ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー   作:ホスパッチ

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第六十一話『見えたもの、見えなかったもの』

 遡ること少し前――リアスと一誠は、敵に囚われたギャスパーとイングヴィルドを救うため、旧校舎へと転移されていた。

 

 転移された場所は旧校舎の中でもギャスパーが閉じこもっていた『開かずの教室』。

 そこにギャスパーは魔法陣に磔の形で囚われ、イングヴィルドはその傍でシャボン玉のような結界に包まれていた。ギャスパーは意識があるようだが、イングヴィルドは眠らされたのか意識はない。

 

 そして、敵陣の中心に現れたことでその場にいた魔法使いと戦闘になるも、一誠が血と勇気をギャスパーに与えたことにより、これを撃退。敵戦力の無力化に成功した。

 

 イングヴィルドを囲んでいた結界も解け、これで後はイングヴィルドの目を覚まし、サーゼクスたちの元へ戻るだけだが――床に魔法陣が輝いた。それも見たことがある。何せ、先ほど新校舎の職員会議室で見た旧レヴィアタンの魔法陣なのだから。

 

 現れたのは深いスリットの入ったドレスに身を包んだ女性。ギャスパーは慌てて一誠の背中に隠れてしまうも、一誠は思わずその大胆な服装に反応してしまう。

 

「いやらしい視線を感じるわ……今の赤龍帝は緊張感がないですね」

 

 呆れながらカテレアは額に手をやるも、リアスは冷淡な目で見つめる。

 

「カテレア・レヴィアタン……初代レヴィアタンの血を引く者。そう、さっきあなたが現れるからお兄様たちは慌てて私たちを飛ばしたのね。こちらに来たということは逃げてきたということかしら?」

「より確実な方法を取ったまでです。時間が経てば経つほど追い詰められるのは彼ら……でしたが、そこのハーフヴァンパイアを解放されてしまえば水泡に帰すことになる。イングヴィルドを殺す前に、再度捕らえさせてもらいます」

「もう二度と私の下僕を利用させないわ。イングヴィルドも必ず守る……イッセー、ギャスパー行くわよ」

「はいっ! ギャスパー、もう一度俺の血を――」

 

 と、一誠が魔術師たちを退けた時と同じようにギャスパーへ血を与えようとしたが、それよりも早くカテレアが手元に魔法陣を輝かせる。

 すると、ギャスパーの目元にカテレアの魔法陣が現れ、ギャスパーは一誠がどの方向にいるのかすら認知できなくなってしまう。

 

「い、イッセー先輩、部長……ど、どこですか!?」

「五感を介し発動する神器はそれを封じれば容易く機能しなくなる……アイシェルに聞いた通りですね。これで時間を停めることは不可能になりました。そして、ダメ押しです」

 

 カテレアが懐から取り出したのは小さな小瓶。

 その小瓶の中には黒い蛇がいて、蓋を開けるなりカテレアは蛇を丸呑みにする。

 瞬間、旧校舎全体が一度大きく震動し、カテレアが纏う力の質量が段違いに跳ね上がった。

 

「それは……っ」

「我らのトップ、オーフィスから貸与された力です。これで今の私は軽々とあなた達を殺せる――わかりますか? あなた達は今わの際にいるわけですよ」

 

 いくらまだ戦闘に疎い一誠でもわかる。

 今の自分たちではどう足掻いたところで勝てるはずもない戦力差、しかしリアスは焦るわけでもなく冷静な声音で言った。

 

「あなたたちは間違っている。こんな造反(テロ)を起こせば旧魔王派の声はますます届かなくなるわ」

「かつて敗戦した我々を誰にも声が届かぬ冥界の隅に追いやったのは、あなたの兄サーゼクスたちでしょう? 話し合いの次元はとうの昔に終わっています。我々か、あなた達か……どちらかが淘汰されるまで戦いは終わらない。終われないのです」

 

 しかし、とカテレアの視線は静かにイングヴィルドへと向けられた。

 

「歯向かう牙すら失った旧魔王派の悪魔もいるのも事実。もう戦争は嫌だと、それでも魔王は正統な血筋であって欲しいと言い出した末、人間の血が混じっていようと穏健的なイングヴィルドを台頭させようとしている者たちがいます。それがどれだけ屈辱的で腹立たしいことか……温室育ちのお嬢様には到底理解できないことでしょう」

「確かに私にはあなたが受けてきた苦しみはわからない……でも、時代は変わっていく。敗戦の苦しみを復讐という形で繰り返せば、火種はあなたたちを――その後世へと降りかかり続けるわ」

「だからこそ、世界を作り変える。サーゼクスたちに絆された民の屍の上に、我々の理想郷を……新たな世界を築き上げるのです! そのためには、まず邪魔なあなたたちを消します!!」

 

 声を上げ、カテレアは手を翳す。

 練り上げられる莫大な魔力、その質量が放たれれば一誠たちに防ぐ術はない。

 

 一誠はせめてリアスの盾になろうと、彼女の前に立とうとした瞬間――破砕音と共に壁が突き破られた。

 そこから見えたのは、金属の輝きを見せる龍の手。そんなものができるのは一誠も一人しか知らない。

 

「アルヴェムっ!!」

 

 空いた風穴から見えるのは全身を機械の龍へと変形させたアルヴェム。

 返事をすることもなく、容貌に浮かぶ六つの目が捉えたのは今にも魔力を放とうとするカテレアだった。

 

「アイシェルの結界をこんな短時間で……っ! くっ! しかし、オーフィスの力を得た私に敵うとでも!?」

 

 一誠たちへ照準を向けられていた魔力が寸でのところでアルヴェムへと変えられ、放たれる。その波動だけで旧校舎の各所を破壊する一撃に対し、アルヴェムは避けることもなかった。

 

 カテレアの一撃を受けながらも、その眼はカテレアを捉え続けている。

 魔力の奔流を引き裂いた右手がカテレアの身体を強引に掴み、抵抗も虚しく旧校舎から外へと投げ飛ばす。

 

 一瞬の静けさ、カテレアがいなくなったことで一時的だが脅威は去った。

 だが、アルヴェムはイングヴィルドに一瞥することもなく、自らが投げ飛ばしたカテレアが飛んだ方角へと足を向ける。

 

「今お前が見ないといけないのはそっちじゃねえだろ……っ!」

 

 思わず出た一誠の言葉、しかしアルヴェムが振り返ることはなかった。

 いつもならばアルヴェムはカテレアを追う前にイングヴィルドの安全を最優先したはずだ。しかし、今のアルヴェムは一誠でもわかるほど冷静さを失っている。怒りで我を忘れている状態だ。

 

「イッセー、今はとにかくお兄様たちと合流して、敵の作戦の要であるギャスパーの安全を確保するわよ!」

「くそ……っ! はい、わかりましたっ!」

 

 ここに留まれば新たな敵がやってくるのも時間の問題。

 一誠は判断を迫られ、それでも今はイングヴィルドの安全を自分が確保することで彼女を守ろうとした。しかし――そこで一つの転移魔法陣が出現する。

 

 同時に巻き起こる嵐の如き魔力の噴出に一誠もリアスも目元を隠さずにはいられなかった。

 あまりに一瞬の出来事。だが、敵の狙いは果たされてしまう。

 

「イングヴィルド……っ!」

 

 眠っていたはずのイングヴィルドの姿がそこにはなかった。

 周囲を見渡したところで、その姿はどこにも見られない。すでに新たな魔術師たちの姿も見えており、一誠たちは撤退せざるを得なかった――

 

 ―○●○―

 

 そして、現在――カテレア・レヴィアタンは追い詰められていた。

 はっきり言って、三大勢力のトップを相手にしようとすれば地力では劣っている。だからこそ、それを補うためにオーフィスから『蛇』をもらい、疑似的にも力量差を埋めたのだ。

 

 敵は三大勢力のトップのみ、そう思っていた。

 だが、現実は違う。カテレアは一方的に追い詰められていた。

 眼前にいるのは巨大な機械の龍に向かって、カテレアは絶叫する。

 

「何なのですか、あなたはッ!!」

 

 極大の魔力弾をぶつけようとも怯みすらしない。

 どれだけの攻撃を受けても何一つ損傷はなく、手を伸ばしてきたかと思えばカテレアを掴み、地面に向けて叩きつけてくる。

 

「かは……ッ!」

 

 その衝撃は軽く投げただけにも関わらず地面に深さ数メートルほどのクレーターを作り出すほど。その中心で受け身も取れず衝撃を全身に受けたカテレアは堪え切れず喀血する。

 

 原始的な暴力。しかし、防ぐ術がない。

 見たところ相手には武装があるにも関わらず、先ほどから全く同じ行動を繰り返している。

 まるで実力の差を見せつけ、嬲り殺しにしているようだ。

 

 本来ならば、カテレアにも下僕である眷属悪魔がいても不思議ではない。

 しかし、『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』は新政府が樹立し上級悪魔達へと普及させたもの。古きを重んじる旧魔王派の悪魔には到底受け入れられるものではなかった。

 

 だからこそ、援軍はない。単騎で乗り込んだのだから当然だ。

 魔術師達とは思想が根本的に違うために、命を懸けてまで助けに来ることはない。

 

 掴まれては叩きつけられ、掴まれては叩きつけられ……どれだけ抵抗しようが結果は変わらなかった。

 やがて、カテレアにも抵抗する力がなくなり、荒い息で口端に血を零しながらクレーターの中心に倒れる。そして、立ち上がる様子もない。

 

『……意気込んでいた割には大したことがないな』

 

 カテレアが動かなくなった頃、ようやく機械の龍が口を開いた。

 酷く冷徹な声。それが彼の秘めたる怒りを如実に表している。まさにカテレアは龍の逆鱗に触れてしまった結果なのだろう。

 

『これは見せしめだ。どんな者であれ、イングヴィルドに手を出そうとすれば必ず殺す。何をしようが、どれだけ抵抗をしようが結果は変わらない』

 

 機械龍の足がゆっくりと持ち上がる。

 そして、躊躇いなくカテレアの上へと置かれ、その重量にカテレアはさらなる血を吐き出す。

 ゆっくりと、相手の命を手玉に取るように死を実感させながら、とどめを刺すつもりだ。

 

 夢はあった。しかし、どうにもならなかった。

 最後に賭けた夢に殉じる、カテレアは死を覚悟し目を閉じた――その刹那だった。

 

「動くな、ドラゴン!!」

 

 愛する者の、声が聞こえた――

 

 ―○●○―

 

 アルヴェムはカテレアを踏み続けている足を離すことなく、声が聞こえた方へ目を向けた。

 旧校舎の屋上に見えたのは貴族服を着た男性。

 

「我が名はクルゼレイ・アスモデウス! 今すぐに戦闘を中止し、カテレアを解放しろ! さもなくば、こちらの手にある人質の命はない!!」

 

 人質――その言葉に、アルヴェムは気付いた。

 クルゼレイ・アスモデウスと名乗った男性が未だ眠り続けて意識のないイングヴィルドの腕を後ろで掴み、無理矢理立たせているのだ。

 

 意識もないイングヴィルドを殺すことなど容易いだろう。

 だが、アルヴェムは何も動じない。むしろ、カテレアを踏みつけている足に力を入れる。

 

『解放したところで殺すつもりなんだろう? イングヴィルドに手を出す前にこの女を殺して、その後でお前も殺せばいいだけだ。脅迫は効かない』

「くっ……」

 

 恐らく、念のために控えていたのだろう。

 カテレアとの繋がりを考えるとすれば仲間、いやそれ以上だと考えられるがアルヴェムには二人の間柄が何であってもどうでもいい。することに一切の変わりがないのだから。

 

『それに、お前らを生かす意味はない。ここで逃せば、またイングヴィルドを殺しに来る。だったら今ここで確実に駆除しておく』

 

 カテレアを足で押さえつけたまま、アルヴェムが口を開けると口内が眩く輝きを見せる。

 極限まで圧縮した光線でクルゼレイの額を撃ち抜く――それが最善の策だった。距離にして一キロメートルもなければ寸分違わず狙った箇所を撃ち抜ける。外すことはない。

 

 まるで衰えることのない戦意にクルゼレイも焦りの表情を浮かべる。その隙を突いて――

 

 もし、この一撃の余波でもイングヴィルドを傷つける可能性があったら。

 

 見えてしまったイングヴィルドが、不意に浮かんだあり得ない思考が、ほんの一瞬――アルヴェムの動きを停めた。

 だが、その躊躇いがクルゼレイに動く隙を与えてしまう。

 

「――っ」

 

 宙に舞い散る鮮血。

 それはクルゼレイのものではない――イングヴィルドのものだった。

 クルゼレイの指先から放たれた小さな魔力弾がイングヴィルドの脚を貫き、風穴を開けられた箇所から血が噴き出したのだ。いきなりの一撃にイングヴィルドは目覚め、何が起きたか分からず痛みよりも先に驚きで目を丸くする。

 

『イングヴィルドッ!!』

 

 そして、クルゼレイは屋上からイングヴィルドを突き落とす。

 未だに状況を理解できていない彼女はされるがまま、重力によって地上へと落下していく。あのままでは、確実に着地ができない。

 

 カテレアのことなど頭から消える。

 一、二歩目が空回るほど平静さを失ったアルヴェムは土煙をまき散らしながらイングヴィルドの落下地点に入り、彼女の身体を何とか受け止めるも……機械龍の形態でありながら動揺が顔に現れていた。

 

「アルヴェム――」

 

 イングヴィルドが何か言っているが、アルヴェムの耳には届かなかった。

 ただ、血に塗れたイングヴィルドの脚を眺め、呆然とする。だが、機械としての本能か手は自律して一部が分解、それぞれ治療用の器具へと変形するとすぐに止血していく。

 

 しかし、結果は変わらない。

 イングヴィルドと結ばれていた契約は――静かに終わりを告げた。

 

 ―○●○―

 

「こんな傷、何でもないわ……気にしないで。だって、これは……私のせい、だから。アルヴェムのせいじゃ、絶対ないから」

 

 あれから固まったまま一言も話してくれないアルヴェムに、イングヴィルドは懸命に自分が平気だということを伝えた。

 だが、イングヴィルドの言葉が届いているようには思えない。一見すればただの赤く光るライトだが、アルヴェムの目には確かな悲しみが宿っていた。

 

 その背後では先ほどクルゼレイと名乗った男性が倒れている女性を抱き上げて転移魔法陣で去っていく。しかし、そんなことは今のイングヴィルドには些末事でしかなかった。

 

『………………すまない』

 

 搾り出された小さな声。

 それは初めて会った時からは想像もできない、酷く弱々しい声だった。

 イングヴィルドは懸命に首を横に振るって否定の意を示す。それでも、アルヴェムはイングヴィルドを優しく地面に着地させると後ろへ一歩引いて、この場から離れようとしていた。

 

 慌てて、その身に触れようとするもバチッとした電気が走るような音が手を伝う。

 見るとアルヴェムは自らの周囲に障壁(バリア)を展開し、イングヴィルドからの接触を拒絶したのだ。

 

『俺は……何をしているんだ……』

 

 自らを責める素振りを見せるアルヴェム。

 違う、そうじゃない。悪いのは自分なのだ――イングヴィルドはわかっていた。

 テロリストによる危険があることも、それを承知でアルヴェムの護衛なしに留守番をしたのも。全ては成し遂げて、アルヴェムに少しでも認めてもらいたかったのだ。

 

 彼は自分にできる最善手で守ろうとしてくれたのに、その手を払いのけてしまった。

 だから、アルヴェムが自らを責めることなど何一つない。そう伝えたいのに、アルヴェムは背にある推進器を、翼を羽ばたかせて地上を離れていく。

 

「待って……っ! 行かないでっ!」

 

 悲痛な叫びは羽ばたきによって起こる烈風に掻き消されていく。

 飛び立ったアルヴェムは突進によって学園を囲っていた結界を突き破り、そのまま姿を消していってしまった――

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