恋するヒットマン   作:ほろろぎ

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第一話 親切

 長く降り続いた雨の夜が、ようやく明けたかのような爽やかな朝の登校中に、姫野純(ひめの じゅん)は複数の男たちから声をかけられ、歩みを止めざるをえなかった。

 

 純を呼び止めたのは外国人の男が数人と、同じく数人の日本人の男性。

 旅行客などではない。

 古めかしい傷の痕が残る顔はみな一様に人相が悪く、他者を威圧するオーラを全身で放っている様は、明らかに一般人のそれと異なる。

 

 ──「ギャング」と「ヤクザ」──

 

 最近この凡矢理市で小競り合いを続けていると噂の、二大勢力の関係者であろう。

 男たちは普段の凶悪な顔をだらしなく(ゆる)め、自分たちより一回り以上年下の純を取り囲み

 

Huh(ヒューッ)~♪ ジャパンにもこんな可愛い娘がいるなんて驚きだぜぇ」

「なあなあ、お嬢ちゃん。ワシらとこれからカラオケでも行かへん?」

 

 平日の早朝からナンパに熱を上げていた。

 しかし彼らは気づいていない。

 姫野純が──「男」であることに。

 

「すいません、学校があるので……」

 

 純は苦笑いを浮かべながら、これまでの日々で何度も言って来た断わりの台詞を述べる。

 

 ハッキリと「自分は男だ」と言えばいいのだろうが、きっと目の前のチンピラたちはそれを信じないだろう。

 それは純の長年の経験(・・・・・)から導き出された答えだった。

 

「そんなつれないこと言わんと」

「トゥギャザーしようぜぇ」

 

 男たちはそれぞれ純の腕をつかみ、無理矢理どこかへと連れて行こうとする。

 純は条件反射でつい、つかまれた腕を逆に捻り上げ、男たちを地面へとねじ伏せてしまった。

 

「ぐあっ!?」

「こ、こいつ……!」

「ごめんなさい! でも、あなたたちも悪いんですよ」

 

 そう言って純は倒した男たちの顔に、普段から護身用に携帯している催涙スプレーを吹きかけた。

 慣れたような純の動作にチンピラは抵抗できず、スプレーの刺激にもんどりをうつ。

 

 思わぬ反撃に、他のギャングとヤクザは呆気に取られ動きが止まる。

 その隙をついて、純はその場から脱兎のごとく逃げ出し──彼が通う凡矢理高校へと走り込んだ。

 

「おはよー……って、どしたの姫ちゃん?」

 

 ぜえぜえと肩で息をしながら教室に駆け込んできた純を見て、友人の一人である舞子集は不思議そうに声をかける。

 チンピラたちから逃れここまで一息に走り続けたため、酸素不足にあえいでいるという訳だ。

 

「い、いや……ちょっと今朝、街で声かけられちゃって……」

「ありゃりゃ。またナンパとは、姫ちゃんも大変だね~」

 

 (ねぎら)いの言葉とは裏腹に、集はこのトラブルをどこか楽しんでいる様な雰囲気をのぞかせていた。

 

 二人の元に、他の友人たちもゾロゾロと集まって来る。

 小野寺小咲と宮本るり、そして一条楽と桐崎千棘のカップルだ。

 

「姫野くん、大丈夫だった?」

「あなたも災難ね」

 

 小咲とるりが心配そうに純に声をかける。

 

「けど、確かに純はパッと見だと女子に見えるからなぁ」

「そうよね、私も初めて会った時は女の子だと思っちゃったもん」

 

 楽と千棘の言うように純の顔立ちは非情に女性的で、亜麻色の髪が肩口まで伸びていることもそれに拍車をかけていた。

 

「いっそ、短く切っちゃえば?」

「昔そうしたんだよ、思い切って坊主に。でも……」

 

 るりの言葉に答える純。

 みんなは彼の少女然とした顔立ちの上に坊主頭が乗っかっているところを想像して、つい吹き出してしまった。

 

「「「プッ……ククク……」」」

「ほらー! みんな笑っちゃうくらい似合わないんだよ、僕が髪を短くすると!」

 

 だから、ある程度伸ばさざるを得ないのだと、純は続けた。

 未だ笑いを押し殺しながら集が(たず)ねる。

 

「それで、今日はどんな人だったのさ? 声をかけてきた相手って」

「あー、それが……」

 

 純は言いずらそうにしながら、楽と千棘の間に視線を泳がせる。

 

「ヤクザとギャングの人で……多分、集英組とビーハイブの人たち」

 

 その二大反社組織の跡取りでもある楽と千棘は、互いにゲッと声を漏らした。

 

「悪りぃ、純! 多分、下っ端の奴らだと思うんだが」

「ごめんね、姫野くん! あとでキツーく叱っておくから……!」

「いや、いいよ。気にしてない。……もう慣れてるし」

 

 手を合わせ謝る二人に対し、純は遠い目をしながらそう返した。

 少女のような見た目のせいで性別を間違われ、同性からナンパに会うことなどここ最近の話ではないのだから。

 

((いや~……悪いことをした))

 

 純の表情を見て罪悪感が沸き起こった二人は、いずれ彼にこの詫びをしようと思うのだった。

 

 辺りに微妙な空気が漂い始めたのを察して、小咲がフォローを入れる。

 

「で、でも私、姫野くんの顔は本当に綺麗だと思うよ!」

「そ、そうね! 私も昔の友達(・・・・)を思い出して懐かしい気持ちになるから!」

 

 小咲の(げん)に乗っかった千棘の言葉に、集が反応する。

 

「へぇ~、桐崎さんにも姫ちゃんみたいな友達がいたんだねぇ」

 

 それってどんな人? と問いかけようとしたが、それより先にチャイムが鳴ってしまった。

 教室のドアから担任のキョーコ先生が顔を見せたため、一同は話を途中で止め、それぞれの席に着く。

 

「突然だが、今日は転校生を紹介するぞー」

 

 先生の言葉に教室がわずかにざわついた。

 なぜならつい最近も、桐崎千棘という少女が一人、転校生としてこのクラスに入って来たばかりなのだ。

 立て続けに転校生が同じクラスに入って来るなど、早々あるものではない。

 

 そんなクラス中の疑問をよそに、当の転校生は静かな動作でドアをくぐり、教団の前に立つ。

 

「始めまして。鶫誠士郎と申します。どうぞよろしく」

 

 線の細い、整った顔立ちの美男子がそこに居た。

 先ほどまでのどよめきが一転、クラスの中は女子生徒の黄色い歓声で一色に染まる。

 

「すっごいイケメ~ン!」

「モデルさん!?」

「顔ちっちゃ~い!」

 

 女子たちの喧騒の中、純は転校生の姿を見て、「あっ」とちいさく声を上げた。

 それは彼が前日すでに、目の前の鶫誠士郎と出会っていたからに他ならない。

 

 

 

 

 

 授業も終えた放課後。

 まっすぐに家へと帰る途中だった純は、人通りのない道の真ん中で立ち往生している一人の人物を見かける。

 黒に近い青髪が印象的な高校生──それが(くだん)の鶫であった。

 

 鶫はこの街の地図を片手に、辺りをきょろきょろと見回している。

 はた目にも、道に迷っていることは明らかだ。

 

 後ろからゆっくり近づくと、純は鶫──この時はまだ名前を知らないが──に声をかける。

 

「どうしました?」

「あ、いえ……それが、このアパートの場所が分からなくて」

 

 彼の持っている地図を見ると、目的地は少し入り組んだ道を進まねばならない。

 口では説明しづらかったので、純は先に立って鶫をアパートまで案内することにした。

 

「すみません、助かります」

「気にしないで。困った時はお互い様だから」

 

 鶫が身に着けている赤の短いネクタイと紺のブレザーという制服は、ここら辺の学校では見かけないものだ。

 

「転校生?」

「ええ。昨日まで国外で活動してまして、今日、日本に着いたばかりなんです」

「ってことは、帰国子女なんだ。外国で暮らしてたなんて、すごいなぁ」

「任務の内ですから」

「……任務?」

 

 違和感を覚える単語が鶫の口から洩れた。

 純が視線を向けると、その眼差(まなざ)しから逃れるように、あからさまに顔を逸らす鶫。

 

 よく分からないが、人には誰でも隠しておきたいことの一つや二つはあるものだ。

 鶫の反応もそれ(・・)なのだろうと、純も追及することは止め話題を変える。

 

「その制服……見たことないけど、どこの学校?」

「ああ。これは潜入の為に作った偽装用で」

「潜入? 偽装?」

「ぅあ、いえ、こちらの話で……」

 

 鶫は、はははと作り笑いを浮かべ、また顔を背ける。

 

(う~ん、なにか不自然だけど……多分ウソが付けない人なんだろうなぁ)

 

 と純は自分を納得させた。

 

 初対面だが、別に悪いことをしようとしている人物には思えない。

 ただの印象だが、印象はその人の全体像をおおよそ間違えない、と昔誰かも言っていたから。

 

 と、そうこうしている内に、二人は目当ての場所までたどり着いた。

 

「ありがとうございました。おかげで日が暮れる前に家に着けた」

「どういたしまして。それじゃあ、さようなら」

「さよなら。日本に戻ってきて初めて会ったのが、貴方のような親切な人でよかった」

 

 これでもう、会うことはないだろう。

 そう思って、二人は別れの言葉を交わした。

 

 だが、それがこうしてすぐに再開を果たすとは。

 それも、同じ学校のクラスメイトとして……。

 

「空いてる席に座って」

「はい」

 

 先生の指示で鶫が移動しようとした時、ふいに千棘が声を上げて立ち上がった。

 

「つぐみ!?」

「お嬢!!」

 

 彼女の声に反応した鶫は、さきほどまでのすました表情を崩し、満面の笑みを浮かべ

 

「お久しぶりです、お嬢ー!」

 

 千棘に飛びかかるような勢いで抱き着いた。

 クラス内がまたしても騒然とした雰囲気に包まれる。

 

「何なに? どういう展開!?」

「一条君にまさかのライバル登場ってこと!?」

 

 女子生徒たちは一人のヒロインを巡っての修羅場を期待し

 

「でもこれって、一条に勝ち目ないんじゃね?」

「うん。完全に顔で負けてるし」

 

 男性陣は完全に冷めて目線で、勝負にならないと断定。

 

 そんなクラスの騒ぎを担任が静めると、ひとまず鶫は千棘から離れて、自身の席へと向かった。

 

「やあ」

「! 貴方は……」

 

 鶫の席は、偶然にも純の隣だった。

 片手を上げて挨拶する純に、鶫はわずかに驚いたような反応を見せた。

 

「昨日ぶりだね。まさか、ウチの学校に来るとは思わなかったよ」

「ああ。私も、同じクラスに貴方がいるとは思わなかった」

 

 二人は顔を見合わせ、互いにくすりと笑う。

 

「姫野純です、よろしく」

「さっきも言ったが、鶫誠士郎だ。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 純が差し出した右手を、鶫は快く握り返す。

 握手をする二人の姿は、つい最近出会ったばかりとは思えないほど、気安い関係のように周囲には見えた。

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