ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
「これは……」
アルヴェムが旧校舎に戻ると、見えたのは用意されたベッド二つに木場とゼノヴィアが寝かされている状況だった。ベッドのシーツには血が滲んでおり、アーシアと『聖母の微笑』を創り出したエイミィーが治癒を施しているも全く効果がない。
帰ってきたのを見るなりイングヴィルドが駆け寄ってきて、
「アルヴェム、大変なの……っ!」
慌てた様子でイングヴィルドは何が起きたのかを話し出す。
ルシファーの血筋であるアイシェルがやってきて、エイミィーも含めて話をしたこと。そして、アイシェルによって木場とゼノヴィアが負傷したこと。アーシアとエイミィーがすでに三十分ほど治癒を施しているも、まるで効果がないこと。
計測器にもまるで反応がなかったあたり、アイシェルは気配を消す術に長けている。魔法を得意としているなら尚更だ。
木場とゼノヴィアを見ると状態は深刻だ。
息も浅く、外傷自体は致命傷になり得ないがこのままでは失血で命を落とす。
その様子を心配そうに見ていたリアスは一度二人から目を離すとアルヴェムの傍へ歩み、
「お願い、あなたなら何とかできるでしょう? 裕斗とゼノヴィアを助けて……」
眷属の窮地に『王』とは思えないほど彼女は狼狽していた。
いつも堂々とした振る舞いのリアスだが、やはり情愛深いこともあって眷属を失うことが何よりも恐ろしいのだろう。
こうなったのは自分の責任でもある。
ヴァーリやオーフィスの相手に注力し、別の勢力をまるで警戒していなかった。もし、アイシェルが攻撃を加えたのがイングヴィルドやエイミィーだったならばと考えるとあまりにも今回の行動は軽率だ。
アルヴェムはリアスの肩に一度手を置くと、
「任せろ。遅れた分の仕事はする」
改めて、ベッドに眠る木場とゼノヴィアの身体をより深く計測器を使って調べ上げる。
どうやら、ただの外傷ではない。まるで体内にある魔力が常に暴発しているような――人間で例えるならばアレルギーを発症している状態だ。
「イングヴィルド、二人が負傷した時のことを詳しく聞かせてくれ」
「えっと……黒い光、が出て。それで二人がいきなり血を流したの」
「アイシェルは何か言っていたか?」
「確か……『才能を与えず産んでくれた親に感謝しなさい』だったと思う」
黒い光、才能、そして魔力の暴発……実際に受けていればより確実なことが言えたが、アイシェルが見せた光の正体はおおよそ理解ができた。
「なるほど……これは
はっきり言うのも何だが剣の腕が立つ二人の魔力は、それほど高いものではない。
そこはアイシェルの言う通り才能の話になるが、それでさえこの威力。もし、魔力に秀でたリアスや朱乃が受けていれば即死していただろう。いきなり受ければ対策も何もない、まさに一撃必殺の力だ。
「裕斗とゼノヴィアは助かるの……?」
「このままアーシアやエイミィーが治癒し続けたところで死は免れない。幸い、魔力の暴走に関する治療法はすでに見つけてあるし、傷も外部から治せる」
こんなところで眠りの病に使った治療法を応用することになるとは思わなかったが、おかげで話は早い。すでに作成法は記録済みであるために、すぐに小型リストバンドを二つ生成。それを木場とゼノヴィア、それぞれの手首に装着する。
まずはリストバンドで体内に巡る魔力の動きを抑制。暴走に近い動きだった魔力の流れは落ち着きを取り戻し、それを見るなりアルヴェムの手は変形していく。
より細く、繊細な作業に秀でた目視すら困難なほどの指の数々。その指先には治療器具が付けられており、木場とゼノヴィアの傷口を内部から外側にかけて次々と治療、縫合を施していく。
痛みは感じない。それほど迅速に、そして確実に、全てが終わるのに一分もかからなかった。
両者の止血は完了し、今まで荒い息で呼吸していた二人は安定を取り戻す。
「これで治療は終わりだ。後は血を拭うなりして、身体を綺麗にしてやってくれ。傷口が開くことはないが、念のために少しの間は戦闘を避けた方がいい」
「本当に良かった……ありがとう、アルヴェム」
よほど安堵したのか、リアスはアルヴェムの背に腕を回して抱きしめてくる。その豊満な胸が当たって、アルヴェムは受けた感謝に加えて何とも言えない表情になってしまう。
イングヴィルド以外の女性と抱擁をするのは初めてだが、不思議と安堵するものだ。この感情はイングヴィルドに抱くものとは違う、しかし正体のわからないもの。
ただ、その正体を考えるよりも早く突き刺さってくる二つの視線――
「木場とゼノヴィアを助けてくれてありがとよ! でも、早く部長から離れてくれると助かるな!!」
「そんな強調するな……大体、抱きついてきたのは部長の方だぞ」
これにはリアスも苦笑して、促すと離れてくれる。
一誠の方はまだ良いが、こういうことはイングヴィルドが嫌うはず――そう思って彼女の表情を見てみると今回はそうでもないようだった。恐らく、安堵の感情が先に来てしまったからだろう。
「でも、どうしてSS級のはぐれ悪魔であるアイシェルが学園に来たのかしら……?」
「彼女はルシファーの血を引く者……ですから、同じように魔王の血を引く私やイングヴィルド様に興味を持ったようです」
その言葉にリアスも含め、オカルト研究部のメンバーも驚きを隠せずにいた。
一瞬の絶句、誰も言葉を切り出さない中でエイミィーは言葉を続ける。
「トップ会談を前に現れるなんて、とてもじゃないけど偶然とは考えられないわね……何が狙いなのかしら」
「それは――」
「目的は不明です。何せ気ままに行動してるようですから、会話の内容も特に不審なものはありませんでした。ですが、アイシェル様に見せられた神器……あの杖にはアジ・ダハーカの魂が宿っています。あの様子だとすでに『禁手』にも至っているでしょう。私でも正面から戦えば勝てる見込みはありません」
「エイミィーちゃんでもそこまで言う相手……部長、これはサーゼクス様に報告すべきでしょう」
「ええ、わかっているわ」
言って、リアスは自分の机に戻ると魔法陣を起動させて、話し出す。相手はもちろんサーゼクスだ。
だが、アルヴェムが気になったのはイングヴィルドだ。自分の言葉を遮るように話を切り出したエイミィーに怪訝そうな視線を向けているが、何か言葉を発するわけではなく様子を見る限りどうしたら良いか分からずにいる。
アルヴェムもエイミィーが何かを隠したのは感じた。
だが、エイミィーを見る限りこの場で聞いたとしてもはぐらかされて終わりだろう。だったら、確実に聞ける状況まで待つしかない。
それよりも、そこまでの相手を前に現場にすらいなかったことが恥ずべき行為だ。
アルヴェムは話が一区切りすると、イングヴィルドとエイミィーに頭を下げ、
「すまない。俺が離れた間にそんなことになっていたとは……二人とも怪我はないか?」
「うん、大丈夫。ちょっと、怖かったけど……」
「私も大丈夫です。アイシェル様の目的は本当に話をするだけのようでしたから……木場様やお姉様が攻撃を受けたのは先に剣を向けたからで、彼女も危害を加えられない限りは攻撃してくる様子はありませんでした」
その言葉を聞いて、アルヴェムも内側に安堵を覚える。
エイミィーならば相手がどうであれ切り抜けていただろう。だが、イングヴィルドはまだ戦闘にも慣れていない。アイシェルに戦意があればただでは済まない……それどころか、命にも関わっていた。
――彼女が傷つけられていた時、自分はどうしていただろうか。
ふと、そんな考えが頭を過ぎる。
コカビエルの時は彼女が傷つけられそうになって、内側から燃え盛るような黒い感情が芽生えた。思えば、それは契約を反故にされそうになったことに対する『怒り』だったと考えられる。
しかし、イングヴィルドが傷つけられた瞬間、彼女とアルヴェムを繋ぐ契約は終わる。関係も破綻し、後には何も残らない。守る意味も、怒る理由も、なくなってしまう。
答えが出ない問題。
その解答を考えていると、そういえば……とイングヴィルドが思い出したように問いかけてくる。
「アルヴェムは、プールから出て行った後……何をしていたの?」
問いかけに対し、アルヴェムは少し返答に困った。
白龍皇のヴァーリに会い、この世界最強の存在であるオーフィスに出会った。そして、ヴァーリからリアスの眷属から外れて仲間になるように誘われた。
そう言うのは簡単だが、今の状況でこの情報を与えると余計な不安を煽ることになる。
少々悩んだ結果、アルヴェムが出した答えは――
「大したことじゃない。心配ないよ」
情報を与えない、それが最善策だと考えた。
だが、その返答によってイングヴィルドの表情は曇ってしまう。
どこか悲し気な、何とも言えない視線が少しの間アルヴェムへと向けられることになった――
―●○●―
「~♪」
陽気な鼻歌が、夕焼け混じりの空の下で静かに響く。
次いで、コツ、コツ……と歩みを進める度に靴の踵が鳴り、その先にあるのは
歩いていたのは杖を持った一人の幼女――アイシェル。
その足取りは悪魔、堕天使、天使、三大勢力全てから追われているはぐれ悪魔とは思えないほど軽快なもので、周囲を警戒する様子は微塵もない。例え、何かが襲い掛かってきたところで障害にはならないと、絶対的な自信を感じさせるものだった。
アイシェルの視線の先、いたのは黒い髪を長く靡かせたゴシック調のドレスに身を包んだ幼女だった。
黒髪の幼女はベンチに座っており、アイシェルの気配に気付くなり目を向けてくる。その目は虚ろなもの、そして幼女から感じる感情は希薄なもので、アイシェルにとって、そこが好きなところでもあった。
「……アイシェル、おかえり」
「ただいま、オーフィス」
短い言葉に、短く返す。
笑みを浮かべて小さく手を振ると、黒髪の幼女――オーフィスも真似をして軽く振り返してくれる。
見た目年齢は同じでも向こうの方が世界が始まった頃から存在する原初の存在。比べ物にならないほど年上だが、あまりにも純粋なために愛らしさが止まらない。
「女子会、楽しかった?」
「ええ、あまり向こうは喋ってくれなかったけど楽しかったわ。まあ、少し邪魔が入っちゃったのは残念だったけど。オーフィスは何かしてた?」
「アルヴェム・オーヅァ、ヴァーリと一緒に、ごはん食べた」
「……そう、それは楽しかったでしょうね」
ヴァーリ……その名を聞けば心に棘が刺さったような感情を覚える。
だが、そんなのは今どうでもいい。重要なのは後者よりも、前者の名前だった。
「オーフィスから見て、アルヴェム・オーヅァはどうだったの?」
「わからない。我でも、その力の底、わからなかった」
「オーフィスでも底が知れない、ね……」
無限の力を持つオーフィスですら形容できないほどの力。
もはや、それはこの世界のものではないのだろう。それだけの情報でもアイシェルを高揚させるには十分だった。『禍の団』などという革命ごっこ集団に付き合う価値も出てきたということだ。
杖の中から話を聞いていたアジ・ダハーカにもアイシェルの昂ぶりが通じたのか、グックックと笑い声を上げ、
『これは俄然愉しみになってきたじゃねえか』
『新しい力、すなわちそれは!』
『まだ知らぬ探求への道標!』
「ふふ、本当に愉しみね。ねえ、オーフィス? カテレア達に渡していた『蛇』――あれ、私にもくれないかしら?」
アイシェルとアジ・ダハーカは二人でに納得した後、不意に話を振られたオーフィスは小首を傾げる。
「アイシェル、何をする気? 前は蛇、いらないって言ってた」
「私自身に使うわけじゃないわ。三大勢力、そのトップ会談の時にちょっとした
「わかった」
言われるがまま、オーフィスが人差し指を立てるとそこから黒い蛇が現れる。それは無限の力から創り出された言わばドーピング薬、今回の襲撃を企てている旧魔王派の悪魔、その中でも首謀者達が常備しているものだ。
「ありがと」と礼を言って、受け取るも本来ならばアイシェルにこんなものはいらない。
己の力を最大限まで使って戦うことを至上としているドラゴンにとって、外部の力に頼るなど言語同断。種としての誇りも尊厳もあったものではない。それにアイシェルが使用しようとしたところで、アジ・ダハーカがそれを許さないだろう。
だが、今回『蛇』を得る意図はアジ・ダハーカにも伝わっている。
今から行うのは本当にただの嫌がらせ、そしてアイシェルがいつも行っている実験の一環だ。
『アイシー、今のお前の顔……輝いてるぜ?』
『悪い顔してるってこと!』
『でも愛らしいいつものアイシーちゃん!』
「ふふふ、ありがと。それじゃあ、新しい魔法の術式構築を始めるわよ」
黒い蛇を受け取るなり、それに自らの魔法陣を幾重にも重ねる。
アジ・ダハーカの援護も入り、急速に力の解析と今回新たに創り出す魔法の基礎理論が構築されていく。
いつもと違って『無限の龍神』の力を媒介にしていることもあり、無茶が利き過ぎている。基礎から逸脱した術式でも通じるあたり、あまりにも進みが良いためにアイシェルも笑ってしまった――