二台のライドストライカーで馬車を引いていく入間達は、樹海の輪郭が大きくなっているので、【ハルツィナ樹海】に近づいているのがよく分かった。
入間が乗るライドストライカーには後ろにユエが、アメリが乗るライドストライカーの後ろにはシアが乗っている。当初はシアとユエの時のように、ユエが前でアメリを後ろにして行こうとしたのだが、馬車に乗る様に言った筈のシアが断固としてライドストライカーに乗る旨を主張し言う事を聞かず、結局バイクの運転が出来るアメリが乗るライドストライカーにシアを乗せる事となったのだ。
…尚、それが決定した時のユエのドヤ顔のせいで喧嘩に発展しそうになった二人を入間が必死に宥めたのは余談である。
そうしていると、突然シアが話し掛けてきた。
「あの、あの!入間さん達の事、教えてくれませんか?」
「僕達の事は話したでしょ?」
「いえ、能力とかそういう事ではなくて、何故奈落?という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのか、とか。皆さん自身の事が知りたいです」
「……聞いてどうするの?」
「どうするという訳ではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……勿論、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。入間さんとユエさん、そしてアメリさんに出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっと皆さんの事を知りたいといいますか……何といいますか……」
途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になって身を縮こまらせた。
出会った当初も、そう言えば随分嬉しそうにしていたと入間とユエは思い出し、ユエはシアの様子に何とも言えない表情をする。あの時はユエの複雑な心情により有耶無耶になった挙句、すぐアメリとの再開と加入があり、谷底で魔法が使える理由など簡単な事しか話していなかったので、ずっと気になっていたのだろう。
確かに、この世界で魔物と同じ体質を持った人など受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。かと言って、入間達の側がシアに対して直ちに仲間意識を持つ訳ではない。が……樹海に到着するまでまだ少し時間がかかる。
特段隠す事でもないので、暇潰しにいいだろうと入間達はこれまでの経緯を語り始めた。
結果シアは……
「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ユエさんがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんで恵まれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」
「……おい、私の服」
号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いて、さり気なくアメリの服で顔を拭いている。自分は大変な境遇だと思っていたら、ユエが自分以上に大変な思いをしていた事を知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。
しばらくメソメソしていたシアだが、突如決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。
「入間さん!ユエさん!アメリさん!私決めました!皆さんの旅に着いていきます!これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます!遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった四人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」
「現在進行形で守られてるじゃん。何言ってるの?」
「……さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている……厚皮ウサギ」
「
「な、何て冷たい目で見るんですか……心に罅が入りそう……」
勝手に盛り上がって何を言うんだと言うような冷めた目を向ける三人に、若干動揺するシア。
だが実際、彼女はあまりにも弱すぎる。入間達の目的は大迷宮、そしてその先に待ち受ける黒幕との戦いだ。大迷宮はそれなりに厄介だし、最下層の時のように怪人の乱入だってありえる。そんな危険地帯に来ても、シアはただの足手まといにしかならない。
唯一、アメリは迷宮に挑んでいないのでそこら辺は何とも言えないが、それでもあの程度の魔物に阿鼻叫喚となるなら話しにならないとフォローはしなかった。
そんなシアに、追い討ちがかかる。
「……君、単純に旅の仲間が欲しいだけじゃないの?」
「!?」
シアの体がビクッと跳ねるのを見て、「図星か…」と呟いた入間は、ライドストライカーの運転をしたまま続ける。
「一族の安全が一先ず確保できたら、ハウリア達から離れる気でしょ?そこでうまい具合に“同類”の僕達が現れたから、これ幸いと同行しようという魂胆か。そんな珍しい髪色の兎人族が一人で旅を出来るとは思えないからね」
「……あの、それは、それだけでは……私は本当に皆さんを……」
しどろもどろになるシア。実はシアは、何としてでも入間の協力を得て一族の安全を確保したら、自らは家族の元を離れる気でいた。自分がいる限り、一族は常に危険に晒されるし、今回も多くの家族を失った。次は本当に全滅するかもしれない。それだけは、シアには耐えられそうになかった。
最悪、一人でも旅に出るつもりだったが、それでは心配性の家族は追ってくる。しかし、圧倒的強者である入間達に恩返しも含めて着いて行くと言えば、割りかし容易に一族を説得できて離れられると考えたのだ。
勿論、シア自身が入間とユエとアメリの三人に強い興味を惹かれているというのも事実だ。入間の言う通り“同類”である入間達に、シアは理屈を超えた強い仲間意識を感じていた。シアにとって入間達との出会いは“運命的”だったのだ。
「別に責めてないよ。でも、これだけは言っておく。僕達は傷の舐め合いをしてるんじゃなくて、いずれくる戦いのために旅をしてるんだ。だから、足手纏いの君はアメリさんの言うように瞬殺されて終わりだ。だから僕達や君の事を考えても、同行を許す気はない」
「……」
入間の全く容赦ない言葉にシアは落ち込んだ様に黙り込んでしまった。アメリもユエも特に気にした様子がないあたりが、更に追い討ちをかける。
シアはそれからの道中、大人しくアメリの乗るライドストライカーの座席に座りながら、何かを考え込む様に難しい表情をしていた。
それから数十分して、一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。
「それでは入間殿、ユエ殿、アメリ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆さんを中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」
「うん、聞いた限りでは、そこが本当の迷宮と関係してそうだからね」
カムが入間に対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った大樹とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づく者はいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。
当初は【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えればそれなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境という事になり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので【オルクス大迷宮】の様に、真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そしてカムから聞いた“大樹”が怪しいと踏んだのである。
カムは入間の言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をして入間達の周りを固めた。
「入間殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づく者はおりませんが特別禁止されている訳でもないので、フェアベルゲンや他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々はお尋ね者なので見つかると厄介です」
「問題ない。私達はある程度の隠密は心得ている」
アメリはそう言うと、入間と共に魔術で自分の気配を消す。ユエも、奈落で入間に教わった方法で気配を薄くした。
「ッ!?これは、また……。入間殿、アメリ殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」
「……これくらい?」
「…調整が難しいな」
「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見つけるのは不可能ですからな。いや全く、流石ですな!」
兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら奈落で鍛えたユエと同レベルと言えばその優秀さが分かるだろうか。普通に達人級といえる。
しかし、入間達の隠密は更にその上を行く。普通の場所でも一度認識しても直ぐ様見失いそうで、こと樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失ってしまったハイレベルなものだった。
カムは自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。一方シアは、どこか複雑そうだった。入間の言う実力差を改めて示されたせいだろう。
「それでは、行きましょうか」
カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。
直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくるが、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握している様だ。理由は分からないが、亜人族は亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。
順調に進んでいるなかで、猿の魔物を始めとして度々魔物に襲われたが、入間達が静かに片付けていく。樹海の魔物は一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、チートの権化達には何の問題も無かった。
しかし樹海に入って数十分が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、入間達は歩みを止める。数も殺気も連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。
カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしていると、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては青褪ている。
入間達も相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。
その相手の正体は……
「お前達……何故人間といる!種族と族名を名乗れ!」
虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。
樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いている様だ。
「あ、あの私達は……」
カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。
「白い髪の兎人族…だと?……貴様ら……報告のあったハウリア族か。……亜人族の面汚し共め!長年同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ!もはや弁明など聞く必要もない、全員この場で処刑する!総員か──」
虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、一本の稲妻を纏った槍が飛来し、轟音と共に一条の閃光が彼の頬を掠めて背後の樹を抉り飛ばし樹海の奥へと消えていった。
理解不能な攻撃に凍りつく虎の亜人の頬に擦過傷が出来る。もし人間の様に耳が横についていれば確実に弾け飛んでいただろう。
そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴った入間の声が響いた。
「今の攻撃は、一秒に100単位で連射出来る。周囲を囲んでいる連中の位置も全て把握している。君達がいる場所は、既に僕の間合いだ」
「な、なっ……詠唱がっ……」
詠唱も無く、見た事も無い強烈な攻撃を連射出来る上に味方の場所も把握していると告げられ思わず吃る虎の亜人。それを証明する様に入間の背後に黄金のゲートが幾つも発生し、その中から無数の武器が出現する。その先には奇しくも虎の亜人の腹心の部下がいる場所だった。霧の向こう側で動揺している気配がする。
「戦うなら容赦はしない。契約が果たされるまで、僕達は
入間が目線を鋭くする。その視線に込められた殺気を真正面から叩きつけられている虎の亜人は冷や汗を大量に流しながら、ヘタをすれば恐慌に陥って意味もなく喚いてしまいそうな自分を必死に押さえ込んだ。
(冗談だろ!こんなものが人間だというのか!まるっきり化物じゃないか!)
恐怖心に負けない様に内心で盛大に喚く虎の亜人など知った事かという様に、入間が言葉を続ける。
「だけど、この場を引くなら追いもしないさ。敵対しないなら殺す理由もない。さぁ選ぶといいよ、敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」
虎の亜人は攻撃命令を下した瞬間に先程の閃光が一瞬で自分達を蹂躙する事を確信した。その場合、万に一つも生き残れる可能性は無いという事を。
虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引く事等出来なかった。
「……その前に、一つ聞きたい」
虎の亜人は掠れそうになる声に必死で力を込めて入間に尋ねた。入間は視線で話を促した。
「……何が目的だ?」
「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」
「大樹の下へ……だと?何の為に?」
てっきり亜人を奴隷にする為等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない大樹が目的と言われ若干困惑する。
「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからね。僕達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内の為に契約を結んだ」
「本当の迷宮?何を言っている?七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」
「それはない」
「なんだと?」
妙に自信のある入間の断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。
「大迷宮というには、ここの魔物はいくらなんでも弱すぎる」
「……弱いと?」
「そう。大迷宮の魔物は、ここに比べればもう少し楽しめる。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」
「なんだ?」
「大迷宮は“解放者”達が残した試練らしい。亜人族は簡単に深部へ行けるでしょう?それでは試練になっていない。樹海自体が大迷宮というのは間違いだ」
「……」
話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。入間の言っている事が分からないからだ。樹海の魔物を弱いと断じる事も、【オルクス大迷宮】の奈落というのも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えの無い事ばかりだ。普段なら"戯言"と切って捨てていただろう。
だがしかし、今この場において入間が適当な事を言う意味は無いのだ。圧倒的に優位に立っているのは入間の方であり、言い訳など必要無い。しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。本当に亜人やフェアベルゲンには興味が無く大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらう方がいい。
虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。しかし入間程の驚異を自分の一存で野放しにする訳には行かない。この件は、完全に自分の手に余るという事も理解している。その為虎の亜人は入間に提案した。
「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行く位は構わないと俺は判断する。部下の命を無意味に散らす訳には行かないからな」
その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がった。樹海の中で侵入して来た人間族を見逃すという事が異例だからだろう。
「だが、一警備隊長の私如きが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前に本当に含む所が無いというのなら、伝令を見逃し私達とこの場で待機しろ」
冷や汗を流しながらも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、入間は少し考え込む素振りを見せる。
虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も本当は入間達を処断したくて仕方ない筈だ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、且つ入間という危険を野放しにしない為のギリギリの提案。
入間は、この状況で中々理性的な判断ができる男だと少し感心した。そして今、この場で彼等を殲滅して突き進むメリットと、フェアベルゲンに完全包囲される危険を犯しても彼等の許可を得るメリットを天秤に掛けて……後者を選択した。
大樹が大迷宮の入口でない場合、更に探索をしなければならない。そうするとフェアベルゲンの許可があった方が都合がいい。勿論、結局敵対する可能性は大きいが、しなくて済む道があるならそれに越した事はない。
「……わかった。ただしさっきの言葉、曲解せずに正確に伝えてもらうよ」
「無論だ。ザム!聞こえていたな!長老方に余さず伝えろ!」
「了解!」
虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。
入間はそれを確認すると威嚇を解いていつの間にか取り出した座布団に座ると、空気が一気に弛緩する。
虎の亜人はそれにホッとすると共に、あっさり警戒を解いた入間に訝しそうな眼差しを向ける。中には「今なら!」と臨戦態勢に入っている亜人もいる様なので、その視線の意味を理解している入間が面白くもなさそうに告げる。
「君が攻撃するより、僕が君達を殺す方が早い。……試してみる?」
「……いや、だが下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」
「わかってますとも」
包囲はそのままだが、漸く一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが彼等に向けられる視線は、入間に向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。
時間にして一時間、何処からか取り出したテーブルにお茶とお茶菓子を並べて一服していた入間達の元に、急速に近づいてくる気配を感じて場に再び緊張が走る。
霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男は、流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼に、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせるが、威厳に満ちた容貌は幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのがその尖った長耳だ。彼は森人族──所謂エルフなのだろう。
入間は瞬時に彼が“長老”と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、どうやら当たったらしい。
「ふむ、お前さんが問題の人間族かね?名は何という?」
「鈴木入間だ。貴方は?」
入間の言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を!と憤りを見せる。それを片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。
「私は、【アルフレリック・ハイピスト】。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。“解放者”を何処で知った?」
「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」
目的ではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答する。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。何故なら、解放者という単語とその一人が【オスカー・オルクス】という名である事は長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。
「ふむ、奈落の底か、聞いた事が無いがな……。証明できるか?」
或いは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、入間に尋ねるアルフレリック。入間は顎に手を当てる。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さ位だ。
そこで、ユエが提案する。
「……入間、魔石とかオルクスの遺品は?」
「……そうだね、それなら……」
察したユエの言葉に宝物庫から地上の魔物では有り得ない程の質を誇る魔石を幾つか取り出し、アルフレリックに渡す。
「こ、これは……こんな純度の魔石、見た事が無いぞ……」
アルフレリックも内心驚いていたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。
「後はこれだ。オスカーが付けていた指輪だけど……」
そう言って見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックはその指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち着かせる様にゆっくり息を吐く。
「成程……、確かにお前さんはオスカー・オルクスの隠れ家に辿り着いた様だ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう、取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、勿論ハウリアも一緒にな」
アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に猛烈に抗議の声が上がる。
「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」
アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度は入間の方が抗議の声を上げた。
「待ってください、何を勝手に予定を決めているんですか?僕は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題無いなら、このまま大樹に向かわせてもらうよ」
「いや、お前さん。それは無理だ」
「は?」
あくまで邪魔する気か?と身構える入間に、寧ろアルフレリックの方が困惑した様に返した。
「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは10日後だ。……亜人族なら誰でも知っている筈だが……」
アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」と入間を見た後、案内役のカムを見た。入間は聞かされた事実に眉を顰めた後、アルフレリックと同じ様にカムを見た。
そのカムはと言えば……
「あっ」
正に、今思い出したという表情をしていた。
入間の額にピキッと青筋が浮かぶ。
「…カム?」
「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行った事があるだけで、周期の事は意識してなかったといいますか……」
しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、入間とユエとアメリのジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。
「ええいシア、それにお前達も!なぜ、途中で教えてくれなかったのだ!お前達も周期の事は知っているだろう!」
「なっ、父様逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきり丁度周期だったのかと思って……つまり父様が悪いですぅ!」
「そうですよ。僕たちもあれ?おかしいな?とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」
「族長、何かやたら張り切ってたから……」
逆ギレするカムにシアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながらさり気なく責任を擦り付ける。
「お、お前達!それでも家族か! これは、あれだ、そう!連帯責任だ連帯責任!入間殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」
「あっ、汚い!お父様汚いですよぉ!一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」
「族長!私達まで巻き込まないで下さい!」
「馬鹿者!道中の入間殿の容赦の無さを見ていただろう!一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ!」
「あんた、それでも族長ですか!」
亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族の彼等はぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。
青筋を浮かべたアメリと入間が一言、ポツリと呟く。
「……ユエ」
「……やっておしまい」
「ん」
アメリの名指しと入間の言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。
それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。
「まっ、待ってください、ユエさん!やるなら父様だけを!」
「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」
「何が一緒だぁ!」
「ユエ殿、族長だけにして下さい!」
「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」
喧々囂々と騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。
「──“嵐帝”」
───アッーーーーーーー!!!!
天に舞うウサミミ達の悲鳴が樹海に木霊する。
同胞が攻撃を受けた筈なのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意は無く、寧ろ呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。
死屍累々といった様子で地面に横たわるハウリア達。ピクピクと痙攣している彼等を死なない程度の電流で叩き起こした入間は、どことなくめそっとした湿っぽい彼等を尻目に先を促す。
何とも言えない表情を浮かべながらも、アルフレリックが虎の亜人【ギル】に視線で合図を送る。ギルはどこか疲れた様子で溜息を吐くと、一行を先導して濃霧の中を歩き出した。
入間とユエとアメリ、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人の警備隊隊員で固めて歩く事一時間。未だ到着しない亜人族の国に、入間は先程伝令に出されたザムという男はそれなりに急いで伝えたのだなと何とは無しに思った。
そうして暫く歩いていると、突如霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけでまるで霧のトンネルの様な場所だ。よく見れば道の端に誘導灯の様に青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。
入間が青い結晶に注目している事に気が付いたのか、アルフレリックが解説を買って出た。
「あれは“フェアドレン水晶”というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は“比較的”という程度だが」
「成る程。四六時中霧の中じゃあ気も滅入る、住んでいる場所位霧は晴らす術はあるか…」
どうやら樹海の中であっても、街の中は霧が無い様だ。10日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。ユエとアメリも霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。
そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の10mはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも30mはありそうだ。亜人の"国"と言うに相応しい威容を感じる。
ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、入間達に視線が突き刺さっているのが分かる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せない様だ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。恐らくその辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。
門を潜ると、そこは別世界だった。直径数10m級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居がある様で、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターの様な物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階位ありそうである。
入間達がポカンと口を開けてその美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンと咳払いが聞こえた。どうやら気がつかない内に立ち止まっていたらしく、アルフレリックが正気に戻してくれた様だ。
「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれた様だな」
アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。入間はそんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。
「ええ、こんな綺麗な街はそう多くない上に、空気も美味しい。自然と調和した見事な街ですね」
「同感だ。私達の故郷でも、これだけの街は中々ないからな」
「ん……綺麗」
三人のストレートな称賛に、流石にそこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達だっまが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか皆フンっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。
入間達はフェアベルゲンの住人に好奇と忌避、或いは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。
「……成程。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」
現在、入間、ユエ、アメリの三人はアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は入間がオスカーに聞いた“解放者”の事や神代魔法の事、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば神代魔法が手に入るかもしれない事等だ。
アルフレリックはこの世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。その事を尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないという事らしい。聖教教会の権威も無いこの場所では信仰心も無い様だ。あるとすれば自然への感謝の念だという。
入間達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。
この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどの様な者であれ敵対しない事、そしてその者を気に入ったのなら望む場所に連れて行く事、という何とも抽象的な口伝だった。
【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者【リューティリス・ハルツィナ】が、自分が“解放者”という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国が出来る前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もない事を知っているからこその忠告だ。
そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。
「それで、僕はその資格を持っているという訳か……」
アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由が分かった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っている訳ではない筈なので、今後の話をする必要がある。
入間とアルフレリックが話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。
入間達のいる場所は最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機しているのだが、どうやら彼女達が誰かと争っている様だ。
入間とアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。
階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しでハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後の様だ。
入間とユエとアメリの三人が階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。
「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。何故人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下す事になるぞ」
必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。
しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。
「何、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できる筈だが?」
「何が口伝だ、そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行された事等無いではないか!」
「だから今回が最初になるのだろう。それだけの事だ、お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にある者が掟を軽視してどうする」
「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」
「そうだ」
淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして入間を睨む。
フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針等を決め、裁判的な判断も長老衆が行う。今この場に集まっている亜人達が当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差がある様だ。
アルフレリックは口伝を含む掟を重要視するタイプの様だが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。ユエの話では200年くらいが平均寿命だったと入間は記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分価値観にも差があるのかもしれない。因みに、亜人族の平均寿命は100年くらいだ。
そんな訳で、アルフレリック以外の長老衆はこの場に人間族や罪人がいる事に我慢ならない様だ。
「……ならば今、この場で試してやろう!」
いきり立った熊の亜人が、突如入間に向かって突進した。あまりに突然の事で周囲は反応出来ておらず、アルフレリックもまさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか驚愕に目を見開いている。
そして一瞬で間合いを詰め、身長2m半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が振り下ろされた。
熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族とユエとアメリを除く傍らの亜人達は、皆一様に肉塊となった入間を幻視した。
しかし次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。
衝撃音と共に振り下ろされた拳は、あっさりと入間に掴み止められていたのだ。
「……全く、聞き分けのない馬鹿の相手程、面倒な事はない」
そう言うと、入間は熊の亜人の腕をグシャッ!と握り潰した。
「え…あ、あ、あぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
一瞬何をされたのか分からなかった熊の亜人だったが、直ぐに腕に伝わる激痛に膝から崩れ落ちて、拳を抑えて絶叫をあげる。
そんな熊の亜人に追い討ちをかけるように、入間は右手の中指を親指に引っかけ、“
「ばちっ、こん!」
入間の指が亜人の額に当たると、熊の亜人は悲鳴を上げる暇もなく後方に吹き飛ばされ、壁を突き破り、その後もまるでスーパーボールのように建物の壁を跳ね、やがてズドォオオオン!という音がして、地面に○神家のあのポーズとなって地面に墜落した。
誰もが言葉を失い硬直していると、入間が長老達に試す様な視線を向ける。
「…それで、まだ誰かやる気?」
その言葉に、頷ける者はいなかった。
今までにない程多い文字数になりましたが、9割が原作通りです。
因みに、アメリの実力はゲイツマジェスティに至っているという設定です。
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ミレディが変身するライダーを検討中なので、アンケートを実施します。
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