ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
「さて、行くわよ」
オカルト研究部の部室でリアスが言うと、他のメンバーはそれぞれ頷く。
とうとう三大勢力による会談の日がやってきたのだ。会場となる駒王学園にはすでに人間はおらず、学園全体を強固な結界で守っているために会談終了まで誰も外に出ることはできない。
一度木場が外の様子を見たらしいが結界の外には、それぞれの勢力が配置されており一触即発の雰囲気だったという。それもそうだ。揃いも揃っての仇敵、この会談の行方次第では即座に戦争もあり得るのだ。
『部長、皆さぁぁぁんっ!』
声が聞こえてきたのは部室の端に置かれた段ボールからであり、そこにギャスパーが入っていた。
何でもその中が落ち着くらしく、部屋の外に出ている時は基本的に段ボールの中にいる。たまに姿を見せても頭部に紙袋を被っていて、一誠が変質者だと若干引いていたのを覚えている。
今回、ギャスパーは留守番となっていた。
何せ、あれから特訓を続けたものの神器の完全な制御には至っていない。会談でもし誤爆しようものなら、戦争の火種にもなりかねないため安全を考慮しての判断だった。
そして、もう一人。
部室のソファに座っているのはイングヴィルドだ。今回、呼び出しを受けているのはコカビエル襲撃事件に関わっているグレモリー眷属及びシトリー眷属、そしてエイミィーのみ。
あくまでイングヴィルドは保護対象のため、アルヴェムが口添えしたものの同席はできなかった。
「アルヴェム、私は大丈夫だから……ギャスパーのことも、任せて?」
「やはり、ビットは置いていこう。じゃないと、キミの安全が保障できない」
そう。アルヴェムにとっての懸念事項がこれだ。
いつものように防壁用にとビットを置いて行こうとしたが、イングヴィルドが拒否するのだ。
「私を、信じて。もう守られるばかりじゃない、から」
確かに彼女の言う通り実力は日々の鍛錬で上がっている。
それでも何が起こるか分からない以上、最善は尽くしておくべきだ。
なおも反論しようとするアルヴェムにイングヴィルドは立ち上がって、アルヴェムを優しく抱きしめてくる。
「私ね……アルヴェムと、対等になりたいの。だから、まずは今日の留守番を……私の力だけで成し遂げたいの。お願い、信じて」
「――っ」
信じて、その言葉にアルヴェムは何も言えなくなってしまった。
心から願う彼女の言葉は無碍にできるものではない。だが、危険がないという確証もない。
しかし、一度決めたイングヴィルドがそう意見を曲げるとは思えなかった。
「…………何かあれば俺も必ず動く。自分の命を最優先してくれ」
「うん、わかった。ありがとう、アルヴェム」
ちゅ……と頬にイングヴィルドのキスを受け、アルヴェムは彼女から離れた。
きっと大丈夫だろう。そんな不確定な信頼によって、根負けしてしまったのだ。
それがどれだけ後悔する選択肢だったか、後で思い知ることになるとも知らずに――
―○●○―
訪れたのは新校舎にある職員会議室前。
リアスが扉をノックして「失礼します」と伝え、扉を開けるとそこはいつもの職員会議室とは違った様相を見せてきた。
用意された豪華絢爛な装飾が施されたテーブルをそれ以上に豪華な顔ぶれが囲む。
魔王であるサーゼクス、セラフォルーを筆頭に堕天使の総督であるアザゼル。そして、傍に控えているのは白龍皇のヴァーリだ。唯一知らない顔と言えば、金色の翼を生やした美青年。考えずとも天使側の現トップであるミカエルだと分かる。他はどの三大勢力にもいる幹部クラスの者たちだろう。
室内の空気は静寂が支配しており、緊張感が漂っていた。
誰もが正装に身を包んでいる。あのアザゼルですらそうしているあたり、今回の会談自体冗談ということはないだろう。
「私の妹とその眷属、および今回の襲撃事件に関わっていたエイミィー・アスモデウスくんだ」
「悪かったな、うちのコカビエルが迷惑かけた」
「報告は受けています。エクスカリバー共々、改めてお礼を言わせてください」
一切悪びれる様子のないアザゼル。それと対照的に一礼してくるミカエル。
だが、ミカエルの顔を見るなりエイミィーが身に纏う雰囲気が変わった。双眸は鋭く、殺意にも似た黒い感情を漂わせたのを見るとアルヴェムはそっとその背に手を添える。
「っ!」
それで我に返ったのか、エイミィーは表情は元の冷静なものへと戻った。
憤る理由はわかる。ただ、今はまだぶつける時ではない。
「席を用意している。そこに座りなさい」
と、そこでサーゼクスに催促され、壁側に用意された席へアルヴェムたちはそれぞれ着席していく。
すでにソーナも着席しており、招かれた全員の着席を確認したところでサーゼクスが切り出す。
「会談の前に一つ、ここにいる者たちは皆最重要禁則事項である『神の不在』を知っている。それを前提として話を進めさせてもらう」
コカビエル襲撃時にいなかったソーナも、今給仕を務めているグレイフィアにも驚く様子はない。事前に知らされていたか、そもそも知っていたか、定かではないが混乱はない。
サーゼクスが一度頷くと「それでは話を始めていこう」と、その言葉で三大勢力による会談が始まった。
それから、三大勢力による会談は滞りなく進められた。
各々の考え、そしてこれからの話、時折アザゼルが場を乱すこともあったが、それがわざとのものだと知ってか大事に至ることはない。
「それではリアス、先日の事件について話してもらおうか」
今まで黙って聞いていたリアスにもついに話が振られ、彼女もまた「はい」と返事をし立ち上がる。
次いでソーナ、朱乃も立ち上がって、淡々と事件について話し始めた。
フリードによる教会関係者の殺害、コカビエルによる宣戦布告、駒王学園で起きた戦闘、アルヴェムも協力を求められたために自分が記録した音声を消し編集した映像が流れながら説明がされていく。
中でも三大勢力の面々を驚かせたのはアルヴェムとエイミィーによる戦闘。そして、その後にアルヴェムがコカビエルを瞬殺した場面だ。
その反応だけで自分とエイミィーが如何に異質な存在なのかわかる。
やがて、リアスが説明を終える頃に向けられるのは奇異の視線だ。何者なのだろうか、言葉にせずとも伝わってくるがこの場でアルヴェムが話す番などない。
聞き終えたサーゼクスが「ご苦労、座ってくれたまえ」と一言を与え、極限の緊張から解放されたリアスは着席するなり小さく息を吐いていた。
次にサーゼクスが視線を向けたのは、無論今回の当事者であるコカビエルが属していた組織の長であるアザゼルだ。
「今の報告を受けて、堕天使総督の意見を聞きたい」
「意見っつったってお前、聞いた通りだよ。そんでもって、そっちに言った報告通りだ。今回の件はコカビエルの単独、奴の処理はアルヴェム・オーヅァが行ったが白龍皇ヴァーリとの取引で身柄はこっちで預かった。その後、軍法会議にかけて永久冷凍の刑を執行……これで終わりだ」
「説明としては最低の部類ですが、個人としてこちらと事を荒げたくないのはわかっているつもりです」
ただ、とミカエルは付け足す。
「何故、ここ数十年に渡って神器の所有者を集めていたのか……これを説明していただきたいものですね。こちらも白龍皇を手に入れたと聞いた時はいつ攻め込んできてもおかしくないと思いましたが、いつまで経ってもあなたは動かなかった」
「今の俺は神器の研究で忙しいんだよ。戦争なんざやってるよりよっぽど有意義だ。ゴタゴタ腹の探り合いももう面倒だし、こうしよう――和平だ。俺らで和平を結ぼうぜ」
その言葉に会場にいた誰もが驚いた。
きっとアザゼルの人物像を知る限り、そんなことを言う者ではないと思われていたからだろう。
だが、一番に返答をしたのは微笑みを浮かべたミカエルだった。
「私も今回の会談で悪魔側、そしてグリゴリに和平を提案するつもりでした。神を失ったのはあまりにも大きい……しかし、我々の使命は人々を導くことにある。神の子をこれからも見守り、先導することこそ一番すべきことだとセラフメンバーの意見も一致しています」
「我々も同じだ。魔王がなくとも種を存続するため、次の戦争は絶対に避けなくてはならないものだ」
「そう。三大勢力はすでに疲弊しきっている。ここで破談して即戦争なんてすりゃ俺らは共倒れして人間界にも多大な影響を及ぼして今度こそ世界が終わるだろうよ」
三者三様に納得の素振りを見せる。
しかし――
「……何故、今更和平なんですか」
ぽつりと呟かれた言葉に皆が注目する。
視線の先、いるのはエイミィーだ。あまりにも強く握り締められた拳には血が伝い、それでも止まらぬ怒りが魔力となって会場の壁にヒビを入れていく。
これには一瞬雰囲気が和らいだ会場内に再び緊張が走る。
先ほどその実力を映像で見ていたため、余計に警戒させるのだろうがアルヴェムは止めない。
今でも薄れない誰よりも教会を、天使側を憎む心を持つエイミィーには必要なことだから、だ。
幽鬼の如きゆっくりとした足で立ち上がったエイミィーの双眸はトップたち一人一人へと向けられる。
「和平なら神や魔王が死んだ戦争後すぐにでもできたでしょう? それをしなかったのは、あなた達の自尊心がそれを許さなかっただけです。誰も彼もが疲弊しているのに、いつでも止められた小競り合いを良しとして、他者の屍を積み重ね続けて、挙句に言う言葉が種の存続……? ふざけないでください!!」
大粒の涙を流し、声を荒げて感情を露にするエイミィー。
星が輝く双眸は彼女の感情によって強く輝き、その度に壁が崩壊する。このまま放置しては、外で駒王学園を包んでいる結界ごと破壊するだろう。
一度は蓋をすることができた悲しみ、怒りもかつて両親を断罪した相手を目にしては止まれない。
「あなた様たちの首に刃が届くまで続ければ良いではありませんか……そうでなければ、今まで三大勢力による争いの中で命を、大切な人達を奪われた……『使われる側の者たち』はどう納得したら良いんですか!?」
三大勢力による戦争。そして、冷戦下となった現状。
その中で無惨に殺され続けた者たちがいる。誰にも知られず、奪われ続けた者たちが。
きっとどの勢力のトップもわからないだろう。何せ彼らは個々ではなく――世界を見ているのだから。
エイミィーの問いかけにすぐ答える者はいなかった。いや、誰も答えられなかった。
それでもエイミィーは構わず、自らの激情をぶつける。
「私は両親を奪われました。悪魔と天使の愛は許されないのだと、ミカエル様……あなたに断罪されて殺されました。和平が結ばれれば、いつかは他種族間の愛も認められるんでしょう。だったら、もっと早く和平が結ばれていれば……父は知らぬ悪魔の血筋で罪を着せられ、母も殺されることはなかったのではありませんか。今まで私はこんな世界だからと、争い合っているのだから仕方がないと胸に押し込めてきたというのに……どうして今なんですか!?」
問われた先、ミカエルは一度目を伏せると静かに席から立ち上がった。
サーゼクス、アザゼルが目配せをするも手で制し、エイミィーと真正面から向き合う。
「あなたの言う通り、和平に至るまで多くの犠牲を出し多大な時間をかけてしまいました。何を言っても言い訳に過ぎず、あなたが抱く怒りも当然のものです。本当に申し訳ございません。それでも今の我々には和平が必要なのです」
反感を買うことはわかっているだろう。
それでも、ミカエルの目にははっきりとした意思が宿っていた。
「あの時……あなたの両親を断罪したのは『システム』を守るためです。神の死後……信仰者に施す加護、慈悲、奇跡を司る『システム』だけが残されました。悪魔祓い、十字架などの聖具が齎す効果もこの『システム』に起因しています。今は私を中心に熾天使全員で起動させていますが、神の健在時に比べれば遙かに劣ります。現に今の状態では信仰者全員に祝福を齎すことはできません」
「……それが、どう関係あるんですか?」
「『システム』は他の影響を大きく受けます。一部の神器……例えばそこにいるアーシア・アルジェントさんの『聖母の微笑』は悪魔をも治癒するため、その信徒の存在が周囲の信仰心に影響が出ます。だからこそ、彼女もまた追放された……信者の信仰は天界に住まう我々の力の源、そして『システム』を安定化させる要素でもあります」
ミカエルはこの言葉の先で、どのような感情を向けられているかわかっていた。
それでも真摯に、エイミィーの目を真っ直ぐ見て伝える。
「悪魔と天使……その愛を認めるわけにはいきませんでした。認めてしまえば規律が失われ、多大な信仰心を失うことになる。私は『システム』を……天界を守るためにあなたの両親を、そしてあなた自身を奪う決断をしました。神に仕える者として最善だったと思っています……しかし、それはあくまで理としての話です。感情では決して理解されるものではありません」
ミカエルはそこで頭を深く下げた。
謝罪のためだけではなく、ただひたすら願う者として、誠心誠意のある行動だ。
「納得して欲しいとも、言い逃れするつもりもありません。信仰を守る過程で多くの血を流し、憎しみが募っている今、和平を結ぶことへの反感があるのはわかっています。ですが、これ以上の血を流させないための和平なのです。どうか、今一度我慢を強いることになりますが、これからの我々を見ていて欲しいのが私の嘘偽りのない本音となります」
ですが、とミカエルは頭を下げたまま言葉を続ける。
「――あなたの憎しみは、怒りは、計り知れないものだということはわかっているつもりです。しかし……どうか、私の首一つで今は矛を収めてもらえませんか?」
頭を下げたまま、ミカエルはただエイミィーの行動を待っていた。
時間にして数秒足らず、しかし永遠にも思える沈黙。エイミィーは『黄昏の聖槍』を創造すると横に薙いでから振り上げる。
その眼は本気だった。だからこそ、ゼノヴィアは席から立ち上がり、叫ぶ。
「ダメだ、エイミィーっ!!」
ゼノヴィアの制止も振り切って、無情にも振り下ろされる聖槍。
思わずゼノヴィアも目を瞑るが――ミカエルが両断されることはなかった。
その少し逸れた箇所、床に穂先が突き刺さっている。
「……少し前の私なら迷いませんでした。今だって怒りのままにあなたを殺そうと思いましたが――それでは私を救ってくれたアルヴェム様やイングヴィルド様が報われません」
聖槍を消してなお、ミカエルは頭を下げ続けた。
それを見て、エイミィーは一度息を吐き、少しずつ自らの言葉で語り始める。
「両親を奪ったあなたを……天界を許すことはありません。今までも、そしてこれからも変わりません。それでも今の私は『友達』と共に生きていくことを決めました。お二人が世界を見限らない限り、それに付き添っていきたいと思います。どうか、お顔を上げてください」
言って、ゆっくりとミカエルの顔が上がると同時に鈍い音が会場内に響く。
エイミィーの拳がミカエルの左頬にめり込んだのだ。そのまま拳を振り切ると、吹き飛ばされたミカエルの身体が先の壁へと叩きつけられる。
「でも一発殴っておかなければ気が済まなかったので、これは祝砲とでも思ってください。私はいつでもあなた達を見ています。もし、愚行を繰り返すならばその時は――どんな手を使ってでも三大勢力全ての種を滅ぼしますから」
それを最後にエイミィーは「取り乱して申し訳ございませんでした」と一度謝罪し、自らの席へと戻った。
殴り飛ばされたミカエルは、すぐ傍まで来ていた天使に心配されるも自らの足で立ち上がり、口端から零れた血も気にせずに微笑んだ。
「……しかと、肝に銘じておきます」
そして、会談は再開される。
アザゼルから出た和平の言葉、どの勢力も前向きに捉えてこれからの対応を話していく。
その後、ある程度の話がまとまればミカエルは一誠と約束があったようで、一誠は先ほど出たアーシアが追放された理由を追及する。
話が進む中、アルヴェムは隣に座るエイミィーの肩に手をやると自らへと抱き寄せ、
「……良く我慢した。俺はキミの意思を尊重するよ」
「はい……ごめんなさい。少し、肩をお借りしてもいいですか」
頷くと、エイミィーはそっと自らの顔をアルヴェムの肩へと預けた。そして、小さく聞こえてくる嗚咽は今会場内に聞く者はいない。
どれだけ気丈に振舞ってもエイミィーの精神は成熟しきっていないのだ。だからこそ、アルヴェムはせめて自分が受け皿になろうと、何も言わず、ただ彼女の涙を受け入れ続けた――