ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー   作:ホスパッチ

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第六十話『異形なる者』

 ――『魔神器』にも『禁手』がある。だが、それは『禁手』とは呼ばない。

 

 存在自体が世界の理を崩す――それが『破戒』。

 眩い光が徐々に収まっていけば、そこに立っていたのは先ほどまでの幼女ではない。

 アザゼルと変わらないほどの身長をした女性がその身に全身鎧(フルプレート・アーマー)を纏っていた。

 

 全体的に女性らしい線の細い流麗なデザイン。黒を基調とし、銀のラインが走っており、鎧の各所には明色、暗色問わず色とりどりの宝玉が施されている。

 兜の両側頭には捻じれた形状の角があり、顔部分には十字の線が走って中では鈍く眼光が輝く。背に黒い外套を羽織り、胴部は大きくアジ・ダハーカの頭部を模した彫刻(レリーフ)が成され、両肩もまた龍の頭部が模されている。

 

 放たれる魔力の波動はアザゼルたちに突き刺さるような痛みを与えながら突き進む。ただそこにいるだけで他の者を圧倒する姿はまさに圧巻のものだ。

 

「『破天禁(サウザンド・ア)域なる魔(ングィディアボリア)源龍皇鎧(・メックヴァラヌス)』、三つある『破戒』のうちのひとつよ」

 

 思わず、その言葉にアザゼルは生唾を飲み込んだ。

 今の形態でもアザゼルが出会ってきた主神クラスを軽く上回るほど。神滅具の禁手でさえ、その出力は到底追いつくものではない。

 

 それは両隣に立つミカエル、サーゼクスも理解しているようだ。

 より険しい表情となり、アイシェルの一挙手一投足を警戒している。彼らにしても、今のアイシェルの出方によれば致命傷を受けると理解しているのだろう。

 

「……アザゼル、ミカエル。すまないが下がっていてくれ。私の本気は二人をも消し去ってしまう」

 

 決してアザゼルとミカエルを侮っているわけではなく、淡々と事実を告げるサーゼクス。

 一目見た時から、そして情報を得た時からわかっていたことだ。純粋な戦力だけで言うと、悪魔側が圧倒的に有利――それを担っているのが魔王であるサーゼクス。

 

 そんな彼が本気を出そうと言うのだ。消滅の性質上、アザゼルとミカエルも巻き込まれれば、ただでは済まない。

 

『グックック! こりゃあいいな! サーゼクス・ルシファーの本気……堪能させてもらおうじゃねえか!』

「さあ、準備があるなら待つわ。命を賭けて楽しみましょう?」

 

 挑戦的な物言いのアイシェルにサーゼクスも纏っていた外套に手を掛ける。

 刹那――圧倒的な質量の魔力が上から圧し潰すように響く。

 しかし、それはサーゼクスのものではなかった。彼が本気を出すよりも一手早く、アイシェルでもない何者かがこの空間に現れたのだ。

 

 上空を見上げると、一か所だけひび割れ開いた穴があった。

 そこから質量を持った闇の塊が落ち、アイシェルの前にべちゃりと音を立てて降り立つと闇の中から人影がゆっくりと出現する。

 

「…………」

 

 現れたのは、一人の女性。

 様々な血を混ぜたような赤黒い髪を腰まで伸ばし、その身長は平均的な女性よりも遙かに高い。二メートルに近く、アイシェルと並べばまるで親子ほどの差がある。

 

 しかし、アザゼルが怪訝に思ったのは口元――何故か、おしゃぶりを咥えている。

 黒い拘束具を各所に着けたボンテージのような服装の腰元にも、赤ん坊をあやすためのラトルが数本携えられており、様々なものを見てきたアザゼルでさえ情報に対して頭が追いつかない。

 

 ただ、身に纏う雰囲気は誰よりも歪で、異質なものだった。

 現に両隣に立つサーゼクスも、ミカエルも、その気に当てられて頬に一滴の冷や汗を垂らしている。同じ超越者であるサーゼクスすら彼女のことを異質だと思っているのは間違いない。

 

 出で立ちなど序の口でしかない、アザゼルはアイシェルが言っていた言葉の真意を知った気がする。

 ティクレン・ベルゼブブ、情報では聞いていたが実際に相対してみるとまるで違う。

 本当に同じ生命を持つ生き物なのだろうか――率直に抱いた感想がそれだった。

 

 底知れぬ魔力、サーゼクスでさえその先に生命を感じられる。だが、ティクレンはその先に何も感じない。どちらかと言えば、かつて対面したことがあるオーフィスと同じようにただそこに虚無があるような、そんな抽象的な表現しかできない。

 

 女性――ティクレンが現れた途端、空気ががらりと変わった。

 アイシェルの場合は空気が張り詰め、まるで突き刺さるような痛みを持ったものに変わっていたが、ティクレンはまた違う。まるで腹の奥、魂にまで絡みつくような粘性を持ち、そこから食い破らんとするような対峙しただけで死を彷彿とさせるものだった。

 

 アザゼル達の視線など意にも介していないのか、ティクレンは一度たりとも視線を向けることはない。

 彼女の視界に映っているのはアイシェルのみで、近寄ると少し身を屈めて視線を合わせ、

 

Bab(ばぶ).アイちゃん。かえろ」

「急に出てきたと思ったら何? 今から楽しいところなのに帰るなんて――」

「……やくそく。にんきのおかし、たべにいくの」

 

 その長身に反した幼子のような声。そして、口を一文字に結んでじっとアイシェルを見つめている。

 訴えかける視線に対し、アイシェルは考え込む様子を見せた。やがて、数秒経って思い出したのか手を合わせ、

 

「ああ、人間界にあるアップルパイの店ね。でも、持ち帰りがあるから買って帰るって言わなかったかしら?」

「そのあと、やっぱりいくって、いった。だから、いくの。オーフィスも、つれてく」

 

 アイシェルの手を引っ張って連れて行こうとする様子はまるで本当の子供のようだ。

 対し、アイシェルが身に纏う鎧の胴部、アジ・ダハーカの頭部を模したレリーフが目を輝かせる。

 

『おいおい、今は楽しいケンカの時間だっての。いくらテメェでも邪魔すんなら――』

《元はこちらが先約だ、譲ってやってくれ。ティクレンはまだまだ赤ん坊なのだ》

 

 ティクレンの影から不意に聞こえた男性の声。

 その声に対してアジ・ダハーカはますます不満の意を示す。

 

『何が赤ん坊だ。身体見ろよ、ゴリゴリに成熟してるっての!』

《悪魔の寿命は万を超える。それを考慮すれば、まだまだ赤ん坊ではないか。それに私から見れば幼子と変わらない大きさだ》

『赤ん坊の範囲が広すぎんだろ! つうか、テメェから見りゃそりゃ大体赤ん坊になるだろうが!』

「そっちで喧嘩してどうするのよ……もう、わかったわ。今日はここでおしまいにするから」

 

 呆れて息を吐いたアイシェルは鎧を解除して、元の幼女の姿へと戻る。

 すると、すぐティクレンに抱き上げられて宙ぶらりんの状態となり、さらに息を吐いた。

 

「これ、ぬいぐるみみたいで嫌いだからやめて」

「わたし、これすき。あったかいから」

 

 今まで自由奔放だったアイシェルも、ティクレン相手ではそうもいかないようだ。

 抱き寄せられて好き勝手に頬ずりまでされており、アイシェルは隠すこともなく嫌な顔をしている。

 

「――というわけで、退こうと思うけどどうする? まだ戦うなら全然戦うわよ?」

「いいや、今回はここまでにしようぜ。いつまでもお前らに構ってやれねえよ」

「それもそうね」

 

 戦うには情報が足りない上、アイシェルとティクレンを同時に相手取るのはどう考えてもリスクしかない。

 今回ばかりは帰ってもらえるなら、その方がありがたい。ただでさえ、アイシェル一人に手一杯なのだ。いくらサーゼクスがいたところで、何の能力もわからない『無敵』のティクレンを相手にするにはあまりにも情報が足りない。

 

「最後にひとつ、一応これからも戦うことになるでしょうし今の私たちの立場を教えておくわ。私とティクレンはオーフィス直属の部隊――『無限の眷龍(ウロボロス・ファミリア)』、私たちがいる限り世界の危機は終わらない。それじゃあ、ごきげんよう」

 

 最後にそう言い残し、アイシェルたちの足下に転移魔法陣が輝く。

 ようやくアザゼル達のことを認識したのか、事情を全く把握していない様子でティクレンがこちらに向けて手を軽く振り、その姿はアイシェルと共に転移魔法陣の耀きの中へ消えていった。

 

 それに伴って、アイシェルが創り出した結界の世界も消えて無くなり、一瞬の暗転からアザゼルたちは再び職員会議室へと強制的に戻される。

 

 二人の魔力は完全に探知出来なくなった。本当にこの学園から立ち去ったのだろう。

 確認すると、アザゼルはひとつだけ息を吐いた。

 

「『無限の眷龍(ウロボロス・ファミリア)』……か。旧魔王派の連中だけならともかく、あんなのまで混じってたとはな。前途多難だぜ、こりゃあ」

「……彼女たちの対処は後で早急に考えるとして、今はこの状況を打破しよう」

 

 アイシェル・ルシファー、ティクレン・ベルゼブブ。

 その両者を見たサーゼクスは複雑な表情を浮かべるも、視線は風穴が開いた外へと向けられた。

 

 そこには腕を組んで宙を浮遊する白龍皇ヴァーリが待っていたようで、アザゼルの左腕――があった切断面へと目をやる。

 

「どうやら手荒い歓迎を受けたようだな」

「ああ、お前が会いたがっている妹に会ったよ。おかげで片腕はもっていかれたが、これぐらい安いもんだ」

 

 妹、その言葉を聞けばあれだけ戦いや強さに執着しているにも関わらず、ヴァーリの眉を動かして反応を示す。

 歴代最強の白龍皇も所詮は年端もいかない少年だ。その生い立ちを考えれば、心の奥底では家族の情を求めていることは、これまで親代わりをしてきたアザゼルにもわかる。

 

 だからこそ、アザゼルは問いかけなければならなかった。

 

「もう隠さなくてもいい、お前も『禍の団』入りしたんだろ? 妹も同じテロリストってわけだが――答えろ。いつからそうなった?」

「ああ、聞いたのか。コカビエルを本部に連れ帰る途中でオファーを受けたんだよ――『アースガルズと戦ってみないか?』と。和平を結び、平穏へと進む三大勢力よりもよほど刺激的だった。より高次元で自分の力を試せるのだから」

「俺はお前に『強くなれ』とは言ったが『世界を破壊する要因にはなるな』とも言ったはずだ。ましてや、オーフィスに降るなんてな」

「あくまで協力関係だ。俺は永遠に戦えればそれでいい」

 

 心のどこかでわかっていた。

 生い立ち、そして『白い龍』を宿したヴァーリが平穏など望むはずもなく、いつかは自分の手を離れ、水から考えて行動することなど。出会った時から強い者との戦いを求めてきた彼の姿を見てきたからこそ、余計にわかっていたというのに。

 

 それでもテロリストとなり、三大勢力への脅威となるならば堕天使の総督として相応の対処をしなければならない。

 左腕は失った。しかし、アザゼルは不敵に笑んで、

 

「お前の気持ちはよくわかった……左腕を失おうが今の俺でも十分お前と戦える。どうだ、戦るか?」

「それもいいが……その前に一つ、俺からも質問させてもらう」

「……? 何だ、お前らしくもない。すぐにでも飛びかかってくると思ったが意外に冷静だな」

 

 強さ、新たな戦いを求めてテロリストになったにしては酷く冷静に見えていたが、どうやら現状戦闘よりも優先事項がヴァーリの中にあるようだ。

 最後に十年以上の時間を今まで共にいた(よしみ)として、顎で了承を示す。

 

 何故か言葉を慎重に選ぶように、やがてヴァーリはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「俺の妹は……どうだった?」

 

 その問いに、一瞬アザゼルは目を丸くした。

 どんな他者と一線を引く、そんなヴァーリの性格を知っていたからこそ、予想外過ぎる言葉に思考回路が一瞬ショートを起こしてしまったのだ。

 やがて、こんな事態だというのにアザゼルはこみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。

 

「くっ……ははははっ! 何だ、そんなに気になるのか!」

 

 アザゼルの反応に問いかけたことを後悔するように舌打ちするヴァーリ。

 片腕を失っただけの価値はあった。それほど笑えば、からかうのを止めて質問に答えてやることにする。

 

「異母兄妹でも、お前にそっくりだよ。見りゃ一発でわかる。同じように戦うのも好きだが――今のお前じゃひっくり返っても勝てねえぞ。だから、お前にアドバイスを送るとすりゃ今までと変わらねえ――強くなれ。じゃないとあいつはお前を対等に見ねえだろうよ」

「そうか。聞きたいことは終わった……それじゃあ、戦るか」

「そうだな……って、言いてえところだが今回は俺の出番じゃなさそうだぜ? ほら、見てみろよ」

 

 ヴァーリが構えようとしたところで、アザゼルは気付いた。

 そして、顎で示せばヴァーリの視線も釣られ、その先にいたのは現赤龍帝、兵藤一誠だった――

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