恋するヒットマン   作:ほろろぎ

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第七話 林間

「ついにこの日が来たね~」

 

 どこか浮かれた様に、舞子集が言う。

 

 普段なら休みのはずの今日、彼ら凡高の一年生徒は校庭のグラウンドに集まっていた。

 みな一様に、大きな旅行用のカバンを(たずさ)えて。

 

「どうしたのです、お嬢? 今日は、あんなに楽しみにされていた林間学校の日ですよ?」

 

 鶫誠士郎が、主人である桐崎千棘にたずねる。

 彼女の言うように、この日生徒たちが集められたのは、凡矢理高校で林間学校の合宿行事が行われるためだったのだ。

 

 なにか気になることでもあるのか、上の空だった千棘は鶫の声で我に返る。

 一方、千棘と同じように「気がかりな事」に意識を持っていかれているのは姫野純。

 いつもの面子に混じりながら、彼は誰とも会話せず、ただ棒立ちで出発の時間を待っていた。

 

「どうしたんだ、純? なんかボーッとしてるぞ」

「あぁ……いや、なんでも……なんでもないよ」

「? そうか? ならいいんだけどよ」

 

 純の様子を気にかける楽に対し、つい曖昧に誤魔化してしまう。

 なぜなら彼の気がかりは鶫への事であり、その想いはまだ誰にも打ち明けていないから。

 

(鶫さん……ラブレター貰った時、誰か他に好きな人がいるっぽかったんだよなぁ……誰なんだろ?)

 

 彼女に心惹かれはじめた純は、鶫に意中の相手がいるのでは……ということが、ずっと頭に引っ掛かっていた。

 そのためにこの時も、林間学校の楽しみよりも鶫のことを考えて、気もそぞろになっているという訳だ。

 

「おーい姫ちゃーん。皆バスに乗り始めたよ~」

 

 と、ぼんやりとしていた所に集が声をかけ、それに連れて純も送迎用のバスに乗り込む。

 姫ちゃんはそっちね、と集は自然に座席を指定した。

 前にもこんなことがあったな……と思いながら、純は特に異を唱えることもなく言われたシートに座る。

 

 二人用のシートで、隣りにはこれまた集に指示された鶫誠士郎が腰を下ろした。

 

「!」

「君とはよく隣同士になるな」

 

 ビックリしたような顔になる純を気にせず、鶫はニコリと笑みを浮かべる。

 純は集の方に目を向けると、彼は親指を立てつつ、ペロリと舌を出していた。

 

 集なりの気遣いか、それともただのいたずら心か……。

 なんにしても純は、内心の複雑な気持ちを隠すように、少女に対して曖昧な笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

 そうして生徒たちを乗せたバスは、目的地へと向けて走り出す。

 

 車内は和気あいあいとした(なご)やかな雰囲気で満たされており、おかげで純も今はただ、純粋に行事を楽しもうという気分になっていた。

 林間学校が楽しみなのは彼らだけでなく、隣りの鶫もまた口元を(ゆる)め、ウキウキとした気分でバスに揺られている最中(さなか)だ。

 

「こんなに大勢で、どこかへ旅行へ行くのは初めてなんだ」

 

 窓の外に流れる風景を背に、純との車中での会話の中で鶫はそう言った。

 

「そうなの?」

「旅と言えば仕事の依頼をこなすための物ばかりで、純粋な行楽での旅行は初体験だよ」

「そっか……なら、目いっぱい楽しまないとね」

「ああ、そうだな……!」

 

 彼女が浮かべる笑顔は子どものそれで、心からこの行事を喜んでいるのが見て取れる。

 

 その鶫が、出し抜けに顔を近づけてきた。

 否──顔だけでなく鶫は体ごと純に急接近する。

 

 突然の少女の行動に体を硬くする純だが、それは彼女が意図した事ではないことがすぐにわかった。

 彼らを乗せたバスがカーブに差し掛かった事で、遠心力が鶫の体に働いたのだ。

 

「危ないッ」

 

 態勢を崩し倒れ込む鶫を、純はとっさに受け止める。

 広げた腕の中に(おさ)まるように、少女の体は純の胸の中に飛び込んだ。

 

「あ、ごめ……ん?」

「…………」

 

 事故とはいえ抱きしめるような態勢で、鶫の体に不用意に触れてしまったことを謝る純。

 だが当の彼女は怒るでもなく、無言で胸の中にとどまっている。

 

 純は顔を赤くしながらもどうしていいか分からず、さりとて鶫のことを突き放すわけにもいかず、硬直していた。

 

 やがて、少女の方からゆっくりと体を離す。

 彼女の頬も薄っすらと紅葉していた。

 

「すまない。……うん、悪くないな」

 

 謝罪の後の言葉は小さくて純の耳には聞き取れなかったが、鶫はなにかを確認し、それに納得している様子だった。

 

 

 

 

 

 その後も度々(たびたび)バスは急カーブに見舞われた。

 その都度(つど)、鶫の肩が純の体に強く押し当てられ、少年はドキドキしっぱなしだった。

 半面、鶫の方は顔を赤くしつつも遠心力に逆らうことは無く、大人しくバスに揺られていた。

 後ろの方から、楽や小咲らの悲鳴のような声が響き続けていた。

 

 一時間後、バスは目的地へと到着する。

 

「どうだった? 俺のセッティングしたスバラスィードライブは?」

 

 バスから降りた集が、開口一番そう言った。

 

「プラマイで言えばプラスだが、お前のことは殴りたい」

「僕はありがとうと言っておくよ」

 

 楽は嬉しさと怒りが混ざったような心境で拳を握り、純は素直な言葉で答える。

 

 そうして始まる林間学校は、最初に班に分かれてのカレー作りだった。

 料理経験の一番豊富な楽の指示で、一同はテキパキとご飯を炊き、カレーを調理していった。

 

 飯盒(はんごう)を使用しての炊飯はさすがの楽もまだ未経験らしく、お米が少し黒く焦げてしまった。

 カレーは焚火(たきび)の威力が弱く、野菜が生煮えになってしまったりと全体の出来はお粗末なものだったが、それでも友達と協力しての事だったため味は二の次だ。

 

「思い出すなぁ。キャンプで食事を作ったのは、アントライオンを壊滅させた任務の時以来だろうか」

 

 鶫が生煮えのジャガイモをかみ砕きながら、昔を懐かしむように漏らした。

 彼女の声に、隣りでご飯の焦げを取り除きつつ純が反応する。

 

「アントライオン……って?」

ビーハイブ(うち)と敵対していた組織の一つだよ」

「あぁ、アイツら私の事をさらおうとしてたんだっけ?」

 

 反対隣の千棘が思い出したように言った。

 彼女の声に純はビックリと返す。

 

「え、それって……誘拐ってこと?」

「そうそう。まあそれは、つぐみが事前に防いでくれたんだけどね」

「当然です。ちなみに組織は、キッチリ壊滅させましたからご安心を」

「怖ぇー話を飯食いながら明るく話すんじゃねえよ……」

 

 千棘の横で、楽が引き気味に口をはさんだ。

 

 カレーを食べ終え洗い物や片付けを終えた一同は、今度は宿泊のための旅館へと通される。

 ふすまで(さえぎ)られるとはいえ男女隣り合わせの同室は広く、みんな荷物を置いて室内を珍しげに見て回った。

 

 それもすぐに終わり、時間を持て余した一同は集の提案でトランプゲームのババ抜きに興じることに。

 ただし……「初恋のエピソードを語る」という罰ゲーム付きで。

 

 これに楽、千棘、小咲は目に見えて動揺し、純と、さらに鶫もわずかな焦りを見せた。

 

(それって、鶫さんの事を話さなきゃならないってこと……!? もうそれ公開告白じゃないか!)

 

 チラリと横目で鶫を見ると、この罰ゲームを容認したるりに取りやめるよう懇願(こんがん)していた。

 

(あの様子だと、やっぱり彼女には好きな人が……それはそれで知りたい……!)

 

 なんとも悩ましい状況で、一部決死の思いでのババ抜きは始まった。

 

 ──それから、あっという間に三十分以上が経過。

 

 結局、ババ抜きは敗者を出す前に、呼びに来た先生の声で中断されることとなった。

 鶫はヒットマンとしての洞察力を発揮して一抜けだったし、純も、千棘と小咲がジョーカーを持っていることがすぐ顔に出てしまうため、最後まで残ることは無かった。

 

(負け残らなかったのは良かったけど、鶫さんの初恋話も知りたかったなぁ)

 

 純はそんな風に鶫のことを気にしながら、みんなと一緒に夕食を食べ、温泉に入り、同じ部屋で友人たちと共に眠りについた。

 

 

 

 

 

 時は流れ、今は合宿二日目の夜。

 

 合宿最後の行事は、肝試し大会。

 どうも林間学校での毎度恒例のものらしい。

 

 内容は、クジで選ばれた男女がペアとなり手を繋いで、森の中に設けられたルートを通ってゴールを目指す、というもの。

 

 夜の山の中とはいえ、広場になっている森の前は街灯に照らされているため、月の光よりなお明るい。

 生徒らはそこで順番にクジを引いていく。

 

 先にクジ引きを終えた女子に続いて、男子の番も終わった。

 十番と割と早めの番号を引いた純の元に鶫がやって来る。

 

「姫野くんは何番だったんだ?」

 

 純は番号が書かれた紙を彼女に見せる。

 

「! 何と奇遇な……私も同じ十番なんだ」

「そうなの!?」

 

 純は内心で、やった! と強くガッツポーズ。

 鶫も純がパートナーで安心したのか、肩の強張(こわば)りが(ゆる)むように力を抜いた。

 

 それでも尚、どこか緊張を残している様子の彼女を見て、純は疑問を投げかける。

 

「やっぱり、肝試しも初めてなの?」

「そうなんだ。こういう行事は日本独特のものなのか……私は海外での活動が多かったから、どうにも縁遠くて」

「僕もこの手のホラー系のイベントは、余り体験したことが無いよ。正直、ちょっと怖いよね」

 

 まあ、鶫さんがいるなら幽霊だって蹴散らしちゃうんだろうけど、と純。

 

「……ははは。まあ、うん」

「?」

 

 虚ろな目をした歯切れの悪い鶫を、少年は不思議に思った。

 そうこうしている内に、順番は二人の元へと回って来る。

 

「そ、それじゃあ」

「あ、あぁ。行こうか」

 

 純と鶫はルールに従って手を握り合い、闇の広がる森の中へゆっくりと足を踏み入れた。

 

「…………」

「…………」

 

 二人とも、言葉も無くただ夜の山中を歩き続ける。

 一応、小型の懐中電灯は渡されているが、か細い光では心もとない。

 

 暗がりの中で様々な感覚が遮断され、それによって(つな)いでいる手の感触がよりハッキリと伝わってくる。

 

(鶫さんの手、熱いな。……僕も手汗が出てヤバい! 汚いって思われるッ)

 

 純の内心とは逆に、鶫はそれしか頼るものが無いとばかりに、より強く彼の手を握り締めた。

 

(……もしかして彼女、不安なのかな? いくらヒットマンでも、こんな幽霊の出そうな森の中じゃ、当然だよな)

 

 鶫の顔を横目で見れば、普段の強気な雰囲気はどこにも無く、今はオドオドと周囲の気配に(おび)えている様にさえ見える。

 それが可愛らしく思え、つい小さく笑みが漏れてしまった。

 が、純はすぐに気を引き締め直す。

 

(今は僕がしっかりと、鶫さんを先導しないと)

 

 そう思い、少女を励ますように握る手に力を込めた。

 そして、それを言葉として伝える。

 

「鶫さん、大丈夫だよ。その……今は、僕が君を守るから……!」

「姫野くん……」

 

 少年の、ともすれば告白とも受け取られかねない言葉を聞いた鶫は

 

「ひぃぃいいいいいい!?」

 

 出し抜けに悲鳴を上げた。

 何かを見たことで上げられたであろうその声に、純は少女の視線の先を追う。

 

「うわっ」

 

 鶫の目の前──純の背後に、ゾンビがいた。

 

「うごおおおお」

 

 うめき声を上げるゾンビ。

 

 無論それは本物の死人ではなく、この肝試しのイベントを盛り上げるために、脅かし役の生徒が扮装したいわゆるコスプレである。

 しかし暗がりゆえか元々のクオリティの高さなのか、非常によく出来ており恐怖感を(あお)るには十分なものがあった。

 

「鶫さん、大丈夫。あれは変装……」

「わぁああああああ!!」

 

 うめくゾンビ──の扮装をした生徒──を見た鶫は、柄にもない大きな悲鳴を上げ、純に抱き着いた。

 首元に回された腕は強く少年の気道をふさぎ、純のうめく声とゾンビの声が重なる。

 

「つ、鶫さん……苦し……」

「うごおおおお」

「あああああああああ!?」

 

 これ以上ないほど鶫と体が密着するという嬉しい状態のはずなのに、今の状況は混迷の極であった。

 うめくゾンビとうめく純、叫びっぱなしの鶫。

 少女が我に返ったのは、ゾンビ役の生徒が他に呼ばれて姿を消すまで続いた。

 

 

 

 

 

「……まさか鶫さんが、怖いの苦手だとは思わなかったよ」

「うぅ……面目ない」

 

 結局ゾンビが消えた後も、進む先で出てくる幽霊役の生徒を見て、そのたびに鶫は悲鳴と共に純に抱き着くことを繰り返していた。

 純としては役得もあったが、力の強い鶫が全力でしがみついてくるので、体は悲鳴を上げている。

 

 なんとか森を脱出した二人は、迎える楽や小咲たちにずいぶんと驚かれた。

 なにせ鶫が人目もはばからず、純に密着して支えられるように歩いてきたのだから。

 

「あんたも見習いなさいよ」

 

 と、るりが小咲に耳打ちしていたが、当人たち以外には意味の分からない言葉だった。

 

 鶫は純の手に支えられ、ゆっくりと地面に腰を下ろした。

 

「はい、これ。貰って来たから」

 

 純はペットボトルの水を鶫に渡す。

 礼を言って受け取った彼女は、口を開け中身をゴクゴクと飲み始めた。

 悲鳴を上げ続け、ノドが渇いていたのだろう。

 

「……みっともない所を見せてしまったな」

 

 ペットボトルから口を話した鶫が、小さくこぼした。

 

「たかが幽霊の衣装を着た人間にすら怯えるなど、お嬢のボディーガード失格だ……」

「誰にでも苦手なものはあるよ」

 

 自嘲する鶫の言葉に、純はとっさにフォローを入れる。

 

「僕だって、一人だったら同じように叫んでたさ。でも……君がいたから耐えられたんだ」

「私が……? なぜなんだ?」

「それは……」

 

 君のことを守りたいと思ったから。

 

 純が口を開く前に、側で肝試しの順番を待っていた楽の元に、一人の生徒が小走りに寄って来た。

 見れば幽霊の扮装をしており、話を聞くに千棘のことを探しているのだと言う。

 

「どうしたのだ?」

 

 千棘の名が出たことで、鶫も話を聞こうとする。

 

「それが、桐崎さんに代理で脅かし役を頼んだんだけど……姿が見えなくなっちゃって」

「なんだと……!?」

 

 事態を察した楽が、パートナーの小咲を残し森の中に走っていったが、しばらく待っても戻ってこない。

 これは何か起きたのでは? と、イベントも中止となり、教師陣も森へ入って千棘を探し始める。

 

「私もお嬢を……!」

 

 鶫も千棘の捜索に加わろうとするが、まだ本調子でないため純たちに止められた。

 

 捜索が始まって数十分が経ち、ちょうど楽が戻ったタイミングで……鶫の持っていた通信機が鳴った。

 

「これは……」

「もしかして、桐崎さんからの連絡?」

「いや。お嬢は今、携帯をお持ちではない。それにこの無線は、ビーハイブの専用端末だ。一体、誰が……」

 

 鶫は不審に思いながら、通話をオンにする。

 

『……久しぶりだな、ブラックタイガー(・・・・・・・・)

「! ……何者だ?」

 

 通信機からは、酷く暗い声が流れてきた。

 男のものだが、無理矢理に回線に割り込んだのか、ノイズが混じって年齢などは判別できない。

 

『私を忘れたとは言わさんぞ。かつての借りを、今こそ返させてもらう』

「何を言っているのだ。貴様は誰だ」

『こう言えば伝わるかな。君の大事な(あるじ)は預かっている』

「なんだと!?」

『あの時の因縁に、今こそケリを付けようじゃないか』

「……そうか、そういうことか」

 

 鶫は男の言葉で、すべてを察した様子。

 

 側で彼女らの会話に耳を澄ませていた純たちは、不安げに問いかける。

 

「鶫さん、これは一体……なにが起きてるんだ?」

「お嬢がさらわれた。これは私のミスだ。犯人は……」

 

 『アントライオン』。

 数年前に鶫誠士郎が壊滅させたという組織が──今再び、彼女に牙をむくためによみがえってきた。




アントライオンはニセコイのノベライズ、ウラバナ2巻に登場した組織です。
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