一部しか知らん話だ。一度口にすれば人間界を根底から覆すほどの事実なのだからな」
「嘘だ……嘘だ……」
力なくうな垂れ、膝から崩れ落ちるゼノヴィア。木場もまたその瞳から驚愕を隠せていない。
それもそうだ。ゼノヴィアは神を信じ、神のために戦ってきた。神に仕えることを使命として、ただそれだけのために生きてきたのだから生き甲斐そのものを奪われたと言ってもいい。
木場もまたかつては同胞と共に過酷な人体実験を受けた。神を信じ、その寵愛を受けようとどれだけ虐げられようとも神を支えに耐えていたのだ。
それがいなければ、一体何のために――
「戦後に残されたのは疲弊どころではない惨状だけだ。神を失った天使、魔王と上級悪魔の大半が死んだ悪魔、元から多くもない数がさらに減った堕天使……どの勢力も人間に頼らねば種の存続すらできないほど落ちぶれた。その結果、お互い戦争の火種になった神や魔王が亡くなったことで争う理由がなくなったと矛を収めやがった……ッ!!」
湧き上がった憤りにコカビエルは椅子を破壊して立ち上がると拳を深く握り締めた。
憤怒の形相を浮かべて、コカビエルは叫ぶ。
「他種族の血を入れてまで何になるッ!! 犠牲が出ることなど最初からわかっていただろう!! 最後までやっていれば堕天使が勝てたかもしれんのだ! それを部下の大半を失い、アザゼルの奴は神器使い集めなんぞに現を抜かし、腑抜けやがったッ!!」
激昂するコカビエルにアーシアは呆然としていた。
悪魔になっても信仰心を失わなかった彼女は神の死という現実を受け入れられないでいた。
「主がいない……それでは、主からの愛は……?」
「神の守護、愛などなくて当然なんだよ。神の代わりにミカエルが天使と人間をまとめ、神が使っていた『システム』を機能させている。そのおかげで神への祈りに対する祝福も、悪魔祓いの力も成り立っているわけだ。だが、神と魔王がいない以上、聖と魔のバランスは崩れている――そこのエイミィー・クァルタという存在がまさにその象徴だ」
コカビエルが指したのはエイミィーだった。
「天使と悪魔の混血、神がいるならばそんな存在が成り立つわけがないだろう? 俺から見ても、あれはただの化物だよ」
その一言でアルヴェムは今にもコカビエルへ肉薄しようとするも、それよりも早くエイミィーが動いた。
夜空を貫くほどの光で創り出された穂先の槍が上段から振り下ろされる。
狙いは――ゼノヴィア。
神の死を知り狼狽するゼノヴィアはその一撃に反応ができなかった。
空気を裂き、触れずとも身を焦がすほどの光。初めて戦った時とは違う――明らかな殺意を持った一撃。
アルヴェムは一度コカビエルから視線を外して飛び出すと、ゼノヴィアの前に立つ。バリアに消滅性を与え、エイミィーの一撃を正面から受けた。
衝突によって、地面を抉りながら散っていく光の奔流。
アルヴェムが立っていた場所もすでにクレーターだらけであり、夜にも関わらず眩い閃光が一面を支配した。
やがて、耐えきったアルヴェムは真っ直ぐエイミィーを見据える。
「やめろ、エイミィー。神が死んだとわかった以上、エクスカリバーを奪ったところで神のためなんてなりはしない。上層部の私腹が肥やされるだけだ」
「――わかっていますよ。今はもう、そんな目的のために動いていません」
その声は酷く冷静なものだった。
コカビエルに操られているものだと思っていたが、違う。
目にははっきりとした意思を感じる。先ほどまでの異常な姿は影もなかった。
「ずっと、ずっと……考えていたんです。私の生きる意味は何なのだと――両親は私という存在のせいで殺されました。私は神器の力と神の慈悲によって生かされました。ならば、私には神のために生きるしか道はないと思って、与えられたどんな任務にも臨み、数多の命を奪いました」
淡々とエイミィーは語る。
その言葉に熱はない。ただ、事実を並べているだけだった。
「もし――もし、神がいなければ私はどうするんだろう。そう自分に問いかけた時、ひとつの答えが出ました。でも、それは実行できません。だって、神は生きているんですもの。今までも、これから先も……私の『本当にしたいこと』は心に封じないといけない、そう思っていました」
でも……と、彼女は一度瞼を閉じた。
「神は――もういません。だったら、封じる必要なんてないじゃないですか」
次に瞼が開かれた時、エイミィーの瞳に変化が起きていた。
――星。
数多の小さな星が瞳の中で輝いている。
天使の翼が六枚、悪魔の翼が八枚、合計十四枚もの翼がそれぞれエイミィーの背中から羽ばたきを見せると全ての翼が膨大な魔力に包まれた。
まるで天の川のようにいくつもの恒星を内包した翼。全ての翼の形状が統一される。
綺麗、神秘、そんな言葉が頭を過ぎるも神性の先にあるのは途方もない不気味さだ。
「くっくっく……どこまで化け物なのだ貴様は! まさか、こんなところで拝むことになるとは――アスモデウスの『
アスモデウス……魔王に冠する名の一つ。
コカビエルの言葉で納得がいった。エイミィーが持つ非凡なる魔力の高さ。イングヴィルドのように家系のどこかで魔王の血縁者がいて、それが隔世遺伝して覚醒している。
「私は……私から両親を奪った者から全てを奪って、世界に根付く信仰の全てを壊します。両親の無念をこの手で晴らす。それこそが私の生きる意味、生き残った意味なんです!!」
言い聞かせるようにして叫ぶエイミィーが星の翼を広げれば、地面、校舎の壁、やがては結界にも届く。
ソーナたちが抑えるとは言っていたが今の一撃でヒビが入った。あと一撃でもまともに当たれば結界は砕け、この学園内だけの話では済まなくなるだろう。
アルヴェムは視線をエイミィーに残したまま、ゼノヴィアに声を掛ける。
「早く立て、キミが後ろにいると俺が戦えない。彼女にキミを殺させないと約束しているんだ」
「エイミィーが……」
神という人生の全てを失っていたことを知ったゼノヴィアの心は揺れていた。
エイミィーを救うべきか、今脅威となるコカビエルを討つか。
心の均衡すら取れていない時点で、今のエイミィーにもコカビエルにも勝てはしない。それは平静ではない彼女自身でも理解できることだ。
だから、ゼノヴィアが取った行動は――その場で頭を下げた。
「頼む、エイミィーを……私の妹を救ってくれ。私に差し出せる物なら何でも差し出す。だから……彼女だけは助けてくれ。本当は真に優しい子なんだ……」
「言われずとも止めるさ。イングヴィルドにも言われているからな」
一度、アルヴェムはゼノヴィアの首元を掴んでイングヴィルドの元まで下がる。
ゼノヴィアを放すと、祈るように拳を握っていたイングヴィルドの肩に手を置き、
「イングヴィルド、キミは自分だけを守れ。そう長くは待たせない。必ずエイミィーをキミに再会させるよ」
「うん。信じてる」
言って、イングヴィルドはアルヴェムの後頭部に手を回して引き寄せる。
一度だけ、その唇が額へと触れた。
これは前にもレーティングゲームの時にされたものと同じ。ということは――
「おまじない。一緒に戦えないけど、想いは一緒だから。どうか、エイミィーを助けてあげて」
「ああ、任せろ。
不思議と、このおまじないは効く。
アルヴェム自身、例えようがないがどんなことでも何とかなりそうだと、何の計算もなく思えるのだ。
最後にアルヴェムはリアスへと顔を向け、
「部長、皆で十分だけ耐えてくれ。その間にエイミィーとの決着をつけて、俺がコカビエルを処分する。今度は必ず間に合わせる。だから――俺を信じてくれ」
「心強い言葉ね……わかったわ。お兄様も認めるその力、存分に見せてもらうわよ!」
背中を押され、アルヴェムは駆け出す。
再びエイミィーと相対すると、アルヴェムを見てエイミィーは一度だけ言った。
「あなた様には何の恨みもありません。ですから、退いてください。さもなければ――」
「殺しにきたらいい。他を狙ったところで、俺はキミの邪魔をする。だから、キミはまず俺をどうにかしない限りは誰も殺せないよ」
一つ、息を吐いてアルヴェムは身構える。
「キミが今まで受けた痛みは俺にはわからない。キミが抱く怒りがどれほどのものかもわからない。だが――その全てを受けられる相手が目の前にいる。ぶつけると良い。俺は全てを受け止め、キミを止める」
「……そうですか」
エイミィーは酷く落胆を込めた声音で言って、目に浮かぶ星々を輝かせた。
『
「嘘だろ……」
一誠が見上げた夜空は、その色を変えていた。
空気が汚れた都市部ではありえないほど数多の星々が天に輝き、満天の星空を作り出している。
しかし、それはただ綺麗なものではない。その全てに敵意、殺意が込められている。
瞬間、星を媒介とした魔法陣が数十、数百と夜空に出現すると途端に降り注ぐのは――火球。
いや、その中心には固形の何かがある。石、のような硬質的な物体だ。
魔力によって発火した高熱の火炎で擦り減り続けているものの、今いる地上から見てハンドボールほどの大きさ。つまり、遠く離れた空から落下する物体はとてつもなく巨大で、そんなものが一つでも地上に激突すればどうなるか――想像に容易い。
「星を媒介に隕石を創り出す……それが能力の一つか」
【
コカビエルが何かをする前にエイミィーの力だけで学園どころか地域一帯が容易く滅ぶ。
リアスや外にいるソーナにこれらを防ぐ術はなく、アルヴェムはすぐさま動いた。
背中から夥しい数の推進器を装備した小型機が一斉に射出され、結界を飛び出していく。
その全ての先端が変形して消滅のバリアを発動させ、隕石を真正面から受ける。
けたたましい音を響かせながらも隕石は削れていき、やがて失速しては消滅した。
だが、受けてわかった。これはただの隕石ではない。
魔法陣を通して莫大な魔力でコーティングされ強化を受けている。一発一発が必殺の一撃を持ち、ひとつでも地上に落ちれば数多の生命を奪う戦略兵器だ。
それらが今も落ち続けている。
対応を一度でも誤れば、甚大な被害を及ぼす。
コカビエルやエクスカリバーよりも遙かに恐ろしい存在と言えよう。
現にコカビエルも想像以上の規模に思わず笑いが零れていた。
「この魔力、前アスモデウスの比ではないな。その特性もかつて大戦で見たものと違う。突然変異体……もはや現魔王にも匹敵するではないか!」
その言葉を聞いて、一瞬意識がコカビエルに向けられそうになるも、アルヴェムに衝撃が襲う。
光の奔流。それも今まで見たことがないほどの膂力で薙ぎ払われた一撃が、アルヴェムを遙か後方へと吹き飛ばした――
―○●○―
結界の端へと飛ばされ、打ち破り、住宅の壁へぶつかりそうになったところで地を蹴って民家の屋根へと着地する。
「…………」
光の一撃を受けた腹部は着ていた制服ごと皮膚が吹き飛ばされていた。
骨格を守るバリアは突破されなかったものの、たった一発でこれほどとは魔王級と言っていい。
忘れていたわけではないが、エイミィーは天使と元人間の悪魔との子。圧倒的な魔力に加えて天使の力である光、そして神器がある。
――強い。
思わず、心の中に素直な感想が出てしまった。
この強さを持つエイミィーを殺さずに止めようとするのは本当に骨だろう。
「……だが、やると決めた以上はやるさ」
そんな独り言を呟いているうちに、星の翼を羽ばたかせて追ってきたエイミィーはアルヴェムの眼前へと降り立つ。
その手には光の槍が携えられている。夜空を裂くほどの光の柱を放つそれを槍と称していいのかもわからないが、とにかく武器を創り出していた。
「アルヴェム様、今ならまだ遅くはありません。空に浮かぶ小型機を止め、降伏してください。あなた様を殺したくはありません。あなた様の返答次第でイングヴィルド様も傷つくことなく、この夜を明けられることができますから――どうか、賢明なご判断を」
この期に及んで、エイミィーはまだ選択肢をくれていた。
手で腹部を撫でると修復を終え、アルヴェムは真っ直ぐエイミィーを見据える。
「キミは……やっぱり、優しいよ。否定しても、それは変わらない。本来のキミは優しいんだ。でも、今のキミは生まれと自ら定めた運命に縛られている。区切りをつけなければその鎖が死ぬまで付きまとう……だから、言ったんだ。俺が受け止めると」
「…………私は」
「町のことも、人のことも、気にするな。思い切り力を振るえばいい。俺は何も壊させないし、誰も殺させない――俺にはそれを叶える力がある」
【
次に射出されたのはパイプ状の機械。
それが多方面に数多く射出されていき、それぞれ壁や屋根に引っ付くと一斉に妨害電波を出し始めた。
これで戦闘区域にある電子機器は全ての効力を失う。電波を受信することもできなくなり、この戦闘を見られたとしても発信する手段はなくなった。
そして、ポッドが放つ二種類目の電波には人の脳波を邪魔する効果を含ませた。これで今回の一件に関わっていない者たちは意識が朧げとなり、誰の記憶にも残らないだろう。
「今の世界にいるのはキミと俺だけだ。さあ、かかってこい――エイミィー・クァルタ」
両手を挙げ、人差し指で手招きしアルヴェムはエイミィーを誘った――