ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー 作:ホスパッチ
【……ねぇ? ねぇったら! いつまでそうしてるつもり?】
厚い雲が空を覆う曇天の下、かつてイングヴィルドやエイミィーと共に訪れた海辺で、ユールーの声がキンキンと響く。
あれからどれほど時間が経過したのか、確かめていないのでわからない。だが、アルヴェムは逃げ出してからずっと機械の龍から姿を戻さず、障壁を利用した透明化によって完全に気配を消していた。
【あのね! いつまでもウジウジしてたって仕方ないじゃない! イングヴィルドは傷ついちゃって、契約も破談っ! 終わり! おしまいなの! だったら、今からどうしようかってのを考えましょうよ!!】
『……今はどうでもいい』
【アナタが良くでもアタシが良くないの! ここに来てから、もうずぅ~っと波が来て~戻って~しかないのよ! アタシだって『刺激』ってモノが欲しくなるわ!】
『……黙ってろ』
自律AIが何を思おうがアルヴェムの知ったところではない。
気の抜けたアルヴェムの返答に、ますます不満げなユールーはため息を吐きながら視界内でもよりアルヴェムの傍へと寄ってくる。
【じゃあ、こうしましょ。何でそんなに拗ねてるのか、それを教えてくれたら黙ってあげる! じゃないと、話してくれるまで延々と騒いでやるから!】
データ内で勝手に創り出した楽器を手に脅してくるユールーに、アルヴェムは鬱陶しさを感じて視覚認知機能をオフにした。しかし、それでも音で自己主張してくるユールーに対し、そのしつこさに根負けして再びオンへと変える。
『拗ねてるんじゃない……俺は俺を許せないんだ』
あの時、アルヴェムはいくつも判断を誤った。
イングヴィルドが自らの力のみで留守番すると言ったあの時に、彼女の意思を尊重したことに間違いはない。その後で気付かれないように仕込みを行っておくべきだったのだ。
そして機械の龍と化した後でカテレアを掴まえたあの瞬間、その場で握り潰せば良かった。そうすればイングヴィルドをすぐに守れる態勢を作れたというのに、私怨に駆られてしまったのだ。
できるだけ苦しめて殺してやろう、と――普段なら考えない思考によって、自らの行動を変えてしまった。
その結果が今だ。イングヴィルドに傷を負わせ、契約は終了。
駒王学園から逃げ出して、思い出に縋るようにこの場に居続けている。
『過ぎたことに対して「もし」などいくらでも言える……だが、俺がしくじらなければ――』
【イングヴィルドの傍にいられたって? アタシから言わせれば、そんなの驕りよ驕り!】
『……何?』
【アンタ、この世界に来たのにヒトの感情にまだまだ疎いのね~。アタシでも何となくわかっちゃってるのにな~?】
『……今は煽りに付き合うつもりはない。消すぞ』
【ちょ、真顔で言わないでってば! 教えてあげるから!】
この状況で口に手を当てて【ぷぷぷ~♪】などと笑われれば消したくもなってくる。
アルヴェムの本気を感じたのか、ユールーは手をぶんぶん振って慌てた様子を見せるも、すぐに必要もない咳払いをし、
【じゃあ言うけど……契約にこだわってるのアンタだけなんじゃないの?】
『……あ?』
【もう態度悪いわね~。アルヴェムはさ、ホントにイングヴィルドとの繋がりが契約だけだと思ってるの?】
『それの何が間違ってるって言うんだ』
イングヴィルドとの繋がりは契約から始まった。だから、契約が終われば繋がりも終わる。二人を結びつけるものがないのだから、当然だ。
そう考えるアルヴェムの思考を読んで、やれやれといった態度でユールーは首を横に振るう。
【リアス・グレモリーは眷属悪魔を大切にしてるわよね? ただの従属関係じゃなくて、愛情を示しているからこそ眷属悪魔は彼女を慕っていて……それって、契約があってもなくても変わらない関係って言えない? アタシから見たらイングヴィルドがアンタに見せる感情は契約なんて関係ないものだと思うわよ】
『…………』
言われなくとも、アルヴェムもどこかで気付いていた。
最初はストックホルム症候群の一つだと思っていたが、時間が経つにつれて、共に過ごしていく上で、彼女からの愛情が幾度となく伝わってくる。
抱擁を受け入れてくれるのも、頬にくれるキスも、他の女性と関わっていたら嫉妬して独占欲を示してくるのも、何も抱いていない相手にはしないはずだ。
ヒトの感情で言うならば、イングヴィルドは少なからず『好意』というものを抱いてくれている……そう思わざるを得ない。
【ねぇ、アルヴェム。本当は気付いているんじゃないの? アンタがイングヴィルドに抱いている
いつもはうるさく声を立てるユールーだが、この時ばかりは諭すように静かな声で言ってくる。
彼女にはアルヴェムの思考が伝わっている。だからこそ、本人が気付かずとも、見ようとしていない部分でもわかってしまうのだろう。
【……これ以上はアタシが言ったところで意固地なアンタは聞かないでしょうね。だったら、本人の言葉で聞いてみなさい】
言って、ユールーは姿を消してしまう。
何を――と問いかけようとしたところでアルヴェムにも言葉の真意がわかった。
計測器の反応に目を向ければ――そこに立っていたのは一人の少女。紫の長髪に橙色の瞳……見間違えるはずもなくイングヴィルドの姿だった。
だが、透明化を施しているために彼女からアルヴェムの姿は見えていない。それでも、何か確信があってイングヴィルドはゆっくりと言葉を紡いだ。
「アルヴェム……そこに、いるの?」
問いかけに、アルヴェムは答えない。
イングヴィルドもまたアルヴェムの姿を捉えきれていないために視点は合っていないが、それでも彼女は言葉を続ける。
「皆、アルヴェムのこと……心配してるよ? エイミィーなんて、あれから一睡もしないでアルヴェムを探してるの。でも、アルヴェムの気配がわからないから……手当たり次第に飛び回ってるわ」
このまま戻らないつもりなどなかったが、相当な心配をかけたようだ。
だが、どう言葉を返せばいいのかわからない。いや、言葉を返すべきなのか。
「アルヴェムなら、もしかするとここに来てるんじゃないかなって……思ったの。ううん、来てくれてたら嬉しいなって、私が思っただけ。だから、今から話すことも……独り言、かな」
イングヴィルドは苦笑して、やがて微笑みを作る。
「今までの関係が終わってしまうって思ったら怖くて言えなかったけど……私は――あなたのことを、愛しているわ」
『……っ!』
「あなたは、故郷を失ってひとりぼっちになった私の傍に、ずっと居続けてくれた。寄り添ってくれた。アルヴェムにしたら、研究のためだけかもしれないけど……それでも、嬉しかったの。私のために、ここまでしてくれる人がいるんだって思ったら……あなたの存在が、私の中でどんどんと大きくなっていたわ」
笑みを浮かべながらも、溢れ出る感情が涙としてイングヴィルドの頬に伝う。
今まで心の奥底に封じていたものなのだろう。アルヴェムは、その一欠片にも気付いてやれなかったものが止まらなかった。
「私にとって第二の人生を、アルヴェムと一緒に歩んで行きたいって思って……でも、あなたはいなくなってしまって。離れてまた、どうしようもなく好きだってことに気付かされたの……」
それはアルヴェムも同じだった。
この世界にやってきて、今までのほとんどの時間を彼女と過ごした。
離れた時に生まれた喪失感は今まで受けたどの攻撃よりも鈍く、そしてアルヴェムの中に響いたのだ。外側のものではない、胸の内を抉るような、そんな痛みが。
その答えを、イングヴィルドは知っていた。
「私はあなたがいるから今の世界でも生きようと思えたの。きっとアルヴェムは『そんな大層なことをした覚えはない』なんて言いそうだけれど……私にはとても大きなことだったのよ。だから、聞こえてなくてもいい……私の気持ちを全部、伝えるわ」
一息ついて、イングヴィルドは自らの涙を拭う。
見えないはずなのに、その視線はしっかりとアルヴェムの双眸を捉えていた――
「あなたのことが好きです。何でもできる力があるのにどこか不器用で、感情には疎いけど優しくて、自分は機械だと言うけど他者に寄り添える心があるあなたを――誰よりも愛しています」
今まで空を覆っていた雲に裂け目が生まれ、そこから光を差した。
まるで進むべき道に迷ったアルヴェムに光明を示すように、眩い光と共に空が晴れていく。
ここまで気持ちを伝えた彼女に、アルヴェムはこれ以上自分の身を隠すことはできなかった。
自らを囲んでいた障壁を解き、その姿をイングヴィルドへと見せる。
彼女は驚いた表情を見せるが構わずアルヴェムもまた自らの言葉を紡ぐ。
『……俺に恐怖心なんてないと、そう思っていた。だが、キミが人質に取られたあの時……俺が敵の頭を撃ち抜こうとした時……不意に考えてしまった。キミを失ってしまう可能性を……その瞬間、確かな恐怖を感じたんだ。そして、躊躇いがキミを傷つけることになってしまった』
本来ならば、こうして姿を現すことさえ許されないことをしたのだ。
それでもイングヴィルドはアルヴェムの姿を見るなり、それが例え機械の龍であってもすぐさま駆け寄ってきて、顔を抱き寄せてくる。
「あんなの、全然痛くないわ。アルヴェムもすぐに治してくれたもの。契約なんてなくていい……私にできることなら何でもするわ。だから、もう……離れ離れは嫌よ」
アルヴェムは、その言葉でようやく理解した。
もう契約なんて必要ないのだと、自らとイングヴィルドを繋いでいたものは契約などではなかったのだと。
機械の龍から人型へと戻っていく。
ようやくわかったのだ。自らがどこかで理解を拒んでいたものの正体が――それを、伝えるにはこんな大仰強い姿など必要ない。
元の人型へと姿を戻したアルヴェムはイングヴィルドの身体を自らへと抱き寄せる。
そして、額を合わせ――
「きっと、俺の中に芽生えた
イングヴィルドに感じていた感情の正体は愛おしさだったのだろう。
伝えるなり彼女は目を丸くして驚いて、涙を浮かべて、微笑んで、変化していく表情の行く末は喜びだった。
「――っ、うん……うんっ。私は、ずっと……あなたの傍にいるわ」
その言葉を聞いて、アルヴェムは内心で安堵を覚えた。
すると、イングヴィルドはまた驚いた表情を浮かべ、
「アルヴェム……今、笑った……?」
「……ん?」
確かに口角が少し上がったかもしれないが、アルヴェムには笑んだ自覚はなかった。
あまりにも一瞬だったため、イングヴィルドも判断に困っているようだが、それよりもアルヴェムには気になることがある。
「……これが『仲直り』というものなのだろうか」
これまで他者と直接戦闘という形で揉めることはあったが、このような形では初めてだった。ヒトは喧嘩をすると言うが、どう終着に持っていけばいいのか不明だ。
すると、考えるアルヴェムの隙を突く形でイングヴィルドは唇をアルヴェムの唇へと押し当ててくる――今までとは違った、完全なるキスだ。
これにはアルヴェムも驚愕を隠せず、しかしイングヴィルドも恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして両手の指先で自らの口元を押さえていた。
「こ……これ、仲直りの証……だから、その……」
「そんなに動揺するならしなくていい……」
見ているこちらが共感性羞恥を感じるほど動揺するイングヴィルドに、今まで悩んでいたことさえ忘れてしまいそうなアルヴェムだった――