悪魔の孫は時の王者となって世界最強   作:MTHR

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今回は殆ど原作通りとなっております。


29話 山脈地帯の捜索

 夜明け。

 月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、入間達バビルはすっかり旅支度を終えて“水妖精の宿”の直ぐ外にいた。手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間であるのに嫌な顔一つせず朝食にとフォスが用意してくれたものだ。デビッドの自業自得とはいえ、昨晩あれだけ暴れたのに流石は高級宿だと感心しながらバビルは遠慮なく感謝と共に受け取った。

 

 朝靄が立ち込める中、入間達バビルはウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びている。馬で丸一日くらいだというから、デンライナーなら1~2時間くらいで着くだろう。

 ウィル・クデタ達が北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日も経っており、生存は絶望的だ。入間もウィル達が生きている可能性は低いと考えているが、万一ということもある。生きて帰せばイルワの入間達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 

 幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。すると、入間はその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何となく想像つくけど、一応聞きましょうか……何してるんですか?」

 

 入間達が半眼になって愛子に視線を向ける。

 一瞬気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取ると入間と正面から向き合った。ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?人数は多いほうがいいです」

「却下します。行きたいなら勝手にすれば良いですが、同行する気はありません」

「な、なぜですか?」

「足手纏いになるのが目に見えてる。貴方達のペースに合わせていられる程暇じゃないんですよ」

 

 見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されており、コイツ等乗馬出来るのか?と疑問に思った入間だが、至極どうでもいいことなのでスルーする。乗れようが乗れまいが、どちらにしろデンライナーの速度に敵うはずがないのだ。

 だが、入間の物言いにカチンと来たのか愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダーの園部優花が食ってかかる。どうやら、昨日の入間の威圧感や負い目を一時的に忘れるくらい愛ちゃん愛が強いらしい。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ?鈴木が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

 何とも的外れな物言いに、入間は「はぁ?」と馬鹿を見るような表情になり、どうせ言わなきゃ分からないだろうと心底面倒そうに溜め息を吐きながら口を開いた。

 

「これから僕達が何処に向かうのか分かってるんですか?」

「は、はい。北の山脈地帯ですよね?」

「そうだ。そしてそこは沢山の魔物が暮らす地帯だ。そこでギルド支部長が厳選した冒険者が行方不明になったんだ。()()()()()が起きていることくらい、想像できませんか?」

「うっ……それは……」

 

 そう言われて、愛子達は顔を青くする。

 そう、イルワはギルド全体でも最上級クラスの幹部職員だ。その支部長が厳選した冒険者ならば、一般的なトータスの基準で見れば相当な実力者であった筈だ。そんな連中が山脈に入って行方不明と言う事は、相当厄介な魔物に襲われて壊滅した可能性を考えない方がおかしい。それも、食い殺されるという最悪の形でだ。

 優花達はオルクスの一件以来ずっと王宮に引きこもっており、彼等が結成した“愛ちゃん護衛隊”も、結局はデビッドと火花を散らしているだけであり、戦闘に慣れたわけでも、人の生死を見慣れている訳でもない。

 愛子に至っては非戦闘系職の“作農師”だ。戦闘経験など皆無である所か、道中に現れる魔物を仕留められるだけの力があるのかどうかすら怪しい。

 

 そんな連中を連れていった所で、足手纏いになる未来は見えていた。魔物に出くわしたらオルクスの時みたいに情けなく逃げ回るだけだろうし、喰い千切られた死体など見た暁には気絶でもするのだろう。

 

「それに、山脈まで馬で丸一日もかかるんでしょう?その間にも冒険者達の生存率だって大幅に下がるんだ。さっきも言いましたが、貴方達のペースに合わせてられません」

「じ、じゃあ鈴木君はどうやって山脈まで行くんですか?」

「別の乗り物を使えば良い、簡単な話でしょう?」

 

 

電王!

 

 

 入間が“電王ライドウォッチ”を起動すると、電子音と共に虚空に穴が開き、そこから線路が飛び出したかと思うと、直ぐに警笛と共にデンライナーが入間達の目の前で停車する。突然虚空から線路と電車が現れた事に、愛子達は口をポカーンと開けている。

 

「わかりましたか?そもそも僕達は君達とは移動速度が大幅に違う。行方不明者の捜索は時間との勝負なんだ。もう行かせてもらいますよ」

 

 そう吐き捨ててデンライナーに乗り込もうする入間に、それでもなお愛子が食い下がる。

 愛子としては二つの理由から是が非でも入間達に着いて行きたかったのだ。

 一つは、昨夜の入間の発言の真偽を探るためだ。“檜山に殺されかけた”という愛子にとって看過できないその言葉が、本当に入間の勘違いでなく真実なのか。もしかするとこの先起こるかもしれない不幸な出来事を回避するためにも入間からもっと詳しい話を聞きたかった。捜索が終わった後、もう一度入間達と会えるかはわからない以上、この時を逃すわけには行かなかったのだ。

 もう一つの理由は、現在行方不明になっている清水幸利の事だ。八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。しかし、そもそも人がいない北の山脈地帯に関してはまだ碌な情報収集をしていなかったと思い当たったのだ。事件にしろ自発的失踪にしろ、まさか北の山脈地帯に行くとは考えられなかったので当然ではある。なので、これを機に自ら赴いて、入間達の捜索対象を探しながら清水の手がかりもないかを調べようと思ったのである。

 因みにに、優花達がいるのは半ば偶然である。愛子が入間より早く正門に行って待ち伏せするために夜明け前に起きだして宿を出ようとしたところを、トイレに行っていた園部優花に見つかったのだ。旅装を整えて有り得ない時間に宿を出ようとする愛子を愛ちゃん護衛隊の優花は誤魔化しは許さないと問い詰めた結果、愛ちゃんを、入間に任せる訳にはいかないと何とも上から目線な考えで優花が生徒全員をたたき起こし全員で搜索に加わることになったのである。なお、騎士達は入間達がいるとまた諍いを起こしそうなので置き手紙で留守番を指示しておいた。聞くかどうかはわからないが、来たら確実に騎士達は殺されてしまうのだから、英断だろう。

 愛子は入間に身を寄せると小声で決意を伝える。入間は、話の内容が内容だけに他に聞かれないよう顔を寄せた愛子の顔に、よく見れば化粧で隠してはいるが色濃い隈があることに気がついた。恐らく入間の話を聞いてからほとんど眠れなかったのだろう。

 

「鈴木君、先生は先生として、どうしても鈴木君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。鈴木君にとって、それは面倒なことではないですか?移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか?そうすれば、鈴木君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」

 

 愛子の瞳が決意に光り輝いているのを見て、昨夜の最後の言葉は失敗だったかと舌打ちした。本当に極僅かの付き合いだが、愛子の行動力は理解しているつもりである。誤魔化したり逃げたりすれば、それこそ護衛騎士達も使って大々的に捜索するかもしれない。無論、騎士達が来るなら今度こそ皆殺しにすればいいだけだが、相手にするだけでも時間の無駄でしかない。

 愛子から視線を逸らし天を仰げば、空はどんどん明るくなっていく。行方不明者の発見は時間との勝負だ。冒険者達の生存の可能性を捨てないなら押し問答している時間も惜しい。入間は一度深く溜息を吐くと、自業自得だと自分を納得させ、改めて愛子に向き直り、条件を突きつけた。

 

「……自分から危険地帯に赴いたんだ。どうなろうと自己責任、命の保証はしますが、道中で危険な目にあって怪我しようと僕は一切責任を負わないし治療もしない。その条件を飲むのなら、同行を許可しましょう」

「構いません。ちゃんと鈴木君の口から聞いておきたいだけですから」

「強引ですね。どの世界に来ても教師(貴方)はこんな感じなんですか?」

「当然です!」

 

 入間が譲歩した事に喜色を浮かべ、むんっ!と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいった様だと、生徒達もホッとした様子だ。

 

「意外だね、イルくんがメリットの無い頼みを聞くなんて」

「……この人の人間性はある程度理解しているつもりだからね。生徒が絡めば妥協できない人なんだ。説得なんてしてたらそれこそ時間の無駄でしかないからね…」

「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」

 

 入間が折れた事に、ミレディとシアが驚いたように話しかけた。そして、入間の苦笑い混じりの言葉に愛子を見る目が少し変わり、若干の敬意が含まれたようだ。入間自身も、異世界に来ようと“先生”であろうとする愛子の姿勢を悪く思っていなかった。既に入間のクラスメイト達に対する心象は最悪だが、そんな馬鹿共の為に奔走する愛子に、甘い奴だと思いながらも入間は多少なりとも彼女を認めていた。

 

 そうして、デンライナーは入間達バビルと愛子達を乗せ、北の山脈地帯に向けて警笛を鳴らしながら発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、デンライナーが爆走する。サスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、空中で線路を生成してその上を走っているだけなので、生徒達も特に不自由さは感じていない様だった。

 八両編成で構成されている列車の一両では、車内にある座席に入間が座り、その隣に愛子が座っている。愛子が入間の隣なのは例の話をするためだ。愛子としては、まだ他の生徒には聞かれたくないらしく、直ぐ傍で話せるようにしたかったらしい。

 

 一方、入間と一緒の部屋にいたかったが、愛子の話の内容を入間に聞かされて知っているので、渋々愛子に同室を譲ったバビルのメンバー達がいる車両には、重い空気が漂っていた。

 入間達のいる車両と同じ造りの車内には彼等の他に優花達愛ちゃん護衛隊がいるのだが、その全員がユエ達五人の話し掛けるなオーラにビクビクしており、時折おずおずと話し掛けても冷めた視線を返されて怯えて縮こまる始末だ。

 ユエ達は、入間が愛子を多少なりとも認めている事から愛子に対しての見る目は変わっているが、生徒達は別だった。話に聞いただけだが、白崎とか言う女に付き纏われていただけで入間を無能と見下して蔑み、更には例の誤爆事件を入間の自業自得で片付けていた事を知り、とてもではないが仲良くしたいと思わなかったのだ。

 

 そして、入間と愛子の話も佳境を迎えていた。

 入間は説明するのも面倒だったので、手っ取り早く“コダマスイカアームズ”で、檜山と再開する際の動かぬ証拠としてこっそり録画しておいた映像を写し、ベヒモスの亡骸に向かって放つ魔法に紛れて入間に火球を撃つ檜山の姿を写し出した。

 愛子は突然のオーバーテクノロジーに再び驚きつつも檜山の殺人未遂を確信してしまい、人殺しで歪んでしまったであろう心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかという事に、また頭を悩ませた。

 うんうんと頭を唸って悩むうちに、走行による揺れと柔らかい座席が眠りを誘い、愛子はいつの間にか夢の世界に旅立った。ズルズルと背もたれを滑りコテンと倒れ込んだ先は入間の膝である。

 

 これが生徒の内の誰かだったなら気色悪いと蹴り殺すところだが、入間は愛子の事はそれほど嫌ってはいないので、どうしたものかと迷ったが、結局そのままにすることにした。愛子の寝不足の原因は自分の都合で多大な情報を受け取らせた入間にあるのだ。

 その時、ふと視線を感じた入間が顔を上げると、車両と車両を繋ぐ通路の扉のガラスにユエ、アメリ、シア、ミレディが張り付いて、羨ましそうに入間の膝枕で寝ている愛子を見ているのだ。入ってこないでジト目を向けている辺りがちょっと怖い。

 

 これから、正体不明の異変が起きている危険地帯に行くとは思えない空気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北の山脈地帯。

 標高1000mから8000m級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

 また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは4つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかととある冒険者が5つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局成功はしなかった。

 因みに、第一の山脈で最も標高が高いのはかの【神山】である。今回入間達が訪れた場所は神山から東に1600kmほど離れた場所だ。紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 

 入間達はその麓にデンライナーを停車させると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れており、女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐いた。先程まで生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 

 デンライナーを異空間に戻した入間はゆっくり鑑賞していたい気持ちを抑えつつ、宝物庫の指輪からあるものを取り出した。

 それは、直径20cmほどの黒い紙で出来た人形の束であった。それを見て首を傾げる愛子達を尻目に、入間はその紙に魔力を込めて、それをバサァッ!と空中に放り投げた。

 すると、空中で風に舞う紙人形達に青い光が灯ったかと思うと、紙人形はまるで生きているように独りでに動き出し、そのままピューッと風の流れに逆らいながら山の方へ飛んでいった。

 

「あの、あれは……」

 

 音もなく飛んでいった紙人形を遠くに見ながら愛子が代表して聞く。

 

──“魔力紙兵隊”。

 名前の通り、魔力を込めた分だけ長く動き回り、従順な兵士となる魔具だ。戦闘力は無いが、紙であるために隠密に優れており、異変を関知すれば操縦者に思念伝達してくれる機能も追加されている。

 既に彼方へと飛んでいった紙兵隊を遠くに見つめながら、愛子達はもういちいち入間のすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入間達は冒険者達も通ったであろう山道を進む。魔物の目撃情報があったのは山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば冒険者パーティーもその辺りを調査したはずである。そう考えて入間は紙兵隊をその辺りに先行させながらハイペースで山道を進んだ。

 おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着した入間達バビルは、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか?はぁはぁ、いいよな?休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、鈴木達は化け物か……」

 

 予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったからである。

 勿論、愛子達のステータスはこの世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、入間達の移動速度が速すぎて殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 

 四つん這いになり必死に息を整える愛子達に、入間は車内に置いていけば良かったかと面倒そうな視線を向けつつも、どちらにしろ詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。ここに来るまでに、紙兵隊からの情報で位置は把握している。未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達に場所だけ伝えて放置し、バビル一行は先に川へと向かった。

 シャクシャクと落ち葉が立てる音を何げに楽しみつつ木々の間を歩いていると、やがて川のせせらぎが聞こえてきた。耳に心地良い音であり、シアの耳が嬉しそうにピッコピッコと跳ねている。

 

 そうして入間達がたどり着いた川は、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。索敵能力が一番高いシアが周囲を探り、入間達も念のため追加の紙兵隊で周囲を探るが魔物の気配はしない。取り敢えず息を抜いて、入間達は川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。

 途中、ユエが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見る入間達。ついでにシアとミレディも便乗した。

 川沿いに上流へと移動した可能性も考えて、入間はアスモデウスが淹れてくれたお茶を飲みながら紙兵隊を上流沿いに飛ばしつつ、ユエとミレディがパシャパシャと素足で川の水を弄ぶ姿を眺める。シアも素足となっているが、水につけているだけだ。川の流れに攫われる感触に擽ったそうにしている。アメリはフォスから貰ったおにぎりで簡易的なエネルギー補給をしていた。

 

 そこへようやく息を整えた愛子達がやって来た。置いていったことに思うところがあるのかジト目をしているが、男子三人が素足のユエとシアとミレディを見て歓声を上げると「ここは天国か」と目を輝かせ、女性陣の冷たい眼差しは矛先を彼等に変え、男衆は身震いする。玉井達の視線に気がつき、ユエ達も川から上がった。

 愛子達が川岸で腰を下ろし水分補給に勤しんでいる。先程から玉井達のユエ達を見る目が鬱陶しいのでギロリと睨み返すとブルリと震えて視線を逸らした。そんな様子を見て、愛子達が入間に生暖かい眼差しを向けている。その後ろにいる園部達が実にウザったい表情になり入間は軽く殺意を抱いたが、流石に目線だけで人殺しは出来ないと自分を宥めた。

 

「ふふ、鈴木君は、ホントにユエさん達を大事にしているんですね」

 

 愛子が微笑ましそうにそんな事を言う。何を言っても後ろで聞き耳立てている園部達が鬱陶しい反応をしそうなので肩を竦めるに留める入間。

 すると、代わりにユエが行動で示した。当然だと言う様に、入間の膝の上にポスッと腰を落とす。

 

「……ん」

 

 満足そうにそのまま入間に寄りかかり全体重を預けた。それが信頼の証だとでも言うように。それを見てシアが寂しくなったようで、入間の背後からヒシッと抱きつき、それに対抗するようにアメリが右腕、ミレディが左腕に抱きついた。

 突如発生した桃色空間に愛子は頬を赤らめ、園部達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締め、アスモデウスはそれを微笑ましそうに眺めていた。

 

 入間は入間で、四人を振りほどくことなどなく、照れているかのようにそっぽを向いた。だが、そんな入間の表情も次の瞬間には一気に険しくなった。

 

「……これは」

「ん……何か見つけた?」

 

 入間がどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

 

「川の上流に何か見つけた。当たりかもしれない。……皆、行くよ」

「ん……」

「ああ!」

「はいです!」

「わかったよ!」

「承知しました!」

 

 バビルが阿吽の呼吸で立ち上がり出発の準備を始めた。愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上に何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていく入間達に必死になって追随した。

 

 入間達が到着した場所には、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドはひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態でだ。

 入間達は注意深く周囲を見渡す。すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体2m位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。入間はシアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 

 先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には折れた剣や血が飛び散った痕もあった。それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。

 しばらく争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「入間さん、これペンダントでしょうか?」

「ん?ああ……遺留品かもね。確かめよう」

 

 シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のものなので、冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

 その後も遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 未だ野生の動物以外で生命反応はない。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたのだが、それ以外の魔物すら感知されなかった。位置的には八合目と九合目の間と言ったところ。山は越えていないとは言え、普通なら弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずで、入間達は逆に不気味さを感じていた。

 

 しばらくすると、再び紙兵隊が異常のあった場所を探し当てた。東に300m程いったところに大規模な破壊の後があり、入間は全員を促してその場所に急行した。

 そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。

 そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。更に何か大きな衝撃を受けたように何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、30cm以上ある大きな足跡も残されている。

 

「ここで本格的な戦闘があったらしい……この足跡、大型で二足歩行する魔物……山二つ向こうのブルタールか。だけど、この抉れた地面は……」

 

 ブルタールとは、RPGで言うところのオークやオーガの事だ。大した知能は持っていないが、群れで行動することと、“金剛”の劣化版“剛壁”の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されている。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だ。それに、川に支流を作るような攻撃手段は持っていないはずである。

 

 入間はしゃがみ込んでブルタールのものと思しき足跡を見て少し考えた後、上流と下流のどちらに向かうか逡巡した。ここまで上流に向かってウィル達は追い立てられるように逃げてきたようだが、これだけの戦闘をした後に更に上流へと逃げたとは考えにくい。体力的にも精神的にも町から遠ざかるという思考ができるか疑問である。

 入間は紙兵隊を上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならばきっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 入間の推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。

 

 すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。入間達は軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。

 と、そこで入間達魔界組は、人間の気配を捉えた。

 

「!これは……」

「……入間?」

 

 ユエが直ぐ様反応し問いかける。入間はしばらく目を閉じて集中するお、おもむろに目を開けて驚いたような声を上げた。

 

「驚いたね。人間の気配がする。場所は……あの滝壺の奥だ」

「生きてる人がいるってことですか!」

 

 シアの驚きを含んだ確認の言葉に入間は頷いた。人数を問うミレディに「一人だ」とアメリが答える。愛子達も一様に驚いているようだが当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのだから、期待はしていなかった。もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。

 

「ユエ、頼むよ」

「……ん。“波城”、“風壁”」

 

 入間は滝壺を見ながらユエに声をかける。ユエはそれだけで入間の意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。

 すると、滝と滝壺の水が紅海におけるモーセの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。高圧縮した水の壁を作る水系魔法の“波城”と風系魔法の“風壁”である。

 詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に、応用して行使したことに愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。きっと、かつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。

 

 魔力も無限ではないので、入間は「来ないなら置いてくぞ」と言って愛子達を促し、滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。

 洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れない事から、きっと奥へと続いているのだろう。

 

 その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、20歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけのようだ。顔色が悪いのは、彼がここに一人でいることと関係があるのだろう。

 

 気づかわしげに愛子が容態を見ているが、入間は早めに青年の招待を確かめるために、何処からかスリッパを片方だけ取り出して手に持つと、青年の頭目掛けてスリッパを振り下ろした。

 

スパァアアンッ!

 

「あだぁっ!!?」

 

 悲鳴を上げて目を覚まし、頭を両手で抑えながらのたうつ青年。愛子達があまりにも容赦のない入間に戦慄の表情を浮かべた。

 入間はそんな愛子達をスルーすると、涙目になっている青年に冷めた目で端的に名前を確認する。

 

「君がウィル・クデタ?クデタ伯爵家三男の」

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

 状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、入間はもう片方の手にもスリッパを装備した。

 

「質問に答えてくれないかな?答え以外の言葉を話す度に威力を叩く回数を増やすよ」

「えっ、えっ!?」

「君はウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい!そうです!私がウィル・クデタです!はい!」

 

 一瞬青年が答えに詰まると、入間の眼がギラリと剣呑な光を帯び右腕を振り上げると、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

 

「そう。僕は入間。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た」

「イルワさんが!?そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

 尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。それから各人の自己紹介と何があったのかをウィルから聞き、その話を要約するとこうだ。

 ウィル達は五日前、入間達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで突然10体のブルタールと遭遇したらしい。流石にその数のブルタールと遭遇戦は勘弁だとウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 漆黒の竜だったらしい。

 その黒竜はウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 ウィルは流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 

 ウィルは話している内に感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分や、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 洞窟の中にウィルの慟哭が木霊し、顔をぐしゃぐしゃにして自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエとアメリ、アスモデウスは無表情で、シアとミレディは困ったような表情だ。

 そこへ、入間が口を開いた。

 

「話を聞いたのならもうここに用はない。さっさと行くよ」

 

 猫のようにウィルの服の襟を掴んで下山のために歩きだそうとする入間。だがそれよりも早く、愛子が入間の腕を掴んだ事で、入間は足を止め、手を離した。

 

「鈴木君!何て事を言うんですか!!」

「?夜になったら視界が効かなくなるし、夜行性の魔物が寄ってくるかもしれないでしょう?早く帰るのが最適じゃないですか」

「だからって、そんな態度はないじゃないですか!ウィルさんの気持ちも考えて上げてください!!」

「貴族が肌に合わないから家出して冒険者になったんでしょう?冒険者(弱肉強食)の世界に片足突っ込んだなら後は彼の自己責任ですよ。それに、この世界を見てみれば彼より悲惨な人生歩んでる人間だってごまんといるんですから」

 

 愛子の言葉を、入間は容赦なく一蹴した。

 入間の言う通り、冒険者はウィルが想い描いているような物ばかりではない。自分の利益の為に生き物を殺して生活している以上、逆に魔物の餌食にされる事もあって当然なのだから、冒険者になった時点でウィルも冒険者達も殉職する覚悟があって当然だ。ウィルの心情は理解できないわけではないが、その冒険者達は入間達とは何の接点もない赤の他人だし、全滅したのは彼等が生き残れるだけの力がなかったから。弱肉強食とはそういうものだ。

 それに、この世界ではいつぞやの醜男の様な貴族によって理不尽に殺されたり奴隷にされたり、女性の尊厳を遊び気分で破壊される事すらありふれている。シアやミレディの来歴と比べれば、ウィルはまだ恵まれた方だと言えた。

 

 ユエ達バビルも同じ意見なのか特に何も言わず、愛子達は返す言葉が見つからないかのように言い淀み、ウィルは涙を流しながら呆然としていた。

 そうして10分程してから愛子達とウィルはなんとか気を取り直し、一行は早速下山することにした。日の入りまでまだ一時間以上は残っているので、急げば日が暮れるまでに麓に着けるだろう。

 ブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になるが、それはバビルの任務外だ。戦闘能力が低い保護対象を連れたまま調査などもってのほかである。ウィルも足手纏いになると理解しているようで、撤退を了承した。他の生徒達は町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが、黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、結局、下山することになった。

 だが、事はそう簡単には進まなかった。再度ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

 

「グゥルルルルル……」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく“竜”だった。

 

 

 

 

 

 




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