恋するヒットマン   作:ほろろぎ

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第六話 手紙

「えー! 男の人から手紙を貰った!?」

 

 朝の凡矢理高校。その教室の中に、歓声の様な小野寺小咲の声が響く。

 

 登校直後……下駄箱を開けた際に中から手紙が一枚落ちてきたのだと、教室でいつものメンバーに囲まれながら鶫誠士郎が語ったためだ。

 

「それ絶対、ラブレターだよ!」

「誠士郎ちゃん、モテモテだね~」

 

 どこかワクワクとした気持ちで断言する小咲と、揶揄(からか)う様にニンマリと口元に笑みを浮かべる舞子集。

 その横で一条楽は、同席する姫野純に話しかける。

 

「まさか鶫がラブレターを貰うとはなぁ……なあ純?」

「…………」

「純? どうした、おい」

「……へぇあっ!? あぁ……ごめん、意識を失ってたみたい」

「大丈夫かよそれ!? ていうかそんなに驚くか!?」

 

 すっとんきょうな声を上げながら正気に戻った純。

 自分を心配してくれる楽の優しさを感じることも出来ず、純は鶫がラブレターらしき手紙を受け取ったという事実を受け止めきれずにいた。

 

 鶫は転校直後の、まだ男子と周囲に思われていた時、勘違いした校内の女子からその手の手紙を送られることがあった。

 それは彼女の性別が発覚したあとでも、変わらず続いていた。

 が、それでも相手は同性からのものゆえ、憧れから仲良くなりたいという感情により書かれたものだろう。

 

 しかし今彼女に贈られたものは、女子ではなく男子からのもの。

 当然そこに含まれるのは、恋愛的な気持ちが大きくウェイトを占めるはず。

 

(まあ、そりゃ……貰うよねラブレターくらい。鶫さん美人だし、むしろ今まで受け取らなかった方が不思議なくらいだよ、うん)

 

 内心は冷静に努めようとする純だが、表情は精気が抜けたように(ぼう)……と力が無い。

 なぜこれほどショックを受けているのか、自分自身でも不思議に思う純であった。

 

 そんな放心中の純に気づかない小咲が、鶫に質問する。

 

「ねーねー、差出人は誰から?」

「えっと……鈴屋透という人物です」

「えぇ~! それってサッカー部の!? スポーツも勉強も出来るっていう、あの!?」

 

 小咲はビックリした様に大声を出す。

 

「しかも、顔も良くて超モテるってね」

「あぁ……あのいけ好かねぇ野郎か」

 

 るりの捕捉に、集は心底つまらなそうに吐き捨てた。

 純はその男子とは面識が無いが、二人が知っているということは、どうやら校内でも有名な存在らしい。

 

「それで、返事はどうするの?」

「いや、その前に……ラブレターって何ですか?」

 

 質問する小咲に、鶫は予想外の答えを返した。

 周りで一同は、コントの様にずっこけてしまう。

 

「あのね、ラブレターっていうのは……」

「なななな……! この者が、私のことを好……ッ」

 

 耳打ちするように手紙の本質を教えるるり。

 実体を知った鶫は湯気が出るほど顔を赤くし、動揺しだす。

 

「そんで、誠士郎ちゃんはどうすんの?」

「どうする、とは……?」

「付き合うの?」

「そんな訳ないだろう!?」

 

 集の問いに、少女は赤面したまま即答した。

 その言葉を聞いて、なぜかホッと安堵(あんど)の息を吐く純。

 直後、自分がどうしてこんなに鶫の恋愛の動向を気にしているのか、疑問が浮かぶ。

 

(別に彼女が誰と付き合おうと、僕には関係の無いことなのに……むしろ、友達の幸せを願わないなんて、僕ってなんて嫌な奴なんだ……)

 

 と、内心で一つの引っ掛かりを覚える。

 

(友達……友達、か)

 

 その言葉を繰り返し思えば思うほど、心の中での違和感は(ふく)れ上がっていく。

 鶫とのこれまでの交流が、泉が湧き出る様に純の脳裏に浮かび上がり、どれもが温かくかけがえがない。

 

 何処かで(たが)えた道が、やがてあらぬ場所へと繋がっていく様に、決定的な思い違いをしているということに純は気づいた。

 

(……違う、僕は鶫さんと友達でいたいんじゃない。そうだ、僕は彼女と……)

「おい、純」

「へぇあっ!?」

 

 深く考え込んでいた純は、答えが出きる前に、楽の声で再び我に返った。

 

「ホームルーム始まるぞ。もうみんな自分の席に戻ったから、お前も席に着いた方がいいぜ」

「あ、あぁ、そうだね」

 

 チラリと隣の席の鶫を見ると、彼女は未だ赤味の残る顔で、ラブレターを握りしめていた。

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて昼休み。

 鶫誠士郎は一人、校舎の屋上で黄昏(たそがれ)ていた。

 ポケットには、今朝届いたラブレターが入っている。

 

 柵にもたれかかりながら、鶫は小さくため息を吐いた。

 

「鶫さん?」

 

 一人手紙の対処に悩む少女の元に、姫野純が声をかける。

 

「姫野くんか……」

「桐崎さんが、一緒にご飯食べようと探してたよ」

「そうか、お嬢には申し訳ないことをしたな……」

 

 純は鶫の横に並び立つ。

 ごく自然な行動を、少女も何も言わず受け入れた。

 

「…………」

「…………」

 

 二人はしばらく無言で、見るともなしに風景を見、やがて純が先に口を開く。

 

「返事、してあげないの?」

「恥ずかしながら、どうしていいか分からないのだ」

「……付き合う可能性があったり……?」

「いや、舞子集にも言ったが、私にはお嬢の警護という役目がある。そんなヒマは無い」

 

 鶫の言葉に、純はホッとする気持ちと、同時に一抹の不安を覚えた。

 それは彼女が手紙の相手とも、誰とも(・・・)付き合うつもりが無いという事を言ったから。

 

 次は鶫が質問を発す。

 

「手紙に書いてあったのだが、『好きなタイプ』とは何を聞かれているのだ?」

「それは……鶫さんが、どういう男の人が好みなのかって事だよ」

 

 とことん恋愛事に関心が無かったんだな、と純は思いながら説明した。

 そんな事は考えたこともない、という鶫の答えもそれを補強している。

 

「……例えば姫野くんは、どういう女性がタイプなのだ?」

 

 再びの鶫の質問。

 予期せぬ問いに、純はうっと小さく(うめ)いた。

 

「? どうした?」

 

 言葉に詰まっただけでなく、どことなく挙動におかしさを見せ始めた純を見て、鶫は首をかしげる。

 

「ぁー、その、僕のタイプは……」

 

 純は焦るように、チラチラと鶫に視線をよこすが、決してキッチリと視界に入れようとはしない。

 答えを待つようにジッと瞳を向け続ける少女の目線から逃れようと、純は誤魔化しの混じった答えを返す。

 

「特に無い、かな」

「そうなのか……今まで誰かと交際した事はあるのか?」

「いや、それも無いね」

 

 今度は即答できた。

 純は言葉を続ける。

 

「昔、告白されたこともあったけど、断っちゃった」

「なぜだ?」

「うーん……前に、両親を亡くしたって話したよね?

多分そのことが僕の中で引っかかってるんだと思うけど、誰か大切な人ができても

両親のようにどこか遠くへ離れちゃうんじゃないかって不安があるせいかも……」

 

 なら、最初からいなければ不安に駆られることもない、と純は小さくこぼす。

 

「トラウマ、という奴か」

「その点、鶫さんのような強い人なら、どこへも行かないって安心感はあるかもね」

「へっ」

 

 不用意に内心を吐露する純に、鶫は間の抜けたような声を漏らした。

 

「ぁっ、ごめん、深い意味は無いんだよ!?」

「そ、そうか! そうだな!」

 

 取り(つくろ)う純に、鶫もあたふたと返す。

 

 再びの沈黙。

 間を置いて鶫が口を開く。

 

「手紙の返事は、やはりしなければならないのだろうか?」

「それは……そうでしょう」

「しかし、私はこの鈴屋という者とは会ったことも無いのだ。何を話せばいいのか……」

 

 普段のヒットマンとしての鶫とは、余りにもかけ離れた弱々しい姿。

 それほど恋愛に関しては免疫が無いのだろう。

 なんとかしてあげたい、と純は思うが……しかしこれは彼女の問題だ。

 鶫が自分で解決しなければならない。

 

「それに、返事をする義務もないのだし。大体なぜ、こいつは私なんか」

「それは君が、素敵な人だからだよ」

 

 自分に好意を向ける相手がいたことが、鶫には信じられないといった様子だった。

 しかし自分を否定するような彼女の言葉を、純は即答で(さえぎ)る。

 

「『私なんか』じゃないよ。鶫さんは男も顔負けの強さがあって、その中でも桐崎さんを大切に思う優しさも持ってて、普段の腕っぷしの合間に見える女の子らしさもキュートで……」

 

 純は鶫自身も気づいていない彼女の良さを、とうとうと語る。

 

「……だからその鈴屋くんも、君の良い所に気づいてくれたんだと思うよ」

「そ、そうなのだろうか……」

 

 純の語り口を聞いて、鶫はラブレターを貰った時以上に顔を赤くする。

 

「だから、ちゃんと返事はしてあげなきゃ」

「……そうだな。ありがとう、勇気が出たよ」

 

 そうと決まれば、と鶫は手紙の返事を伝えるために、屋上を後にした。

 

 残された純はというと……

 

「……なんか、背中を押すような事になってないか……?」

 

 冷や汗を流し、自分の行いに若干の後悔を覚え始めた。

 

「正直に言うと、行って欲しくない……。返事がどうあれ、鶫さんを好きな男と会って欲しくない……!」

 

 それは姫野純自身が、鶫誠士郎という少女に好意を持ったからに他ならない。

 そのことにもう少し早く気付いていれば……あるいは純にもチャンスはあったのではないか? 悔やんでも悔やみきれない。

 

「いや、待て、落ち着け……。鶫さんは返事をしに行っただけで、OKする訳じゃないんだから」

 

 一人悶々と悩む純を余所に、鶫はしっかりとした足取りでラブレターに書かれていた待ち合わせ場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「すまない、待たせた」

 

 ラブレターの送り主である鈴屋少年に会うため、鶫は手紙に書かれている体育館の裏手にやって来た。

 件の鈴屋はすでに現場に到着しており、今か今かと鶫の来訪を待っている所だった。

 

「! 来てくれないかと思いました」

 

 少女の到着に対して、鈴屋は笑顔を見せる。

 そして、早速本題に入った。

 

「返事……聞いてもいいかな」

「……悪いが、貴方の気持ちには答えられない」

 

 少し躊躇(ためら)いを見せ……しかしハッキリと、鶫は少年の告白を断った。

 残念そうに、しかし何処かで覚悟していた様な表情を、鈴屋少年は浮かべた。

 

 彼は去り際に、一言こう尋ねた。

 他に好きな人がいるんですか? と。

 

 鶫は少し考えるような素振りの後で

 

「……どうだろうか」

 

 と答えた。

 少年はそれで納得した様子だったが、鶫自身にはまだ明確に答えの出せない問いである。

 しかし今は少なくとも、少女は「これで良かった」と思った。

 

 ひとまずの問題にケリがつき、晴れやかな気持ちになった鶫とは対照的に──物陰で彼女の同行を秘かに見守っていた純は

 

(……え? 鶫さん、誰か好きな人がいるの? えぇ……?)

 

 曖昧(あいまい)さの残る少女の返答に、またも心を悩ませるのだった。

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