悪魔の孫は時の王者となって世界最強   作:MTHR

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 今回は原作通りです。
 サブタイトルは仮面ライダーWを意識しています。


98話 Gの試練/反転した感情

 いつの間にか“聖絶”の輝く障壁は消え、アメイジングフォームアーマーの力で燃え盛っていた炎は消失によって鎮火していた。周囲は妙に光沢のあるメタリックな地面と灰燼に帰した草木の残骸が散乱しているだけ。どこかの世界の世紀末のようだ。

 

「……ん?」

「あらら?」

「む?」

「……ふぅ」

「あれ?」

「ふぇ?」

「あれ?」

 

 そんなあらゆる物が燃え尽きた荒野のど真ん中で、入間に抱き締められていたユエ達は、突然、何かに耐えるように閉じていた瞳をスッと開けてコテッと首を傾げた。

 

「ん?どうしたの、皆」

 

 自分が抱えるユエ達の異変に、入間が少し心配そうな声音で尋ねた。

 離れたところにいたアスモデウスとクララもやって来て、ユエ達は互いに確認するように顔を見合わせると、どうやら自分達に起きた現象が同じだと察し、頷き合ったあと入間に視線を転じた。

 

「……ん、耐え切ったみたい」

「はい。湧き出していた快楽が綺麗さっぱり消えました」

「もう何ともないな。……感覚も戻ってきた」

「つ、疲れたぁ~~」

「ご迷惑掛けてすみません、イルマ先輩」

 

 どうやら、そういう事らしい。

 乳白色スライムの粘液による正気を失いかねないほどの媚薬効果を精神力だけで耐え切ったようだ。行き過ぎた快楽は苦痛と変わらない。ユエ達がどれほどの苦痛に喘いでいたのか……それは、入間には想像することしか出来ないが今まで経験のない厳しい戦いだったに違いない。

 

 入間は大迷宮の試練を見事乗り切った腕の中の三人に純粋な称賛を贈った。

 

「流石だ。皆、よく頑張ったな。皆なら大丈夫だと確信していたが……それでも、うん、本当に流石だよ」

「んっ……くふふ」

「えへへ、そう正面から言われると照れますね~」

「あぁ……」

「フフン、ミレディさんなら当然だよ!」

「イルマ先輩が抱き締めてくれたお陰です」

「い、いえ……これは鈴木くんのお陰で……」

「こ、こんな試練に負けるわけないでしょ!」

 

 既に媚薬効果はなくなっているので入間がユエ達を抱き締めている必要はないのだが、ユエ達も入間の称賛に嬉しげに頬を緩めつつ一向に離れようとしなかった。アメリとミレディはその柔らかな体を目一杯押し付け、愛子と優花は恥ずかしそうにしながらも、入間から離れようとはしなかった。

 一応「もう大丈夫だろう?」という意図を含ませて、入間は抱き締めている腕の力を緩めたのだが、むしろユエ達の抱きつく力は強くなった。

 

 もっと褒めて?とでも言うように、ギュウウと抱きつく力を強めながら、ユエ、シア、アメリ、ミレディ、チマは頬を染めつつ上目遣いで入間を見上げる。今度は熱に浮かされ、正気を失いかねているような危ない表情ではない。純粋に彼女達の魅力がこれでもかと詰まった表情だ。

 媚薬効果がある時はユエ達のアプローチもあっさり無視できた入間だったが、素のユエ達の魅力は実に抗い難いものがあった。無意識に緩めていた腕に再び力が入っていく。

 と、その時、

 

「ゴホンッ!……お邪魔して悪いのだけど、そういうのは全部終わってからにしてもらえるかしら?あと、光輝と鈴の拘束も解いてあげて欲しいのだけど」

「ん?あ~、八重樫さんですか。貴方も自力で耐えたのは意外ですね。貴方の評価を改めるべきか……」

「ッ!ち、ちちち違いますからね八重樫さん!これは決して鈴木君の腕の中が心地よかったからとかではなくて……あのっ、そのっ!」

 

 ユエ達とほぼ同時に快楽地獄から抜け出していた雫は、目を開けば眼前で展開していた桃色空間にげっそりした表情となっていたのだが、何とか会話の隙を突いて入間達を現実に復帰させることに成功した。

 そして、入間から純粋な称賛を浴びて、若干、照れくさそうにそっぽを向く。

 

「あ、ありがとう。まぁ、剣術を習う上で、父から心を静める方法はみっちり叩き込まれているからね。少し危ないところだったけれど……というか、光輝達が拘束されているのは私を守るためかしら?瞑想に集中して他に対応する余裕はなかったから助かったわ。ありがとう、鈴木くん」

「まぁ、流石に目の前で強姦は見過ごせないからね。天之河君達は……気絶中かぁ。快楽の苦痛に耐え切れなくて意識を落としたんだね。八重樫さん……衣服と土壁は用意するから、叩き起してフォローは頼みますよ」

「……衣服?土壁?……っ……え、ええ。わ、わかったわ」

 

 一瞬、入間が何を言っているのか意味が分からず首を傾げる雫だったが、替えの服が必要な状態(汗です。あくまで汗です、by雫)になっていることに気が付いて、カッー!と頬を染め動揺しながらもしっかり頷いた。

 

 入間はユエ達を今度こそ引き離すと、“変化(チェルーシル)”で土壁を作り上げ簡易の更衣室を用意する。もちろん“宝物庫”から光輝用の衣服(町で買った予備の服)も取り出し、雫の方へ投げ渡した。

 

 鎖が消失し、崩れ落ちる光輝と鈴。鈴は雫が咄嗟に受け止めるが、光輝はゴチンッと痛そうな音を立てて地面に激突したようだ。勇者なのだから問題はない。

 簡易更衣室の中で、魔法で作り出した水を使い女性陣とアスモデウスが汚れと着替えを済ましている間、入間は辺り一面にはなったカンドロイドにフードロイド、そして巨大化させていたスピンミキサーを回収した。

 

「……ご主人様よ。そろそろ妾のことも構って欲しいのじゃが。更衣室も妾の分だけないし……」

 

 その時、背後からおずおずとした声が掛かる。

 変態レベルが天元突破していたが故に、一番スライムの粘液を浴びていたにもかかわらず媚薬効果をあっさり克服していたティオである。

 入間はチラリとティオを振り返ると、一言、

 

「あれ、まだいたんですか、クラルスさん」

「ッ!?ご、ご主人様よ。まだ、それをやるのかの?その、確かに、新鮮で気持ちよくはあったが、やっぱりちょっと……そろそろ、いつもの話し方に戻ってくれてもいいんじゃよ?呼び名も、いつも通りでいいんじゃよ?」

「やだなぁ、何を言ってるんです?いつも通りだし、クラルスさんはクラルスさんでしょうに。あ、それ以上、僕に近寄らないで下さいね」

「ッ!!!!?ご、ご主人様よ!悪かったのじゃ!ちょっと、調子に乗りすぎたのじゃ!反省するから元に戻って欲しいのじゃ!」

「……」

 

 泣きべそ掻きながら入間の足元にカサカサと這い寄って来るティオに、入間はハイライトの消えた眼差しを向ける。それに少し頬を染めるティオだったが、流石に他人行儀な態度と苗字呼びは堪え難いらしく暴走する様子は見えない。

 

 入間としては、これでもなお喜ぶんじゃないだろうかと考えていたので、本気で悲しそうにしているティオを見て、やっと効果的なお仕置きの方法を見つけたと怪しい笑みを浮かべる。

 

 入間の釣り上がった口元を見てティオがビクッと体を震わせた。もしや、ずっとこのままでは?とでも想像したのか……ますます泣きそうな表情になった。

 

「うぅ、ご主人様よ。お願いじゃ……ティオと呼んでおくれ」

 

 遂には懇願し始めたティオに、入間はようやく変態に一矢報いることが出来たと、とても満足な気持ちだった。

 

 変態性を発揮せず純粋に悲しそうなティオは、その美しい容姿や着崩れた和装と相まって何とも嗜虐心をそそるが、入間には別にそれを見て虐めたいという気持ちは起きない。

 

「ティオ。君の性癖に対してはもう何も言わないけどさ、大迷宮なんだから少しは自重してよ」

 

 入間がしゃがみながらそう言うと、ティオは、ぱぁ!と表情を輝かせ、妙齢の美女の外見に似つかわしくない少女のような笑顔を見せた。

 

 知識も思慮も深く、人の心の機微にも敏い。誰かとわかり合う努力を怠らず、不測の事態でも冷静さを失わない。度胸も決断力もあり、戦闘となれば強力無比。情に厚く義理も忘れない。そして、外見は極上。変態でさえ無ければ頗る付きの“いい女”なのだが……ティオの新たな扉を意図せず開いてしまったのは、そう言えば自分だったと思い出す入間。内心で、ある意味自業自得じゃんかと頭を抱える。

 

「ホントに、何で君に対してこんな気持ち抱いたんだろう……いや、元を正せば僕のせいだし、知っていけばいくほど変態なだけじゃないって分かるんだけど……なんかスゴく負けた気がする」

「どうしたのじゃ? ご主人様よ」

「……いや、なんでもないよ。それより、ティオも着替えてさっぱりして来なよ」

「む、そうじゃな。……別に、ご主人様が着替えさせてくれてもいいんじゃよ?隅から隅まで綺麗にしてくれてもいいんじゃよ?」

 

 入間がティオ用に簡易更衣室を用意してやると、ティオがどこか期待したような眼差しを向けて、そんな事を言い始める。

 入間は「自重どこいった?」と頬を引き攣らせながら手元に手榴弾を取り出した。

 

「……クラルスさん。あまりふざけていると表皮ごと吹き飛ばすよ?」

「ッ!? す、直ぐに着替えて来るのじゃ!」

 

 ワタワタと手を振り回しながら簡易更衣室へと消えていくティオ。

 残念極まりない竜人族となってしまった彼女の後ろ姿を見ながら、何となく空を見上げる入間。なんとなく、脳裏に“責任”という言葉が過り、入間は空を見上げながら乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡易更衣室からさっぱりした様子で出てきたメンバー。

 案の定、光輝と鈴は物凄い落ち込みようだ。まるで、背中に耐え難い重石でも背負っているかのように項垂れ、特殊な魔法でも使っているかのようにどんよりした暗雲を纏わりつかせている。

 媚薬効果で正気を失っていても自分がしたことの記憶は残るらしい。快楽地獄の果ての人間関係、仲間内の絆を試すというものだろうというのがティオの推測だったが、その推測の正しさを証明するように光輝達はギクシャクしていた。

 

 光輝は雫や鈴と顔を合わせることなく微妙な距離をとっているし、鈴も、いつもの笑顔はなく耳まで赤く染めたまま俯いて雫の陰に隠れている。雫の方も何とかフォローしようとしているのだが、事態が事態だけに有効打を打てていないようだ。

 仲間内で性的な意味で襲い合いそうになったのだから、その気まずさ、罪悪感が半端ないのは仕方のないことだろう。特に、鈴は女の子だ。仲間とそういう関係になりそうになったというだけでなく、痴態を晒してしまったという点だけで精神には特大のダメージが入っているはずだ。

 

「鈴……忘れましょう?あればっかりは仕方ないもの。最後の一線は越えなかったのだし、あんなの忘れてしまうに限るわ。誰だって、思い出したくない思い出の一つや二つあるわけだし……」

「……シズシズ」

「ほら!私なんて、そうとは気づかずにエッチなゲームコーナーを彷徨ったあげく、商品を物色してしまったことがあるのよ?それはもう真剣に!周囲の男性客が、あの時、私をどんな目で見ていたのか……思い出しただけで欝になるわ……」

「……シズシズ、エッチなゲームに興味があるの?」

「ないわよ!あれは、そう、不幸な事故だったのよ」

「……ふ、くふふ、真剣な顔でエッチなゲームを吟味するシズシズ……ぷくく」

「鈴、笑うのは流石にひどいわ……」

 

 そう言いながらも、鈴が笑ってくれたことに雫はどこかホッとしたような表情になる。

 どんな慰めも効きそうになかったので仕方なく記憶の奥深くに封印していた黒歴史を持ち出し、自虐ネタで恥ずかしさの共感を狙って見たのだが……強烈なオウンゴールを決めた甲斐はあったようで鈴の精神は少し持ち直したようだ。

 そんな鈴達の様子を見て俯いていた光輝が顔を上げた。

 

「……鈴木、その、面倒を掛けた。止めてくれて感謝するよ」

「勿論、たっぷり感謝して恩に着まくってください。借りを常に意識して、いざという時は肉壁になる覚悟で返してね。万が一にでも踏み倒そうなら、地の果てまで追って返済させるからな」

 

 光輝の礼に対して、入間は十一で金を貸すヤクザな商売の人の台詞で返した。有言実行、逃げれば本当に地の果てまで追って来て返済を迫りそうである。光輝達に対して「ふっ、人として当然のことを……」の精神は全く持ち合わせていないらしい。

 

 光輝達は、まるで知らずに多額の借金を背負わされた詐欺被害者のような表情で盛大に頬を引き攣らせていた。

 ただ、実際、入間が止めてくれなければ取り返しのつかないことになっていたのは事実であり、そういう意味では確かに大きな借りが出来たのだ。その認識くらいはあるので無言で頷くしかなかった。

 

 もっとも、入間の常識を踏みつけるような発言のおかげで、多少、気まずさは晴れたようである。

 何せ、入間の借金取りの如き眼光が光輝だけでなく、明らかに鈴と雫にも向いていたからだ。恐るべき借金取りに目を付けられたという連帯感で、ある程度は溝が埋まったようである。

 

 その後、入間達は乳白色スライムに襲われることもなく順調に荒地を進み、遂に巨樹のもとへたどり着いた。そして、今回も洞が出来上がり中に入ると転移陣が起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入間達が転移した場所は、やはり洞の中だった。しかし、いつもと違うのは正面に光が見えること。外へと通じる出入り口が最初から開いているのだ。

 入間が周囲を見渡せば、メンバーも欠けずに転移して来た様子。偽物の存在は感じ取れない。つまり、今回はそのまま進めということなのだろう。

 

 入間達は互いに一つ頷き合うと光が差し込む出入り口に向かって歩みを進めた。

 

「これは……まるでフェアベルゲンみたいだね」

 

 入間が光の先を見てそう呟く。その感想にユエ達も確かにと頷いた。

 

 洞の先はそのまま通路となっていたのだが、その通路と見紛うものは洞から続く巨大な枝だったのだ。入間が背後を振り返れば、端を捉えきれないほど巨大な木の幹が見える。つまり、入間達がいたのは巨木の枝の根元にある幹に空いた洞だったというわけだ。

 木が大きすぎて幅五メートルはある枝がそのまま通路となり、同じく、巨木のあちこちから突き出している巨大な枝が空中で絡み合って、フェアベルゲンと同じように空中回廊となっているのである。

 

 フェアベルゲンと異なるのは、向こうが幾本もの大きな木から生えた枝が絡み合って空中回廊となっているのに対し、こちらは、巨木一本から生えた枝だけで広大な空間に空中回廊を作り上げているという点だろう。

 

 上を見上げれば石壁が見えるので、ここが馬鹿でかい地下空間だとわかる。そして、この世に大樹のような巨木が何本もあるとは思えないことから、入間達が立っている巨大な枝とそれが生えている背後の巨木は……

 

「……大樹?」

「そういうことになりますよね。ここは大樹の真下の空間ってことですか」

「だがそれだと、地上に見えてた大樹は……」

「ふむ、地下の幹から枝が生えているということは、本当の根はもっとずっと地下深くということじゃ。ならば、地上に見えていた部分は大樹の先端部分という事になりそうじゃの?いやはや、大樹の存在は知っておったが、まさかあれがほんの一部だったとは……」

「本当の大きさはどれくらいになるんだ?」

 

 皆が皆、改めて大樹の凄まじいまでの巨大さに度肝を抜かれて無意識に頭上を仰いだ。視線の先は天井の壁に阻まれていたが、それでも全員、天を衝く大樹の姿を幻視する。

 

 と、その時、シアのウサミミがピクピクと動き出した。何かの音を捉えたようだ。シアが「何の音だろう?」と、その正体を確かめるべく枝の淵へと歩いていく。

 

 ガサガサ、ザワザワと微かに聞こえるそれは何となく生理的嫌悪感を覚えるもので、ずっと下の方から響いてくる。シアはウサミミ障りなその音に顔をしかめ、いつの間にか鳥肌の立っていた肌をさすりながら、そっと下を覗き込んだ。それを見て、何故かミレディが顔を青くする。

 

「ん~?暗くてよく見えないです。……あの、入間さん」

「なに?」

「何だか下から嫌な感じの音が聞こえてくるんです。でも私の目じゃ暗くて正体が……」

「ああ、確認してってことね」

「はい、お願いします。何か、蠢いてる?そんな感じの音です」

「……嫌な音だってことはよくわかった」

 

 入間は、シアに呼ばれるまま枝通路の端から下方を覗き込む。確かに、暗い上に自分達のいる場所は結構高い場所にあるようで普通は見えないだろうが、入間は“カメラモジュール”を装備して、それを目にすることができた。

 

「……あぁ~。これ、ちょっと不味いかも」

 

 入間は、最初、その正体がわからず訝しそうに目を細めていたのだが、それが何か理解すると、ひきつった笑みを見せた。その表情をする事は何度かあるが、対面する前にその表情をするなど珍しい。

 

 一体何があるのかと、ミレディ以外の面々が首をかしげていると、入間はタカカンドロイドとバッタカンドロイドを出し下方に飛ばした。そして、ディスプレイを皆が見えるように掲げた。

 それを覗き込むユエ達の眼前で、僅かなノイズのあと映し出されたのは……

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 一匹見つけたら三十匹はいると思え!という言葉と共に恐れられてきた黒い悪魔の名を冠する頭文字Gのあんちくしょう。いつもカサカサ這いよる混沌、陰から陰へ高速で移動し、途轍もない生命力でしぶとく生き足掻く。宙を飛べば、地球であっても混乱と恐慌の状態異常をもたらす固有魔法まで使える強者、お母さん達と飲食店の仇敵。

 

 その名を……ゴキブリ

 

 そのゴキブリが、この地下空間の底辺に、数百万、数千万、否、もはや測定不能なほど蠢いているのだ。例えるならゴキブリの海。波の如く寄せては返すのはゴキブリの波だ。ガサガサ、ザワザワという音は、おびただしい数のゴキブリが奏でる活動音である。

 

「な、なんてもの見せるのよ……」

「うぇ、GがGがあんなにいっぱい、いっぱいぃ~」

「あぁ~~!リューちゃんの案なんて採用するんじゃなかったぁ~~!!」

 

 雫と鈴が顔を青褪めさせて目を背ける。二人共、腕に鳥肌をこれでもかと立てていた。他のメンバーも似たりよったりだ。ミレディは今は亡き仲間の提案を採用した過去の自分を嘆き、ウサミミのいいシアはずっと自分のウサミミに届いている異音の正体を知って必死にウサミミをペタリと垂らして塞いでいる。頭を抱えるように両手で抑えつつ、しゃがみこんで涙目になっていた。

 

「……入間、焼き払おう」

 

 ユエが、いつになく物騒なことをいう。しかし、既にアメリ達もその気のようだ。鳥肌を立てながら、すわった目で駆逐の意志を示す。

 

「うーん……止めといた方がいいよ。流石にあの数を相手にするとなると、持久戦は免れないだろうから、撃ち漏らしが飛んできて不味いことになる」

「「「「「「……」」」」」」

 

 数千匹のゴキブリが編隊を組んで一斉に飛んでくる──その光景を幻視したのか、ユエ達はスッと顔色を変えて闘志を萎えさせた。一瞬で心が折れたらしい。

 そして、ユエ達の視線は一斉にミレディに向けられた。その目にはまさしく、「何故こんなもの用意した!!」という怒りが込められている。試練が厳しくする事にはなんの文句もないが、これは流石に度を越している。

 ミレディも、今回は何も言わず、ガバッと土下座をした。

 

「皆、ここで内輪揉めをしてても仕方ないでしょ?とにかく、先に進もう。ここに止まっていたら、それこそ襲われるかもしれないよ」

 

 入間の言葉に全員いつも以上に真剣な表情になると、これまたいつも以上にしっかり頷いた。そこで、ミレディが涙目になりながら震えた声で入間に問い掛けた。

 

「イルくん……イルくんは何でアレ見てもあんまり動揺してないの?」

「え?それは、まぁ……」

 

 水を向けられた入間は、少し複雑そうな表情をしながら、ポリポリと頬をかき、言いにくそうに答えた。

 

魔界に来る前(14歳になる頃)まで食べてたからね、ゴキブリ。他にもムカデとか雑草とか……」

 

 ここでおさらいするが、鈴木入間は悪魔サリバンに売られたお陰で何不自由なく過ごしているが、14歳の頃まで、彼はちゃらんぽらんな両親に連れ回され、あらゆる修羅場を経験し、いつもすんでのところで生き残ってきた彼は、過酷なサバイバル生活を送っていた。

 故に、雑草だろうが虫だろうが、火を通せば食えると思っているため、昔は食料として扱っていたゴキブリに対して、入間が今更恐怖を感じるはずがない。

 

 しかし、その話は入間には兎も角、他の面々には刺激が強すぎた。入間の過去を知るバビルのメンバーは改めてその過酷さを知り複雑そうな表情をするものもいれば、衝撃の事実に絶句する者、雫や鈴などは、思わずその光景をイメージしてしまったらしく、フラリと意識を飛ばしかけた。

 そんな面々を前に、入間はキョトンとして、

 

「どうかしたの、皆。変な顔して……何かおかしな事でもあったの?」

 

 お前のせいだよ、というツッコミが、全員の心の中でシンクロした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太い枝通路の上を入間達が進む。

 取り敢えず道なりに進むしかないが、遠くに枝通路が四本合流していて大きな足場になっている場所が見えていたので、一行はそこを目指すことになった。

 途中、ゴキブリ達が飛び上がってこないか戦々恐々としながら枝通路から枝通路に飛び移ったりしつつ、遂に大きな足場に到着した入間達は、そこからどうしたものかと周囲を見渡し、そして……

 

 恐れていた音を聞いた。

 

ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!

 

 羽ばたき音だ。それも大量の。

 

「っ!?」

 

 入間達は表情を引き攣らせつつ慌てて眼下を確認する。そこには案の定、黒い津波の如きゴキブリの大群が羽ばたきながら猛烈な勢いで上昇してくる光景が広がっていた。

 

「皆、やるy」

「んーーーっ!!」

「嫌ですぅ!!ぶっ飛べ!!!」

「く、くるなぁああああっ!!」

「いやぁあああああっ!!」

「く、来るでないわぁあああっ!!」

「うぉおおおおおっ!!」

「やぁああああっ!!!」

「ーーッ!!」

「…って、必要なかったか」

 

 入間が指示を出そうと振り返った瞬間、ユエ達は総毛立ちながら、余りの嫌悪感に雄叫びを上げつつ咄嗟に放てる最大級の攻撃を繰り出したのを見て、入間もまた攻撃を開始する。。

 

 入間はギーツバスターQB9から荷電粒子砲を、ユエは“雷龍”を、シアはガシャコンキースラッシャーでエネルギー弾を、アメリは“デネビックバスター”から光弾を、ミレディは“黒天窮”、ティオは〝ブレス〟を、アスモデウスは“極上の業火(ラゾーロ・フレイム)”を、クララは無数の自販機やら斧やらといった武器を、チマは魔力全開にして冷気を、光輝達もそれぞれ咄嗟に放てる遠距離攻撃を一斉にぶっ放す。

 

 眼下の宙に紅蓮の華が咲き、雷の咆哮が轟いた。淡青色の波紋が広がり、重力の塊が落ち、黒と銀の閃光が空を一文字に切り裂いた。激烈と称しても過言でない圧倒的な殲滅力。地上で、王国や帝国の軍の前で放ったなら、きっと彼等は現実逃避を余儀なくされるだろう。

 

 しかし、それだけの攻撃を放っても、怖気を震う羽音を響かせた黒い津波はまるで衰えを感じさせずに迫ってくる。海そのものに攻撃しても無意味なのと同じだ。ゴキブリの津波は空間全体に広がりながら、まるで鳥が行う集団行動のように一糸乱れぬ動きで縦横無尽に飛び上がる。

 

「うぅ、──“聖絶ぅ”!」

 

 既に半泣きになりながら鈴が障壁を張った。

 直後、入間達のいる広場の更に上空までザァアアアアアーー!!と音を響かせながらせり上がったゴキブリの波は、そのまま重力に引かれるように下降すると一気に入間達に襲いかかった。

 障壁の外壁に物凄い勢いでぶつかり、体液を撒き散らして潰れるゴキブリもいれば外壁を這うゴキブリもいる。

 

「──む、り」

 

 障壁を張っている鈴がフッと意識を失いかけた。光輝が咄嗟に支えると同時に必死さの滲む声で励ます。

 

「鈴ぅ!寝るな!寝たら死ぬぞ!俺達の精神がっ!!」

 

 全くもってその通りである。生身でゴキブリの波に呑み込まれるなど、それだけで神代魔法なんて目じゃない威力の精神攻撃だ。異常をきたすのは免れない。それどころか一生もののトラウマになるだろう。

 

「ユエ、ミレディ、重ねて防御をお願い」

「……ん、絶対破らせない!」

「ま、ままま任せて!」

 

 ユエとミレディが鳥肌の浮いた腕を掲げ鈴の“聖絶”に重ねるように“聖絶”を展開した。障壁の外はカサカサと這い回るゴキブリで真っ黒に染まっている。

 

「何だか、この迷宮に来てからこんなのばっかりですね……」

「今までの大迷宮以上に厄介極まりないの~。ふむ、やはり、他の大迷宮の攻略を前提にしておるだけに、あるいは難易度も数段上に設定されておるのかもしれんな」

「れ、冷静に分析してないで何とかしないと!!」

「優花、大丈夫よ、問題ないわ。あれは唯の黒ごまだもの。黒ごまプリンとか黒ごまふりかけとか、私、結構好きよ。特に“黒ごまふりかけしょうゆ風味”は美味だわ。ご飯がとてもすすむの」

「ややや八重樫さん!?鈴木君、八重樫さんが既に壊れかけてます!!」

 

 雫の瞳からハイライトが消え愛子が悲痛な叫びを上げる中、また殲滅戦を繰り広げるしかないかと入間はジクウドライバーを取り出した。

 

 しかし、その前に異変が起きる。

 

 障壁に群がっていたゴキブリが一斉に引いたのだ。何事かと訝しむ入間達の前でゴキブリの波は空中で球体を作ると、それを中心に囲むように円環を作り出した。

 巨大な円環の外周に更に円環が重ねられ、次には無数の縦列飛行するゴキブリが円環のあちこちに並び始める。次第に幾何学的な模様が空中に作り出されるその光景を見て、入間の頬が盛大に引き攣った。

 

「まさか……魔法陣を形成してる?」

 

 かつて、ノイントは自らの銀羽を操り並べることで空中に魔法陣を形成していた。今、無数のゴキブリがしているのも同じことだ。「何か、ヤバイ!」と感じた入間達が一斉に攻撃を再開する。

 だが、まるでその魔法陣とその魔法陣の中央に存在する球体を守るようにゴキブリの波が立ちはだかった。

 

 文字通り、肉壁となって入間達の攻撃を阻む。吹き飛ばされ絶命したゴキブリの死骸が豪雨となって下方へ降り注ぐが一向に減ったようには見えなかった。

 

 そうこうしている内に魔法陣が完成してしまったらしい。空中に浮かぶ直径十五メートル近い魔法陣が強烈な赤黒い光を放つ。そして、次の瞬間弾けるとゴキブリで構成された中央の球体がグネグネと蠢き形を変え始め、遂には……全長三メートルほどの巨大ゴキブリとなった。

 

 だが、周囲にいるゴキブリのように楕円形のフォルムではなく、どちらかといえばムカデのように胴長で尾には針が付いており、足も十本ある。一番前の足などは刃物のように鋭利な指が付いていた。顔面には黒一色の眼がついており、顎は鋭く巨大だ。そして、背中には三対六枚の半透明の羽が付いていた。おそらくボス級の魔物なのだろう。

 

「ギギチチチチチチッ!!!」

 

 ボスゴキブリは、そんな不快な鳴き声を発しながら赤黒い燐光を纏う。すると、周囲にゴキブリが集まり、更に魔法陣を形成し始めた。どうやら、ボスゴキブリは他のゴキブリを自由に操れるらしい。そして、新たな魔法陣の中央に幾分小さめの球体が幾つも形成され始める。ボスゴキブリ程ではないが、大きく特殊なゴキブリが出現するのは明らかだ。

 

「チッ、させるかッッ!?」

「……んっっ!?」

 

 入間とユエが、同時に魔法陣に対して攻撃を加えようとした瞬間、突然、足元から魔力の奔流が発生した。

 

 咄嗟に視線を落とす二人だったが、足場の枝通路には何もない。だが、入間は枝通路の更に下──通路の裏側に、いつの間にかゴキブリが集まって魔法陣を形成している光景を捉えていた。

 おそらく、眼前で派手に魔法陣を形成し、それに注目させている間にこっそりと作っていたのだろう。入間がマズイ!と思った瞬間には既に発動した後だった。

 

 足場の枝通路を透過して赤黒い魔力が迸る。激しい光に入間達が顔を手で庇った。爆発したかのような閃光が周囲一帯を包み込み、そして収まった後、そこには……無傷の入間達の姿が。

 

 一体、何だったんだ?と訝しみながら、入間は隣のユエを見た。

 

「……」

 

 そうして湧き上がった感情は無事な姿に対する安堵でも、いつもの愛おしさでもなく……

 

 

 

 

 

 

──嫌悪だった。




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