ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
コカビエルは困惑していた。
たった一発、拳を喰らっただけで――立てない。
脚が震え、全身に力が入らないのだ。
自分はどの戦力も全盛期だった頃の戦争で生き延びたほどの実力者。
自らの力には絶対の自信があり、だからこそ再び戦争を起こそうとした。
まだその前段階にすら入っていない。この学園を破壊し、この街を吹き飛ばした先で激昂したサーゼクスを筆頭に天界をも巻き込んで戦争を再び始めるのが主たる目的だ。
当然、現時点でこの地にコカビエルの相手になる者などいない……はずだった。
だが、今のコカビエルは地面に跪いたまま動けない。
体内から込み上がるものを堪えられず、吐き出すと吐瀉物以外に血が大量に零れる。
中には折れた歯も混じっており、あまりにも明らかなダメージだった。
ふと、コカビエルに影が重なる。
そして絶対零度の視線。その持ち主はコカビエルを殴り飛ばした少年――確か、アルヴェムと言ったか。
――何なんだ、コイツは……?
理解がまるで追いつかない。
通常、強者ならば例えどれだけ抑えていたとしても、そのオーラは何かしらの形で見える。それもコカビエルを相手にできるなら尚更のことだ。
しかし、アルヴェムにはオーラが見えない。似た何かを感じるだけだ。
それが実力に直結しているなど予想だにしていなかった。
余裕などありはしない。
次に一撃を受ければどうなるか、コカビエルは嫌でもわかってしまう。
アルヴェムは死ぬまで殴るつもりだ。今すぐにでも打開策が浮かばなければ殺される。
迫る死にコカビエルの手は自然と震えた。
得体の知れない化物が拳を握って、コカビエルの様子を窺っている。
何かしようとした瞬間、再びあの威力の拳がコカビエルを穿つ。そして、二度目は耐えられない。
今までコカビエルを支えてきたもの、実力、立場、矜持、全てが崩れ去りそうになる。
それを懸命に、どうにか維持するので精いっぱいだ。
「どうした、立ち上がらないのか?」
今もコカビエルを見下すアルヴェムから、声が届く。
嫌に冷えた声で、返答を待たず、言葉は間髪入れずに続いた。
「戦争がしたかったんだろう? まさか、こんなはずじゃなかったとでも思っているのか?」
「ぐ……ぬ、うぅあぁああああ――ッ!!」
自らを鼓舞するための叫び声。
光の槍を顕現し、力を振り絞って飛び出し――
「相手を間違えたな」
二発目の拳が今度は鳩尾へと突き刺さり、コカビエルの視界は消え去った――
―○●○―
骨が砕ける音、そしてコカビエルの肉が殴った鳩尾から皮膚へ波を描く。
今度は吹き飛んで威力を逃がすのを許さないために、中で衝撃が炸裂するように打った。だからこそ、衝撃が背から抜けると、その余波で黒い羽根が舞い散る。
もはや、何の受け身もなくコカビエルは地面に倒れ伏した。
その背にあった十もの黒い翼は羽根が全て落ち、まるで食用に羽毛を捥がれた鶏のように物寂しいものと化す。
何度か痙攣し、コカビエルはもう立ち上がる気配すらなかった。
だが、それではアルヴェムの気が済まない。
「さあ、立て。散々他者を利用して楽しんだのだから、今度はこちらの番だろう?」
声を掛け、靴の爪先で頭を軽く突いたところでコカビエルは動かない。
戦闘不能。見るからにわかる。だが、アルヴェムの胸の内に宿った激情はこんな程度では晴れない。
しかし、その鬱憤を晴らす相手はすでに戦えない状態にある。
自然と口から息が漏れた。これが落胆の意を示す、ため息というものなのだろう。
戦えないのなら、もう消すしかない。アルヴェムの右手が変形し、砲口へと変わろうとしたが――リアスがそれを止めた。
「アルヴェム、もうやめなさい。決着はもうついたわ」
「まだ死んでいない。こういうのは生きていたら後で何をするかわからないからな。今のうちに消しておくべきだ」
戦争を求める者を生かしておいては、いつか必ずまた行動を起こす。
特に悪魔と同様に永遠に近い歳月を生きるコカビエルならば尚更のことだ。
主であるリアスに歯向かってでも、確実に仕留めておく。
だが、ぽすん……とアルヴェムの背中に重さが加わったのを感じる。
振り向くと、イングヴィルドがアルヴェムを後ろから抱きしめていた。
言葉はなく、ただ首を横に振るう。それだけだ。
それだけでも伝えたいことは十分に理解できる。彼女はこれ以上の戦闘を望んでいない。
「……わかった。やめるよ」
変形を止め、両手を軽く挙げる。
三大勢力の戦争を望んだコカビエルの謀略はこれで終わった。
グレモリー眷属は誰一人欠けることもなく、エイミィーも殺さず止めることができて、イングヴィルドに怪我もない――結果としては最大級のものだ。
後はサーゼクスからの加勢を待って、コカビエルの身柄を渡せば終わる。
この場にいた者たちから自然と気が抜けた瞬間、気配を感じた。
それは朱乃とリアスも同じで上空を見上げる。
いたのは白い
背からは一対の軸より輝く翼が八枚見られ、身体の各所には青い宝玉が輝く。
類似しているものと言えば、色や形状は違えどライザー・フェニックスとの決戦で一誠が使用した『赤龍帝の籠手』の禁手でもある『赤龍帝の鎧』だ。
つまり、現れたこの白い鎧はゼノヴィアが一誠に言っていた
「……『
「ふふふ……面白いことになっているな」
言って、『白い龍』こと白龍皇は空から降ってきた。
白い閃光と共に勢い良く、しかし地面を破壊することなく地面の少し上で浮遊する。
闇夜にいながらも、一切の陰りを見せない白き鎧にグレモリー眷属は目を奪われたが、その実力、感じるオーラは今の面々にとっては絶望的なものだ。
「『神滅具』のひとつ、『
その姿を見たリアスが言う。
一誠も実物を見るのは初めてだが存在したいは知っている素振りを見せるあたり、本当のことなのだろう。
だが、今の問題はそこではない。新たに現れた相手に敵意があるかどうかだ。
「それで白龍皇とやらは何しに来たんだ?」
「今は堕天使側に身を置いているものでね。コカビエルと……そこに倒れているフリードを回収しろとアザゼルに言われているんだ」
声からして男性。
計測器にもそう表記されているあたり合っているのだろう。
「ついでにいずれ戦う宿敵くんも見ていたわけだが……女性の乳房を吸うために能力を上昇させる姿は面白かったが、地力がまるで足りていない。まだそこの機械じみたキミや覚醒した魔王の後継者を相手にする方が戦いとしては面白そうだが……今回はなしだ。早急にコカビエルとフリードを連れ帰らないといけないんでね」
「コカビエルを倒したのは俺だ。つまり、身柄は悪魔側が預かっていると言っていい。組織としての総意かは知らないが一方的に攻撃してきたのはそちらだ。簡単に了承して渡すわけにはいかないな」
「その口振りだと何か条件を出したいようだが、聞くだけ聞こうか」
コカビエルに関してはアルヴェムがいたからこそ捕縛できた。そうでなければ白龍皇に介入されて、コカビエルは捕らえられていただろう。
だからこそ、今回の条件はアルヴェムが好きに言っても問題はないはず。一応、リアスに視線を送るが彼女はアルヴェムの意を察して頷いてくれた。
下手に譲歩しなければ白龍皇とも揉めることになり、堕天使をさらに刺激する可能性がある。
手頃な条件を出してこの場を収める、リアスはそれを優先した。
ならば、アルヴェムは簡単に言う。
「俺はそちらの因縁や伝承を知らないもんでな。その『白龍皇の鎧』の能力を開示するのと、その鎧にある宝玉をひとつもらおうか」
「ふっ……さりげなく二つ要求するとは欲が深いな。だが、悪魔らしい。いいだろう。その条件を呑む」
白龍皇はそう答えると右手で左腕の籠手を掴み、宝玉を引き抜いた。
それをアルヴェムに向けて投げ渡すと、次いで言葉を紡ぐ。
「我が神器『白龍皇の翼』の能力は『半減』と『吸収』、触れた対象の力を十秒に一度半分にし、その力を自らに加算する。まあ、神格に対しては上手く発動しないものだがな。今の姿――『白龍皇の鎧』ならば、多少は無理が効く。半減も吸収も好きなように行えるのさ」
「なるほど、赤龍帝は自らの力を倍加し他者へ譲渡する。白龍皇は相手の力を奪い自らの糧にする……か。因縁がある両者らしい対極の力だな」
納得するとアルヴェムは自らの足元で転がっているコカビエルを靴の爪先で引っ掛け、それを白龍皇へと蹴り渡す。
「交渉成立だ。後は好きにすればいいよ」
白龍皇は頷き、コカビエルと離れたフリードの身体を肩に背負うとその場から飛び立とうとする。
すると、一誠の左手にある籠手がその宝玉を輝かせた。
『会えばすぐに挑んでくると思っていたが、どうやら互いに戦い以外に興味があるようだな』
『いずれ戦う運命だ。それが毎度のことであれば、たまには別の趣向も悪くない。そうだろう、ドライグ?』
『そうだな、アルビオン。もう少し、互いの所有者の行く末というものを見続けるのも良い』
それだけ言って会話は終わった。
それぞれの宝玉に宿る赤い龍ドライグと白い龍アルビオンとの会話、互いに因縁がある割には短いものだ。しかし、それだけで互いの意を理解したらしい。
去り際に白龍皇は一度だけ一誠を見る。
そして、一言だけ残した。
「もっと強くなるといい。そうすれば、少しは世界が見えてくるだろう」
それを最後に白龍皇はその場から飛び去った。
夜空に白い軌跡を残し、この町から気配すらも消えていく。
現赤龍帝と現白龍皇にはとてつもない差が開いているようだが、今はどうだっていいだろう。
死線を乗り越え、学園から展開されていたコカビエルの魔法陣もなくなり、今回の一件は解決した。
肩で息をする木場の後頭部を背後から一誠が叩く。
「よぉ、色男! それが聖魔剣か……白と黒が混じって何か綺麗な色だな!」
「イッセーくん、僕は……」
「細かいことは言いっこなしだ! せっかくアルヴェムが勝ってくれて解決したんだし、お前も仲間の想いを知ってエクスカリバーに勝ったんだ。それで一旦いいだろ?」
「…………うん、ありがとう」
今まで復讐に囚われていた木場はどうやら解放されたようだ。
この件に関してはイングヴィルドのリストバンドにある映像を見ればいいだろう。そこには恐らく木場が禁手に至る瞬間も捉えられているはずだ。
一方で、どこかまだ気まずげな木場に今度はリアスが近付いて、その手が木場の頬を撫でる。
「裕斗、よく戻ってきてくれたわね。それに禁手に至るなんて、私も誇れるわ」
「でも、僕は命を救ってくれたあなたを裏切ってしまった……皆のことだって――」
木場の言葉は途中で遮られた。
アルヴェムもリアスの手で引き寄せられ、木場と一緒にリアスからの抱擁を受ける。
「帰って来てくれただけで十分よ。アルヴェムもありがとう。あなたのおかげで私たちも、この町も守られたわ。私はあなたたちのような眷属を持てて本当に幸せ者よ」
「部長……僕は改めて誓います。グレモリー眷属の『騎士』として、あなたを……そして仲間たちを終生守ります」
「うふふ、ありがとう。でも、イッセーの前で言うのはダメよ? 嫉妬しちゃうから」
「クッソ、かっこいいこと言いやがって木場! でも、お前しか『騎士』を務まるヤツがいないんだから、絶対完遂しろよな!」
「わかってるよ、イッセーくん」
「残念ながら、おそらく終生は無理だ。すまない」
「ふふっ、アルヴェムらしい答えね」
忠誠心までは保証できないアルヴェムがそう言うと、リアスは笑う。
そうやって眷属揃ってひとしきり笑うと、不意にリアスが手に魔力を纏わせる。
その行動の意味がわからなかったが、すぐに――
「裕斗、お尻を出しなさい。信賞必罰を行うのは主の務めよ」
どれほどの痛みなのかすでに体感している一誠は一瞬手で尻を押さえるも、木場が尻叩きを受け始めたのを見るなり大笑いし始める。
それを見て、グレモリー眷属の日常が戻ったのを感じたが、アルヴェムにはまだすることがある。
こちらを遠目で見ていたエイミィーの元に戻ると、彼女は笑みを浮かべた。
「仲が良いんですね」
「キミもすぐに慣れるさ。これからはこの学園に通うんだから」
「えっ……?」
「もう少しすればサーゼクス様が用意した加勢が到着する。俺は褒美が約束されているからな。必要な交渉は任せろ」
「私は……」
罪悪感からなかなか頷けずにいるエイミィー。
その手を取ったのは、すぐ隣にいたイングヴィルドだった。
「私は、あなたと一緒に学校へ通いたいわ……本当にしたいことも私たちが手伝うから、行かないで」
目を潤ませたイングヴィルドの上目遣いがエイミィーに突き刺さっていく。
言葉に悩むエイミィーだが、イングヴィルドに彼女の手を放すという選択肢はない。
その気になれば振り払うこともできるだろうが、イングヴィルドを傷つけてしまう可能性がある以上できないでいた。
「そういえば、本当にしたいことだったが俺に考えがあるんだ」
「世界を巡って教会を全て壊すの、やるの……?」
「そ、そんなことを考えてくれていたんですか……?」
「それでキミが救われるなら安いよ。だが、冷静に考えてみるとそれではまた同じような組織ができて終わりだから苦労に見合わない。世界を滅ぼした方が早くなってしまう」
「アルヴェム様がそう言うと冗談には聞こえませんね……」
そう苦言を呈すもエイミィーには笑みが生まれていた。
無理して取り繕うものではない。自然と出るような可愛らしい笑みだ。
それを見て、イングヴィルドも笑って、
「本当にしたいこと、エイミィーが直接できないかもしれないけど……アルヴェムなら解決してくれるわ。だから、あの時言っていたみたいに、私とお友達になって……?」
「……これから私の身がどうなるかはわかりません。ですが、こんな私でもよろしければ……お願いします」
掴まれたままの手をそっと握り返すと、エイミィーは重い頭をゆっくりと頷かせた。
それがどれほどの勇気だったか、計り知れない。ただ、確実にエイミィーの人生を進ませる一歩だった。
「言っておくと自浄作用を強める方向性なんだが……今はそれよりも、学園を直そう」
ソーナが大切にしている学園、その校舎をほとんど壊したのは紛れもなくアルヴェムとエイミィー。戦闘に意識を割いていたせいで全く意識せず破壊してしまっていた。
サーゼクスの加勢が到着すれば、その点も解決するだろうが気持ちの問題がある。それと、残って見つけなければならないものもあった。
とりあえず謝罪の意を込めて直すために、アルヴェムたちは校舎へと向かった――