悪魔の孫は時の王者となって世界最強   作:MTHR

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 第九章、始まります。
 原作と違い、龍太郎が退場してミレディ&愛子&優花が加わった本作で、このメンバーは神代魔法をゲットできるのか……。


第九章 樹海に示す悪魔の絆~野望に一途な救世主~
91話 Brand New Day


 太陽が顔を隠し、夜の帳が降りた。

 樹海奥地のフェアベルゲンは人々が作り出した淡い橙色の灯りで照らされている。普通なら、いくら復興に忙しいとはいえ、とっくに食後の一家団欒を楽しんでいる時間であり、静謐な空気が流れているところだ。

 しかし、現在のフェアベルゲンは、まるで昼夜が逆転したかのような喧騒に包まれていた。右に左にと忙しそうに人々が走り回っている。フェアベルゲンの外の集落からも人が集まって来ているようで、人の整理・誘導に兵士達も駆り出されているようだ。

 

 そんな喧騒を、夜風と共に開けっ放しの窓から取り入れつつ、フェアベルゲンの長老が一人、森人族のアルフレリック・ハイピストは何とも言えない微妙な表情で手元の書類を処理していた。

 内容は、数千人規模の同胞の受け入れ態勢に関する報告書、申請書などの類である。他の長老達も手分けして作業している。

 

「ふぅ……カムよ。本当に同胞達は帰って来るのか?」

「……まだ、そんなことを言っているのか。確認しようのないことをいつまでも言ってないで、さっさと受け入れ態勢を整えろ」

 

 アルフレリックがポツリと話かけると、まるで部屋の中に突然現れたかのように人の気配が発生した。アルフレリックの傍には、気配を殺したカム・ハウリアが控えていたのだ。

 

「わかっている。ただな、やはりにわかには信じ難いのだよ。あの帝国が同胞を解放するなど……」

「それもあと数時間以内に証明される。まぁ、気持ちはわかるがな。……我等とて、陛下がいなければ、まさかここまでの成果を挙げられるなど夢にも思わなかった」

「陛下……資格者──鈴木入間か。その話が本当なら、我が娘だけでなく、同胞全てを救い出してくれた恩人ということになる。報いる方法が思い浮かばんな……」

「陛下程の御方が、そんなもの期待している筈がない。それより、さっさと手を動かせ。また、報告が上がってきたぞ」

 

 念話石に触れながら報告を聞くカムを、アルフレリックはチラリと一瞥する。カムは、念話石で何かを話しているようで視線は虚空に向いているが、その姿には一分の隙もない。それどころか、控えていた時の気配の無さが嘘のように強烈な覇気を纏っていた。

 かつては自分達の前で一族処刑の決定に諦観の表情をしていたというのに……とても同一人物だとは思えなかった。元の温厚そうな雰囲気は微塵もなく、触れればそれだけで刻まれそうな鋭利さを感じる。

 

 実際、その鋭利さは既に示されていた。

 

 というのも、戻ってきたカムが長老衆に事の次第と、解放された奴隷の受け入れ態勢を整えるように伝えたところ、アルフレリックを含め誰もその言葉を信じなかったのだが、その際、カムの不遜な言動を不快に感じた長老の一人が、カムに侮蔑の言葉を投げつけ、更に強制的に跪かせようとしたのだ。

 たとえ、以前に熊人族を返り討ちにしていようと、魔物や帝国の襲撃からフェアベルゲンを助けたとしても、長年の兎人族に対する価値観は中々覆るものではないのだろう。

 しかし、その凝り固まった価値観故の行動は、苛烈な殺意で返された。その長老の部下の一人がカムに触れようとした瞬間、一体どこに潜んでいたのか、一斉にハウリア族が出現し、全ての長老の首に刃を突きつけたのである。

 当然、カムに触れようとした男もいつの間にか無数の刃を突きつけられて、指一本動かせない状況だった。充満する殺意が、下手な言動をとれば、本気で牙を剥くことを疑わせず、アルフレリックの執り成しでどうにかその場は収まったのである。

 

 一瞬で、フェアベルゲン最高権力の長老会議を占拠し、かつ彼等をして冷や汗を流させた激烈な殺意に、ひとまず信じてみようという事になったのである。というか、そうせざるを得なかったのである。首筋の刃とハウリア達の顔がヤバかったので。

 

「お祖父様、炊き出しの用意が整いましたわ。これが消費後の備蓄量です」

 

 回想によって冷や汗を流していたアルフレリックに鈴の鳴るような可憐な声が掛けられた。

 

「む、アルテナか。ご苦労だった。しかし、お前も帰って来てまだ間がないのだ。余り無理をするな」

「わたくしなら平気ですわ。同胞達が帰って来るというのに、ジッとなんてしていられません」

 

 気遣うアルフレリックに、アルテナは毅然とした態度をとる。しかし、報告書をアルフレリックに渡した後、妙にそわそわとし出した。訝しむアルフレリックだったが、孫娘の視線がチラチラとカムに向いていることに気が付き、何となく彼女が何を気にしているのか察する。

 

「彼のことが気になるなら、カムに聞いてみればどうだ?」

「!い、いえ、わたくしは別に鈴木様のことなんて……」

「私は、一言も少年のこととは言っていないが?」

「お祖父様!そんな、揚げ足を取るような意地悪をなさらないで下さいませ!」

 

 見るからに動揺している孫娘にアルフレリックは微笑ましいものを見るような眼差しを向けつつ、よもや本気ではあるまいな?と懸念を抱く。

 

 アルテナは、その人柄、容姿、生まれから非常に縁談も多いのだが、今のところ全て突っぱねており、本人としては嫁ぐことより、祖父の後を継いで国のために仕事がしたいらしい。なので、今までそう浮いた話もなかったのだが……

 

 アルフレリックの中で爺バカの面がむくりと起き上がってくる。

 

「ふむ、少年は、確かにお前の恩人ではあるが、お前が特別だったわけではないのだぞ?というか、直接助けたのはハウリア族であろう?あまり意識するのはどうかと思うが……お前の相手としても難儀な相手だぞ」

「だからっ、そういうのではありませんわ!もうっ!鈴木様が同胞を連れて来て下さっていると聞いて、少し気になっただけです。ええ、それだけです!」

 

 ぷいっとそっぽを向いて、部屋を出て行こうとするアルテナに、アルフレリックはこっそり溜息を吐いた。

 と、その時、意外にもカムが今まさに出て行こうとしていたアルテナに声を掛けた。

 

「アルテナ嬢」

「え、えっと、はい、カムさん。なんでしょう?」

 

 どこか面白がるような笑みを浮かべるカムに、アルテナが少し警戒したように返事をする。そんな身構えたアルテナに、カムがにこやかに告げる。

 

「我等が敬愛する陛下は、一見多くの女性を侍らしているように見えるが、その実、紳士な御方だ。そして、あの方の“特別”は既に埋まっており、かつ、不動。その座に近づくことなら可能だろうが、相当、大きな信頼を育まなくてはならないだろう」

「は、はぁ……えっと」

 

 戸惑うアルテナに、カムはニヤリと不敵に笑う。

 

「ちなみに、陛下の特別を除けば、その座に一番近いのは……我が娘シアだ。何せ、帝国に牙向く我等への助力を決意した理由が、“シアの笑顔を曇らせないため”だからな」

「!そ、そうなのですか?」

「そうだ。陛下はシアの為なら平気で国を相手取れるのだよ。そう、シアの為なら、な。フフフ」

「!」

 

 言外に、「お前では娘に勝てんよ!」と言われていることを、アルテナは敏感に察した。

 

 実は、アルテナの年齢はシアと同じ十六歳だったりする。なので、同い年の女の子と比べられた挙句、勝負にならないと言われては……ムッと来るのも仕方ないだろう。

 

「シアさんというのは……あの淡い青みがかった白髪の方ですわよね。お言葉ですが、わたくし、あの方に劣っているとは思いません。確かに過ごした時間が違うという意味では差はあるのでしょうが……わたくしとて、同じくらい時間があれば……」

「いや、うちのシアは特別な存在だからな。やはり、アルテナ嬢の為にも無駄なことは止めるべきだと、忠告させてもらおう。不毛なことをしていると適齢期を逃してしまうぞ?」

「余計なお世話です!」

「はぁ~。カム、私の孫を虐めるのはそれくらいにしてくれんか……」

 

 ぷりぷりと怒るアルテナに、ニヤつくカム。二人を見て、アルフレリックが盛大に溜息を吐く。

 カムが、アルテナに挑発まがいのことをしているのは、ちょっとしたお節介だったりする。

 

 もちろん、アルテナに対するものではなく、シアに対しての、だ。樹海から出て行った頃のシアと入間の関係は、言ってみればシアの押し掛けだった。それが、この間の様子を見る限り、相当、親密な関係になっているようだとカムは感じたのだ。あと一押しで、一気に一線を越えるに違いない!と。

 その一押し、言い換えれば起爆剤にアルテナが使えはしないかと企んだのである。シアが聞けば、「巨大なお世話ですぅ!」と怒りそうだ。

 

 アルテナが内心で対抗心を燃え上がらせているのを感じほくそ笑むカム。少女の淡い恋心を躊躇いなく利用するその姿は……何とも悪魔的であった。

 

 と、その時、にわかに外が騒がしくなった。今までの忙しさからくる喧騒ではなく、不測の事態に緊迫するような騒がしさだ。怒号まで聞こえ始めている。

 

「何事だ!」

 

 アルフレリックがガタッと席から立ち上がり、窓に歩み寄った。そして騒ぎの原因を目の当たりにする。

 

「光の……柱……だと?」

 

 その言葉通り、昼間の陽光が木々の間からこぼれ落ちてくるように、いや、それとは比べ物にならないくらい強い光が天より木々を通り抜けてフェアベルゲンの広場を照らしていたのである。

 意味不明の事態に、目を見開くアルフレリックに、落ち着いた声音が届いた。

 

「案ずるな、アルフレリック。我等が王のご到着だ」

 

 そう、フェアベルゲンの広場を真昼のように照らす光の正体は、樹海の上空に到着した鬼の戦艦のサーチライトだったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェアベルゲンを結界のように覆う樹々の隙間から強烈な光が降り注いでいる。

 その光の柱に照らされた広場からは亜人達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、遠巻きに一体何事かと戦々恐々とした表情で見守っていた。

 

 同じく、兵士達が恐怖に表情を引き攣らせながらも広場を囲むように展開した。

 

ベキベキッ、バキッ、ベキッ!!

 

 その直後、頭上からまるで悲鳴のように樹々のへし折れる音が響いた。「すわっ、新手の魔物かっ!」と、フェアベルゲンの住民達が身構える中で、それは現れた。

 

 最初に見えたのは巨大な金属の塊。徐々に高度を下げる事で、ようやくそれが船だと、フェアベルゲンの住民達は理解した。船底の前後に取り付けられた強烈なサーチライトで地上を照らし、着陸場所の安全を確かめている。

 

 周囲の人々が、ただただ目を見開いて驚愕の余り口をあんぐりと開けている中、鬼の戦艦ゆっくり着陸した。

 鬼の戦艦だけで広場は一杯となり、周囲の人々が慌てて距離を取る。同時にこれから一体何が起こるのかと不安そうな眼差しを向けた。

 

 と、その時、鬼の戦艦の側面の船体が何の前触れもなくパカリと開いた。ビクッとする亜人達。兵士達も武器を握る手に大量の汗を掻き、喉をゴクリと鳴らす。暗闇に包まれるゴンドラの中から何が飛び出すのかと表情を強ばらせる。

 

 住民達が注視する中、おずおずという雰囲気で現れたのは……兎人族の少女だ。それに住民達は、キョトンとした表情になる。そんな理解が追いついていない住民達を置いて、暗がりから次々と解放された亜人達が現れた。

 

 ぞろぞろとゴンドラから出てきた彼等は、一様に、どこか信じられないといった表情で周囲を見渡している。静謐で清涼な空気、たくましく、それでいて包み込むような安心感を与えてくれる樹々、懐かしいフェアベルゲンの灯り、そして、もう二度と会えないと思っていた多くの同胞達。

 

 呆然としていた彼等だが、草木が水を吸い取るように、じわじわと実感しているようだ。“故郷に帰って来た”のだということを。

 

 それは、フェアベルゲンの住民達も同じだった。

 

 おもむろに一人の女性がフラフラとした足取りで前に進み出る。中年くらいの垂れた犬耳を付けた女性だ。彼女は、目の端に涙を溜めながら、そっと失ったと諦めていたその名を呼んだ。

 

「……ザック。ザックかい?」

 

 その声に反応したのは、同じく垂れた犬耳の少年。

 帝都にて光輝が気にかけていたあの少年だ。少年は、女性の姿を視界に捉えると、顔をくしゃくしゃにして涙を流し、ダッと駆け出した。

 

「母さん!」

「ザック!」

 

 跪き両手を広げた女性の胸に犬耳少年が飛びつく。母と呼ばれた犬耳の女性は、腕の中の息子が夢幻でないことを確かめるようにきつく抱き締めた。そして、親子揃って奇跡の再会に歓喜の涙をホロホロと流す。

 そんな親子の再会を期に、帰って来た亜人達と住民達は地を揺らさんばかりの歓声を上げて互いに走り寄り、家族、友人、恋人など知人を見つける度に声を枯らす勢いで無事を喜び合った。

 

 フェアベルゲンは、大きな喜びに包まれ、普段の静謐さは何処にいったのかと思う程のかつてないお祭り騒ぎとなった。

 

 そんな笑顔溢れる亜人達の喧騒の中、鬼の戦艦から降り立った入間達にアルフレリックを始めとした長老達が駆け寄ってくる。

 

「少年……全く、とんでもない登場をしてくれたな」

「ん?ああ、アルフレリックさんですか。まぁ、色々面倒だったので、大目に見てください」

 

 アルフレリックが、頭上のバッキバッキに折られた樹々を見て苦笑い気味に言うと、入間は頬をポリポリと掻きながら、若干、バツの悪そうな表情になった。

 

 樹海の上空から、問答無用に樹々を押し潰して下降するという方法を取ったのは、単に樹海の外から歩いてくるのも、ゲートで一人一人転移させるのも面倒だったからである。

 しかし、入間もフェアベルゲンの景観の美しさには感動を覚えていたので、流石に、ちょっとやってしまった感があるので、手をスッと上に出した。

 

「“絶象”」

 

 再生魔法“絶象”。有機物、無機物に関わらずあらゆる損壊を再生し復元する魔法である。

 

 入間が魔法のトリガーを引いた瞬間、頭上の傷ついた樹々が一瞬で元の姿を取り戻した。その余りに非常識な魔法に、長老衆がポカンと間抜け面を晒している。アルフレリックだけは、新たな神代魔法だろうと察しつつ、疲れたように眉間の皺を揉みほぐした。

 

「お祖父様、お気持ちは察しますが、そろそろ……」

「む、そうだな。少年……いや、鈴木殿。大体の事情はカムから聞いている。にわかには信じられない事ではあるが、どうやら本当に同胞達は解放されたようだ。おそらく、今、私達は歴史的な瞬間に立ち会っているのだろう。まずは、フェアベルゲンを代表して礼を言わせてもらう」

「言っておきますけど、事を成したのはハウリア族です。そこは間違えないでくださいね?」

 

 アルフレリックの言葉に、入間が気のない様子で鬼の戦艦を宝物庫にしまいながら釘を刺す。広場から突然、巨大な物体が姿を消したことに、喜びに湧いていた亜人達が目を瞬かせた。そして、長老衆と向き合う入間達に注目する。

 

「ああ、もちろんだ。ハウリア族がいなければ、そもそも先の襲撃だけでフェアベルゲンは壊滅していたかもしれん。それも合わせて考えれば、信じざるを得んだろう。ふふっ、まさか、追放した最弱のはずのハウリア族が帝国を落とすとは……長生きはしてみるものだ」

 

 ハウリア族が帝国に戦いを挑んだあげく勝利を掴み取り同胞を救い出した──その事実がアルフレリックの口から明言されたことで、住民達も大切な人を取り戻してくれたのが誰なのか理解したようだ。

 アルフレリックの隣で背筋を伸ばすカムに注目が向けられる。彼等の瞳に宿っているのは、最弱種族に対する蔑みではなく、大きな敬意と若干の畏怖を含んだ英雄を見るような色だった。

 

 その視線に気がついたカムは、何かを思いついたように悪戯っぽい笑みを浮かべると、おもむろに右手を掲げた。そして、「こっちに来い!」とでも言うように指先をクイクイッと曲げる。帝城侵入の際にも使ったハンドシグナルである。

 その瞬間、「いやいや、どこにいたんだよ!」と思わずツッコミが入りそうなくらい唐突に、ハウリア達がシュバッ!とカムの周りに現れた。そして、統率のとれた動きで整列すると一斉に“休め”の体勢で微動だにしなくなった。

 

 カムは、整列した一族に満足気な笑みを浮かべると、その刃のように鋭い視線と思わず後退りしそうになる程の覇気を纏って、住民達──正確には兎人族に向かって声を張り上げた。

 

「同族達よ。長きに渡り、屈辱と諦観の海で喘いでいた者達よ。聞け。此度は、帝国に打ち勝つことが出来たが、永遠の平和など有り得ない。お前達の未来は、そう遠くない内に再び脅かされるだろう」

 

 その言葉に、広場にいる何百という兎人族がその身を恐怖で震わせる。また、帝国での辛い日々がやって来るのかと、どこか縋るような目で演説するカムを見つめる。

 

「そうなれば、お前達はまた昨日までの日々に逆戻りだ。それだけではない。今度は、奴隷を免れていた仲間も同じ目に遭うかも知れない」

 

 今助かっても、未来は暗いと言う事実を突きつけられて、兎人族だけでなく他の亜人族達も伏し目がちとなる。

 

「お前達はそれでいいのか?」

 

 いいわけがない。尊厳の尽くを踏みにじられるような日々に戻りたいわけがない。まして、そんな辛さを、大切な者に味わせたいわけがない。

 だが、だからといってどうすればいいというのか……

 

 カムは、俯く同胞に厳しい視線を向けつつ、答えなど目の前にあるだろうと更に声を張り上げた。

 

「いいわけがないな?なら、どうすればいいか。簡単だ。今、隣にいる大切な者を守りたいと思うなら……戦え。ただ搾取され諦観と共に生きることをよしとしないなら……立ち上がれ。兎人族の境遇を変えたいと願うなら……心を怒りで充たせ!我等ハウリア族はそうした!兎人族は決して最弱などではないのだ!決意さえすれば、どこまでも強くなれる種族なのだ!我等がそれを証明しただろう!」

 

 誰かが「あ……」と声を漏らした。巨大な敵を打ち破り、自分達を救い出したのは、特別な存在などではなく、同じ兎人族の一部族なのだと気がついたように。俯いていた兎人族達が一人、また一人と顔を上げていく。

 

「帝国で受けた屈辱を思い出せ。不遇な境遇に甘んじるな。大切な者は自らの手で守り抜けっ。諦観に浸る暇があるなら武器を磨け!戦う術なら我等が教えよう。力を求め、戦う決意をしたのなら、我等のもとに来るといい。ハウリア族は、いつでもお前達を歓迎する!!」

 

 そう言って演説を締めくくったカムは、再びハンドシグナルを出す。すると、ハウリア達は、どこぞの忍者のようにシュバ!と散開して一瞬で姿をくらませた。

 

 それを見て、兎人族達が更に瞳を輝かせる。幾人かの若い兎人族の中には、兎人族の中には、今にも志願すべく駆け出しそうな者もいる。

 カムはほくそ笑む。心の中で「やったな!また戦力が増えそうだ!一度訓練にさえ参加させれば、逃さず精神を魔改造してやるぜ!」と狂喜の喝采を上げる。

 

「陛下、お話の最中に失礼しました。ちょうど人材確保にタイミングが良かったもので」

「うん。別に良いよ」

 

 入間は苦笑気味。もしもハウリアが増殖すれば、量産型ライダーのアイテムを作るべきかな……とのんびり考えていた。

 

「……こうして、森の優しいウサギさんは絶滅したのでした」

「やめてくださいよ、ユエさん!ハウリアの一人として物凄くいたたまれないので!」

 

 シアの悲しみの叫び。

 遠からず、ほぼ間違いなく、気弱で温厚な兎人族は絶滅し、代わりに厨二台詞を吐きまくる忍者ウサギとして生まれ変わるだろう。

 

 ちなみに、この場にはヘルシャー帝国新皇帝に就任させられたリリアーナもいる。目の前でハウリア族が戦力強化を図っているのだが、特に何も言わない。というか言えない状況だった。

 この後、長老衆の面前で帝国の新皇帝に就任した事の証明と誓約の説明をしたあと、オーロラカーテンによって即行で叩き返されるという予定である。このためだけに連れて来られた皇帝陛下──威厳も何もあったものではない。

 

「ふむ、これ以上、この場にいても仕方ないな。奥に案内しよう。アルテナ、頼むぞ」

「はい、お祖父様。さぁ、こちらです。鈴木様」

 

 カムの演説のせいで、やたらと注目されてしまい挨拶どころではなくなってしまったので、アルフレリックは、アルテナに用意しておいた広間への案内を促した。

 

 それを受けたアルテナは、一つ頷くと、何故か入間の手を取ってにこやかに案内をしようとする。それに、ユエ達の目がスッと細まった。

 たまたま手に取ったのがユエのいる右側ではなくシアのいる左側だったので、同じく、にこやかに微笑みながら、シアが入間の手をさり気なく取り返す。

 

 シアとアルテナの視線が交わる。何故だが、バチバチと放電でもしていそうな幻聴が聞こえた。

 

「わ・た・し・達!の案内、お願いしますね。アルテナさん?」

「ええ、もちろんですわ、シアさん。でも、人が多いですから、逸れないように念のため手を引かせていただきますわね?」

 

 そう言って、アルテナはシアから入間の左手を取り返そうとする。どうやら、カムの挑発が地味に効いているようだ。森人族のお姫様にあるまじき態度である。単に、入間に対して云々というより、シアに対する対抗心という面が強そうだが。

 

 「計画通り!」という様子でニヤリと笑うカムの様子から、その辺の事情を察した入間が、ジト目から殺気を向けた。一瞬にして、カムが滝のような冷や汗を流す。

 入間は、ガクブルし始めたカムに溜息を吐きながら、しっかりシアの手を握り返した。

 

「あ……」

 

 シアが、思わず声を漏す。そして、次の瞬間には満面の笑みでギュッと入間の腕ごと抱え込んだ。胸の谷間に埋もれた左腕から素晴らしい感触が伝わる。

 

 そんな嬉しそうなシアを見て、思わず入間に目を向けるアルテナだったが、入間の目が「さっさと案内しろや」という冷めたものだったので、ガクッと肩を落とし、悄然と先導し始めた。

 最初から、共に旅をしてきたシアと大して接点のないアルテナでは天秤に乗ることすらないので、わかりきった結果である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された広間では、奥に長老衆が座り、その対面にカムを含めた幾人かのハウリア族が、その右側にリリアーナを挟んで入間達が座っている。

 

 既に、ヘルシャー帝国新女帝直々の敗北宣言により、宣誓の内容は本人により確かなものだと長老衆に証言がなされた。これで、全ての長老が、ハウリア族の言葉を真実と認めたようだ。

 

「ふん。しかし、よくも一人でのこのこと来られたものだな。帝国が我々からどれだけの恨みを買っているか、分からない訳ではないだろう。まさか、生きて帰れるとは思っていないだろうな?」

 

 長老の一人──虎人族のゼルが、リリアーナを憎々しげに睨む。リリアーナはつい数日前までハイリヒ王国の女王であり、彼女自身が亜人族に何かをした訳ではない。しかし、亜人族からすれば、ヘルシャー帝国のトップというだけで怨みの対象になる理由としては十分すぎた。

 表情を強張らせるリリアーナに、アルフレリックがゼルを抑える。

 

「ゼル、よせ。気持ちはわかるが、彼女を責めるのはお門違いだ。新女帝がここに来たのは、我等にハウリア族の成した事と誓約の効力を証明する為だ。ここで彼女に害を与えてしまっては、ハウリア族が身命を賭した意味がなくなってしまう」

「くっ……」

 

 返す言葉がなく、ゼルは悔しそうに引き下がる。

 そんな状況を問答無用にあっさりと打開したのは入間だった。いい加減鬱陶しくなってきたのである。

 

「リリアーナさん。色々面倒なんで、もう帰って良いですよ」

「へっ?」

 

 立ち上がった入間は、間抜けな表情をするリリアーナを無視してオーロラカーテンを出現させると、ヒョイッとリリアーナを持ち上げた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!私、この方達と今後の方針とか、和解のための会談とか、色々と見せ場があるんじゃないでしょうか!?」

「いや、僕は貴女を証人として連れてきただけで、会談とか見守る気はないんですよ。それに、価値観の相違から来る恨み辛みは、この場で少し話した程度で解決することじゃないんでしょ?」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「というわけで、貴女の役割はここで終わりです。この先ヘルシャー帝国で女帝として頑張ってれば僕からも支援して上げるので、頑張ってくださいね~」

「ま、待ってください!本当に待って!ここで帰ったら私の出番がなくなっちゃう!もう王女扱いでなくても良いから、せめて女の子の扱いをぉ~~~~!!」

 

 ジタバタと暴れるリリアーナだったが、入間の膂力に勝てるはずもなく、容赦なくゲートの向こう側に放り投げられてしまった。

 一方、長老、特にゼルなどは露骨に入間を睨んでいる。「なぜ、彼女を帰した!」とその眼光が物語っていた。

 答えるのも馬鹿らしい上に、リリアーナを帰してしまえば入間がここにいる意味もないので、鬱陶しい視線を向けてくるゼルに殺気を放って震え上がらせると、さっさと出ていこうとする。

 

「待ってくれ、鈴木殿。まだ、報いる方法が決まっていない。もう少し付き合ってくれないか」

「いや、なにもいりませから。僕の目的は大迷宮なんですから、もうここに用はありません」

「そう言うな。これだけの大恩があって、何もしなければ亜人族はとんだ恥知らずになってしまう。せめて、今夜の寝床や料理くらいは振舞わせて欲しい。だから、もう少し頼む」

「……はぁ~、わかりましたよ」

 

 入間は面倒そうにしながらも、アルフレリックに頷き元の場所に座り直した。それを確認し、アルフレリックがカムに向き直る。

 

「さて、これでハウリア族の功績が確かに確認された。追放された身で、襲撃者共を駆逐し、尚且つ、帝国に誓約までさせ同胞を取り返した。我等は、お前達に報いなければならない。取り敢えず、ハウリア族の追放処分を取り消すことに異存のある者はいない。これは先の襲撃後の長老会議で既に決定したことだ。これからは自由にフェアベルゲンへ訪れて欲しい」

 

 追放処分の取り消し。それは以前、散々揉めた長老会議の決定を覆すに等しいものであり、それを認めたということは、それだけハウリア族の功績が大きいということだろう。

 しかし、当のカムは「そうか」と呟くだけで、特に喜んでいる様子はなかった。どうでもいいと思っているような態度だ。

 

「そしてだ。此度の功績に対しては、ハウリア族の族長であるカムに、新たな長老の座を用意することで報いの一つとすることを提案したい。他の長老方はどうか?」

 

 アルフレリックの言葉に、側近達が驚いたように目を見開いた。ここ数百年、現在の種族以外が長老の一座席を受けたことはないのだ。森人、虎人、熊人、翼人、狐人、土人が亜人族の最優六種族なのである。そこに兎人族を加えるというのは、亜人族の基準からすれば、まさに歴史的快挙とも言うべき種族の誉れなのである。

 

 アルフレリックの提案に、他の長老達は、一度顔を見合わせると頷き合い、賛成で満場一致した。

 

「ふむ、そういうわけだ。カムよ。長老の座、受け取ってくれるか?」

「無論、断る」

「「「「「……え?」」」」」

 

 なんだか、「新たな仲間を迎えよう!」みたいな清々しい空気が流れていたのだが、カムはあっさりそんな空気をぶった切った。長老達の目が点になる。まさか断られるとは思ってもみなかったようだ。

 

「……なぜか聞いてもいいか?」

 

 アルフレリックが、どうにか気持ちを持ち直し、亜人族として最高位の恩返しの何が気に食わないのか頭痛を堪えるようにして尋ねた。

 

「なぜも何も、そもそもお前達は根本的に勘違いをしている」

「勘違い?」

「そうだ。私が亜人族全体を助けたのはもののついでだ。我等が決起を決意したのは、あくまで同族である兎人族の未来を思ってのこと。他の亜人族は、言ってしまえば“どうでもいい”のだよ」

 

「……なんだと」

 

 淡々と語るカムに長老達は信じられないものを見るような目を向けている。

 

「故に、勘違いするな。我等ハウリア族は、決してお前達の味方ではない。もし、お前達が、此度の勝利に味をしめ、人間族への無謀な戦争を企てたり、武器道具の類を仕入れようと我等や陛下に迷惑をかけるようなことがあれば……ハウリア族の刃は貴様達自身に向くと思え」

「わ、我等は、同胞ではないか!同じ亜人族に刃を向けるというのか!まるで狂人ではないか!」

「ふん、兎人族を下等と蔑み、我等ハウリアに処刑を宣告してきた貴様等がそれを言うか?まぁ、自分の事を棚に上げた貴様等の戯れ言などどうでもいい。とにかく、我等の刃は全て、兎人族の未来のために振るわれる。それだけ胸に刻んでおけばいい」

 

 言い切ったカムの表情は清々しい。後ろに控えるハウリア達もいい笑顔だ。長老に加えることで、自分達の力をいいように使えると思ったら大間違いだぞ!とその瞳が語っていた。 

 実際、そういう打算が全くなかったと言えば嘘になるので、アルフレリック達の表情は苦々しい。

 

 一方、入間の周りに控えて事の推移を見守っていた者達は、一様に、ジト目を入間に向けていた。「大切な者以外、知ったことか!興味ねぇんだよ!ぺっ!」というカムの言動が、どこかの誰かさんにそっくりだったからである。

 

「まるで、亜人族から兎人族だけ独立したような言い方だな」

「アルフレリック、お前はいつでも的確だな。全く、その通り。これからは、兎人族は兎人族のルールでやっていく。フェアベルゲンのルールに組み込まれて、いいように使われるのは御免なのでな」

 

 カムの不遜な物言いに気の短いゼルや長老を蔑ろにされた側近達が激しく憤る。カムは涼しい顔であり、後ろに控える部下のハウリア達は涼しげな表情ながらも、その目には明確な敵対心を宿しながら、彼等を見返していた。

 そんな中、難しい表情で考え込んでいたアルフレリックは、まるで、かつて入間を相手にした時のようにどこか疲れた表情でカムに話しかけた。

 

「では、カムよ。お前さん達を“一種族にしてフェアベルゲンと対等である”と認めるというのはどうだ。当然、長老会議への参加資格を有することにして。これなら、フェアベルゲンの掟にも長老会議の決定にも従う義務はなく、その上で、我等にも十分な影響力を持てる」

「ほぅ。まぁ、悪くはないな」

 

 アルフレリックの新たな提案に、「その言葉が聞きたかった!」とでも言うようにカムはニヤリと笑った。

 

 カムとしては、いつか多種族が侵攻して来た場合に備えて、フェアベルゲンとの繋がりは欲しいと考えていた。しかし、だからといってフェアベルゲンに組み込まれてしまうと長老会議を無視できなくなって自由に動くことができなくなってしまう。なので、あくまで同盟種族、あるいは外部機関的な立場がベストだと考えていたのだ。

 だが、それは当然、ハウリア族を優遇し過ぎであると反発の声が上がる。それに対してアルフレリックは、溜息を吐きながら答えた。

 

「彼等は、一部族だけで事を成したのだぞ?フェアベルゲンが総力を上げても出来ないであろうことを、だ。対等と認めるには十分な理由だと思うが?それに、このままではハウリア族と縁が切れてしまう可能性があるわけだが、その損失の度合いを測れないお前達ではあるまい。同盟という形をとれば、追放してしまった彼等とも、また縁を繋げるのだ。ならば、この程度のこと、成し遂げてくれたことの大きさに比しても、過剰とは言えまいよ」

 

 長老達は、ぐぬぬぬっという音が聞こえそうなくらい頭を捻ったが、結局、良案がでるわけでもなく、種族の矜持やら長老会議の威信やらを何とか押し込めて、アルフレリックの提案を呑む事になった。

 

「そういう訳で、カムよ。長老会議の決定として、ハウリア族に“同盟種族”の地位を認める、ということでよいか?」

「まぁ、認められようが認められまいが、我等のやることは変わらんが、そういうことでいいだろう。ああ、ついでに、大樹近辺と南方は我等が使うから無断で入ってくるなよ?命の保障は出来んからな」

 

 カム、まさかの追加注文。

 というか勝手に自分達の土地を決めてしまった。流石のアルフレリックも頬がピクっている。入間の傍らでシアが顔を両手で覆ってしまった。父親の傍若無人ぶりが恥ずかしくなったらしい。

 その後、妙に疲れた顔をしている長老衆を残し、入間達は大樹に向かうまでの間、フェアベルゲンで滞在するための部屋に案内された。

 

 町中は、未だ、帰還した亜人達への対処に大騒ぎとなっている。勇者パーティーや愛子達は、何か手伝えることはないかと飛び出していったが、入間達はどこ吹く風と部屋でくつろぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中。

 未だ、ちらほらと町中の喧騒が聞こえてくる。どこかで帰還を祝って宴会でもしているのかもしれない。

 

 そんな中、割り当てられた部屋で思い思いにくつろぐバビル一行。

 だが、若干一名、妙にそわそわとしている者がいた。

 シアだ。先程から、チラチラと入間を見ては、何か考え込んでいる。

 

 新たに手に入れたゼインウォッチ、ガヴウォッチ、更にデビルライダーの戦いで愛子達が手に入れたBLACK RX、ネオライダー、アマゾンズのライドウォッチを並べてウォッチを調べていた入間は、チラリと横目でシアを見ると、仲間達に視線を向ける。

 ユエ、アメリ、ミレディ、ティオ、チマは、入間の視線の意図に気付くと、優しげな笑みを浮かべて頷く。それを目にして、入間は手にしていたライドウォッチを床に置くと、立ち上がりながらシアに声をかけた。

 

「シア。これから気分転換に外に行くんだけど、ちょっと付き合ってくれないかな?」

「ふぇ?私は……」

 

 シアはユエ達を見る。ユエとミレディとティオはパチリとウインクし、アメリとチマは「しょうがないなぁ」というように表情をしているのを見て、ユエ達の意図を悟ったらしく、小さく笑みを浮かべながら感謝を込めて頷いた。

 

「はい!真夜中のデートですね!……ちょっと卑猥な響きです」

「そういう意味じゃないから。それで、何処かおすすめの場所知ってる?」

「はい。それでは、少し行きたいところがあるんです」

 

 シアは、嬉しそうに入間の腕にギュッと抱きついた。そして、二人で腕を組みながら、樹海の奥──ハウリア族の元の集落へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 他愛ない話をしながら二人並んで散歩をしていると、うねるように根の張り出した大きな木の下にたどり着いた。

 その木に辿り着いたシアは、目の前の大木をジッと見つめていた。

 

「お母さんの?」

「はいです。母様が、この木の下に眠っています」

 

 樹海では、死したものは木の根本に埋葬される。自然に還すためだ。役目を終えた体と魂は自然と一つになり、故郷たる樹海を潤して、再び新たな命が生まれてくる。亜人達は、その循環を尊ぶ。木々は墓石であり、個人の象徴でもあった。

 

「──英雄になりたかった」

「ん?」

 

 シアの突然の言葉に、入間は首をかしげる。シアは大木を見つめたまま言葉を重ねた。

 

「──家族を守れる人になりたかった。逃げ隠れするだけじゃない。大切な人を奪おうとする全てに立ち向かって、全てを守れるような、そんな英雄になりたかった」

「……」

「母様の言葉です。燃えるような瞳と心を持った人でした」

 

 最弱種族かつ病弱。最も弱き体を持った、最も強き心の女性──モナ・ハウリア。

 それが、シアの敬愛する母の名前だ。

 

「……だから、君が生まれたんだね」

「!えへへ……」

 

 入間の納得したような言葉に、シアは弾かれたように視線を転じた。墓石を見つめる入間の目には、確かな敬意が宿っている。

 

──生まれてくる子は、強き子であれ

 

 かつて、母が伝えてくれた願い。

 体の強さは願った通りに。そして、心な強さも、シアは確かに受け継いでだのだ。

 それを、想い人が認めてくれた。自然、照れ笑いが浮かんでしまう。

 頬を上気させたシアは、墓石代わりの大木を仰ぎ見ながら、万感の想いを込めて亡き母へ言葉を紡いだ。

 

「母様。母様が教えてくれたことは本当でした。世界はとびきり厳しいですけど、時々、とても優しいです。私、見つけましたよ。紹介しますね。この人が鈴木入間さん──私の、大切な人です」

 

 かつて、モナは言った。シアと並び立つ人が必ず外の世界にいると。そして、きっと素敵な出会いをするのだと。

 “未来視”なんて能力もないのに、モナの予知は的中だった。

 今でも、まぁまぁ敵わないなぁと、シアは思う。いつか、母のように美しく気高く、そして強い女性鳴れるのだろうか。辿り着くには、中々骨の折れそうな未來だ。

 だが、それでも、近付けた事もある。

 

「私は、父様は、ハウリア族は──英雄になりました」

 

 生きていたら、モナは、一体どんな顔をするのだろう。あの燃える瞳を更に輝かせるのだろう。それとも、無茶をしえっと困ったように笑うのだろうか。

 在りし日の母の姿を思い、シアは目を細めた。すると、

 

「感謝します」

「え?入間さん?」

 

 突然の言葉に、シアは入間を見た。入間の視線はモナの大木に向いていて、その言葉がシアではなくモナに向けたとのである事が分かる。

 

「僕とユエ、二人で始めたこの旅。彼女と出会わなくても、僕はアメリさんと再会することが出来たと確信して、幸せな日々をしていたと思う。でも、一人でも欠けていたら……その日々は幸せでも、最高じゃない。僕達が今こうしていられるのは、貴女の娘のお陰です」

「入間さん……」

 

 言葉に詰まるシア。入間は小さく笑みを浮かべながら、改めて、大切な少女の母に向けて感謝の言葉を送った。

 

「この世に、シアを産んでくれて……心から感謝します」

 

 シアは天を仰いだ。そうしなければ、溢れでるものをおさえられそうになかった。

 しばらく、モナの大木に見守られながら、穏やかで温かな時間が流れる。人を惑わす真白の濃霧でさえ、今の二人を優しく包み込んでいるかのようだ。

 心地よさすら感じる沈黙を、再びシアの言葉が終わらせた。

 

「あの、入間さん」

「ん?」

「ありがとうございました。色々、言葉にしきれないくらい……本当に、ありがとうございました」

 

 一族の救済、旅の道連れ、望みに応え国を相手取る。

 背中を合わせ、命を預け合い、共に死線を潜る。それだけの信頼を寄せてくれた。

 そして、母の墓前で、こうして同じ時を過ごしてくれている。

 シアの深い感謝の言葉に、入間は照れたように視線を反らした。

 

「……お礼なんか良いよ。仲間がやりたい事は、全力で応えてあげたいからね」

「ふふっ。入間さんならそう言うの、実は最初から分かってましたよ」

 

 入間らしい返答に、シアがクスクスと笑う。しかし、直ぐに難しそうな表情になって、入間に視線を向ける。

 

「私、何をすれば入間さんに返せますか?」

「礼なら今受け取ったでしょ?」

「そんなの唯の言葉じゃないですか。私は、もっと形として恩返しがしたいんです。入間さんは、私が何をすれば嬉しいと感じてくれますか?……入間さんが望むなら何だってします。本当に何だって……」

 

 シアはウサミミをピコピコと動かしながら、入間にピトリと密着する。直ぐ傍で入間を見つめる瞳は熱を孕んで潤んでおり、吐息は火傷しそうな程に熱い。言外に、シアが何を言っているのかを入間は正確に理解していたが、敢えて気がつかない振りをする。

 

「……ありがとうって言ってくれただけで満足なんだよ。何かしてほしいんじゃなくて、してあげたくてした事なんだから」

「もうっ、何ですか!ここは、『ならお前の体で礼をしてもらおうか、ぐっへっへっへ!』と言って私を襲う場面じゃないですか。空気読んで下さいよぉ」

「シア、君は僕の事を色情魔か鬼畜ソ野郎とでも思ってるの?」

「無自覚天然女たらしのヘタレ野郎ですぅ」

「女たらしって……いや、アメリさん達の事を思えばそうなるか。とは言え、せめて一途とか言ってほしかったよ」

 

 シアは、ぷくっと頬を膨らませて不満をあらわにした。しかし、直ぐに気落ちしたように項垂れる。ウサミミもペタリと力を失ったように垂れてしまった。

 

「……冗談抜きに、何かお礼をしたいんです。入間さん達と出会ってから、私はずっと貰いっぱなしです。入間さんもユエさんも笑ってくれればいいって言いますが、そんなの、お二人といるのが幸せな私からすれば自然なことで、全然お礼なんかじゃないです。入間さんにもユエさんにも、ちゃんとお礼がしたいんです。……色々、考えていたんですけど、中々思いつかなくて。入間さんは、私の体なんていらないっていうし……」

「あのね……それ、逆も然りなんだよ」

 

 入間は、いじけるシアに困った表情で答える。本当に、改めて恩返しがしたいと言われても、身内を助けるのは当然のことなのだから、一言「ありがとう」とでも言われれば十二分なのだ。

 だが、シアとしては、それではどうにも気持ちが収まらないらしい。

 

 と、その時、再び天を仰いだシアは、上空の霧に輝きを見た。

 それは、偶然にも局所的に霧が薄くなることで月の光が差し込み、それが空気中の水分に乱反射して起こる現象だった。

 

「入間さん、入間さん。ちょっと付いてきてくれませんか?」

「?いいけど……」

 

 ウサミミをみょんみょんさせながら、シアは楽しそうに大木を駆け上がり始めた。入間も、幹の洞や枝を足場にひょいひょいと追随する。

 辿り着いたのは、モナの大木の頂上付近。普通、頂上付近ともなれば細木ばかりとなるのだが、そこには幾本もの枝が複雑に絡み合って出来た、実に座り心地の良さそうな場所があった。

 

「ここに母様を埋葬したのは、ここが母様のお気に入りの場所だったからなんです」

「成る程ね」

 

 二人でもゆったりと座れる頂上の大きな枝に、並んで座る入間とシア。

 

「ほら、見てください、入間さん。中々の光景が見られますよ!」

「……ん?おぉ。これはまた幻想的だね」

 

 霧が流れ、限りなく薄くなる。見えてくるのは、広がる雲海。ちょうど、入間達の高さで濃霧が広がり、それより上は晴れた状態なのだ。

 そして、その霧の海に月の光が降り注ぎ、キラキラと幻想的に輝いている。

 まさに、宝石を散りばめた真白の海と言うべき光景。

 

「ものっすごく希な現象なんですけどね。母様のとっておきです。このタイミングで見られるなんて、ついてますねぇ」

「君のお母さんも、粋な計らいをするね」

 

 母親が、頑張った娘に御褒美をくれたに違いない。そう言う入間に、シアのウサミミはわっさわっさと身悶えるように動いた。

 二人で、キラキラと輝く霧の海を眺める。

 

 ふと、入間はシアに話し掛けた。

 

「……シアはさ、不満とかないの?」

「え?」

 

 「何をですか?」と不思議そうに首をかしげるシアに、入間は足をプラプラと揺らしながら言葉を並べる。

 

「シアもアメリさん達も、僕の“特別”になるために頑張ってるみたいだけど……“一番”の座を争ってるアメリさんとチマちゃんは兎も角、シア達はユエを蹴落とそうとか考えてないんでしょ?それってつまり、僕が複数の女性と交際するって事になるんだよ?とっかえひっかえされる関係って、女性として嫌な気持ちになったりしないのかなって」

 

 それを聞いたシアは、少しの間だけ思案したように首をかしげた後、清々しい表情で答えた。

 

「多分、そんな関係になっても、皆受け入れられると思いますよ」

「……何で?」

「ん~。私達トータス出身者は、一夫多妻が普通なのもありますね。魔界では違うんですか?」

「いやぁ……一般的じゃないけど、法の取り締まりはないというか……」

 

 魔界にも貴族といった家柄の差があることで、一夫多妻制度を禁止する法はない*1。恐らく法を自由にする権力を持つ魔王(デルキラ)がそう言った話に興味を持たなかったから細かく決められていないのかもしれない。しかし、魔界の女悪魔は甘くないので、ハーレムは一般ではあり得ないし、それを実際にやっているのは貴族としての地位と高位階(ハイランク)を利用して地位や位階(ランク)が低いものを無理矢理させている物が多い。

 勿論、まだ貴族社会を知り尽くしているわけではない入間は、魔界の一夫多妻が実際にどんなものなのかを目にした事はないので断言はしないが、この世界で女の人権が軽視されるものを見てきて、入間は自然とハーレムや妻妾同衾には否定的になっていた。

 

「それに私、入間さんだけじゃなくて、ユエさんもアメリさんも……ミレディさんもティオさん…それにチマちゃんも大切に思っています。入間さんも言ってたでしょ?一人でも欠けたらダメだって」

「それとこれじゃあ意味が違うよ……」

「そうかもしれませんね。でも、私は自分の幸せを掴みたいし、ユエさん達も幸せになってほしい……。入間さんなら、真摯に皆を愛してくれるって、皆を幸せにしてくれるって、何故だかそう思えるんですよ。人徳ってやつですね。だから皆頑張ってるのに……ほんとに、いつになったら入間さんは私達に惚れてくれるんですかねぇ~」

「諦める気は?」

「ないですねぇ~」

 

 それを聞いた入間は立ち上がり、ポツリと呟いた。

 

「……じゃあ、これからは少し我が儘になってもいいかな」

「……ふぇ?」

 

 ポカンと口を開けたシアを見て、入間は自嘲気味な笑みを浮かべた。

 何とも、まぁ、自分勝手なことだと思ったからだ。気が付けば、彼女達の存在は随分と大きくなっていたらしい。愛している家族や、大切な親友達に向けるものともちが……ユエに抱いたものと同じ感情。男としても最低だと思う。しかし、気持ちは誤魔化しようがない。

 

「え、え~っと……入間さん、今の言葉の意味は……?」

「何でもない。それより、お腹空いたしそろそろ戻ろうよ」

「えっ?今からですか!?そ、それよりさっきの言葉の意味を……あっ!待ってくださ~い」

 

 逃げるように木の枝から飛び降りた入間を追いかけ、シアも木の枝から飛び降り、ゆったりとした動きで戻っていく入間を追いかけるシア。

 ゆっくりと歩いているため、バグウサギはあっという間に追い付くと、さっきの言葉の意味を問い掛けてくるが、入間はシアのウサミミをモフモフして誤魔化す。質問に答えてもらえず少し不満げなシアだったが、ウサミミを撫でてくる入間の手が気持ちよくて、自然と穏やかな表情で入間の右腕に抱き付いていた。

 

 そうして、入間とシアはゆっくりとフェアベルゲンを目指して歩いていき、ユエ達の元に戻ってきたのは、それから三時間後の事だった。

 

 

*1
本作での独自設定




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本作での雫と鈴はどうしたいと思いますか?

  • 二人とも救済
  • 二人ともBAD END
  • 雫のみ救済
  • 鈴のみ救済
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