ハイスクールD×Dー機械仕掛けの少年と紫髪の歌姫ー   作:ホスパッチ

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第七十五話『グラシャラボラスの女王』

 その会場は大きな揺れを引き起こしていた。

 地震、ではない。席を全て埋め尽くすほどの観客達による大歓声は地響きを生み、身体を振動として駆け巡る。

 

 その歓声を一身に浴びながら、一人の少女は暗い入場口より姿を現した。

 年齢は十代後半といったところか。銀色の双眸に長身痩躯。全身には深緑を基調とし、各所に黒のラインと引き裂かれた衣服を身に纏い、靡く長髪は衣服と同じく緑のグラデーションを流す。両手には鋼鉄製のフィンガーグローブを着け、目つきの鋭さは何者をも寄せ付けない圧倒的な自己を垣間見せる。

 

 反逆性を象徴する出で立ち、彼女の姿を見た途端に観客は歓声を強める。

 名は――ライディア・レオニダス。

 かつて、たった三百人で敵兵二十万人以上と戦い抜いた人間界において最強と讃えられたスパルタ兵士――その王であったスパルタ随一の英雄レオニダスの魂を継ぐ者。そして、この闘技場における絶対の王。

 

 ライディアが立つのは冥界の中でもグラシャラボラス家が所有する領地の地下に存在する闘技場であり、ゼファードル・グラシャラボラスの遊び場でもある。

 

 連日多くの者達が大金を使って闘士に賭け、一喜一憂を繰り返す命の賭博。不要になった転生悪魔や魔獣達の墓場とも呼ばれるこの地では連日多くの者が命を燃やし尽くしていた。

 

 だが、他の者とは違ってライディアは自らこの地で戦い続けている。

 いつ命が散るかわからない闘技場の中でただ一人、口端には笑みを浮かべながら。

 

「さあ、出てきな」

 

 両腕を組み、視線は向かい側の出入口へ向けられる。

 闘技場のボルテージが最高潮に達したところで、司会をしている悪魔がマイクを握り締め、

 

『さあさあ、今宵スパルタが誇る豪傑ライディアの対戦相手はコイツだぁ!!』

 

 紹介と同時に出入口を塞いでいた柵が強引に引き千切られる。

 現れたのは悪魔――と呼ぶべきなのかわからないほど異形に成り果てた者だった。

 目の焦点は合わず、口からは常に涎を垂らし高い体温によって吐く息は湯気を立てる。両腕、両足は胸板と共に分厚く、その部位全てが獣の如き体毛に覆われていた。

 

 まだ対戦前ともあって、両手両足。そして口元が魔法拘束具によって縛られてはいるものの、その双眸はライディアを捉えて離さない。すでに相手はライディアを獲物として定めているようだ。

 

「今日の相手ははぐれか」

 

 闘技場の闘士は観客が用意される。

 その中でもメジャーなのは()()()()()()()()()()()()()()。それを余興に使い、かつ始末もできて金にもする、如何にも悪魔らしい強欲な運用方法だった。

 

『その名はゴルム! かつては貴族に『戦車』として使役されレーティングゲームでも起用されていたが、その凶暴性により主から逃走してA級のはぐれに成り果てた! 数多の人間を喰らいクリーチャーになったゴルムはまさに異形剛腕! この強敵にライディアはどう戦うか!? さあ、賭けた賭けた!!』

 

 司会の声と共にオッズが公開、やはり闘技場の王と呼ばれるだけあってライディアのオッズはかなり低い。その代わりに対するゴルムのオッズはこの上なく高く、一縷の希望に賭けた者も大勢いるようだ。

 

『会場も温まり、両者の準備も整ったところで――開幕といきましょうかァ!!』

 

 拳を高々と突き上げた司会の号令と共にゴルムを縛っていた魔法拘束具全てが解除される。

 同時にゴルムは両拳を地面に叩きつけ、一心不乱にライディアへと猛進。その姿はまさに獣、そしてその速度もまた目にも留まらないほどだった。

 

 肉薄するなりゴルムは拳を振りかざし、一直線に振り抜く。

 一方のライディアは両腕を組んだまま微動だにしない。防御姿勢を取ることもなくゴルムの一撃はライディアの顔面を捉え、その身は後方へと引き摺られるようにして下がっていく。

 だが、その靴底は地面を離れない。下がった分だけ二本の線が地面に刻まれており、その姿勢は何一つ乱れていなかった。

 

 それどころか、『戦車』の能力と元来の膂力が合わさった一撃でも血の一滴すら流していない。

 堅牢堅固。しかし、ゴルムには不利有利を考える理性もない。ただ目の前にいる敵を殴り潰すのみだ。

 拳の連打に前進、その勢いは留まるところを知らず、ついにはライディアを壁際へと追いやり打ち込んでいく。

 

「――まあ、ただのはぐれじゃこんなもんよね」

 

 落胆の声、同時に拳の嵐の中でゴルムの左胸に左手の指先が添えられる。

 刹那、ゴルムの身体が瞬時に消えた――否、対向の壁へとその身を激突させていた。

 左胸に拳の痕がはっきりと残っており、心臓の位置を打たれたゴルムは何が起こったのかも分からず、時間を停められたように動けずにいる。

 

 壁から離れたライディアの手は拳を作っていた。

 ゴルムが吹き飛んだのはタネや仕掛けなどなく、単にワンインチパンチで殴り飛ばしたに過ぎない。

 ただ常人と違うのは弛緩と収縮を瞬間的に腕全ての筋肉を操作して行った爆発的な威力を持っていたこと。この闘技場にいる誰もが何が起こったのか理解できないでいた。

 

 闘技場内にいる者達、そして対戦相手のゴルム。その両方に対し、ライディアの心に失望はない。

 いくら命を懸ける場であったとしても、ライディアはあまりに強すぎた。

 ゆっくりとした足取りでゴルムへと肉薄し、我に返ったゴルムの両拳を今度は正面から受け止める。

 

「ダメなんだよ、アタシ相手に正面から挑んじゃね」

 

 そのまま、ライディアは手を前に突き出した。

 ライディアとゴルムの腕の太さは天と地ほども違う。それでも両者の膂力には到底超えることのできない大きな壁が隔たれていた。

 

 骨が折れる音、砕ける音、聞き慣れた音を耳にしながらライディアはゴルムの腕を相手の身体へと無理矢理押し込んだ。

 折れた腕はそのまま分厚い胸板を貫き、臓器を潰し、ゴルムは白目を剥いてその場で尻餅をついて絶命する。

 

 呆気なく、そして圧倒的な勝利だった。

 観客は一瞬静かになったが、ライディアが拳を軽く挙げるなり一際大きな歓声が舞い上がった――

 

 ―○●○―

 

「圧勝すんなっつったろ。場が白けんだろうが」

「アンタは何を見てたんだい? 客が見たいのは血と暴力、勝負の内容なんざどうでもいいのさ」

 

 闘士の控室に戻ったライディアを訪ねてきたのは、闘技場のオーナーでもあるゼファードル・グラシャラボラス。

 相変わらず全身はタトゥーだらけでチンピラといった風体。久しぶりに会ったと思えば、いきなりの文句を言われライディアも不満を隠さず音を立てて手近な椅子へと座り込む。

 

「――で、アタシに何の用? どうせロクでもないことなんじゃない?」

「……こんなところにいりゃそりゃ何も聞いてねえか。前の会合で次期当主達のレーティングゲームが決まったんだよ。それで三日後に戦うことになったからお前を呼びに来たんだ」

「あ? 次期当主はアンタの兄貴じゃなかったっけ?」

「アイツは多分死んだ。聞きゃ『禍の団(カオス・ブリゲード)』っつうテロリストにやられたってよ。だから今は俺が次期当主だ」

「アンタみたいな不良(ワルガキ)が次期当主なんてグラシャラボラス家も終わったね……ていうか、何そのおもしろ顔面は?」

 

 今更だが、ここでライディアが気付いた。

 ゼファードルの顔にはいくつも治療の痕があり、腫れているのか顔も膨らんでいるように見える。

 問いかけた途端、ゼファードルは苛立ちを隠せず、

 

「最近帰ってきたとかいうサーゼクス・ルシファーの息子に殴られたんだよ。今度対戦するのもソイツだ。あん時は油断したが、次はそうはいかねぇ。気に食わねえ『女王(クイーン)』のテメェまで使って徹底的に勝ってやる」

 

 拳を握り締めて勝手に力説し始めるゼファードル。

 そう。ライディアを転生悪魔にしたのはゼファードルだ。誰も比肩する実力者がおらず、故郷で退屈をしていたライディアは偶然にも悪魔を呼び出した。

 

 ――人間を辞める代わりにお前と同じレベルの強者がいる場所に連れて行ってやる。

 その契約で『女王』の駒を与えられ、悪魔となって闘技場にやってきて今に至る。

 しかし、ゼファードルの力説にライディアはため息を吐いた。

 

「パスだね。アンタの恨み言なんて知らないよ」

「お、おい! 俺はテメェのご主人様だぞ!? 俺の命令に従えよ!!」

「いつからアンタが上になったんだい? こちとらアンタの話に乗って悪魔になったけど、下僕になったつもりはないね。というか、ここで戦い続けたけど約束してたアタシレベルに会ったことないんだけど?」

 

 問題はその一点にある。

 今まで様々な者と戦ってきた。はぐれ悪魔、はぐれ悪魔祓い、魔獣、そのどれもがライディアの生命を脅かすことはなく、いつしか戦闘は『命を懸けるもの』ではなく『作業』と化していた。

 

「アタシもさ、スパルタやら何やら忍耐ばっかの教えを受けたから我慢してきたけど――そろそろ約束を果たしてもらわないと困るんだよね。この言葉の意味、わかる?」

 

 向けられた眼光にゼファードルは息を呑んだ。

 はっきり言って、ライディアにとってゼファードルはいつでも殺せる存在。そのために主従関係などどこにもない。

 

 それはゼファードルも理解していた。

 だからこそ、手を前に出してライディアを制しながら、

 

「待て待て! 今度こそはお前も満足する相手だ!!」

「……根拠は?」

「歴代最強の魔王サーゼクス・ルシファーの息子、それだけで看板は十分だろ。それにアイツの『女王』はレヴィアタンの血筋だ」

「レヴィアタン? あのセラフォルー・レヴィアタンの娘?」

 

 セラフォルー・レヴィアタンはライディアでも知っている有名な魔王だ。

 表舞台では四大魔王の中でも外交官を務めているが、プライベートでは何でも魔法少女に憧れているらしく、重度のシスコンだという噂も聞いたことがある。

 

 そんな女性が結婚して子供を産んでいたとは……いや、子供がいてそのテンションなのかと一瞬思案するも、ゼファードルが即座に否定した。

 

「んなわけねぇだろ。始祖たる初代レヴィアタンの血を継いでいる。それに『神滅具』持ちって情報もあるから、今までのヤツらよりは骨があるだろうよ」

「ふぅん……」

 

 かつて始祖たる四大魔王は過去の大戦によって全員死亡したと聞く。

 その力を受け継ぎながら、神器の中でも神をも屠る力を持つ『神滅具』を有している。どれほどの実力者かは不明だが、()()()()()()()

 

『おうおうおう? ひっさしぶりに()れんのか?』

「アンタは黙ってな。公の場で()()を使うと変に目をつけられるからね。今回はナシで行くよ」

『チッ……悪魔は契約制約うっせぇモンだぜ。こう何にもできなきゃ暇で仕方ねぇ』

「長く生きてりゃチャンスはあるさ。我慢するほど解放したらスカッとするもんだよ?」

『グハハハハハ! ちげぇねえな!』

 

 不意に自らの中で響いた声。

 ゼファードルには聞こえない声のため、不審げに見てくるも手を適当に払って誤魔化す。

 それよりも、とライディアは言葉を続ける。

 

「いいよ、レーティングゲームに出てやる。ゲームの勝敗なんざどうでもいいけど楽しませてもらうわ」

「その言葉を待ってたぜ。ま、せいぜい有意義な息抜きにしろよ」

 

 椅子から立ち上がるとライディアは先に歩いていき、ゼファードルもそれに続いた。

 そして、時はアルヴェムとゼファードルのレーティングゲームへと移っていく――

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